謎のルーキー 5
短いですが、キリが良いのでここで区切ります。
「森にはどれだけの数が?」
「ハイゴブリンらしき魔物が七体ほど、森にいる知性のある魔物はそれだけでした。」
「七体?!すぐに討伐隊を組まなければ・・・」
「いえ、もう倒しました。」
「「・・・え?」」
ホイットはシャルの報告を聞き、すぐに行動しようとし、ミリーも慌てた様子で他の冒険者に声を掛けようとしたが、シャルの一言で固まった。
「そんな事よりも、もっと重要な情報を」
「待って、シャルちゃん!?結構凄い事をさらっと流そうとしないで!?」
「・・・いや、待てシャル君。もっと重要な情報とは?」
ただでさえ重要そうな情報を流そうとし、ミリーは突っ込みを入れたが、ホイットはシャルの発言に酷く嫌な予感がして問いかけた。
「奴らが会話をしているのを聞きました。『計画を実行出来るのも、時間の問題。我らの王も喜ぶ』・・・と。」
「・・・やはり王種が」
「それだけじゃありません。彼らはもう一体の王種と手を組んでいる様です。」
「な?!なんだと?!王種がもう一体いるのか!?」
「・・・うそ、王種がもう一体?」
シャルの衝撃的な報告にホイットは驚きを隠せず叫び、ミリーは絶望的な表現を浮かべた。
「奴らがいるのは森の反対側にある荒野、森に魔物が少なかったのをみると、もう戦力は集まっていると言ってもいいぐらいです。周辺の集落が襲われた事をみるに、この街に来るのも時間の問題かと」
「・・・王種二体を相手に今の人数では・・・ブルーマリンに増援の要請は出したが、ここまで3日かかる・・・それまで持ち堪える事はとてもじゃないが」
本来王種の討伐には、規模によっては軍を動かす必要があるが、ドラグニア王国の冒険者達は強さの基準が高く、軍を動かさずとも大都市にいる冒険者を集め、それまで時間を稼げば対応出来るとホイットは考えていた。だが王種が二体、戦力も集まっているとなれば話しは別、討伐するにしても今の人数では増援まで保つには無理があった。
「・・・街を捨てるしかない・・・か、今から大都市に向かえば増援とも合流出来る。街は無くなるかもしれないがそうするしか」
「・・・わたしが王種を倒します。」
「シャルちゃん?!いくら何でも無茶よ!相手は王種二体よ!?」
「確かに・・・シャル君、君がどれだけ強いか分からないが、王種二体を相手にするという事は、その配下とも相手する必要がある。数はおそらく数千にも及ぶだろう、君一人の判断の為にこの街や周辺の集落に住んでいた人達を危険に晒すわけにはいかない。」
ホイットの判断は当然だった。シャルは、王種二体相手にまともな判断ではない事は分かっていたが、街に昔から住んでいる人が帰る場所を失くすという事を考えると、なんとかしてあげたいという気持ちが強くなっていた。それに、前世の敵と似た気配を持つ魔物に対して、早めに手を打たなければいけない、そんな焦燥に駆られていた。
「・・・分かりました。」
「よし・・・皆聞いてくれ!魔物の危険性を考慮して、街を捨ててブルーマリンからの増援と合流する事にした!各自、街に住む人達に声を掛け準備をするんだ!」
シャルは渋々了承し、その言葉を聞いたホイットはギルド内にいる人間に声を掛け、ギルド職員、冒険者達は街の人間を避難させる為冒険者ギルドを出て行った。
◆◆◆◆
「早く荷物をまとめるんだ!」
「待って!これも持っていきたいの!」
「早く街の出口に集まってください!」
「そんな事言われたって、何も持たずに行ったら、大都市に付いても生活出来ないじゃないか!」
「・・・儂は残る。その方が早く大都市に行ける。」
「駄目よおじいちゃん!一緒に逃げるの!」
「せっかく店を開いたのに、捨てなきゃいけないなんて・・・」
「いつ魔物が来るか分からないんだ!早くしてくれ!」
「お年寄りと女子供はこの馬車に!」
「ここはいっぱいよ!馬車が足りないわ!」
「ぐす・・・お母さん・・・どこ?」
「この子の親は何処にいるの!?」
「どうせ皆避難するんだ!先に馬車に乗せるんだ!」
街は大混乱だった。王種二体の存在を伝え避難指示を出すと、出来るだけ荷物を持って行こうとする者、街に残ろうとする者、絶望にただ佇む者、親とはぐれた子供など、喧騒に包まれていた。
「シャルさん!」
「ラルちゃん?!キエラさんとボルクさんは!?」
「まだ宿で避難する準備をしています!私だけ先に出口に向かえってお母さんが」
「そう・・・出口まで送って行くわ。この人混みじゃラルちゃん一人じゃ大変だろうし」
「ありがとうございます!」
街の人達に声を掛けている時、ラルに声を掛けられたシャルは、人で溢れている中出口まで行くのは大変だろうと、ラルの手をとり出口に向かう、
