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第三章 ここから始まる正義のヒーロー、レッドキャップ

 目覚ましのけたたましい音が鳴るとともに奥田が見たものは、自分がいつも寝起きする時に見ている天井であった。


「……あれ?」


 漫画のヒーローのポスター。真っ赤なタイツに身を包んだ姿がいつも見守ってくれている部屋で、奥田は目を覚ました。


「僕は確か、病院で――」


 そうだ、病院で目を覚ましたはずだと奥田は記憶を巡らせる。しかし奥田が今いるのは自分の家。清潔的な空間とは無縁である。


「……たはは、そういう事か」

 自分は夢を見ていたのだと、奥田は乾いた笑い声をあげた。

 絶体絶命のピンチも、あの凄まじい力も、全ては空想であり幻想なのだ。


「なぁんだ、ビックリした」

「何がビックリしたのだ?」

「うわぁ!?」


 家ではテレビでしか流れないはずの声に、奥田は驚きのあまりベッドから転げ落ちた。


「どうしたオタク!? 大丈夫か!?」


 普段家では聞こえるはずのない、凛とした声が耳に届く。


「どどど、どうしてエイミーが!?」

「どうしてって、君の家が強盗に襲われたと聞いて急いで駆け付けてきたのだ」


 ――という事は夢では無かったという事なのかと、奥田は一瞬であの事を思い出す。

 それにしても助けに来た割にはエプロン姿という家庭的な姿のご登場に、奥田は複雑な気持ちだった。


「来てくれるのは嬉しいけど、そのかっこうは何?」

「む? これか?」


 その可憐な姿を前に「こんなお嫁さんがHOSHIIIIII(ホシイイイイイイ)!!」と奥田は心の中で叫びながら、表情をなんとかいつも通りに対応しようとした。


「どうだ? 似合うか?」


 目の前で一周まわるその姿に心を奪われながらも、奥田は自信ありげなエイミーを褒める。


「う、うん! とても似合うよ!」

「そうか、良かった!」


 その笑顔は自分だけに向けられたものだと、奥田は喜ぶあまりに表情が緩みかけたが、何とかその場を持ちこたえた。


「では私は朝食の手伝いをせねばならんのでな、また!」

「うん、僕もすぐ降りてくるから……」


 ひらひらと手を振った後に、奥田は一人ベッドで悶絶した。


「う、うわああああ! 僕の家にエイミーが来てくれるなんて!」


 ゴロゴロと転がりながらもエイミーのエプロン姿に奥田は妄想を膨らませる。


「も、もしエイミーが奥さんになったら毎日あのエプロンを着てくれるのかな? そして朝食を作っている時に僕が後ろから抱きついて、「何をしているんだ?」「ごめん、朝食よりも君を頂きたい」なんて――」

