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第五章 崩れゆく理想、エイミー=ライバック

「……くっ」


 いつも行っていた調整トレーニングも、なんだか気分が乗らない。製薬会社の一角に配置されているだだっ広いトレーニング室にて、一人なやむ少女の姿があった。


「どうして、あの男の方がヒーローなのだ……」


 悪事から救ってきたのは間違いなく自分の方が多いはず、なのに世間の目は正体不明の新しいヒーローへと注目している。

 簡単に取って代わられるとなっては、自分が積み上げてきたものとは何だったのか。


「くっ、こんなもの!!」


 意味のない八つ当たり――二百キロを超えるバーベルを軽々片手で持ちあげ、エイミーは力の限り壁に叩きつける。運動時の姿勢確認のための鏡が割れ、その破片が四方へと飛び散り、そしてエイミーの足元にまで落ちてくる。

 細身の腕でありながら、人並み外れた怪力を持つ人間。そんな存在二つといないと思っていた少女にとって、自分と同等の存在が何の前触れもなく現れたことを憤慨した。


「何者なのだ、あいつは……」


 自分のように投薬実験を受けた訳でも無い。だからといってたかをくくろうにも下手すればあっちの方が力が上のようにも思える。ならば相手は本物の超人なのか? 仮に超人だとしたら、自分に勝ち目などあるはずが無い。


「私は、一体――」


 エイミーが頭を抱えていると、ドアをノックする音が部屋に響く。


「大きな音がしたから何かと思えば……どうしたのだ」


 入口に立っていたのは、エイミーの父親だった。製薬会社の社長らしく、常に忙しいのか普段着ですらスーツであるというビジネスライクな人物である。


「何がどうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」


 そんな父親が珍しく娘の様子を見に来ている。心配そうな父を前に、本来ならば親子の身として悩みを打ち明け、甘えてもいいはずだった。

 だが――


「父上、大丈夫です。これはつい手が滑っただけで、私自身はヒーローとして、街に尽くせることに誇りを持っています」


 彼女は甘えることが出来なかった。ヒーローになると自分で言った手前、父は完ぺきを求めているはずだと考えていたからだ。


「そうか……例の赤帽子の少年だが、もう意識を取り戻しているようだ。流石はヒーロー……おっと、お前もだな、エイミー」


 父親の気遣いが、今のエイミーにとっては傷つく言葉でしかない。


「……もう少ししたら、街のパトロールに行ってまいります」

「頑張れよ、お前は私の誇りだからな」


 去り際に放たれた父の言葉が、崩れていくプライドに更なるおもりを乗せてくる。


「ッ……」


 思えば今となっては、エイミーの本当の敵はあの赤帽子なのかもしれない。あの赤帽子さえいなければ、ヒーローは自分一人だ。

 ――この世にヒーローは、二人と要らない。

 割れた鏡に映る自分の歪んだ姿を見つめ、憎しみを込めて一人呟く。


「……いいだろう。貴様か私か、本当のヒーローはどっちか決める時が来たようだな」



   ♦  ♦  ♦



「――いててて……もうちょっとゆっくり包帯を巻いてよ」

「全くもう、心配させないでよ……」


 白く清潔感溢れるシーツの上で顔に包帯を巻かれ、ボロボロな風体でありながらも軽口を叩く少年がいた。少年の名は奥田宅雄。レッドキャップの名を隠し、乗客の一人としてこのライバック社系列の病院に入院している。


「それより僕、爆発で気絶しちゃったけど正体バレてないよね?」

「幸か不幸か、爆発の時に顔を焼かれてね……まあその顔も、元に戻っているけど」


 回復力の高さも力の内なのであろうか。奥田はもう手を握ったり開いたり自由に動かせることを不思議に思っていた。

 そして病院内とはいえ素顔を見られないよう、包帯は看護婦にではなく元警官のヨセフや、近所付き合いという形でミーツェが取り替えることにしている。


「それにしてもここ、まさかエイミーのお父さんが運営する会社の病院だよね……?」

「そうだな」

「僕の情報の方が確実にエイミーに行ってると思うけど」

「その件については問題ない」


 病室に訪れたのは、真っ黒なビジネススーツに身を包み、紳士的な雰囲気を醸し出す壮年男性であった。奥田はその男性とは面識がないが、ヨセフとミーツェにとってはよく知る人物のようだ。


