第六章 心を操る者、ジース=ロジャー
「退院おめでとう! 普通なら一年以上かかるところを三日で帰ってくるとかほんと不死身のヒーロー!」
「ハハハ……さり気ない化け物宣言ありがとうございますミーツェさん」
病院近くの駐車場にて、皮肉を交えながらも奥田とミーツェは楽しく談笑していた。奥田を助手席に乗せ、自身は運転席に腰かけながら、ミーツェはオーバーな身振りで息子の退院を喜んでいる。
「いやいやいや、息子が早く帰って来て嬉しくないワケないじゃん! そうだ、今日は私が腕によりをかけて退院祝いのディナ―を作ってあげる! そして、そ・の・あ・と――」
「そ、そういうのはいいですから! それよりここ最近のエイミーについて何かないんですか!?」
「えぇー!? 折角の退院日なんだし、今日くらいヒーロー家業をお休みしても――」
病院の周りの建物の一つが、突如轟音を挙げて瓦解する。
「えっ!? ちょっとどういうこと!?」
ミーツェと奥田は目を疑った。ほんの数分前まで立派に立っていたビルが、砲弾か何かの爆撃を受けたかのようにえぐれ、崩れていく。
「ミーツェさん! 車の中の大事なものだけ持って!」
「タクオはどうするの!?」
「僕は……止めてくる!」
トレードマークでもある深紅のニット帽をかぶり、レッドキャップはまずミーツェを抱えて病院へと抱え入れる。
「ここで待って、ライバック社の病院だから他より安全だと思うから!」
「でも爆破されたら――」
「そうならないよう、僕が守るから!」
退院してすぐだというのに、また戦いに駆り出されようとする息子を見て、ミーツェは思わず引き留めようとレッドキャップの腕を掴んだ。だがレッドキャップが決意を訴えるように、ミーツェを見つめた。
「……本当に、行くんだね」
「……だって僕は、ヒーローだから」
「……クスッ、タクオらしい答えだ」
ミーツェは優しく微笑んで手を離し、そして代わりに頼れる背中をドンと押した。
「行って来い! 正義のヒーロー!」
「うん! 行ってくる!」
白い歯を見せニット帽を目深にかぶり直し、若き正義のヒーローは混乱する町へと飛び出していった。
♦ ♦ ♦
「――くっ! 何だこれは、まるで軍隊ではないか!」
脱獄した犯罪者を捕まえなおすべく、エイミーは街を暴走する戦車を必死で追っていた。
「アーミーでしか所持できないはずの装甲車が、一体どうして――」
暴走する戦車はエイミーの存在に気がついたのか、砲塔を回し始め、エイミーの方へと砲口をむける。
「ッ、まずい!」
地面が大きくえぐられ、火薬が炸裂する音が鳴り響き、大きな薬莢がカランと音を立てて落ちる。相手は明らかにエイミーを狙って砲弾を撃っている。
「このようなことが……!」
流石に超人的パワーを持っていても、正面から戦車砲とかち合った事など無い。
「ふざけおって……!」
ニュースによれば、脱獄したのは全部で二十五人。リーダーはなんとあのジース=ロジャー。軍から追い出された後、自分を追い出した者に復讐するため、犯罪者の中に使える者がいないかとわざと捕まった。そして目ぼしい者を引き入れ、そしてまだ軍に籍を置いていた部下のデッシュを使い、反乱軍を作り上げたのだという。
「ふっ!」
常人にはなし得ない跳躍で戦車の上に飛び乗ると、エイミーは持ち前の怪力で閉じられていたキューポラをこじ開けた。すると――
「ッ!」
頭の代わりにのぞき出たのは機関銃。エイミーを狙い、火を噴き始めた。
「くそッ!」
思わぬ返り討ちにエイミーは戦車から飛び退き、事態は振り出しに戻る。中に侵入して倒そうにも銃を向けられ、かといって戦車を破壊しきれるほどの怪力を発揮できるかどうか、今の自分には自信が無い。エイミーは歯ぎしりをしながら、目の前の敵とどう戦うかを考えているところであった。
「よっと! 大丈夫かい!」
「貴様は!」
タイミングがいいのか悪いのか、エイミーの目の前に赤い帽子の商売敵が現れる。
「……レッドキャップ!」
「僕も手を貸し――」
「必要ない!」
エイミーはレッドキャップを見るなり敵意を剥き出しにし、そして自分の実力を誇示するかのように、救いの手をはたき落とした。
「私一人で十分だ!」
敵からしてみれば街のヒーローが集結し、そして何やら揉め事をしている。好都合と考えた反乱軍は、二人の間に照準を定め、そして主砲を発射した。
「うわっ!?」
「くっ!」
エイミーとレッドキャップは互いに別々の方へと跳躍し、主砲の一撃をかわす。
「戦車を相手にするなんて、一人じゃ無理だ!」
「うるさい! 黙れ!」
エイミー―の必死な形相に気圧され、レッドキャップはそれ以上声を掛けることが出来ない。最後にレッドキャップに向かって手を出すなと睨みつけて牽制し、エイミーは単騎で敵の戦車と立ち向かった。
