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01

緑色の目、茶色のふんわりした長い髪の毛の美少女は私をお姫様抱っこし、尋常ではない速さで走り出した。

声にならない叫びを上げて、なすがままになっている私はなぜこうなっているのか、考えを放棄しそうになっている脳で必死に考える。





私の名前は、ルナ。そこらへんに居るコソ泥の一人である。そこそこ良い身形をしている常識知らずそうなお嬢様を狙ってスリをしようとしたまでは良い。だいたい護衛も付けずにフラフラ歩いているのが悪いのだ。財布を出して、どこに仕舞ったのかまで確認した後、急いでいるフリをしてぶつかって逃走しようとした。いつもの手口である。何もおかしな所などない。いつも通りである。ルンルンと今にも歌い出しそうなお嬢様のスキップスピードが異常な程速い事以外は。その時点で思い止まれば良かったのだ。そのお嬢様相手にスリ等とするものではなかったのだ。

わざとぶつかった衝撃で、私が跳ね飛ばされ肩を捻ったのか異常な痛みが肩に走った。

「あら?大丈夫?」

やけにハスキーな声が頭上から聞こえた気がした。

“ハスキーな声”と言ったが、聞き間違いでなければ成人男性の声に近かった気がするが、彼女に問われた時、あまりの痛みで意識を飛ばしそうになった。財布は盗れなかったし、肩は痛いしで散々である。

「あらー?」

そしていきなりの浮遊感である。で、冒頭に戻るのだが、お姫様抱っこされた後ぐらいから記憶がないのだが、気付けば埃だらけの廃屋の中に居た。何をする気だ。

「服を脱がせてください」

「はい!?」

「これ一人じゃ脱げないんだぁ。申し訳ないんだけど」

なんだ、そういう事か。何故服を脱がせねばならないのか。そんな考えに至らないぐらいには痛みで悶絶していた訳なのだが、綺麗な形の眉尻を下げて、困った顔をしているお嬢様のお願いに何故か逆らってはいけない、と脳内信号が赤く点滅した気がし、背中のチャックを下ろしてやる。

と、素晴らしい筋肉質の背筋が姿を現した。

「…………」


え。


「あ、ありがとう。ここまでしてくれれば後は自分で脱げるから」

そう言って、上半身裸(コルセット付)を晒したお嬢様の胸は程よく付いた胸筋が盛り上がっていた。コルセットが外れた腹筋も六つに割れている。見れば見る程…

「き、綺麗なお姉さん…」

おかまだ。

「本音晒していいよ」

「……怖い…」

「こら」

私の中のおかまは、実の父親が基準である。父は、不治の病に侵され6年前に亡くなってしまったが、父は私の中では至上最恐のおかまだったのだ。幼心に傷が残ったのは言うまでもないが、仕事以外のプライベートの時の父は良い父親だった、気がする。何分仕事時の父の印象が強すぎた。

「まずは名乗りからですね。私の名は、シンディア・フォルセナと言います。アナタは?」

「シンディア・フォルセナ!!?」

この国の第三皇子であり、現国王の弟で魔法師団長の名前である。

「偽名で名乗るには重すぎると思います」

「偽名じゃありません。本名です」

痛みが走る肩を掴まれ激痛が走る。

「ひっ…!!?」

次の瞬間には、痛みが消えて、代わりに仄かな温もりが肩に当たるだけだった。

温もりの先には、自称シンディア様が私の肩に手を当てて治癒魔法を掛けているようだった。この国でこんなに速い治癒魔法は見た事がない。骨が折れればだいたい治癒魔法を掛けて1週間で治る。経度の捻挫であれば半日。重ければ1日と治癒には時間が掛かるのが常識で、お金がバカ高く掛かるのが普通だ。

「……………」

「どう?私の魔法は」

緑色の眼、茶色いふんわりとした長い髪にばっちりメイク。顔だけ見れば、美しいお嬢様の顔だ。頭から下を見なければ。先ほどは全く気にならなかったが、長身だ。何故気付かなかったんだろうか。