「あのー、この人は――」

「申し遅れたねMr.レッドキャップ。私の名はギルバート=ライバック。エイミー=ライバックの父であり、そしてこの会社の社長だ」


 予想がつかなかった人物が奥田の目の前に立って会釈し、握手を求めてくる。


「えぇっ!? えっ、どどど――」

「そんなに固くなる必要は無い。君も同じ、ヒーローなのだから」


 そう言って包帯まみれの奥田の手をしっかりと握り、ギルバートは奥田と目をしっかりと合わせる。


「君が身元を隠したいというのであればそれは構わない。えてしてヒーローというものは正体不明と、言えるからな」


 どうやらエイミーにすら黙ってくれているようで、奥田はホッと胸をなでおろした。


「まあ外はというと、キミの正体を知りたがっている者が大勢たかっているようだけど」


 下げられたブラインドの隙間から下を見ると、言われた通りマスコミからパパラッチが大挙して待機し、挙句ヘリコプターでホバリングして待機している者までいる。


「……ハハ、すごいですね」

「立場上私も知ることはできるが、やはり子どもの時に漫画を読んでいたせいか、隠したいという気持ちが分からなくもない」

「あははは……ん?」


 そのまま下をのぞいていると、エイミーと思わしき人影が、集団の方へと歩いていくのが見える。


「あれ? 何をしているんだろう?」

「おや? あれは娘ではないか。街のパトロールの前に、皆に悪者に気を付けるようにキャンペーンでもするのか?」


 しかし奥田の強化された目は、そんないつも通りなエイミーの表情など捉えてはいなかった。

 どこか気を張ったような、何かを決心したかのような迷いのない瞳。そして顔の表情はもう後には引けないといったような決意がこもっている。奥田はその雰囲気から、どこか崩れる様な、具体的に言えば今までのヒーローから変わろうとしているような、嫌な予感しか感じることが出来なかった。



   ♦  ♦  ♦



「ここにあのレッドキャップが――あっ! エイミー=ライバックだ!」

「彼女なら何か知っているかも! 同じヒーローとして!」


 同じヒーロー? 違う。私とあいつは違う! エイミー=ライバックと、レッドキャップは断じて同じヒーローなどではない!

 心に秘められた思いが、自然とエイミーの体を熱くする。


「エイミーさん! あのレッドキャップがハイジャック事件以降、ここで療養しているとのうわさを聞いてきたんですけど!」

「レッドキャップの件について、私は一切何も知らないし、興味もない」


 手がかりの一つでも手に入れられると思っていた群衆は、エイミーの言葉を聞くなり落胆し、大きなため息を吐いた。だがその後に続くエイミーの言葉は、群衆の耳を一気に引き寄せることになる。


「だがヒーローとして再び立ち上がるのであれば話は別だ! ……この街のヒーローは、一人で十分だ!!」


 今から放つ宣戦布告は、これからテレビを通じて、新聞を通じて、大勢の証人が耳にすることになる。


「私はレッドキャップに、ヒーローの座をかけた挑戦状を叩きつける!!」

「おおっ!?」

「えぇっ!?」


 病院前のざわめきとともに、病室内にいた奥田も驚きの声をあげる。


「それ、本気で言っているの……?」

「どうしたの!? タク――レッドキャップさん?」


 ミーツェの問いかけに対し、奥田もといレッドキャップは今耳にしたとんでもないことを皆に告げる。


「僕、宣戦布告くらっちゃったみたい」

「いっ!? も、もしかして――」

「もしかしなくても――」

「……悪い予感は、当たってしまったか」


 ヨセフとレッドキャップは同時に下に俯き、予想していた最悪の事態に頭を抱えた。ミーツェもことの重大さに言葉を失い、驚いた口のまま固まっている。

 そして事態を把握できていなかったのは、エイミーの実の父であるギルバート=ライバックであった。


「い、一体どういう事かね? ヒーロー同士が宣戦布告などと――」

「……ヒーローは一人で十分、か」


 何かを悟ったかのように、ヨセフは一人呟く。ここからは内々で話をするために、ヨセフは無礼を詫びながらギルバートに退室をお願いした。


「やっぱり僕が、辞めておけばよかったんだ……僕が中途半端な気持ちで助けるせいで、エイミーのプライドを刺激しちゃったんだ……」


 そう、あの時だ。あの時が最終警告だったんだ。もしタイムマシンがあるというなら、あの時の自分をぶん殴ってでも、ヒーローを止めさせただろう。レッドキャップは、奥田は包帯の奥で自分を責め続けた。


「僕の、せいだ…………!」

「悔やんでも仕方がない。君は答える時が来たのだ」


 ヨセフは未熟な青年の前に立ち、そしてまだ見えない答えを探そうとする背中を押す。


「答えるしかない。レッドキャップとして」

「僕が……」

「そうだ。そして君もヒーローならば、救わねばならん。友を、同じヒーローを、正しい道へと」

「む、ムリですよそんなの! 僕ごときが、エイミーみたいに努力もしていない、ただたまたま力があるだけの――」

「それは違うよ」


 身体を震わせ怖気づきながら話す奥田をあやすかのように、ミーツェは優しく抱きしめて耳元でささやく。


「タクオは人一倍頑張ってるよ。だって、皆を救っているんだもん。大丈夫、私は上手くいくって信じているから」


 母親が子をあやすように、ミーツェから優しく諭される。今この場で「絶対に」とは言えないが、ミーツェの言葉は奥田にとって大きな支えとなった。奥田もといレッドキャップは、今この場でエイミーの挑戦を受ける事を決意する。


