第四章 街の二大ヒーロー、推参!!
「…………」
この日の夜、奥田の家にはあらゆる人物がおとずれていた。
「やっぱおばさんの料理は美味え!」
「おばさんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん、と言いなさい」
約束通り夕方になってリックが奥田の家にやってきて、夕食を食べている。そして夕食を一緒に囲んでいるゲストは、何もリックだけでは無かった。
「ふふふ、君の友人は元気がいいね。警察もこんな元気な若者がいたら、私も安心できるのだが」
「オタクの家はいつもこうなのか?」
「いや、今回だけだと思うよ……」
近所の元警官ヨセフと、友達という事で再びお見舞いに来ていたエイミーが家のテーブルに連なっている。こうなってしまっては普段は広かったテーブルが小さく感じられるほどに、奥田は狭苦しくも楽しい夕食を迎えていた。
「美味かった! ごちそうさま! そういや知ってるかミスターオタク。今日街に新たなヒーローが現れたって事に」
「ぶっ!?」
飲み物を飲もうとした奥田にとって、その言葉は動揺を誘った。口の周りを拭った後、奥田は恐るおそるリックに聞き返す。
「……あ、新しいヒーローって?」
「テレビで緊急特集組まれていたぜ? 紅いバンダナの正義のヒーローが、強盗をぶっ飛ばしたってな!」
「私もその話は気になるな」
「やっぱ現職ヒーローにとっては気になることか? ま、後でテレビをつければ大体分かると思うぜ?」
リックの言葉が耳に届く中、奥田は黙って下を向いて冷や汗をかいた。
まさか、あれがバレてしまったのか? 素顔まで取られてしまったのか? ――奥田の脳裏に様々な思惑が通り過ぎていく。
顔色の悪い義理の息子の様子に最初に気がついたのはミーツェだった。ミーツェは目配せだけでヨセフに訴えかけるが、ヨセフの耳にもとっくにその情報が来ていた様で、二人の方だけで話をさせようとリック達の話に入って注意を引く。
「……タクオ、あんたまさか――」
「ごめんミーツェさん、できるだけ僕とばれない様にしたけど……」
「いいんだよ。悪い人をやっつけたんでしょ? 誰がタクオを責めるのさ」
「でも――」
「おーいオタク! これだよこれ!」
テレビではあの時助けた店主が、波打つマスコミの群れの問いに一つ一つ答えて行っている。
「強盗が来たときはどのような状況で!?」
「最初私に向かってナイフを突き出してきたんですけど、店の外にいたヒーローが挑発か何かしたんでしょうかね? 強盗が外に出て行ってそのヒーローと対峙したんです。そこからが凄いのなんの、パンチ一発で強盗を店の中までぶっ飛ばしたんですよ! 正直ヒーローに弁償させたいところですけど、新たなヒーローの誕生に立ち会えたんですからチャラにしますよ」
「そのヒーローの見た目は!?」
「大体高校生くらいかな? 割と細身で、赤いバンダナを頭に着けていたよ。それ以上は詳しく見れていないね。もしこの番組を見ていたのならお礼を言いたい! ありがとう!!」
奥田はテレビの向こう側の言葉を嬉しく受け取ったが、同時に自分の身がばれそうだったことに冷や汗をかいていた。
「すっげー……聞いたかよミスターオタク!? あの赤バンダナのヒーロー、俺等と同じくらいの年だってよ!」
「…………」
リックの明るい反応に対し、エイミーはというと黙ったままテレビを見つめている。
「……どうかしたのかい? やっぱりライバルの登場は気になるかね?」
ヨセフのその言葉を聞いてハッとしたのか、エイミーは少し早口になりながら答えを返す。
「そ、そうだな。やはり私とて、同じようなヒーローが現れたことはとても気になる。共に戦う同士か、ライバルとして競い合うのか気になるな!」
その答えにヨセフは笑顔のままだったが、奥田が見る限り、何か思う所がありそうにも見えた。
