幕間〜とある研究者達の人生〜
幕間とは……短編感覚で読んで頂ければと思います。そういえば、編集中に気付きましたが乙戯流の解説を入れ忘れてました。この章のendに載せましのでお許し下さい。
彼が産まれたのは、小さな村だった。ギルスと名付けられた彼には幼馴染の親友がいた。
「ギルス!いつかこの村を出て外の世界を見よう!」
「そうだなザード。」
彼らは小さな村で生きていく事を窮屈に感じていた。だからこそ村の外の世界に憧れていた二人は、15歳になった後、村を出て冒険者となった。彼らは順調に依頼をこなしていき、生活に困らない程の実力が付いていた。
「なぁ、ザード?」
「ん?」
「魔物って面白いよな。俺達はヒューマンで、他にも種族が沢山いるけど。魔物にも色んな種類がいる。中には人間のように生活する魔物もいる。」
「まぁな。確かに色んな魔物がいるな。」
「実はさ、こんな本を手に入れたんだ。」
「……『魔物の生態』?」
「魔物に関する情報が載ってる本でな。これが最新らしい。かつて“黒の奇術師”が残した魔物に関する資料に、他の奴らが調べた魔物の情報が載っているんだ。」
「なるほど。」
「なぁ、ギルス?俺と一緒に魔物を研究してみないか?」
きっかけは純粋な興味からだった。研究とは言っても、魔物の生態調査をして資料を残すというものだったが、そんなに簡単な事では無かった。長い期間をかけて魔物を観察し、魔物が多く生活する環境で過ごす。実力と根気が必要なものだった。
魔物を研究するのは楽しかった。自分達とは違う環境で暮らし、それぞれ特性を持ち、新しい魔物が生まれたり。調べれば調べる程、新しい発見がある。いつしか、ギルスとザードは研究に没頭する様になった。
「魔物って魔素から生まれた存在って書いてあるだろ?でも、魔素から生まれた所って見た事がないんだよな。」
「ダンジョンから生まれて、色んな所に転移で送られているとかいう話もあるな。」
「実際はどうなんだろうな。“黒の奇術師”の魔素についての記録が間違いだとは思えないし。」
「俺達でそれを確かめられたらいいな。」
「ああ。」
彼らの魔物の研究資料は、決して誰かに見せる事は無かった。いつか自分達が満足のいく所まで研究したら公開するつもりだが、純粋に彼らは魔物の生態に興味があっただけで、それで名を残そうとは思っていなかった。
いつしか彼らは、500年前の魔物についても調べ始めてた。
「500年前の魔物は、今の魔物と大きく違っていたらしい。特に多かった個体は、黒い魔物らしい。」
「黒い魔物?」
「ああ、倒す事は出来るが数があまりにも多くて、倒しても何処からか湧いて来るらしい。このリース大陸もかつては死の大陸と呼ばれる程種族が少ない大陸だったと言われているな。」
「それを救ったのが“黒の奇術師”か。」
「ああ、黒い魔物を一掃して枯れ果てたリース大陸に恵みを与え、他の大陸も同じ様に救ったという英雄。それだけではなくありとあらゆる知識を残し、種族間の差別も無くした。知識と恵みを与えた人物だってな。」
「あまりにも偉大過ぎて実在したのか疑いたくなるよな。」
「まぁ、現実味はあまりないけどな。でも、資料が多く残っていて実際にその時代を生きた種族もいたからな。本当に詳しく知る人物は詳しく語りたがらないって話だけどな。」
「何故なんだろうな?」
「さぁ?少なくとも悪い意味で語りたくないって事は無いらしい。知り合いに聞いた程度の情報だが。」
500年前に生息していたとされる黒い魔物。謎に包まれた魔物ではあるが危険な魔物だったらしい。“黒の奇術師”の残した資料にもむやみに戦わず逃げるか封印する手段をとるようにと書かれている。
「そう言えば、最近その黒い魔物らしき妙な魔物が増えているって聞く、本当にその魔物かは分からないが。」
「気になる所ではあるな。」
「そこでだ。“黒の奇術師”の戦ったと言われている場所がこのリース大陸にあったよな?」
「“氷原”か?」
「ああ、確証がないからそう明言出来ないが、あれは自然に出来たものじゃなく人の手で作られた地であるのは明確だ。それを出来る存在も英雄以外考えられないからな。」
「確かに。」
「……行ってみないか?」
「あそこには魔物は一匹たりとも居ないぞ?」
「だからこそだ。何故魔物が居ないのか?不思議じゃないか?本当に何も居ないのか?」
「色んな人間が調べたが、全員『何も無かった』と言っていた。」
「何か原因があるんじゃないか?もしかしたら、その魔物に関連するものが見つかるかもしれない。」
「……やれやれ、相変わらず興味が湧くと止まらないな。分かった……行こう。」
ギルスとザードは氷原に向かった。全てが氷に包まれた大地。魔物が存在せず異常な濃度の魔力に満ちた地に、
◆◆◆◆
「……何も無いな。」
「もっと奥へ行ってみよう。」
二人は氷原を練り歩いた。何処を見ても氷の大地。ギルスはもう何もいないと諦めていた。ザードは、絶対に何かあると諦めていなかった
「……本当に何も無いのか?」
「だから言ったろ?戻ろうザード、流石にこの場所に長期滞在はきつい。」
「……ああ。」
ガッ、
ザードは悔しそうに近くに砕けていた氷の破片を蹴り飛ばした。
……ヒュン、
「……え?」
ザードの蹴り飛ばした氷の破片は虚空に消えた。
「なんだ?氷の破片が消えたぞ?」
「……ああ、どういう事だ。」
よく見ると、目の前の空間がほんの僅かだが歪んでいた。ザードは氷を砕き手に持った。
「……ギルス……道が見えるぞ。」
「どういう事だ?」
ギルスも氷を手に持った。すると、目の前に道が現れた。というより、見えていなかった道が見えた。
「どうなっている?」
「分からない。進んでみよう。」
二人は奥へと進んだ。そして、見えない壁に当たった。
「見えない壁?」
「これで終わりか?」
「いや、流石にそれで終わりだとは思えない、氷を投げてみよう、また何か変化があるかもしれない。」
そう言ってザードは氷を投げた。
ピシッ!