「タクオってば!」

「うわわっ!?」


 二度目のベッドからの落下に流石の奥田も反省したのか、その声のする方に大人しく向いた。


「――ってミーツェさん!?」

「あまりに遅いから呼びに来たんだよ!」

「ご、ごめんなさい。すぐ行きますから」

「全く、彼女を待たせるのは良くないよ!」


 そう言ってミーツェはドアを閉めたが、わき腹を庇う様な動きの不自然さに、奥田はミーツェがケガをしていた事を思い出す。


「そうだった……ミーツェさん撃たれたんだった」


 一瞬目に映った痛々しい姿に、奥田は浮かれていた自分を戒めると共に、けがを負わせてしまっていたという現実に少し心を痛めた。


「……とにかく着替えて降りないと」


 奥田はパジャマ姿をエイミーに見られたことに恥ずかしさを思い出しながらも、急いで学校へと行く支度を始めた。




「今日は一緒に登校になるかもしれんな!」

「そうだね」

「朝から美少女と朝食を共にできるとは、タクオも隅に置けないねー」

「ちょっとミーツェさん!」

「あはははは! あー、お腹痛い」


 脇腹を抑えながら朝食のパンをかじるミーツェを見て奥田は少々不安に思っていたが、そこにエイミーが口を挟んでくる。


「結局昨日は一体何があったというのだ? 今朝のニュースを見て、私は急いで駆け付けてきたのだが」

「いやーちょっと郊外で強盗が起きちゃってねー」

「笑ってる場合じゃないですよ! ミーツェさん撃たれたんですから!」

「でもほら、ちゃんと治してもらったからさ」


 そう言ってミーツェは服をまくり、脇に巻かれた包帯を二人に見せる。


「こうやって手当もしてもらったし、しばらく休みも取ったから!」


 奥田はミーツェのいつも通りの気楽さを前に、大きなため息をついた。


「本当に心配しているんですよ……ミーツェさんがいなくなったら、僕は――」

「ありがとう、タクオ」


 落ち込む奥田の頭を、ミーツェは優しく撫でた。それは自分を本当に心配してくれた息子のような存在に対して、心からの感謝であった。


「あの時にタクオがいてくれなかったら、私はあのまま死んでいたと思う。だからこそ、タクオには命を救われた。タクオは私のヒーローだよ」


 ミーツェのその言葉は嬉しかったが、奥田の隣の少女もその言葉を聞いている。


「あのー、本物のヒーローを前にそんな事――」

「いや、確かにオタクはヒーローだ」


 エイミーは意外にも真剣な眼差しで奥田を見つめ、その功績を褒めていた。


「特別な力を持っていなくても、人を一人救ったのだ。オタクは立派なヒーローだ」

「あらあら、本家ヒーローからお墨付きをもらっちゃったね」

「そそそんな、僕がヒーローだなんて……」


 突然自分が評価されたことに対して、奥田は挙動不審にならざるを得なかった。

 普段他人からはけなされてばかりの彼が、ミーツェ以外の他人から初めて評価される。奥田にとってそれは、初めての感覚であった。


「僕が、ヒーロー……」

「それはそうと、街のヒーローが来てくれたことは嬉しいけど、この後警察から情報提供を頼まれているから、タクオも今日は学校遅れるよー」

「えぇっ!?」


 折角二人で登校できると思っていたところでこの仕打ちとは、どうやら運命は奥田に嫉妬しているようである。


「ゴメンねー、友達の為にせっかく来てくれたんだろうけど」

「いえ、キチンと事情聴取を受けてもらった方が、これからの街の安全への貢献になると思う」


 エイミーはそう言って、食べ終わった朝食の皿を片付け始める。


「そ、そんなー……」


 奥田は残ったパンを寂しそうに頬張りながら、あこがれの少女の背中を見届けている。