「あのさ、さっきまでスキップがやたら早いお嬢様にしか見えなかったんだけど」

「そうだよね。そう見えるように魔法掛けたもの。ところで、コソ泥のお嬢さんの名前は?」

逃がしてくれる気はまるでないようだった。それもそうか。スリをするには相手が悪すぎた。偽の第三皇子だろうけど、この魔法士はヤバすぎる。

「ルナだよ。さっきはごめんなさい。後、肩の怪我治してくれてありがとうございました。それじゃ」

「待った。まさかそれだけじゃないよね?」

でっすよねー

そんな優しそうな人には見えなかったよ。

「まぁまぁ。そんな難しい事じゃないよ」

いいえ。嫌な予感しかしませんけど。




「あの、これは一体…」

「いいからいいから」

埃塗れの廃屋の中で、私は豪華なドレスに着替えさせられ、ばっちりメイクを施された。髪は乱雑に切られて、魔法士が付けていた茶色いふわふわの長い髪のカツラを被せられた。魔法士の本来の髪の色は輝かしいばかりの金色の髪色だった。先ほどまで緑色だった眼も、今は赤い色。金髪赤目は、この国の王家の代々引き継がれる色だと言う。もしかして、彼は本物の…。いや、魔法か。

「後、眼の色を緑色にして完成かな」

「こんな事してなんの意味が…」

「まぁまぁ。後は、あっち向いててね」

ぐるりと背中を向けさせられて、汚れて曇っているガラスに後ろで着替えている男の姿が映って、慌てて目を瞑った。

これから何をさせられるのか、不安が掻き立てられるのは仕方ない事だ。説明がないのだから当然だ。

「もういいよ」

汚れた窓に映ったのは身形の良いお坊ちゃんだった。

しかも容姿も整っているし、皇子様と言われても不思議でないような気がしてきた。

「あの、」

「じゃあ、街を歩こうか」

「この格好で!!?」

「着替えた意味」

プークススと笑った奴の赤い眼を血の色にしてやろうか。

ポンと頭に手を置かれて、魔法を掛けられた。これで誰が見ても美少女の完成である。悪かったな、ブスで。

「まぁ、やればわかります。すぐにわかります。私がやると誰も近寄らないんですよ。何故か」

「ルンルンと鼻歌歌いながら、猛スピードスキップしていれば奇異な眼で見られて終わりです」

「君は引っ掛かったね」

「小物のコソ泥は身形が良いってだけで標的にするものです」

言い訳をしながら、廃屋から出て人通りの多い道のど真ん中に放り投げられた。どういう事だ。

とりあえずむっすりとした顔をしながら、ノソノソと歩いてみると頭にポテッと何かが当たった。振り返り、地面を見ればクシャッと丸められた紙が落ちていた。拾って広げてみれば、『もっと楽しそうに歩け』と書かれていた。

一人でか。

「…………」

紙を綺麗に四つに折って、事前に持たされていたカバンに入れる。

「ふんふーん」

コッと頭に何か当たる。地面を見れば、今度は先ほどよりも固く丸められた紙が落ちていた。拾って広げてみれば『下手くそ!』と一言書かれてあった。これはそこら辺にポイ。

サクッと今度はすぐさま頭に何か当たって、地面に落ちている紙飛行機を拾う。致し方ないので、広げずにそのままカバンに仕舞った。

アルカセロ。

何故こんな事になっているのだろうか。よくわからないが、先ほどから声を掛けられるわ(ナンパ)、スリにぶつかりそうになるわ(同業者なので考えている事はだいたい一緒)、でなかなか先に進まないが、目的地はどこだろうか。このままだと人通りの少ないスラム街に行きそうなんだけど。むしろ私帰路に着いているんですが。このままだと私が住んでいるテントまで案内してしまう事になるとか思ったから、私のテントの前に着いてしまったが、そのまま真っ直ぐ素通りした。素通りしないといけない気がしたのだ。

そしてそのまま街外れまで来て、いきなり後ろから布に染み込ませた薬品を嗅がせられてそのまま気が遠くなった。





掛かった!

そう思って、そのまま男達の尾行を続行する。

今、裏で流行している事件があった。それが緑色の眼、茶色い長い髪の身形の良い女性の誘拐。誘拐から生贄をするらしいという話は聞けたが、どういった連中がやっているのか証拠を掴めなかった。

王と宰相の推測で、事件の首謀者は違法魔法士なのでは、助言されてなんとかこじつけた。後は現場を押さえて現行犯逮捕まで行ければ問題はないが、それには囮を使う事が必須条件だった。私が居る魔法師団にはひょろくて女みたいな外見を持つ輩は居ない。仕方ないので自分がやる事になったのだが、化粧をしてドレスを着ると、顔は女性のような美貌に様変わりしたが問題は頭から下である。誰がどう見ても男である。

