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04

食堂の朝は早い。

出勤するとすぐに店内の清掃し、材料のチェック。それから、本日の朝礼を行い。気合の声出しをする。これを行う事で、朝から声がちゃんと出て、客に不快な思いをさせない為だと、ここの店主が言った。この食堂の店主は、かつて私の父の元で働いていた人だった。父が亡くなり、この食堂を立ち上げてからずっと私を探してくれていたらしく、初面接に来た時、滂沱の涙を流して奥さんを困らせていた。

「ルナちゃんっ!今日も頑張るんだよ!」

「はいっ」

黒いワンピースはシンディア様に貰った物。ちょっと汚れつつあるエプロンと帽子はこの店の支給品。私は皿洗いをしつつ、野菜の皮むきも兼任されている。働いて、給金を貰って暮らすという事はなんとも人間らしくて、なかなか好きだ。スラムに居た頃が遠い昔のように感じる。これもシンディア様のお蔭である。だから、今日も精一杯働くのだ。

「ルナちゃん。お客さんが呼んでるよ」

「はい?」

お昼が過ぎ。客足が途絶えてきた時にそれは来た。

女将さん、店主の奥さんに呼ばれて店先に出てみれば、そこには白いシャツに黒いパンツを履いた、まるで町の人と変わらない格好をしたサージャ様が立っていた。彼は目立っていた。女達がきゃいきゃいと言いながら、彼を見ているぐらいには目立っていた。そして、それを見た男達が舌打ちしていたのを私は聞こえた。

「ご無沙汰しております。ルナさん」

「め、目立ってます…」

「知ってますよ。なるべく目立たない格好で来たのですが…」

少し申し訳なさそうな顔をするサージャ様に、困惑していると女将さんから「今日はもう上がっていい」とお声が掛かり、お言葉に甘えて何度も頭を下げ謝罪とお礼をし、その日は早退した。

「元気そうで安心しました。顔色も良いみたいで、これならシンディア様にも快い報告が出来そうです」

「……あの、今日はどうしたんですか」

ポスリと肩に手を乗せられ、気付けば民家の廃墟の中に移動していた。

「魔法ですか」

「シンディア様がよく使う魔法ですよ。あの方は、幼少時より陛下に苛め抜かれていた方ですからね。我が身を守る為に転移魔法を磨かれておりました。転移魔法に関して右に出る方などいらっしゃいません」

それ、どうなの。と、思ったのは私だけではないはずだ。

陛下とシンディア様のやり取りを思い返せば、シンディア様が一方的にからかわれてきたのだろう。愛されていた証拠だ、とそこまで考えて何故か微妙な気持ちと違和感を覚えた。陛下がシンディア様を弟として愛している、というよりも信頼できる部下を苛めて楽しんでいるように見えた、気がした。むしろそっちの方がしっくり来た。

「あの、もう私に用はないはずでは。密偵の仕事も既に終わり、もう関わるべきではないと思うのです」

「そうですね。実は、こうしてルナさんと二人で話そうと思ったのは、私ただ一人の意思なんです。シンディア様は関係ありません」

少し意外だと思った。

この人、見た目がいかにもと言った感じで潔癖っぽいから、すっかり仕事以外で私と喋るのも嫌なのではないかと思っていた。

「実は私は、市井生まれなんです。ルナさんよりは少しマシな場所で育ちました。でも、それだけですよ。花街で、母は娼婦でした。その花街で一番の娼館の、一番美しいと言われた娼婦でした。母は、いつも世界は狭いと口にして、流行病で死んでしまい、私は一人ぼっちで、行く当てもなく、母が僅かばかり残してくれた金銭で食い扶持を繋いでいました。けれど、それもすぐに底を着き、もう死のうかと思ったその時に、シンディア様に拾われました」

サージャ様は、貴族じゃなかったのか。

花街一番の娼館に居たという事は、サージャ様のこの美しさは納得が行く。通りで綺麗な訳だ。

「よく見た目が派手なものだから、色んな人間に声を掛けられてきましたが、シンディア様に、魅了の特異性が見えると言われたのは初めてでした」

「いや、誰もそんな事言いませんけど」

クスクスと笑ったサージャ様は昔を懐かしむように、視線が空を彷徨う。

「シンディア様は、私達には見る事のできない世界が見えているんでしょうね」

「……それで、私に話とは…」

神妙な顔をするサージャ様は、私の手を取るなり、何かを握らせた。

「ルナさんは知っていますか。何故、よくある茶髪で緑色の目の娘が誘拐されるのか」

「それは、貴族のお偉いさんが、その、娘を、食べたら、力が増すから、って…」

歯切れ悪く、持っている知識をサージャ様に話す。多分、これは正解じゃない。だけど、正解を探すのは私の仕事じゃない。

「正直、茶髪の娘よりも、アナタのアッシュグレーの髪の色の方が遥かに珍しいというのに」

頭を撫でられたかと思えば、いじいじと私の髪を触ってくる。

気付けばバッサリと切られてしまった髪も、今は肩の位置を超えたくらいまでのびた。

「シンディア様から言わせれば、ただの偶然から生まれた迷信なのだそうです。それに、この迷信の悪夢は終わります。黒幕が捕まり、そうして芋づる式に甘い汁を吸っていた者達も捕まり、順次処刑されていきます」

