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第二章 秘められた力、解放

「――じゃあまた」

「おう、お前も気をつけろよ!」


 帰り際にアメフトのユニフォームに身を包んでいるリックとあいさつを交わし、そして周りの者から冷ややかな視線を受けて奥田はバス停の方へと足を進めた。

 今日も一人で帰宅。英雄(ヒーロー)と友達になろうが、所詮奥田(エキストラ)の日常などこんなものでしかない。


「さて、今日の夜はどうするかなぁ」


 そう考えている間に大型のバスがこちらへと向かってくる。奥田はバスのステップに足をかけ中へと入ると、いつもの座席へと向かう。


「……はあ、またか」


 奥田が普段座る座席に、見知らぬ男が座っている。ボロボロの服を着て無精ひげを生やし、しわが付き過ぎてヨレヨレになった帽子を被っている。

 奥田はこの見知らぬ男がどういった人なのかを観察しようとしたが、帽子を目深にかぶっているため顔の表情を読めず、不気味な雰囲気を醸し出しているのが分かる。

 奥田はその雰囲気に気圧され、それ以上の関わりを持つことをやめた。


「はぁ、まあいいか」


 誰にいう訳でもなく小さく呟くと、奥田は普段から空いている近くの席に腰を下ろした。

 バスが出発し始め、窓の外の景色が動いていく。大きいビル群の間を縫うように、バスは決められた路線を走り出す。

 いつもより注意してある建物を探すと、奥田の目にひときわ大きいビルが映りだす。


「あれがエイミーのお父さんが社長をしている会社かー」


 世界有数の製薬会社であり、バイスプールのヒーローを生み出した会社のビルが、街の中心部に立っている。

 奥田は改めて自分が友達になった少女の凄さを噛み締める。


「すごいなあ」

「なーにがすごいなあ、だ」


 奥田が漏らした言葉に噛みつくように、突然男が喋り出す。


「ビッチのくせに、ちょーっと強い力を手に入れただけで調子こきやがって」


 奥田は自分の席に勝手に座っている男に対し、少しムッとした表情で言い返す。


「いきなり喋って一体何ですか?」

「なあに、あのアバズレに幻想抱いているピュアな少年が哀れに思えてね」


 その言葉を聞いて奥田は内心いら立っていた。どうしてこの街に住んでおきながらそんな言葉を吐けるのかと。彼女が正義を執行してるおかげでこうして平和に過ごせるというのに、どうして『ビッチ』などという汚い言葉を吐けるのかと。


