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魔女の孫の赤ずきん  作者: Anarke
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序章 黒い森の奥で

 鬱蒼とした森の中をひとりの少女が歩いていく。少女は赤いずきんをかぶっていて、手には種々の果実と薬草、琥珀色の液体の充ちた透明な瓶を入れたバスケットを提げていた。黒いモミの木々の隙間からは青い空が見える。

 「もうちょっとね。おばあちゃん、元気かしら。この前みたいにおっちょこちょいで火傷とかしてないといいけれど」

 その時のことを思い出して苦笑いをする。少女は頼まれた品を渡すために森の奥にある祖母の家に向かっているのだった。地表を黒く覆うように広がったこの深い森にはいわゆる人の通るような道は皆無だ。しかし、この少女は生まれてからここ一帯の森に親しんで育って来たので、彼女にとっては少し広めの庭のようなものなのだ。祖母の家に行くのも初めてではなく、むしろ月に一度は訪れている程だった。

 日の暮れ始めた頃、少女は森の奥にある祖母の家に着いた。森の中にポツンと木の少ない草地があって、そこに少女の祖母の家は立っているのだった。屋敷というには小さいが、それでもこの森の中にあるにしてはやや大きい家だ。周囲には栽培しているのか野生に生えているのかさだかではない様々な植物やキノコが群生している。

 「おばあちゃーん、きたわよー」

 いつも通り祖母を呼びつつ扉を開けると荒れた家の様子が目に飛び込んできた。家具は倒され、タンスの中身は散乱し、壁に掛けられていた絵画は一つ残らず剥ぎ取られている。それに加えて、床には赤黒い斑点が確認できた。少女はそれが血痕だと悟った。

 「おばあちゃん!」

 少女が家の奥へと走り、寝室の扉を開けると、そこには剣などの武器を手にした男たちが、そして、ベッドの上には惨殺された死体が散乱していた。

 少女にはその死体がかろうじて祖母だと認識できた。周囲にいた武装した男たちと目が合う。男たちの握る剣には生々しい血糊が残されていた。血の気が引き、身体が硬直する。少女は男たちの魔の手から逃れるべく寝室を背に走り出す。

 外へと脱出する寸前、少女の視界は地面へと落ちた。床に叩きつけられた衝撃で体の中の息が短い叫びとともに外へと吐き出される。バスケットが手から離れ、中に入っていた果実が転がりだし、瓶が割れて内容物が小さな水たまりを作る。少女は体の痛みと下品な男たちの笑い声で、自分の置かれている状況をいくらか察した。頭をもたげると、鋭い痛みが後頭部に走った。目を開けると、見るからに野蛮そうな男が扉の前にしゃがんでこちらを覗き込んでいた。

 「お嬢ちゃん、こんにちは。まさかこんなかわいい子がこんな森の中にいるなんて、ねぇ」

 男はじっとりとした笑みを浮かべて、少女を凝視する。

 「あなた達が殺したのね」

 少女は床に押さえつけられたまま食い殺さんとばかりに目の前の男を睨みつける。

 「そうだよお嬢ちゃん。ほら、おばあちゃんですよ〜」

 野蛮そうな男が祖母の頭部を掴んで少女の目の前に差し出す。少女は苦痛の表情をした祖母と目があった。

 「このっ!離しなさい!」

 押さえつけている男を跳ね除けようとするが、華奢な腕はいとも簡単に掴まれてしまい、ジタバタともがくほかなかった。

 男たちの嘲笑と好奇の目。少女はこれからされるであろう事に恐怖し、涙を浮かべた。

 赤いずきんが暖炉の中に投げ込まれ、形を失っていく。続いて上着やスカートなどが次々と投げ込まれる。それらは全て燃え盛る炎に包まれ、灰となっていった。


 十数人ほどの男たちはテーブルを囲み、少女の祖母の家にあった食料で宴を開いた。

 「異端のババアのくせに結構いいもの持ってますね、団長」

 「ああ、魔女の家らしくよくわからんものも沢山あったが、食えそうなやつはみんな美味いな。宝石や貴金属、珍しい骨董も沢山持ってるのが魔女のいいところだ。まったく、異端のくせにぶくぶく肥えやがって」