「……僕が、彼女を説得する」

「それでこそ、私の知っている正義のヒーロー、レッドキャップかな」




「……ヒーローも、大変なのだな」


 外に追いやられたギルバートは、レッドキャップの苦悩する姿を、娘の苦悩する姿と重ね合わせていた。


「……私は、娘の苦悩を理解できていただろうか……」


 最近の我が子の行動を振り返ると、まるで自分を見ていてほしいような振る舞いをしている様にも思える。ギルバートは静かにその場を立ち去りながら、娘と向き合えていなかったことに後悔していた。

 そんな時に、ギルバートに話しかけてくる一人の老いた医者が現れる。


「社長、あの少年Rについて一言だけお伝えしたいことが――」

「なんだ? マスコミに身元を明かしますなんてくだらないことをいう訳ではあるまい?」

「い、いいえ。ただ、あの少年の血液検査をした際、ちょっと不可思議な点がございまして」


 サイズの合わない老眼鏡をかけなおしながら、医者はギルバートに検査結果の紙を見せ始める。


「この検査結果、普通の人間には備わっていない細胞が血液内を流れているようで、貴方の娘様であるエイミー=ライバックですら持ち得ていない、不思議な細胞をお持ちのようです。よければ入院期間を伸ばして研究を――」

「それをしている間、ヒーローとしての役割を果たせないのは彼にとって迷惑だろう。別に今すぐとは言わず、彼の許可を取ってからのまたの機会でいいではないか」

「しかし――」


 ギルバートは提言を強く咎めるように、人差し指で医者を指さして語彙を強める。


「そんなことより、早く彼を治したまえ。彼の助けを待っている者は、この街に大勢いるのだ」

「わ、分かりました……」



   ♦  ♦  ♦



「――どちらがヒーローとしてふさわしいか、これから先の戦いで皆に決めてほしい!!」


 刑務所の中でも、テレビを見れる日くらいはある。作業着の様な囚人服に身を包み、ジース=ロジャーはテレビでの一部始終をじっと見つめていた。


「なんだなんだ、外じゃヒーロ―同士で争うってか!? めちゃくちゃ面白そうじゃねぇか!」

「あぁー! 俺も早くこんなしけた所を出て行きたいぜ!」

「俺、あのエイミーの勝ちに百ドル賭けるぜ!」

「やっぱりいまノリにノッてるレッドキャップだろ! 千ドル賭けるわ!」

「……そろそろ時間かね」


 周りが賭け事に喚く中、ロジャーはじっとテレビ番組を見つめていた。

 正しくは、テレビの端に映る時刻表示を――


「……二十時ジャスト」


 突如刑務所内に、貫くような地響きが響き渡る。食事の場を見張っていた刑務官の間にどよめきが生まれ始める中、ロジャーは一人ニヤリと笑っていた。


「流石は元軍人、時間きっかりに突撃とはねぇ」


 食堂の壁がぐらつき始め、コンクリートの壁にひびが入り始める。


「い、一体何が――」


 ロジャーはゆっくりと、破壊された壁の方を向いた。するとそこには軍に保管されているはずの巨大な装甲車が署内へと乗り込んでいるところであった。


「なかなか豪勢なお迎えだねぇ」

「急がねば今度は警察側のお出迎えも来るので」


 軍隊帽をかぶった男は、ロジャーを見るなり敬礼をする。ロジャーはそれに対し、楽にしていいと命じた後に状況の整理を行った。


「この中で使えそうな者は――」

「俺が目星をつけてある。後はそいつ等を率いて町を制圧すれば、この街は俺達のものだ」


 グッと強く手を握り、ロジャーはニヤリと笑う。闘争本能が満ち満ちたその瞳で、この作戦の相棒の方を見ると、軍隊帽をかぶった男は敬意を払うため、ロジャーに向かって再び敬礼を行う。


「……頼りにしてるぜぇ、デッシュ=ブリーダー」

「お任せを! Mr.ジース! いえ、ジース隊長!!」


 あまりにも堂々とした脱出劇を見て、腰を抜かす囚人がいる事にロジャーはふと気づく。


「あ、あんた……軍人だったのか……それに――」

「あー、誰だっけ? 牢屋の番号見れば思い出せるんだろうが」


 ロジャーはデッシュから拳銃を受け取ると、銃口を容赦なく男のこめかみに押し当てる。


「まあ戦死以外で死ぬ奴の名前なんて、どうでもいいか――」

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