「ならば貴方はどうなのですか!? 彼女の様に平和のために悪と戦ってくれるんですか!?」


 すると男の口元は笑みを作り出し、半分笑いをこらえながらも奥田の問いに答える。


「別にそんな事はねぇんだけどよ、俺はただ単純に正義の味方って奴が嫌いなだけなんだ」


 そう言って男は不意に懐から拳銃を取り出し、奥田へとつきつける。


「えっ――」


 男は奥田に拳銃を見せつけた後、天井に向かって突然発砲をした。


「オイゴラァ! 運転手さん今の聞こえてんだろ!? バスジャックだよバスジャック!!」

「あっ!? ええっ!?」

「ええも糞もあるか! さっさと言う通りに運転しねぇと、客の頭一人ずつぶち抜くぞ!」


 男がもう一度天井に向かって発砲すると、後部座席から女性の悲鳴が上がる。あまりの恐怖を前に、奥田は腰をぬかしその場に伏せてしまう。


「これから言われた通りにしろよ? じゃねぇと乗客が減っちまってお前さんの稼ぎも少なくなっちまうぜ?」


 男がそう言って運転手を脅すが、乗客も何も奥田ともう一人は老婆が座っているだけである。そしてそれは二分の一の確率で、奥田の人生が終了してしまうことをも表していた。


「やばいやばいやばい……」


 奥田の脳は再び警鐘を鳴らしていた。二度目の生命の危機を前に、奥田の体を支配しているのは恐怖。そしてあの時同様、誰かの助けを必要としていた。


「ひゃははは、とりあえず地方に行ってもらおうか! 安全運転でな! その方があのクソ女に邪魔されねぇだろうしよぉ!」


 皮肉にもバスの目的地は、奥田の家のある方角へと走り出していった。



   ♦  ♦  ♦



「と、取り敢えず中心部からは離れたぞ……」

「よーし、やればできんじゃねえか」


 先ほどよりさらに増長して、男は運転手のこめかみに拳銃を突きつける。


「この辺は……中流階級御用達の居住区じゃねぇか。丁度いい、このバスを止めて一軒一軒強盗して周るってのも面白そうだな?」

「っ!?」


 冗談では済まされなかった。

 この近辺には奥田の家がある。そして家には奥田にとっての育ての親であり、恩人がいる。


「まずい、このままだと――」


 普段はへらへらとしている様子であるが、いざというときには正義感があり実行に移す度胸もある。それが奥田の知るミーツェの性格だ。

 故に今この訳の分からないハイジャック犯と、鉢合わせにする訳にはいかない。


「あ、あのー……」

「あぁっ!?」


 振り向き様の銃口を突きつけられ、奥田はビビって言いたいことを途中で曇らせてしまう。


「あのー、そのー」

「あんだぁ? ただ声かけただけなら頭にでっかいピアス用の穴が開くことになるが!?」


 恐怖に再び支配されそうになる。だが家族のため、奥田は勇気を振り絞って男にあることを告げる。


「あ、あのですね、確かこの辺はVPPD(バイスプール警察)の人も住んでいるから、他をあたった方がいいと思いますけど……」


 半分嘘であり、半分本当の事である。奥田の住む居住区には、VPPDを退職している元警官が住んでいる。だがそれでもドンパチでも始められて、ミーツェに被害が及んでしまっては元も子もない。