「……では私はそろそろ、夜のパトロールを兼ねて帰るとするか」
「俺も、家に帰るためのバスが来る時間だ」
「じゃあ二人とも気をつけてね」
「うむ、オタクも気をつけるといい」
「てかオタクで覚えられているのか……」
特に訂正する気もないことから奥田はそのままにしておいたが、リックはそこが気になっていたようだ。
「まあいいじゃん。間違ってはないし」
「お前がそういうならいいけどよ……じゃあまた! おばさんも料理の腕を上げましたね!」
「おばさん言うな!」
リックは笑顔のままバスに乗り、エイミーはいつもの様に走って去っていく。
「……さて、宅雄君。私が家にいた意味が分かるね?」
「はい……僕もまさかここまで大きな話題になるとは――」
「確かに今回見つかったのはまずかった。そしてこともあろうにエイミー=ライバックの耳にも入ってしまった」
ヨセフは険しそうな顔つきで奥田を見つめる。
「……彼女は、あまりいい反応ではなさそうであったぞ」
「……そう、ですか」
♦ ♦ ♦
その日の夜、いつもならベッドに入っている時間であったが、奥田はリビングにいたままだった。寝間着姿のままソファーに座り、ぼぉーっとテレビを見つめている。
テレビには昼間に奥田が犯した愚行が(世間一般的には良いことなのだろうが)、何度も何度も繰り返し映し出されている。
「………………はぁ」
「ふぃー、やっぱ風呂上りには牛乳イッキ飲みが――ってタクオ? まだ起きてるのっ?」
いつもの奥田なら、ミーツェに後ろから抱き疲れた途端に慌てふためいていただろう。
だがこの日は違った。ぼぉーっとしたまま、テレビを見ているだけ。
「……大丈夫だよ。タクオは悪くない。タクオがヒーローだってことは、私にとっては誇らしいことだよ」
奥田の隣に座ったミーツェはそう優しく語りかけ、頭を優しく撫でた。
「……今日バスの運転手に言われたんです。君はライバック社の人かい? って。普通の人間じゃそうならないって……ミーツェさん!」
奥田はいつもの表情では無く、昔の様な、自分の真実について問う時の顔つきをしている。
「昔冗談で言っていましたよね!? 僕は子どもの時に、宇宙船に乗ってきたんだって! 僕は、もしかして――」
「プッ、アハハハハハハ!」
真剣な奥田の問いだったが、その内容にミーツェは思わず笑ってしまった。
「ミーツェさん!」
「まさか! そんな訳無いじゃん! ていうかタクオもよく覚えていたねー! ホント可愛い子だよ!」
「僕は本気で――」
奥田が最後まで言う前に、ミーツェは自分の息子を強く抱きしめた。
「ミーツェさん……」
「…………ゴメン! 私がどうやってタクオと出会ったのか、本当の事はまだ言えない……だけど信じて! 私はタクオの――」
「分かっています」
奥田は決して責めるような表情ではなくミーツェの顔を真摯に見つめ、真剣に答えていた。それはミーツェを信頼しているが故の言葉であった。
「それは、分かっていますよ」
そう答える奥田の顔に、責めるような表情などどこにもなくなっている。
「僕は、ミーツェさんの子ですから」
「……ありがとう」
「……話は変わるんですけど――」
「なに?」
――僕、ヒーローになってみたいんです。
♦ ♦ ♦
休日になると、昼間の人だかりもいつもより大きなものとなる。
そして犯罪率も――
「――待て!! 逃げるな!!」
「嘘だろ!? 男のスーパーヒーローがいるなんて聞いてねえぞ!?」
ビルの合間を、街灯の上をNINJAの様に跳び、車両窃盗犯を追いかける者がいる。
新たなヒーローを前に、未知の両端からはシャッター音が鳴り響く。
「車の持ち主には悪いけど――」
紅いニット帽を目深にかぶり、正義のヒーローは驚異的な跳躍で車の上に飛び掛かる。
そして金属を押しつぶすような音とともに、暴走車両は急激に速度を失っていく。