「いくらヒーローだからと言って、警察の邪魔をすることはできない。ではまた学校で会おう」

てきぱきと準備を終えたエイミーは、玄関前に置いていたバッグを手に取る。

「ではオタクよ、良い一日を」


 良い一日も何もこれから警察とご対面なのだからいい気分などしないだろうと、奥田は内心突っ込みを入れたかった。

 そして消えたエイミーと入れ替わる様にして、警察二人と奥田の知る人物とが同時に部屋に入ってきた。


「あっ、ヨセフさん?」

「ふふ、一応私も後からとはいえ駆けつけてきたからな」

「すいません事情聴取に――って、あんたは!?」


 金髪の若い警察官は、奥田を見るなり驚嘆の声を響かせる。


「あんた昨日の超スピードで去っていった人じゃないか!?」

「えっ!? ひ、人違いでは……?」

「いやいやあんただよあんた! こりゃ事情聴取と同時にスクープも――」

「やめなさい」


 若い警察官の暴走を止めたのは、元VPPDの言葉であった。


「まだ何もわからないうちに、勝手に話を進めるんじゃない。謎の力とはいえ、彼個人の情報でもある。勝手に漏えいさせてしまっては警察を去らなければならなくなるぞ」

「す、すいません……」

「それにあの力については彼本人もあまり知らないのだ。よく分からないうちから騒ぎにするのはよろしくないな」


 ヨセフの戒めにより大人しくなった警察官は、自分の職務を果たすべく二人に対していくつか問いを投げかけはじめた。

 奥田は言われた事に素直に答えたが、あの力ぬきで事の顛末を上手く伝えることはできずにいた。


「……やっぱり、あの時僕の身に起きたことを抜きにしてこの事件を説明できないです」

「そうだな……なにぶんあのバスジャック犯をくい止めたのは彼だからな」

「まああの事件については目撃者も少ないですし、いたとしても映画の撮影か何かと勘違いする人多いんじゃないですか?」

「ほう、つまり君は宅雄君の為に上に虚偽の報告をすると」

「いやいや、ヨセフさんがそういう風にするよう――」

「私はただ、彼の力をよく分からないまま報告するのはまずいのではないかと言っているだけだ」

「それって隠ぺいしろってことじゃ――」

「隠ぺいするのは君だろう? 私は元VPPDとして君の手伝いをしているだけなのだが」


 ただからかっているようにも見えるが、奥田はなぜヨセフがそこまでして守ろうとしているのかが気になっていた。


「どうして僕をそこまで庇ってくれるのですか?」

「……まあ、これはミーツェ君と私との約束なのでな」

「ゴメンねタクオ……これをおおやけにしちゃうと、なんだかタクオが遠くに行っちゃいそうな気がして……」


 事実、面白人間だの第二のスーパーヒーローだともてはやされ、人気者として家には滅多に戻れなくなるか、はたまた怪しげな人体実験の毎日にさらされ、実験動物にされるか。

 奥田の頭に様々な妄想が浮かび上がり、ミーツェの言いたいことも同時に分かってしまう。


「……確かに、ミーツェさんの言いたい事も分かります」

「さっすがタクオ! 私の気持ちを分かってくれるなんて、良く出来た息子だよ!」


 ミーツェに頬ずりをされる奥田だが、人前でされては流石に恥ずかしいものがある。


「ミ、ミーツェさんそれはっ、ちょっと――」

「流石私の息子だよー!」

「ウォッホン! ……話をしてもいいかな?」


 ヨセフは大きく咳払いをすると、奥田の謎の力をどうするべきかについての話を始めた。


「私が思うに、犯人以外でこの力の持ち主を知る者は、現時点でこの場にいる者だけ。ならばこの場にいる者だけが奥田君の力を知っているという事で、何とか内密にしようではないか」