「ほ、ほら、下手にちょっかいかけて捕まってはいけないですし――」

「……お前妙に詳しいなあ。さてはこの辺に住んでいるんだろ?」


 下手なことを言わなければよかったと、奥田は心の底から後悔した。

 男の表情は邪悪な笑みへと変わり、奥田へと向けられる。


「お前そこまで知っているなら、この住宅街で一番の金持ちの家のとこ招待してもらおうか?」


 選択肢に「いいえ」など存在しない。奥田に与えられた答えは一つだけ。


「……はい、分かりました」



   ♦  ♦  ♦



「ここだと思います……」


 今日バスが停車したのはいつもの停留所の二十メートル手前。

 周りの量産された形の家よりも一回り大きく、家の前の庭も他とは違う、荘厳な雰囲気を醸し出している。


「えーと、本当にやるんですか……?」

「あ? ここまでやってドッキリでしたとは言わねぇからな?」


 男の目は、それが本気ということを訴えていた。奥田の様な一般人(エキストラ)等には到底止められる訳が無いということを示す、殺意のこもった目であった。


「いいか? お前達はここで待っていろ。それとお前」

「ぼ、僕ですか?」

「例のVPPDの家の様子を見てこい。留守だったらラッキーだが、いたのなら家の中まで入って気を引け。その間に俺が例のお宅訪問してやる」


 何とも行き当たりばったり感がある強盗であるが、その手にあるのは拳銃。奥田に逆らうという選択肢はない。


「……」

「分かったらさっさと行け!」


 バスから追い出された奥田がとぼとぼと行く先は、元VPPDであった男の家。

 正直なところ、奥田は例の人物と話をした事が無かったため、おびき出そうにもどのような道筋を立てて話せばよいのか分からなかった。


「無理だよ、ミーツェさんもあまり喋ったことが無いって言ってたのに……」


 だが今はやるしかない、と奥田は一大決心をして家の前まで足を進め、インターホンに人差し指を重ねる。


「……やるしかない!」


 インターホンを鳴らし、奥田は静かに待つ。できればいない方がいいなどと思ってしまう所は、奥田のヘタレ所以であろうか。


「……いないのかな」


 奥田はバスに向かって仕方なく両腕でバツをつくる。男はそれを察したのか、目的となる家へと足を運び始める。

 あの豪邸一家には悪いが、すべてが平穏に終わると奥田は思っていた。


「……あっ――」


 男がゆっくりと家のドアに手を掛けた時、奥田のよく知る人物が隣の家から出ていくのが見える。


「ミーツェさん!!」

「あれ? タクオ何やってんの?」

「チッ!」


 ――それから数秒間、奥田には全てがスローに見えていた。


 普段交流の無い家の前に立っている自分を見て疑問を抱くミーツェと、彼女に向かって銃口を向ける男の姿。

 ――次の声を挙げる前に、奥田の目の前でミーツェは凶弾に倒れた。


「ミーツェさん!!」


 奥田は急いでミーツェの元へと駆け寄り、安否を確認する。


「ミーツェさん! しっかりしてください!」

「だ、大丈夫、かすっただけだから……」


 そうは言ってはいるものの、彼女の脇腹からは血がとめどなく流れてくる。


「何やってんだお前! しくじりやがったな!」


 男の罵声とともに、コッキングがおろされた拳銃が奥田に向けられる。

 あの時と同じ、銃を向けられる感覚が奥田を襲う。

 だが不思議と、奥田の心からは恐怖心が消え去っていく。


「……ちょっと待ってて」


 ミーツェを安全な場所まで抱えて運び、奥田は改めて男の方を向く。


「くっ!? 何だよお前! 逆らう気か!? あの女みたいに撃たれてぇか!?」


 奥田の内に、静かに怒りが立ち込み始める。右手が自然と拳を作り始める。

 ミーツェの目に映っている、息子の頼りない筈の背中から感じたのは、普段の優しいタクオから、どこか力強い誰かへと変わっていっていく姿。


「ミーツェさんを傷つけるなんて、許さない……!」


 鬼気迫る少年の雰囲気に、男はとうとう拳銃を撃つことを迫られる。


「おい! 本当に撃つぞ!?」


 男は引き金に手を掛け、人差し指に力を入れ始める。


「彼女を撃つくらいなら、僕を撃てばいい!」


 見えを切っておきながらも、奥田は男が拳銃を撃とうとしていることに危機感を覚えていた。


「……くそっ! お前もくたばれえぇぇ――!!」


 引き金を引く音が鳴り、奥田は撃たれることを覚悟した。


 しかし――




「――ん?」


 奥田の目に映るのは放たれた弾丸。しかし以外にも弾丸の速度は奥田の想定していた速度とは程遠いもの。


「あれ? あれれ? ……目が痛い!」


 普段かけていた眼鏡が急に合わなくなったのか、奥田は眼鏡を外して目を擦った。


「よし、視界が良くなってきた……けど銃弾は……」


 目を擦った後でも相変わらず遅いままの銃弾に、奥田は驚きを隠せずにいた。そして銃弾どころか、全てがスローになっている事に奥田は気がつく。