「あっ、ヤバッ! 火が出てる!」
目撃者の鼓膜に響いた爆発音が告げるのは、中にいた者は誰も助からないだろうという悲劇的な情報。
だが――
「――危ない危ないっと」
燃えさかる車を背景に、紅いヒーローは二人の犯罪者を背負って立っていた。
「……気絶しちゃったか。まっ、しょうがない」
近くにいた野次馬に、右手でテレフォンマークを作って通報を促す。そしてヒーローは伸びている犯罪者をその辺に寝かせると、静かにその場を立ち去っていった。
♦ ♦ ♦
ある時は大規模な強盗事件を解決し、ある時は木に登ったきり降りられない猫を助けるなど、ここ最近紅い被り物をしたヒーローの話題は絶えることは無かった。
「――おい聞いたかミスターオタク! 新しいヒーローの呼称が決まったらしいぜ!」
目の前にそのヒーローがいるとも知らずに、奥田の親友は雑誌を持ってそう話しかける。
雑誌の表紙には、目撃者によって撮られたのであろう紅いヒーローの写真がでかでかと載っている。
もはやエイミー=ライバックの様な正体の知れているヒーローなど過去の存在。今はこの謎のヒーローの存在が世間をにぎわせている様であった。
「へぇー、何て呼ばれてるの?」
「とにかく紅い被り物をしている所から、『レッドキャップ』って呼ばれるらしいぜ!」
「そうなんだー」
「……おいタクオ」
「へっ?」
「お前どうしたんだ?」
友人の怪訝そうな目に、奥田は思わずどきりとした。
「ど、どうもしていないけど?」
「お前ならこういうヒーロー話、目を輝かせて聞いていたはずなんだが、どうも興味無さそうでよー」
「へっ!? そ、そんなことないよ! 彼には僕も興味あるし!」
「どうだか……お前まさか、エイミー=ライバックの時みたいに既に接点でもあるのか!?」
「ま、まっさかー! そんな訳無いじゃん……」
接点も何も当の本人なのだから、知っていて当然という感じである。
「もし知り合ったりしたら教えろよな!」
「うん、分かったよ」
「私にも、教えてほしい」
この時意外にも会話に割って入ってきたのはエイミーであった。
「私も、突如現れた謎のヒーローとやらに興味がある」
「やっぱりライバル的に思っちゃったりするか?」
「……そうかもしれんな」
リックとの会話の中で、エイミーの声のトーンが少し落ちたことが、やはり奥田にとっては気がかりであった。
「……だがともに街を守っているというのだ。ライバルとは少し違うかもしれない」
「そうなのか?」
「そういうものだ」
「まあ俺達平凡な一般人と違って、ヒーローは違うからなー」
その言葉は奥田にも、エイミーにも響くものがあった。
――その意味は、まるっきり違うものであったが。
♦ ♦ ♦
「ただいまー」
「おっかえりー! 最近は帰ってくるのも遅いね!」
「僕なりに街を守っているからね。遅くなっちゃって困るなら早く帰るけど――」
「いいっていいって! 私はただタクオが元気で帰ってくるならそれでオッケー!」
帰ってくるなりハグをされるも、奥田の頭の中には今夜の献立が組み立てられていた。
「無意味に褒めるってことは今日の晩御飯はできていないってことですよね?」
「げっ、バレてた?」
「はぁ、帰りに適当に買ってきておいて正解だったようだね」
「さっすがタクオ、我が家のヒーロー!」
我が家のヒーローとはどういう意味だと奥田は突っ込みを入れたかったが、晩御飯の準備を進めなければこのままだと食うものが無いという状況が優先される。
「……そういえば、ここ最近エイミーの話を聞かないね」
「あの子もあの子なりに助けている筈なんだけど、どうも世間は謎のヒーローに夢中だからね」
奥田はミーツェのその言葉に、ある引っ掛かりを感じた。それは奥田自身がヒーローになる前にミーツェから聞いた言葉に引っかかりがあるからであった。