 ヨセフのその提案に、奥田も賛成であった。


「僕もあの時の力を今出せと言われても、ポンッと出すことは出来ないと思います……」

「まあしょっちゅう出されたらものが壊されそうだしね」

「つーかその力を公表したらあのエイミー=ライバックも黙っちゃないでしょ」


 若い警官の言葉を聞いて、奥田は今更ながらにエイミーの事を思い出す。


「そういえばそうだった……もしこの力を彼女が知ったらどうなるんだろう……『一緒に平和を守っていこうではないか!』とか言われそう」

「もしくは――」


 ミーツェはあまり嬉しそうな表情を浮かべずに、良くないパターンを提示し始める。


「――嫉妬に狂う、か」

「……投薬実験では無く、天然のパワーにな」


 ヨセフはミーツェの言葉に付け加える様に、そう呟いた。



   ♦  ♦  ♦



「――あんなのあり得ねぇだろ! いつからこの街は超人が道端を歩くようになったんだ!?」


 暗く冷たい檻に閉ざされ、ハイジャック犯であった男の怯え驚く声が鳴り響く。そしてそれをあざ笑う声も。


「HAHAHA! 運悪くあのパワーガールの目の前でヘマやらかしたか!?」


 いずれも漫画にでも出てきそうな凶悪な面構えが並び、その眼前に鉄格子がはめられている。


「ほんと、あの女が現れてからまともに仕事ができやしねぇ」

「ハッ、お前の仕事なんざガキのお使いみたいなもんじゃねぇか」

「んだとゴラァ!」


 今日も鉄柵越しに罵声が飛び交い、金属を叩く音が鳴り響きだす。

 ここバイスプール刑務所では、収監された凶悪犯にキッチリと刑務を執行させる場所であり、日々うめき声と罵声と怒声が署内に響き渡っている。


「ったく、本当に俺は運が悪い男だ」


 刑務所の新入りとなった男は周囲を見渡し、大きくため息をつきながら自分の肩に手をやった。


「あの女だけ警戒しとけばよかったはずが、まさか男もいたとはなあ」

「ッ!?」


 男がさりげなく言い放った一言に、その場の全員がざわめきどよめいた。


「お、おい! 一体どういう事だ!? あのビッチだけがスーパーパワーを持っている訳じゃねぇのか!?」

「だからよ、その辺にいた地味な優男が走ってバスを追い回し、挙句に走行中のバスを力でねじ伏せやがったっつぅんだから驚きの話だよな」

「そ、その男の見た目は!?」


 元ハイジャック犯の男は首を傾げながら、薬物にまみれた自分の記憶をなんとか掘り返していた。


「んー、本当に地味な野郎だったからよ、そこまで記憶にねぇんだわ。てかマジで怖えんだぜ? バスを素手でブチ止める奴を目の前で見るとよ」

「自分を捕まえた野郎を覚えてねぇたあクスリでスカスカの脳みそ野郎の言う事は違うねえ」


 一同その場に笑い声が響き渡る中、ある囚人だけが男に話しかける。


「そいつは面倒じゃねぇか。俺がここを出る時に邪魔者が増えるだけだってのによお」


 囚人の余裕を含んだ言葉に対し、別の男が食って掛かる。


「ああ? ……てめえは最近あのパワーガールに捕まった大口叩きのジース=ロジャー君じゃありませんかー?」


 他の者とは違って、その笑みが意味深さを醸し出している男が一人。体中に傷と刺青が入っているその風貌は、普通の者なら関わりたがらないだろう。

 男の正体はワイドショーで一躍有名となり、翌日即座に捕まったジース=ロジャーである。


「……あんた、名前は?」

「ああ? 俺の名前か? てめえ壁の文字も読めねえほど低能かよ!」


 相手の挑発に乗らず、ジースは静かに檻の近くの番号を見た。


「……」

「オラオラ! なんか言ってみろよでくの坊が!」

「もうあんたに興味はないよ」


 その後も罵声はジースへと浴びせられるが、ジースはそれに背を向けるようにして寝転び、とある計画の修正を考え始めた。


「……一週間後が楽しみだ」



   ♦  ♦  ♦



「――ま、いつもより遅れての登校は悪目立ちするよね」


 昼休み。奥田がこの時間帯に登校するのは初めてだった。

 そして今回は珍しく奥田の周りに少しだけ人が集まった。内容は奥田の予想した通り、バスジャック事件についてだ。


「しっかしお前も運が悪いな。お前の乗ってるバスがピンポイントでハイジャックくらっちまうなんて」

「でも普通に警察に捕まったんだろ? なんにも面白くねえな」

「あのエイミー=ライバックも関わってねえようだし、新聞の取り扱いも小さいもんだな」

「あはは……」


 周りの者は面白くないと言いたげであったが、奥田としては冗談ではないと内心思っていた。

 自分の恩人が傷ついたのだからつまらないなどと言われたくない。奥田はむっとしたが、立場上彼らに言い返す度胸も無かった。


 だが――


「お前達!! 犯罪に巻き込まれたものに向ける言葉を、間違えてはいないか!!」


 義憤に燃えるスーパーヒーロー、エイミー=ライバックがすぐそばで握り拳を震わせていた。


「彼の親戚が撃たれていたのだぞ! 傷ついた者を思いやってこそ、本当にあるべき正義すがたではないのか!?」


 正義の味方らしい真っ白な正論をつきつけられた者達は、彼女に何か言い返したかったが地位が違うために言い返せない。


「……くっ」


 奥田の周りから人が散ってゆく。そしてあまり関わろうとしなかった隣のリックと奥田の目が合う。

 そして奥田は自分のひとつ前の席に着こうとするエイミーに向かってお礼を言った。


「……ありがとう」

「いいんだ。ああいう輩は自分が犯罪に巻き込まれたことが無いから言えるのだ」

「ま、いわゆる野次馬ってワケだが……お前まさか親戚が怪我したって……おばさんの事か?」

「そうだよ……脇腹に銃弾が一発。まともに当たってなかったらしいから大丈夫だったけどさ、ショックでね……」