「む、無実の、人も居るかもしれな、」

「ありえません。シンディア様の前で、嘘など通用しません。言ったでしょう。シンディア様と私達では見ている世界が違うのです」



そう、サージャ様と話した数日後、緑目で長い茶髪の少女達を食らった貴族達は、処刑された。辛うじて、彼等の親族達は無実とされ、生きる事を許された。

生きる事を許されただけで今後の彼等の行く末は誰も知らない。ある者達は国外追放を、ある者達は一生を牢獄で過ごす事となるだろう、と巷では噂だ。その真相は決してサージャ様も口にしない。

王の怒りを買った者はこの国では生きる事が出来ない。その意味をこの国全土に広めた事件だった。




私は相変わらず、忙しくて、充実した日々を送っていた。そんなある日、くたくたになって自分が借りている部屋に帰ってくると、一匹の茶虎猫が居た。ニャーと鳴いた猫に、私は無情にも部屋から追い出した。

「猫って誰から見ても可愛いものだと思っていたのだけれど、君は違ったのかな!?」

バンッと強い音を立てて開かれたそこには、金色の髪に赤い目のシンディア様が立っていた。

あまりにも久しぶりに見る姿ゆえに咄嗟に反応が遅れたが私は今着替え中なのだ。

「変態滅びろっ!!!」

「一国の王子に向ってそんな事を言うのはこの口でしょうか?」

唇をアヒル口にされた状態で抓られ、ギリギリと力を加えられる。

あの着替え中なんですが。

「君の貧相な胸、あ、義姉上達もどちらかというと豊満とは言い難い胸ですけど、私は貧しい乳で欲情はしません。ご安心ください」

全く安心できません。

「モラルの問題です!!」

「君にモラルを語られるのは心外です」

「その節は誠に申し訳ございませんっ!」

部屋に入ってくるなり我が物顔で、私のベッドに寝そべるシンディア様をよく見ると、目の下に隈が出来ていた。

元々着ていた服を着直して、サッと浴室で、部屋着に着替えると部屋に戻る。

「どうしてシンディア様がここに?」

「疲れてるんです」

そう言って寝返りを打って、私に背を向けるシンディア様の背中には「私は陛下に誓って、せっせと働きます」と紙に書かれたものが貼り付けられていた。

「兄う…陛下に散々扱き下ろされ、休みを取ろうと思えば、陛下と鬼ごっこ。少し休憩を、と思い庭でサボろうとすれば宰相閣下に捕まって、書類の整理を手伝わされて、私は今非常に疲れているんですよ」

「それは、一日の出来事ですか」

「何を言いますか。ここ一週間の話しです。タイムテーブルにすると14時間は扱き下ろされ、48時間ぐらいは地獄の鬼ごっこ。書類整理は26時間ぐらい。残りは自分の仕事と仮眠の時間ですよ」

鬼ごっこに時間取り過ぎだろうとか、私が思うのはおかしいのだろうか。でも、鬼ごっこと聞くと平和な感じ半端ないが、鬼ごっこしていた時の時間と、あの、陛下としていた事を考えれば末恐ろしすぎた。

「よく、死にませんでしたね」

「本当、よく死ななかったな、って思う」

空笑をするシンディア様の背中に張り付けられている紙を剥がしてやる。

シンディア様にそれを見せるように、顔に紙を乗せるとシンディア様は「もう嫌だ、あの兄上!」と嘆いていた。

私もあんな怖い兄はお断りだ。

「シンディア様は、今日何しに来られたんですか」

「婚約が決まりました」

疲れ切った声でそう言ったシンディア様は多分、今日私にお別れを言いに来たのだろうと思う。

「もう、君に会う事は出来なくなる」

「シンディア様…」

「私はね、君が好きだよ。それだけ伝えに来たんだ」

幸せに、そう言ったシンディア様はそこから消えた。

なんだよ、それ。言い逃げかよ。


そんなん、そんなの、


「私だって、なんだかんだで、好きだったのに…!」


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