「こんな事になるなんて、ずっとこの街で暮らしていくんだって思ってたのに。」
「ラルちゃん・・・」
出口に向かう途中、酷く落ち込んでいる様子のラルに、どう言葉を掛けてあげていいか分からず言葉に詰まった。
「・・・でも、お母さんが言ってました。生きてさえいれば、店はいつでもやり直せるって・・・だから大丈夫です。」
「・・・・・・。」
言葉では平気そうだったが、やはり突然慣れ親しんだ街や家を捨てる事が酷くショックだったのか、目尻に涙が浮かび、握る手に力が入っていた事がラルの心情を表していた。
「・・・大丈夫よ、ラルちゃん。」
「ふ、ふぇ?!シャ、シャルさん?!」
シャルはラルの様子を見て、安心させるように抱きしめて言った。ラルは突然抱きしめられて、混乱しながらシャルの抱擁を受けた。
「お〜い!」
「ディックさん!」
その時、ディックがシャルの元にやってきた。
「ディックさん、ラルちゃんをお願いします。」
「あ、あぁ・・・それは構わないが」
「・・・ふへへ。」
「だ、大丈夫なのか?」
シャルの抱擁を受けたラルは、余りの抱擁力に幸せな気持ちでいっぱいになり、ディックが来た事に気付かず上の空に、
「少し寄る所があります。ディックさんは、ラルちゃんを連れて馬車まで行ってください。」
「寄る所?」
「はい、とても重要な用事なので」
「う〜ん、よく分からないが、ギルドマスターからの指示なんだろ?ラルは俺が責任を持って送るから行って来い。」
「・・・ありがとうございます。」
ディックの言葉に頷かずお礼だけを言ったが、ディックは気付かずに去って行くシャルの背中を見た。
「ふへへ、幸せ〜。」
「・・・あ、キエラさん。」
「ふぇ?!お、お母さん?!・・・て、いないじゃないですか〜・・・あれ?ディックさん?シャルさんは?」
「用事があるって何処かにな、それよりも早く行くぞ。」
「は、はい!」
〜一時間後〜
「皆さん集まりましたか⁉︎」
「これからブルーマリンに向けて出発する!身の安全は我々冒険者が守る、先導する馬車に付いて来てくれ!」
ミリー達ギルド職員が声を掛け、ホイットが街の人達を率いて出発した。
「・・・なぁ、ミリー。」
「どうしたの?ディック。守りなら冒険者の皆が警戒しているから、王種二体と鉢合わせにならない限り心配いらないわ。」
「いや、そうじゃなくってな。」
「・・・何よ?」
周辺を警戒しながら移動する中、ディックが何故か控えめな態度で先頭の方にいるミリーに話し掛けた。
「シャルちゃんって何処にいるの?」
「はぁ?前の方にはいないから、後ろの方なんじゃない?キエラさんやラルちゃんも後ろの方だし」
「う〜ん、そうか。」
「何よ?」
「ちなみにホイットさんって、シャルちゃんに何か指示を出してた?」
「さぁ?ずっと側にいたわけじゃないから分からないわ。というか、さっきから何なの?」
「いや、対した事じゃないんだ・・・多分。」
「・・・変なディック。」
(・・・大丈夫だよな?)
ディックは、今更ながらさっきのシャルの行動に不審を覚えたが、確信を得られず首を傾げるだけだった。
「ねぇ、お母さん?」
「どうしたんだい?ラル。」
「シャルさんって前の方にいるのかなぁ?」
「こっちには姿は見えないから、前なんじゃないかい?あの素顔の見えない怪しい黒のローブ姿の人間なんて、あの子ぐらいだろう?」
「それもそっか、移動中の話し相手になって欲しかったのになぁ。」
「まぁ休憩もするし、後で探してみな。」
「うん!」
◆◆◆◆
「「準備ハ整ッタ!コノ地ニ破滅ヲ!!」」
「「「破滅ヲ!!」」」
荒野に響き渡る魔物達の声、ゴブリンキングとオーガキングが数千にもおよぶ配下達に向かって叫んでいた。
「・・・随分と物騒な言葉を叫んでいるわね。」
荒野に集まった魔物の軍勢を見ながら、凛と澄んだ綺麗な声でつぶやくシャル。
(あの魔物達が何なのか今は分からないけど、危険な事には変わりない。ラルちゃんのあの顔を見たら・・・ね。)
シャルは、一歩一歩ゆっくりと進み、剣を抜きながら敵を見据え考えていた。
(守りたいものを守る為に前世の私は強くなった。なら今世も)
ラルの様な子達や、街でずっと暮らしていた人達の為に、自分勝手な行動だとは思うが、街を守る為にシャルはここに来た。
(冒険者のシャルとして生きるため、今世での乙戯流の新たな後継者として・・・私なりのやり方で守ってみせる!)
「“練気”、開放!!」
そして魔物の軍勢に、一人の冒険者が立ち向かう。
次回、戦闘開始です。
乙戯流解説
・“練気”の開放:魔力とは違う気の力を爆発的に高め、身体能力を向上させる前世の技。