「……ミーツェさん言ってましたよね。エイミーは認めてもらいたくて、ヒーローになったんだって」
「言ったよ」
「僕、嫌な予感がするんです。このまま僕がヒーローを続けていたら、エイミーはどうなってしまうのかなって」
「そうだね……タクオが言う事も分かるけど、それでもエイミーに助けられた人は彼女に対して感謝していると思うよ」
「でもそれすらなくなってしまったら……」
ミーツェは奥田が薄々感じていたことを、まるで見透かすかのように言い当てる。
「……“慣れ”が怖いって事?」
「えっ?」
「この街の人が昔からいたヒーローに助けられることに慣れてしまって、古くから支えているヒーローへの感謝の気持ちを忘れてしまうって事が怖いって事?」
「そこまで言うつもりじゃないんですけど……」
ミーツェの言葉は冷たいものだが、外れているとは決して言えない。奥田は本当にこのまま人助けを続けるべきか考えていた。
「僕、しばらく人助けをやめようかな……」
「何言ってんの! タクオ達のおかげでこの都市の犯罪率は全盛期の更に四分の一以下まで下がっているんだよ?」
「……それはあくまで普通の一般人の犯罪被害でしょ」
「……何が言いたいのさ」
奥田は愚かだと思いながらも、自分の想像をそのままミーツェに話し始める。
「もし僕とエイミーが対立したら、この街はどうなるの?」
「…………」
「僕にも分からないんだ。これは憶測かもしれないし、本当になるかもしれない。僕だって憶測だけであってほしいけど」
♦ ♦ ♦
この日も街では犯罪が起きている。道を歩けば手荷物をひったくられ、銀行の近くでは銃撃戦が始まり、公共機関は覆面の連中にハイジャックされる。
それでも街の人々は知っていた。どんな状況でも必ず助けが、ヒーローが来ることを。
「ハァッ!」
人工的に作り上げられた少女は、街のひったくりをその超スピードで追廻捕まえる。
「私というものがいながら、よく罪を犯せるものだ」
「畜生! この女がいたのを忘れていた! あっちの方は銀行強盗にまわっていると聞いていたから、完っ全に油断していた!」
少女はその言葉に小さく歯噛みしながら、銀行強盗が行われているとされる現場へと走り出す。
「現場はここか……!」
エイミー=ライバックが名乗りを上げようとした時には、既に現場は収束していた。取り押さえられていた銀行強盗は合計十四人。いずれもロープによって銀行の柱に縛られている。
「流石はレッドキャップといったところか。新しいヒーローとはいえかのエイミー=ライバックに引けを取るどころか存在を喰っちまうほどに上回って――」
警察同士の他愛のない会話が、まだ成熟できていない心に突き刺さる。
「……クソッ!」
たまたまその時ビルの一角にある巨大な液晶テレビが映し出すハイジャック事件を前に、エイミー=ライバックはまだ誰も手が付けられていない事件だということを祈りながら、新たな現場へと向かった。
♦ ♦ ♦
ある時はビルの合間を縫うようにレールにぶら下がり、またあるときは郊外の地上を優雅に走り、またあるときは地下をモグラのように駆け抜ける。街を一通りぐるりと一周するかの様な路線図の上をはしり、全部で二十両となる巨大な列車。この街で有名な交通機関、ハングレールだ。
地上を利用できない都市部では中空に路線を敷いてその下をぶら下がる様に走り、郊外では地上を列車のように走る――このある意味ハイブリットな運行が有名なもので、街を支える主要な交通機関でもある。よってここがハイジャックを受けた場合、都市の交通は致命傷を受けてしまう。
従って他に比べてセキュリティも高いはずだが――
「てめえら静かにしろ! 俺達はただ金が欲しいだけなんだからよ!」
今回ハイジャックを受けているのがそのハングレールだというのであるからして、この街の治安が良くなっているものの、犯罪の質は悪質なものへと変貌していきつつある事が伺える。