 そう言うと、先程少女に絡んでいた団長と呼ばれた男は腸詰めをナイフで突き刺し、口へと運んだ。

 「ウチに依頼、それも異端弾圧のための魔女狩りなんて私ははじめは気が乗りませんでしたが、やってみればぼろ儲けですね。団長は先見の明がありますなぁ」

 「ふふふ。しかもあんなお偉方からの依頼ときたもんだ。お嬢ちゃんも食べるか?美味いぞ」

 団長がナイフに刺した腸詰めを差し向けるが、布切れさえ身につける事を許されず宴の場に出された少女は、うずくまったまま沈黙を押し通した。

 突然、酔った男たちの内の一人がナイフを投げ捨てて剣を抜き、ふらふらとした足どりで少女の方へと歩を進める。

 「おい、殺すなよ」

 仲間の声には返事もせず、少女のブロンドの髪を引っ張りあげて、灯りに照らされた白い喉元に剣を突き立てる。

 「へっ、生意気なガキだな。なんだ、泣いてるじゃねぇか。はははは。傑作だな。使える上に面白いなんていい商品になるんじゃないか」

 酒臭い息が男の口から吐き出される。少女は赤く腫れた目でその男を睨みつける。

 団長が酒の入った杯をテーブルに叩きつけ、眉間にしわを寄せて不快感を露わにしつつ興奮している男を制するべく口を開く。

 「おい、その辺にしておけよ。確かにお前の言う通りこいつはいい商品だ。それもかなりの上物。奴隷市に二束三文で売らないで、しっかり有力者や富裕層の物好きと交渉すりゃあいーい金になる。なぁ落ち着けよ。お前にもやらせてやっただろうが」

 「……団長に止められなきゃ今頃ぶっ殺してるぜ。あん時はよくも俺のことバカにしてくれたな」

 剣を突き立てたまま、唾を散らしながら少女に向かって言葉を吐きつける。

 「本当のことを言って何が悪いのよ。あんなザマで、よく私の前で脱げたわね。恥ずかしくないのかしら」

 剣を突き立てている男のこめかみに血管が走り、剣を握る手に力が入る。

 「て、てめぇ!」

 少女の首から一本の赤いすじがつう、と垂れるのと同時に、剣を突き立てていた男は団長に壁に叩きつけられた。

 「おい、俺の命令聞けないやつはウチの盗賊団にはいらねぇんだよ」

 今度は団長が、その男の首に持っていたナイフの切っ先を突き刺す。

 「わかったか?」

 「は……はい、すみませんでした。許してください」

 酔いが一気に覚めた男は大粒の汗を流して許しを請う。赤い血が男の汗と混じってぽたぽたと床にこぼれ落ちる。

 団長はその男を床に放り捨て、剣をしまう。そして、しばらく沈黙を観察してこう言った。

 「ちっ、だめだ。しょっぱい空気になっちまったぜ。全く」

 団長は辺りを見回すと、とある若い青年に目をつけた。

 「お前、そういえばやってないだろ。つか、いつもそんな感じだよな。こういう時」

 青年は食べていた山葡萄を置くと、手振りを加えながら弁明をする。

 「いや、俺はいいです。もう酒だいぶ飲んで疲れてるんで」

 「たしかに、お前はよくやってくれてる。この盗賊団は甘くねぇ。仕事ができなきゃすぐ首だ。だがな、いくら仕事ができてもお前みたいないい子ちゃんだと周りが白けるんだよ。わかるか」

 団長はどかっと椅子に腰掛けつつ青年に絡む。

 「俺はいい子ちゃんなんかじゃないですよ!俺だって……」

 「じゃあ、こいつ犯してみろよ。これだって立派な仕事だ。団の士気もあがる。俺の命令は絶対だ。忠実で優秀なお前ならよく分かってるだろう」

 団長が剣を抜き、青年の方へと切っ先を向ける。

 青年はしばし考え込んだ後、無言で立ち上がると、少女の方へと歩み寄った。

 「おーいいぞー」

 「俺たちも後でやるからよ、あんま汚すんじゃねぇぞ!」

 「ぎゃはは」

 団員たちが酒を片手に口々にヤジを飛ばす。青年の手が後ずさりする少女の肩に触れる。少女はその手を払いのけると拒絶の言葉を叫びながら青年を睨みつけた。青年は少女の腕を捕らえて動きを封じると、抵抗する少女をそのまま床に押し倒した。


 その夜。全員が酔いつぶれて眠りについた頃。青年は一人、窓から月を眺めていた。月の青い光が青年のもつ剣を照らしていた。

 少女は椅子に縛りつけられ、拘束されていた。脱出しようと暴れて椅子ごと床に倒れたままどうすることもできず、虚ろな目で窓から差し込む青い光を眺めていたのだった。突如、眺めていた青い光の中にぎらりと剣先が光る。視線をあげると、そこには青年が立っていた。猿轡をされたまま叫ぼうとする少女の口を素早く抑えると、耳元で少女に語りかけた。