致し方ないので女性に見えるように魔法を掛けて、明るく朗らかに街をスキップで駆けていた。

そこに、私への天の恵み(カモ)が舞い降りた。

アッシュグレーの長い髪はボサボサで艶がなく、身形も小汚ければ顔は…。うん。

スリをしようとしたコソ泥にわざと怪我を負わせ、私の着替えと何かあった時用のドレスが置かれている廃屋に連れて行った。

魔法を使ってコソ泥の怪我を治してやろうとしたが、ドレスがきつくて全く集中出来ない。仕方なく上半身裸で治してやった。それから色々とコソ泥を脅して、囮に使ったのだが、上手く行きすぎて興奮してきた。

「流石!良い働きをする!」

姿隠しの魔法を使って誘拐犯の後を尾行する。連中がコソコソと行った先には、睨んだ通り、違法魔法士として犯罪歴を持つ元伯爵の屋敷があった。王と宰相が裁いた貴族の一つだ。悪政の一旦を担い、また緑色の眼、茶色い長い髪を持つ女を生贄にして得た魔力を使い、腐蝕させていた一人でもある。

何故緑色の眼、茶色い長い髪の女かと言えば、ただの迷信を信じているのだろう。昔からその2つの条件を併せ持つ女を生贄として悪魔に捧げば非常に質の良い魔力を手に出来るという迷信がある。それはただ単に偶然が引き起こした迷信なのだ。条件なんてあってないようなものだ。生贄に捧げる人間の魔力の量で、質が良いかどうか決まるだけだが、ちゃんと下調べしていない事がわかる。そんな悪質な魔法士は魔法士で退治してあげるのが筋だろう。

屋敷の地下へと続く隠し階段を下り、一際明るい部屋に出ると、長方形の黒ずんだ台にコソ泥は寝かせられていた。

「褒美だ。受け取るがいい」

金が入った巾着を男連中に渡すと、元伯爵は台に寝そべるコソ泥の元へと肥え太った身体を引き摺るにようにして歩き、呪文を唱えている。あー、んなとこで突っかかるなよ、噛むなよと内心思いながら、元伯爵が持つ短剣がコソ泥に向って振り落とされる瞬間を、待ってましたとばかりに魔法を使って弾き飛ばす。

「ローデン元伯爵。ご無沙汰しております。魔力の吸い過ぎで、随分肥えましたね」

青褪め、脂汗を掻く元伯爵を魔法で縛り上げ、後から追って来た騎士達に受け渡した。あのままきっと国外追放か、重ければ死罪になるだろう。王とあの宰相の前に逃げ道などはなっから用意はされていない。無事ではまず間違いなく済まないだろう。そこだけは同情してあげよう。

そして、コソ泥を抱き上げて黒ずんだ台に指を馳せる。ここで幼気な少女、女性が殺されたのだと思うと救ってあげられなかった事に対して申し訳なく思う。

「―― どうか安らかに」

騎士達の跡を追うように、その場を後にした。





意識が覚醒すると、消毒の匂いがまず鼻を刺激した。次に瞼を上げると、白が目に入った。ゆっくりと起き上った見渡した部屋は、全体的に白かった。

「……ここは」

「王城の病室だよ」

第三皇子(仮)は私が寝ているベッドの端っこの腰を掛けて、何やら書類と睨めっこしていたようだ。

乱暴に切られた髪がないため、随分と頭が軽い。

「髪の毛、ごめんね」

「いいです」

「随分と短くしてしまって、侍女に君の髪を揃えてもらう時凄く怒られたよ。あ、侍女じゃなかった。兄の奥さんに」

侍女と奥さん間違えるなよ!

「兄の、ヴェルフェの奥さん、クグリって言うんですけどね。結婚してから随分と子宝に恵まれているようで、いつも賑やかそうで羨ましいよ。レオ兄さんの子供も可愛いし、私も早く結婚しないとねー」

「はぁ」

勝手に結婚すればいいと思いますが。

第三皇子(仮)の言う通り、髪は綺麗に切り揃えられているようだった。触り心地が、男に切られた可哀想な髪の直後のものとは比べ物にならない。

「兄達、物好きで綺麗なお嬢さんよりも平凡顔の奥さんを娶ってるんですよ。私は綺麗でしたたかで、気概のある理想的なお嫁さんが欲しいと思うよ」

「はぁ。シンディア様なら貰えると思いますよ」

その顔立ちなのだから、保障してもいいぐらいだと思っている。

「そうだよね!」

ニッコリと笑った彼は、まぁ随分と無邪気に笑うものだと思った。



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