「静かに、しねえか!!」
アサルトライフルの連続した銃撃音が聞こえ、列車内には恐怖のあまり絶叫する声が響き渡る。
「喚くなクソ共! 次口を開いてみろ、銃つっこんで穴増やしてやっからなぁ!」
思い通りにいかない様子にいらだちを隠せずにいるのが、このハングレールを乗っ取っているグループのリーダー、レオルド=ビッグスである。
「だから大人しくしねえと撃つぞって言ってんのが分かんねえのか!」
「兄貴がやたらめったら撃つからパニックになっているんすよ」
覆面のリーダーをなだめるように、同じく覆面のメンバーの一人が割って入る。
「とにかくお前らを人質にこの街から金せしめんだよ!! 計画の邪魔になる奴は容赦なく打ち殺すからそのつもりでいろ!!」
「じゃあ僕に銃口を向けないと」
車内窓越しに、赤い色が見える。軽快な口調が、窓越しから聞こえてくる。
「何せあんたの計画を邪魔するどころか畳みに来たんだからさ」
「なっ!? 出てきやがったかレッドキャップ!!」
この日も赤いニット帽を目深にかぶったヒーローが、窓越しに手を振りつつ犯人を説得に取り掛かる。
「僕が来たんだからハイジャックは諦めろ! さもなくば――」
返事代わりに、窓に向かって銃口が向けられる。
「……あのそれマジで――」
電車内に再び銃声が響き渡り、列車の窓が割れていく。撃ち漏らしたことに舌打ちしながら、バスジャックの主犯格の男が確認するかのようにもう一度叫ぶ。
「邪魔するなら撃ち殺すっつってんだろうが!」
激昂するリーダーの声が外にも聞こえるなか、レッドキャップは列車の天井に張り付きながら作戦を考えていた。
「僕の特技は怪力と俊足。そして動体視力……一応意識すればこれらの事はできると分かっているけど、流石に撃たれたら一巻の終わりだろうし……」
窓越しに一通りのぞき見たところ、一両あたりに二人のハイジャック犯。いずれも武装して警戒を怠っている様子はない。
「犯人グループは先頭車両にいた事から、一番後ろの車両から片づけて行ったらばれないと思うけど……」
誰か一人でも無線で連絡を取られでもしたら、先頭車両の人質の命に手を出す可能性がある。高速で運行する列車の上、風に飛ばされない様ニット帽を抑えながらヒーローは一人思考を張り巡らせていた。
「一人で一度に二人を倒すには――」
「貴様がレッドキャップか」
レッドキャップにとっては助っ人が現れ、そしてエイミーにとっては邪魔者がそこにいる。
「……エイミー=ライバック」
一応普段の奥田と違うように、赤い被り物を目深にかぶり、目つきを悪そうにしてはいる。それが今回上手く作用したのか、レッドキャップの正体はエイミーにはばれずに済んでいた。
「……随分と悠長そうにしているな」
そういうエイミーの方はというと、列車の屋根に仁王立ちという構えをしており、随分と威圧的に見える。
「先頭にリーダー含めて四人、各車両に二人ずつ見張りがいるから、車両ごとに開放するにはこの見張りを倒さなくちゃいけないけど――」
「ふむ。突撃すれば人質に危険が及ぶと?」
「下手に刺激してリーダーにブチキレられたら、人質を殺されてゲームオーバーってなるかもね」
現状を把握したところで、レッドキャップはもう一人のヒーローにある提案をする。
「……丁度僕等は二人いるから、同時に侵入して倒すって方法があるんだけど」
「ふむ、いいだろう」
話を聞いている時の態度からして却下でもされるのではないかとひやひやしていたが、無事説得に成功したようだ。
「――で、どうやって刺激せずに侵入するつもりだ?」
「あっ」
流石にそこまでは考えていなかった。レッドキャップは象徴である赤いニット帽を触りながら、どうしようかと考え始める。