「マジかー……あのおばさんの創作料理美味いからなー。しばらく食ってねえし俺もお見舞いついでに家まで行こうかなあ」


 あの謎のアレンジ料理に好評価を押すのは君くらいだろうと、奥田はリックの方を見てそう内心思った。

 だが素直に心配してくれていることに、奥田は嬉しくもあった。


「お見舞いとかそんな大層なことしなくても……」

「どっちにしろ最近遊びに入って無かっただろ? 今日部活終わったら遊びに行くからよろしくな!」

「いいけど……」

「っし、今日の予定が決定!」


 リックがそう張りきっていると、午後の授業を始めるために入ってきた先生が席に着くようクラスに呼びかけ始める。


「じゃあ、今日の放課後な!」


 そう言ってリックは教科書を立て、睡眠体勢に移ろうとしている。

 エイミーはその姿を見て注意しようとしたが、奥田か昨日の試合の疲れのせいだからと制止され、渋々黙りこくった。



   ♦  ♦  ♦



 その日の放課後、奥田はいつも通りに家に帰ろうとした。この街では日が落ちた後の犯罪率は高い傾向にあるため、奥田はリックの事を心配しながら学校を後にした。


「さて、今日のバスは平穏でありますように……」


 奥田はそう呟きながら、いつものバスにそっと乗った。いつもの席は空いており、奥田はそこに腰を下ろす。

 すると普段は話しかけてこないバスの運転手が、バックミラー越しに奥田に話しかける。


「君、この前の……」

「あっ……そうです、けど」


 奥田はすっかり忘れていた。あの時他の目撃者としてバスの運転手、そして老婆がいたことに。


「僕のところにも若い警官が来てね、君の事は黙っておくように言われたんだ」

「そ、そうなんですか……」

「あたしんとこにも来たよ。まあお前さんのおかげで助かったようなものだからね。本当ならびっくり人間コンテストに応募しようと思ったけど、控えておいたよ」


 せっかちそうな老婆であったが奥田の事は黙ってくれているようであり、奥田は素直に感謝した。


「あ、ありがとうございます……」

「それにしても、君もライバック社の人かい?」

「いえ、別に僕はそんな事……」

「いやいや、当事者からしたらあれは普通の人間じゃできない技だよ。それこそ、薬品投与でもしない限りね」


 バスの運転手は苦笑しながらそう言うが、奥田としては本当に自分でも理解できていない力だった。


「僕も実はよく分からなくて、今から多分検査でもするのかなあ……?」

「ははっ、結果が分かったら教えてよ」

「ははは……」


 そうこう話している内に、次の停留所へとバスは到着する。

 奥田の住む地域ほどではないとはいえ、都心部からは離れた場所である。そしてここも、少なからず犯罪が起こっている地域でもあった。


「お降りの方は――ってあれは!」


 奥田とバスの運転手の目線の先にあるのは、丁度ナイフを持った強盗が、バス停近くのストアに入っていく光景だ。

 ならばどうするか。


「ほ、ほら君ならいけるんじゃ――」

「だからあの力の出し方が分からなくて――」

「いいから行ってお仕置きしてらっしゃい!」


 老婆から一喝され、バスの運転手からは運賃タダの上少し待つからと言われ、奥田は渋々と降りていく。

 それはそうと、もし力が発揮された時の為に身元を隠さなければと、唐突に奥田は考えを巡らせる。


「なんかないかな……あっ」


 奥田のバックにたまたま入っていたのは、頭に巻けば丁度額に目つきの悪い目がくるという、紅いバンダナであった。


「……はぁ、これ新しい掃除用として使いたかったんだけど……」


 奥田は取り敢えず自分だと分からない様に目深にバンダナを巻いて、例の力が出ないかどうか、目に力を入れてみた。


「ムムム…………」


 しかしこの前の様な力が出る気配が無く、ただ無意味に店内の強盗にガンを飛ばしただけとなってしまう。


「金を出せ――ッあぁ!? 何じろじろ見てんだてめえ!」

「えっ!? あっ、やば!」


 ただ目が合っただけの強盗が突如標的を変え、店を出て奥田に向かってナイフを突き出してくる。

 奥田(エキストラ)にとって、二度目の絶体絶命。

 そしてその瞬間――


「――ッ!」


 奥田にとっては二度目の、スローモーションが発生する。


「ッ! これだけ遅いなら……!」


 奥田は眼鏡を外し、視界の焦点を合わせる。その動きが遅くなった相手の手を取り、むりやりナイフを抜き取る。

 そしてまた全てが、いつもと同じ時間の流れへと戻っていく――


「――ああ!? 俺のナイフが――」

「喰らえッ!」


 奥田が力いっぱい振りかざしたテレフォンパンチが、強盗の右頬に突き刺さる。

 その一撃は、エイミーが銀行強盗に繰り出した一撃に似た威力のものだった。


「ぐはぁっ!!」


 強盗は店のガラスを突き破り、そのまま壁へと叩きつけられる。

 のびた強盗を見た奥田は力の加減を間違えたとビビってしまい、急いでバスの方へと戻っていく。


「み、店が――ってちょっと待ちたまえ君!」

「ッ! うわわっ!」


 焦った奥田はその場を高速で去り、バスに乗らずに家まで走ってしまう。


「あれ!? あの子パワー出たじゃん! だけどバスに乗らずに家の方角へと行っちゃった……」

「あんたが追いかけりゃいい話だろう? どうせいつもの停留所で待っているだろうよ」

「それはー……そうですね……」


 バスの運転手はいつも通りの運行を始め、店主は突如現れ強盗を倒してまた消えて行った謎のヒーローの存在に興奮していた。


「――この街に、新たなヒーローが誕生したんだ!」

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