「この程度のことで! 正義のヒーロー、エイミー=ライバックを倒せると思うな!!」
降り注ぐ銃弾の雨の中、エイミーは蝶のように華麗に飛び、そして蜂のように鋭いキックを戦車にめり込ませる。
「ひぃっ!?」
運転席に細くも強靭な足が突きぬけ、そしてそれを目の前で見せつけられた運転手は恐怖のあまり、ハンドルから手を離して恐れおののいた。
「……くくく、私はここまで強くなっていたかッ……!」
自分の身体が、今や戦車にすら勝っていることに気がついたエイミーは、そのまま後ろを振り返ってレッドキャップを見やった。
「……レッドキャップ、テレビは見たか?」
「……さぁ、何のことやら」
「私は貴様に、挑戦状をたたきつけた……その勝負の内容を話しておこうと思ってな」
おおよそヒーローがするとは思えない、たくらみを持った邪悪な笑みが、レッドキャップに向けられる。
「脱獄しているのは全部で二十五人……私と貴様、どちらが多く捕まえられるか勝負しようではないか!!」
「ッ、そんな人助けを勝負ごとに――」
「逃げる気か? 仮にも正義のヒーローを名乗っている者が」
名乗らせているのは周りだとは言えず、レッドキャップは黙ってエイミーを見返している。エイミーはレッドキャップの様子を見る限り、反論はないとみてにやりと笑った。
この時レッドキャップは、エイミーの笑顔には二つの意味があると感じた。一つ目はそのたくらみ。そしてその裏にはもう一つの感情、焦りが見え隠れしている。
「……分かった」
「貴様が勝ったら私は大人しく身を引こう。私が勝った時は、二度とこの街に姿を現すな!!」
「……本気、なんだね」
レッドキャップは静かに呟くと、いつもとは違う真剣な雰囲気でエイミーと向き合った。
「勝負を受けるよ。だけど僕が勝った時の条件を変えてもらおうか」
「……どうするのだ?」
「僕が勝ったら……僕の話を聞いてくれ」
「……いいだろう」
それ以上言葉を交わさずに、エイミーとレッドキャップは互いに背を向け、互いに別の方角へと向かって行った。
♦ ♦ ♦
「行け! 我々は一人一人が最強のワンマンアーミー!! 臆することなく制圧せよ!!」
ナッシュの掛け声に合わせて、巨大な戦車がアスファルトを駆け回る。その周りを護衛するは迷彩服に極悪なタトゥーを従えた、アウトローを極めた最強の軍隊。
「金目のものはすべて回収しろ! 反逆するものは全て殺せ!」
ガラスをたたき割る音、コンクリートを穿つ音、人々の悲鳴。街全体での恐怖のアンサンブルに、もはや誰もが終わりだと思っていた。
「――待て!!」
そう、アイツが来るまでは――
「貴様は!?」
「僕が来たからには、もうこれ以上暴れることはできないよ」
赤い帽子に鋭い瞳。その細身の身体からは予想もつかないほどの強力な力を持つ正義のヒーロー。
「――レッドキャップ!!」
誰もが喚起しその名を呼び、誰もが待ちわびた正義のヒーロー。レッドキャップは人々を悪意から守るべく、戦車の前に立ちふさがった。
「貴様か。最近噂となっている英雄気取りのガキは」
「お前か。この街を荒らして軍隊ゴッコをしている悪人は」
交渉は一瞬にして決裂。ならば次はどうなるか。
「――ッ撃てぇい!!」
主砲が火を噴き、レッドキャップに向けて巨大な砲弾が撃ち放たれる。
「遅いよ――」
しかしレッドキャップの視界には、ゆっくりとジャイロ回転をしながら向かってくるだけの、ただの鉄塊でしかない。
「フンッ!」
片手で受け止め地にはたき落とし、レッドキャップは敵との圧倒的な差を見せつける。
「クッ……! 撃て! 撃てぇ!」
四方から銃弾が飛んでこようが、今のレッドキャップには全て止まって見えている。
「無駄だ!」
周りの雑兵を数瞬でノックアウトし、残るはナッシュが搭乗する戦車とレッドキャップとの一対一となる。
「大人しく投降しろ!」
「断る! 司令官が撤退を指示せぬ限り、我々は突き進む!!」
相手は元軍人、その精神も説得程度で折れるものではない。
「仕方ない……!」
レッドキャップは意を決して敵戦車の懐へと潜り込む。ナッシュはわざわざ潰されに来たヒーローをひき殺そうと、戦車を急発進させて突進する。
「潰してやろう!」
キャタピラが唸りを挙げて回転を始める。更に地面を抉るように、その回転数を上げていくが――
「な、何!?」
ガクン、と急に車体が傾いたかと思えば、車両は地面から浮いた状態となっている。
「ガアアアアアアアアァ!!」
何とレッドキャップは、その細い腕で何十トンもの重さの戦車を持ち上げ咆哮をあげていた。ナッシュも今までに対峙したことの無いその小さな力持ちを前にして、初めて怯えることを学習した。