そうこうしている間にも列車は走り続け、地下へと入る入口が近づいてゆく。地下になると縦横の空間が狭くなるため、今のように悠長には構えていられない。
時間だけが過ぎてゆく中、奥田はある事を思いつく。
「……そうだ!」
地下の低い天井が近づいてゆき、列車の轟音が鳴り響く中、赤帽子はもう一つの作戦を今回の相方に提案する。
「……面白い作戦だ。だが失敗は許されないぞ」
「分かってるってば――」
♦ ♦ ♦
「奴等はどこからくるつもりだ……?」
列車の最後尾までが地下へと沈み、後ろの窓を見張っていた覆面の男の頭上に電気がつき始める。
先程リーダーから「例の赤帽子が現れた」という連絡が来てから、ハイジャックグループに緊張が走っている。
「心配すんな、こっちは人質がいるんだ。いざという時は盾にすりゃ――」
ガゴン、という鈍い音と共に、列車は急に速度を落としていく。そして天井の照明はちらちらと数回点滅し、そのまま消灯してしまう。
「ちっ! おい運転手さんよぉ! 駅でもねえのになに停車してんだ!」
「あ、あれ? おかしいな? 自動操縦がきいていないし、電気系統がやられたか?」
運転手が手動で操縦を試してみるも、列車はうんともすんとも動かない。
途中で断線でも起こしたのであろうか、この列車を動かしている電気が供給されず、暗い地下道の中停車することに。
「……まさかあの赤帽子がやったってのか……?」
レオルドは助けに来たという憎きヒーローの事を考えながら、無線にて全車両に命令を下す。
「俺だ。停電のせいで電車が止まっているようだが、そのまま見張りを続けろ。くれぐれも奴等の侵入を許すな。人質を最大限に利用しろ」
「――ラジャ」
最後尾の見張りが、返事を返す。今のところ以上は見受けられないものの、油断は禁物となっている。
「後ろの方を見て来てくれ。俺はここで見張っている」
「分かった」
そう言って見張りの片方は後ろの方へと、乗客を見張りながら歩いていく。
「絶対に撃ち殺してやる」
「おーこわ」
「なっ――」
残っていた見張りの首に、細腕が絡みつく。見張りは声をあげる間も無く、締め落とされその場に倒れる。
「――ん?」
後ろの方へと歩いていた見張りの耳が、微かな物音を捉える。
「何の音――だっ!?」
「ぬるい」
延髄に手刀がおろされ、残った見張りもまたその場に倒れる。エイミーが見張りを倒したところで、赤帽子が静かに近寄る。
「……何とかなったね」
「そうだな。電気が供給されなくなった時、非常時の為に列車のドアを手動で開けられるようになっているのを利用するとは」
「ガラスを割って弁償、なんて事も無く済んだしね」
「き、君達は――」
乗客の一人が口を開こうとすると、赤い帽子の少年はその口に人差し指を当てる。
「車内では大声で話しちゃいけないってアナウンスがあったでしょ?」
レッドキャップはそう言って静かに列車の最後尾を立ち去り、次の車両へと移っていった。
♦ ♦ ♦
「――やけに静かだな」
嵐の前の静けさ――というよりも停電直後に襲ってこないことが、レオルドの考えを乱す。
「おかしい。奴が電気系統を破壊したと考えるのが常識だが、本当に事故か?」
「ボス、それよりこのままだと地下で包囲されますぜ」
「バーカ、こっちには人質がいるんだ。ポリ公の前で何人か殺せば退いていくだろ――」
「それを僕が許すとでも思っているかい?」
真っ暗な闇の中から、憎々しい声だけがレオルドに届けられる。
「ッ!? 正面から来るとはなあ、馬鹿としか思えねえぜ!」
レオルドはすぐに近くにいた乗客を引っ張り出し、人質を盾のようにして構える。
「それ以上近づくなよ似非ヒーロー! こっちには人質がいるんだぜ!?」
暗闇の向こう、たった一人の少年に対し向けられる銃口の数は四つ。
「ふっ、フフフフ、アハハハハ!」