 「危害を加えるつもりはない。俺は君を助けたいんだ。ここから出してやる。だから、協力してくれ」

 青年は少女の目を見つめると、強い意志をもって言葉を発した。

 「いいかな。俺のことは後でいくらでも罵り痛めつけて構わない。でも、今は協力が必要なんだ。君が死なないためにも」

 少女はいくらか興奮を抑え、こくりとうなずく。

 「見張りの連中は全員殺したよ。食事の時に何人かには睡眠薬を盛れた。さぁ、縄を解くよ」

 青年はナイフを取り出し、少女を解放する。そして、一枚の布を渡すと少女に確認をした。

 「立てるかい?」

 「……うん」

 「それじゃあ、ここの窓から外に出よう」

 青年は少女を手助けして先に窓から外に出すと、続いて自身も窓に手をかけ、外へと飛び出した。

 そこには団長が待ち構えていた。

 「まさかお前が俺を裏切るなんてな」

 「こっちも気付かれるなんて思ってませんでしたよ」

 「俺は勘が鋭くてな。お前が良からぬことを考えてねぇかと心配だったんだが。この野郎」

 「見逃して、くれませんか?」

 青年がそう言い終わらないうちに団長の剣が少女に飛ぶ。青年はその攻撃を撃ち落とすと同時に反撃に繰り出し、団長の剣を持った右腕の内側を切りつける。

 だが、少女への攻撃は囮であり、反撃は団長の予想の範疇に収まっていた。団長は攻撃をかわすべく上体をひねりながら剣を持った右腕をそらし、左に持っていたナイフを青年に向かって投げつける。

 急所を狙ったナイフが回避行動をとる青年の身体をかすめる。そして、バランスを崩したところに、距離を詰めていた団長の剣が襲いかかる。

 青年は少女を後ろへと突き飛ばしつつ、自身も団長との距離を確保する。団長を見ると、剣から液体が滴っているのが見て取れた。青年がとっさに首に手をやると、ぬるりとした暖かい感触があった。

 「長くは持たねぇぞ。楽に死にたければそいつを渡して全力で謝れ」

 「死にたくなければ、とは言わないんですね」

 青年は手を服でぬぐいつつ、返事をする。

 「当然だ。必ず殺してやる」

 団長の剣が次々と的確に急所を刺しに向かってくる。その速度と技術は確実に青年のそれを上回っていた。即死を免れつつも、その体には傷が増え続けており、青年が少しずつ死へと向かっているのは確実だった。

 「早く逃げろ!」

 青年が少女に逃げることを促す。少女は立ち上がると数歩後ずさりしたのちに走り始めた。逃げる少女への追撃のナイフを残らず撃ち落とすと、青年は虚勢の笑みを浮かべつつ団長を挑発した。

 「団長って、投げナイフの腕は微妙ですよね。剣はすごいですけど」

 「面白いことをいうじゃねぇか」

 団長は距離を取ると剣をおさめ、複数のナイフを両手に持った。

 「その体で確かめてみろ」

 団長が静かに言い放つと、高速で放出されたナイフが青年を襲った。


 青年は壁際に追い込まれ、あたりにはナイフが散乱していた。体には数本がかろうじて急所を避けた位置に突き刺さり、攻撃を避け損ねた証である無数の傷跡が刻まれていた。壁にもたれ、剣で刺された利き手に代わって左で剣を握りしめてなんとか意識を保っている状態だ。

 「これで終わりか」

 団長をまっすぐ見据え、おそらく最後になるであろう次の攻撃に備えつつ呟く。完全に勝負を諦めてはいなかったが、かといって有効な勝利への手段が青年に握られているわけでもなかった。

 「ああ。これで終わりだよ。クソガキ。短い人生だったな」

 青年ほどではないもののいくらか切創を負った団長が興奮した様子で笑みを浮かべる。

 突如、爆発音とともに青年の視界が失われる。周囲の音が遠く聞こえるが、団長のものらしい叫び声がたしかに認められた。

 「ぐあぁぁ……あぁ……」

 団長の顔からは白煙が上がり、顔を抑えてうめきながらふらついていた。あたりを見回すと、逃げたたはずの少女がバスケットを持ってそこに立っていた。彼女がバスケットから何かを取り出して投げつけたらしい。青年はこのチャンスを無駄にはしまいと力を振り絞り、体重を乗せて団長の脇腹を剣で突き刺す。口から鮮血が溢れ、団長が地面に倒れこむ。

 「く、くそ。卑怯も……の」

 血の泡を吹き、溺れながら団長が悪態をつく。

 「悪人が悪人相手に卑怯もクソも、あるかよ、はは」

 息絶え絶えに青年が笑みを浮かべる。今の爆発で何人かの団員たちが目を覚ましたらしく、騒ぎ声が聞こえてくる。

 「ありがとな、えっと」

 「メイジーよ」

 少女は目を一瞬だけ青年に合わせると名を名乗った。

 「ありがとう、メイジー。俺はハルって言うんだ。さあ、今のうちに逃げよう」

 二人は走り出すが、少し走ったところで、メイジーが引き返した。青年は慌ててメイジーを呼び止める。

 「お、おい」

 メイジーは玄関、窓、家の周囲に向かって一心不乱にバスケットから何かを投げつけた。団長を倒したものと同じ類のものなのだろう、それらは爆発、炎上してあっという間に家とその周囲を火の海にした。家の中からは悲鳴がしている。

 ハルには自分の方に戻ってくるメイジーの顔が少し満足げに見えた。

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