「ひ、ひぃいいいいいぃ!!」
「ィよいしょー!!」
レッドキャップはそのまま戦車を放り投げ、一瞬にして新品からただのスクラップとしてしまった。
「これでちょうど十二人! 後一人、だけど――」
その最後の一人はというと、あのエイミー=ライバックと対峙しているところであった――
♦ ♦ ♦
「参ったねこりゃ……質より量というJAPANのことわざは嘘ということか」
「貴様等悪党は、質も量もゴミ同然だからな」
多くの悪党を地に伏せさせ、たった一人で立ちふさがる英雄の姿がある。
彼女の名はエイミー=ライバック。十五の身にしてその身体に超人的な力を宿した少女だ。
彼女はロジャーの軍が拠点として支配した銀行に一人潜入、そして瞬く間に五人の傭兵を一蹴した。そして最後に残ったジース=ロジャーと相対し、たった今から制裁を行おうとしている。
「社会のゴミが……私を挑発したのはこれが目的だったのか」
「そうだが……ちょいと見通しが甘かったようだねぇ」
ロジャーはそう言って壊れた天井から覗き見ることが出来る空を見上げ、笑った。
「ククク、ハハハハハハハ!!」
「ッ、何が可笑しい」
この期に及んで頭がおかしくなったのか、ロジャーは笑い続ける。
「貴様! 笑うな!」
「いやいや、あんたのその姿が必死すぎて、滑稽に思えてくるんだよ」
ほんの少しだが焦りを見せてしまったエイミーに対し、ロジャーはまるで全てを見透かしたかのように、次々と言葉を並べ始めた。
「あんた、あの赤い帽子のヒーローが憎いんだろう?」
「っ、ちが――」
「違うんだったら、どうして手を組んで俺を倒しに来ない? どうして同じ味方を相手に挑戦状を叩きつけた?」
「……それは」
「あんたは恐れている。あのヒーローが、自分の地位を脅かすことに」
「ッ!」
まさかの敵に確信を突かれ、エイミーは言葉を失っていた。
「……当たりだねぇ」
「ッだからどうしたというのだ! 私は今十二人倒している! 貴様さえ倒せば――」
「あんたの勝ちで、あの赤いヒーローがいなくなる? でも今度の話題は謎を残したまま消えたヒーローへと移るだけで、勝者であるはずのあんたには一切スポットライトが当たらない。必要なのは、消すことでは無く、上塗りすることだ」
ロジャーが軍を追われた本当の理由。それは彼の見た目からしての強さではなく、人並み外れた人心掌握術が原因であった。ロジャーは軍の中でもその掌握術を巧みに用い、密かに軍隊を自分の傀儡としようとしていた。しかしそれをギリギリの所で気づいた上層部は、彼の不祥事をでっち上げて首にし、軍を去らせた。
彼はそのことを知っていたからこそ、軍に自分の息を掛けた者を残らせておいたのである。
「……あいつを、上回る……」
エイミーは事もあろうに、悪党であるロジャーの言葉に耳を傾け始めた。ロジャーはその様子を見てにやりと笑い、更にエイミーに対し甘言を吐き続けた。
「簡単な話さ。あんたは俺をおとりに使えばいい。馬鹿な赤帽子は俺を見てとっ捕まえに来るだろうから、そこをあんたが闇討ちすればいい」
「でもヒーローとして闇討ちは――」
「なぁに、誰も見ちゃいないさ。テレビ局のクズどもも、今頃俺の軍がめちゃくちゃにしているはずだからな」
それも事実のことであり、近くに転がっているテレビは砂嵐を映し出しているだけで、何もニュースを伝える様子はない。
「どうする? どの道俺は捕まる、あんたの言う事の一つくらい聞いてやっても変わらないさ」
「……いいだろう」
♦ ♦ ♦
「――どういうことだ?」
レッドキャップは閑散とした銀行内に一人立っていた。辺りには誰もおらず、ただ両手を挙げて降参といった様子のロジャーしかいない。
「あんたがこの事件の首謀者なんだろ?」
「そうだよ? でも部下が皆たたまれておいてなおも戦う意思まではないかな」
不気味な笑みを浮かべながら、ジース=ロジャーはゆっくりとレッドキャップの方へと距離を詰めてくる。
相手は素手であり、そして両手を挙げているにも関わらず、その妙な違和感を前にレッドキャップは近づくことができずにじりじりと後ろへ後退せざるを得なかった。
「なんだい? あんたが捕まえて終わらせないと、この街は平和に平和にならないんじゃないのかい?」
その通りだが、レッドキャップにはどうしても敵の言うことが信用できない。
「……まあいいか。俺を捕まえる気が無いってんなら――」
瞬間、レッドキャップはとっさに後ろを振り返った。すると――
「エイミー=ライバックが代わるだけさ」
大きく右手を振りかぶり、そのまま自分へと振りかざそうとするエイミーの姿がそこにあった――