突如壊れたかのような笑い声が響き渡り、レオルド達に対し底知れぬ恐怖を与える。
「何が可笑しい!?」
「いやー、近づかれなければ大丈夫だと思っているその浅い考えが、可笑しくてさぁ!」
「うごっ!?」
赤帽子の言葉が終わると同時に、レオルドのすぐ隣にいたグループの一人が突如うめき声を上げて倒れる。
「は、はぁ!? てめぇ今何をした!?」
「だからさぁ、近づかなくてもあんた達を倒す手段なんていくらでもあるんだよ?」
次々と悲鳴を挙げ倒れていく部下たちを前に、レオルドは既にまともな思考ができる状態では無かった。
「ば、化け物めぇぇぇぇ!!」
銃を握る手に力がこもり、人質の頭に風穴が開くかと思われたが――
「――その化け物相手に、戦おうとするのが愚かだったんだよ」
いつの間に近寄っていたのか、赤帽子の手はアサルトライフルを掴んでいた。
レッドキャップは勝ち誇ったかのようにニヤリと笑い、そのまま軽く捻るかのように銃身をへし折った。
「はぁああああ!?」
「よっと!」
後はボディブロー一発でレオルドの意識はとび、都市の安全を脅かしたハイジャック事件は、幕を下ろすこととなった。
「――ふぅ。流石は正義のヒーロー、エイミー=ライバックといったところかな」
「ッふん、貴様の演技も中々と言ったところだな」
停電していた列車に電気が供給され、列車は滞りなく動き始める。地下から出てきた列車に、日の光がさし始める。そして乗客は突如現れた二人の英雄に、感謝の意を込めて拍手を送る。
「すげー!」
「それにしてもどうやって倒したんだ!?」
種を明かすと、レッドキャップは確かに列車の電気系統を故障させ、列車を停車させていた。
非常用の電源に切り替わるまで、およそ五分。これはレッドキャップの頭に最近テレビから刻みつけられた情報だ。
そして電源が復活するまでの間、エイミーと二人で闇討ちといった形で先頭車両以外の見張りを倒し終えると、仕上げに先頭車両の四人を相手に一芝居うつこととなった。
まずはレッドキャップだけが現れることで四人の意識を完全にそっちの方に向け、この混乱を巻き起こしたのはレッドキャップ一人だけだと犯人グループに思わせる。後は演技に合わせてエイミーが隠れて闇討ち。訳も分からず次々と倒される手下に混乱しているのに乗じてレッドキャップも接近、結果この通りという訳である。
「何とか上手くいったみたいだな」
そしてこのままハッピーエンド……という訳にはいかないようだ。
「へへ、へはははははは!!」
乗客含め平和な雰囲気に包まれていたところで、レオルドは突如笑い出す。
「あれ? アタマの打ちどころでも悪かったかな?」
「ちげぇんだよバーカ。これで終わりだと思っているてめぇ等のスカスカ脳みそに笑ってんだよ」
事態はこれで終わりでは無かった。レオルドにはまだ切り札が残っている。
「あれを仕込んでいおいて正解だったぜ……いいかよく聞け! この先都市の中心部に、俺のカワイイカワイイ爆弾ちゃんが俺のラブコールを待ってんだよ。だけどこのように縛られちゃあ、俺は彼女に愛をささやくことができねえ。不機嫌になった彼女は、かんしゃくを起こして爆発しちまうかもなあ!!」
思い通りにならないとなれば、せめて全てを破滅へと導こうというレオルドのいかれた発想が、車内を再び恐怖へと陥れる。
「なーに心配するな、爆弾は地獄へ導くだけの案内人。路線を破壊するだけさ。まあその後、街のど真ん中に列車が落っこちるけどなぁ!!」
「くそっ!」
エイミーはその言葉を聞いたとたん、即座に運転手に列車を停止するよう指示をうながす。
「急いでブレーキをかけるんだ!」
「ぎゃははは! はたして間に合うかなぁ!? 俺の目測だとあと1キロって所だぜぇ!?」
レッドキャップが進行方向を向くと、遠くに点滅している爆弾が微かに見え始めるのが分かる。
「この列車の制動距離は!?」