「……てかこれ、キャッチできたりしちゃう?」


 奥田は恐るおそる手を伸ばし、銃弾をしっかりと掴み取る。


 掴みとったその時――




「――ぇええええええ!? ……お、い……嘘だろ!?」

「あ、何かとても遅かったからつい取っちゃった……」


 全ての速度が元へと戻り、男の驚く声が辺りに響き渡る。


「……ど、どうだ! お前の拳銃なんか怖くないぞ!」

「くそっ! どうなってんだ一体!?」 


 男は目の前の少年が何故銃弾を掴めたのか理解できずにいたが、この場にいては不利だと分かるとすぐさま逃走にかかる。


「何だってんだよ!? スーパーヒーローがもう一人いるとか聞いてねえぞ!?」


 男は足をつまずかせながらもすぐさまバスに逃げ戻り、運転手を脅してこの場を去ろうと考えた。


「おいもたもたせずに早く車をだせ! あの化け物から逃げるんだ!」


 男はあわてながらも運転手を急かし、その場を後にしようとした。


「あっ! 逃げる気か!」


 バスが遠のいていく中、奥田はとっさにバスに向かって走っていく。


「待て! どこへ行くつもり――ん?」


 バスの中にいる男に対して話しかけたところで、奥田はある疑問に駆られる。

 バスは急発進しているため結構な速度が出ているはず。なのにバスに追いつくどころか併走できている自分とは一体――


「ううん、今考えても仕方ない……止まれ! 大人しく捕まるんだ!」


 運転席に向かって、奥田は走りながら投降を促す。


「誰が止まるか化け物!」


 男はやけくそになって運転席の窓から拳銃を撃つが、奥田はその全てを軽くかわして説得を続ける。


「逃げても無駄だ! 僕が追い付けている時点でそれが分かるだろ!」

「知るかよそんなの! 誰が止まるかってんだ!」

「ッ! 前、危ない!」


 前方は赤信号。そして車が止めどなく横切っている。


「こうなったら!」


 奥田は風切り音とともにバスを追い抜くと、バスの進行方法に先回りして立ちはだかる。


「止められるか分からないけど……やるしかない!」

「このままひき殺してやれ!」

「あ、危ない――ッ!!」


 運転手が反射的に急ブレーキをするが、バスは速度を落とすことができない。

 唸りをあげるバスを前に奥田は呼吸を整えると、両手を思いっきり突き出して暴走するバスを押しとどめようとした。


「ぐっ…………と、ま、れぇええええええ!!」


 奥田が力を入れようと集中するほど、バスは急激に速度を落としていく。


OOOO(オオオオ)AHHHHHHH(アアアアア)HHHHHHHH(アアアア)HHHHHHHHHH(アアアアアアアア)!!」


 両足がアスファルトを削り、傍証するバスを止めようとする手がその車体をへし曲げてゆく。

 奥田はなんとか交差点のすぐ手前でバスを止めることに成功した。


「ハァッ、ハァッ……何とかなったぁ」


 全身の力が抜けるような感覚とともに、奥田はその場にへたり込む。


「……今のうちに!」


 男はこの絶好のチャンスを逃すわけにはいかなかった。すぐさまバスから降りて、逃走を続けようとするが――


「警察の者だが、バスジャックの現行犯で逮捕するぜ」


 前方を金髪の警察官に阻まれ、男はその場で捕まえられることとなった。


「ハァ、ぐっ、そうだ、ミーツェさんを、助けなきゃ……」


 奥田は呼吸を整え直すと、ミーツェの方へと引き返そうと立ち上がる。


「あっ、そこのあんた! ちょっと事情聴取を――」

 警察が声をかける前に、奥田はダッシュでミーツェの元へと駆け戻っていった。



   ♦  ♦  ♦



「ミーツェさん!」


 奥田が急いで戻った時には、ミーツェは見知らぬ男から手当てを受けている所であった。

 男の体格は奥田がよく見るアメフト所属の人間のそれであった。しかしそれであって、どこか紳士的な雰囲気を漂わせている。


「ミーツェさん! 傷は!?」

「なんとか、大丈夫だよ。銃弾を受けた時の応急処置を、この人にしてもらったからさ」


 確かにミーツェの脇腹からは、血が止められている。しかしそれも長くは持ちそうではないようだ。


「君、急いで救急に連絡を」

「は、はいっ!」


 奥田は焦る気持ちを抑えながらも、救急車を呼び出す番号をかける。


「早くでて早くでて早くでて、あっ、あのですねっ! えーとですね!」

「君きみ、代わりなさい」

「あの、ちょっと代わりますね!」


 奥田は救急隊員に現状を伝えられないことに情けなさを覚えつつも、先ほどから冷静な態度を取っている男へと携帯を渡す。


「ああ、ちょっといいかね。脇腹を拳銃で撃たれた人がいてね、急いで救急車を回してほしいのだが……うむ……………応急処置は済ませてある。後は君達が急いで来るのを待っているよ。子ども一人を悲しませたくないのなら、早く来ることだ」