「お、およそ千五百メートル……」
「くっ!」
エイミーは何を思ったのか、列車の外に出て急いで先回りをし、列車の線路の上で仁王立ちを始める。
「ま、まさか止める気か!?」
そのまさかで、えいみーは走り迫ってくる列車と、正面からぶつかり合った。
「ぐ、が、|AAAAHHHHHHHHHHァ!!」
歯を食いしばりながら、エイミーは今まで出したことが無い程の、最大限の力で列車を止めにかかった。車輪が擦れる金属音と、地響きのような摩擦が列車内に響き渡るが、その速度は一向に落ちる気配はない。
「ッ! 君は僕よりむちゃくちゃだよ!」
レッドキャップはすぐさまエイミーの元へと駆け寄り、共に列車を止めようとした。だが列車の前だけを止めた場合、勢い余った後部車両がぶつかって列車自体が脱線する可能性が高い。
「エイミー! ここは僕に任せて、君は後ろの車両から引っ張って!」
「何故だ!」
「このまま前の方だけ止めたら、後ろがぐちゃぐちゃになってしまう!」
「……分かった!」
エイミーは列車の屋根伝いに後ろの方へと走ってゆき、それを見届けながらレッドキャップは更に両腕と足に力を込める。
「バスの時より強く……! 絶対に止めるんだッ!!」
更なる力が、レッドキャップの全身から満ち溢れてくる。
「|OOOOAHHHHHHHHHHHHァ!!」
レッドキャップが力を入れると同時に、列車が後ろからガクンと引っ張られるかのようにスピードが落ち始める。
「ッ、エイミー!!」
見えないけど、力を貸してくれるヒーローがいる。レッドキャップはそれを感じると、更に全身に力を込める。
「と、ま、れえええええええええええぇぇぇぇ!!」
靴底が削れ、裸足が地面を抉る。それでもレッドキャップは力を緩めない。
「ウああアアアアアアアアアァ!!」
やっとのことで、列車は爆弾の数十メートル手前の所で見事制止する。レッドキャップは今まで使ってきた力の反動か、力が急激に抜けその場に大の字に寝転がる。
「はぁ、はぁ…………と、止まった……?」
今度こそ乗客の方から歓声が上がったようで、皆が皆列車を止めたヒーローに対し賛美の言葉を綴った。
「すげええええええ!! 俺感動しちまった!」
「レッドキャップ万歳!」
「え、えーと、エイミーも手伝ってくれたんだけど……」
しかし乗客にとっては、新たなヒーローの登場の方が注目できる様だ。
「すげえ! 流石はレッドキャップ!」
「えっ、だからエイミーも手伝ってくれたから――」
「レッドキャップのおかげで助かったんだ!」
「俺、貴方のファン何です! 握手してください!」
「…………」
マジシャンの助手が評価されない様に、ヒーローの影で活躍した裏方が評価されることはない。
「だーかーら、エイミーが手伝ってくれたおかげで、ほらエイミーも――あれ?」
レッドキャップの目には、再び屋根を伝って前方へと戻ってきたエイミーの姿があった。しかしその表情には、嫉妬と憎しみ、そして羨望とが入り混じった複雑な感情を宿している。
「エイミー……」
レッドキャップがその目を見つめていると、エイミーはある事に気がついたのか突然叫びだす。
「爆弾が爆発する! 皆伏せろ!」
「へ?」
仰向けで逆さになったレッドキャップの視界に映るのは、赤い点滅が加速していく姿。そして――
「じ、冗談だよね……」
奇跡も虚しく、レッドキャップの全身を爆風が覆っていく。轟音と熱風、そして硝煙の鼻につく臭いが列車を襲う。
「ひゃっはははははははぁ!!」
レオルドは一人のヒーローが散りゆく様を想像し、爆風に包まれる列車の中一人笑っていた。
♦ ♦ ♦
「――急いでケガ人を運んで! この少年はうちで引き取る!」
「乗客は無事なようですが、少年が一人重傷! なんとあのレッドキャップとの噂が――」
「タクオ! 起きて! 起きてってば――」