 老人が一通り話を終えると、奥田は老人に対し感謝した。


「あの、ありがとうございます」

「いいんだ。まさかあんな手法で来る強盗が、留守中に来ていたとはね」

「留守中に……という事は、貴方は元VPPDの――」

「ああそう言えば君とは初対面だったね。私の事はヨセフと呼んでくれ」


 ヨセフと名乗る男が握手を求めると、奥田はそれに快く応じる。


「僕はこの人の息子みたいな扱いになります、奥田宅雄といいます」

「宅雄君か。それにしても君は大変足が速いようだな」


 ヨセフが感心していると、ミーツェはボロボロになった体を奥田の方に向け、さっきの出来事を思い出して首を傾げていた。


「そう言えば、どうしてあんなに足が速くなったの? 普段はそれこそ運動オンチなのにさ」


 それは奥田自身が一番疑問に思っていた事であった。

 車に追いつけるスピードと、銃弾に反応できる視力。そして極めつけに大型バスをくい止めた恐るべき腕力。まるで漫画の中のスーパーヒーローの様であった。


「その件については色々と話が長くなりそうで、長くならない様な…………とにかく、ミーツェさんが病院について、きちんと治療を受け終わった後に話します」


 突如自分の身に起きた事よりも、唯一の身内ともいえるミーツェの無事の方が、奥田にとっては重要なものであった。



   ♦  ♦  ♦



 静かな病院の待合室にて、ヨセフと奥田は、ミーツェの安否を心配しながらその帰りを待っていた。


「……本当に、大丈夫なのかな……」


 奥田はその言葉を、自分を責める意味も込めて呟いた。


「僕があの男に屈しなければ、そもそもあの周辺に来なければ、ミーツェさんも――」

「あまり自分を責めるな」


 椅子に座って頭を垂れる奥田に対して、ヨセフは肩に手を置いて奥田に声を掛ける。


「君がいなければ、彼女を救うものはいなかったんだ。悪者を捕まえることはできなかったんだ。……君はもっと自分を誇っていい」


 思いもよらぬ言葉を奥田はかけられると、今まで胸の内にあった罪悪感から解放されて、どこか晴れやかな気持ちになる事も出来た。


「…………ありがとうございます」

「礼を言うのは私の方だ。久々に正義感溢れる若者に出会ったような気がしてな」


 ヨセフの重たい言葉に、奥田は苦笑いしながらもそれを和らげようとした。


「正義感があるのは、エイミー=ライバックの方ですよ。それに比べたら、僕は――」

「違う違う、私が言っているのはそういう事ではない」


 ヨセフの指す正義と、エイミーの掲げる正義とでは少々違っているようで、奥田はそれが何なのか聞きたくなった。


「それって、どういう事です?」


 ヨセフは奥田の方を向くように椅子に座り直した。


「何も大きなことだけが正義ではない。正義というものは、そんな単純なものではないのだよ」


 悪を倒すことだけが、正義ではない。


「じゃあ、正義って何なのですか?」

「ふふふ、私にも分からん。だが君ならいつか、分かる時が来るかもしれんな」


 説教でも始まるのかと思ったら結局上手い具合に誤魔化されただけの様で、奥田は苦笑いをしながらも老人の話に耳を傾けていた。


「それはいつになるのでしょうね……」


 奥田はそう呟きながら、右手を見つめながら手を開いたり閉じたりしていた。


「……あの力の事ですけど」


 奥田は自分の右手を握りしめながら、ヨセフに向かって言う訳でも呟く。


「僕でもよく分からないんです。あの時ミーツェさんが打たれた時に、頭に血が上って、それで目の前の男をぶっ飛ばしてやろうと――」

「うーん……火事場の馬鹿力で片づけるには、少々力の規模が違い過ぎるな」


 それもそのはず。人間の限界を超える力、それこそ超人といわれてもおかしくないレベルの強さを奥田は発揮していた。


「君の力は、人間の範囲を逸脱している。その気になれば、この世界で誰にも手をつけられない存在となれるだろう。だが君は――」


 奥田は首を大きく横に振って、自分が何をしたいのかを誓うように呟く。


「この力――どうせなら僕は正義の味方として使いたいなあ」


 次があればの話ですけどね、と奥田は突け加えながら笑う。


「ふふ、一度だけでは無いと思うぞ。これからも、君はその力を使う時が来るだろう。あのエイミー=ライバックの様にな」


 区切りよく話が終わった所で、先ほどミーツェが運ばれた方向の廊下から一人の医者がこちらへと向かってくる。


「搬送した怪我人の事についてですが、無事一命を取り留めました」


 その言葉を聞いて、奥田はいつも以上に全身の力が抜けるような感覚がした。


「よ、よかったー……」


 力が抜け過ぎたせいか奥田はその場に力なく横たわってしまう。


「――お、おい大丈夫か!?」


 奥田の記憶は、そこで一旦途切れてしまった。

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