「やっぱり……何かあるぞ!」
「うん?亀裂が塞がっていくぞ?」
「な!?行こうギルス!道が塞がる前に!」
氷を投げると亀裂が入った。喜んでいるのも束の間亀裂が塞がろうとしていた。あわててザードは進み、ギルスも付いて行く。
「……ここは?」
「広いな。さっきまでと大分雰囲気が違う。」
新しい発見に興奮するザード。ギルスは、今までに無い雰囲気に警戒心を高めた。二人はどんどん奥へと進んだ。何も無いように見えるが、奥に大きな洞窟の様なものが見えていた。そこへ向かって歩く二人。
「……洞窟?」
「何があるんだろうな。」
洞窟の中に入る二人。奥に進むに連れてその表情は険しくなる。
「なんだ……この禍々しい気配は?」
「ザード、引き返した方が良く無いか?この気配は尋常じゃないぞ?」
「いや、むしろ放っておく方が良くないだろ?」
「だが……」
「大丈夫だ。すぐに引き返す。」
表情が険しいながら、ザードは好奇心が抑えられていない様子だった。そして、あれを見つけてしまった。全てが黒に包まれた魔物を。
「……これは、一体何だ?」
「……魔物?……原型は無い。だが、あまりにも禍々しい。」
「俺達の知らない魔物……」
「調べる必要がある。最近現れた妙な魔物と関係があるかもしれない。」
魔物は完全に氷の漬けにされていた。動く事は無さそうだが、禍々しい気配だった。俺達は一度街に戻り、定期的に氷原へと向かった。最近現れた魔物についても詳細が判明した。
「ギルス、あの魔物との関連性について分かった事がある。あれは普通の魔物ではない。数こそ少ないが意思を持ち、それぞれが強力な個体だ。今はその辺にいる冒険者や俺達でも倒せない事はないが、放っておけばどれだけ力をつけるか分からない。」
「それは本当かザード?もしそうなら、かなり危険な魔物だ。」
「ああ、もっと調べる必要がある。」
その魔物は、氷原にいた禍々しい存在と同じ黒い色を持つ魔物だった。完全な黒では無かったらしいが、意思を持ち強力な力を持っていたらしい。もし氷原の魔物がそれよりも強力な個体だとしたら、
ある日、ザードが氷原に入った所で、黒いフード付きのローブを着た妙な奴に話し掛けられた。ネロという男らしいのだが、
【君は魔物の研究をしているんだってね?】
「どこでそれを?」
【噂って何処でも流れているからね。実は頼みがあってさ。】
「頼み?」
警戒していたが、話を聞くと非常に興味深い内容だった。彼も研究者らしいのだが、魔物の生態だけでなく、魔物の組織構造についても詳しかった。警戒心よりも好奇心が勝ったザードはよく話し込んでいた。互いに知識の共有をするという意味では、ギルス以外に初めて会う人間だった。
「魔物の解剖……か、外法の研究じゃないか?」
「確かにな、だが逆に言えば今まで誰もやってこなかった事をするんだ。別に知識をひけらかす訳じゃない。純粋に興味があるんだ。魔物の誕生の秘密が分かるかもしれない。」
「……分かった……程々にしろよ?」
「ああ。」
ザードは外法な研究に手を染め始めた。俺も魔物を調達するなど協力をした。研究の優先順位は一番はあの黒い魔物の研究、そして魔物の解剖。拠点は氷原に建てられた。協力者との合流をする為に。何故か彼は氷原でしか会えないと言っていた。外法な研究に手を染めているから、人目のない所で話したいと言っていた。拠点は小さいが、寒さを防げる魔導具も用意して長時間滞在出来る様になっていた。始めは新たな発見があり純粋に研究者として満足のいく状況だった。
【ねぇ?もっと良い研究があるんだ。】
研究を始めてから一年、ネロは更に外法な研究を提案し始めた。それは魔物の融合“キメラ”の研究だった。
「……融合……か。」
ザードはあまり魔物の研究に抵抗が無くなってはいた。解剖くらいならという感覚ではあった。だが、融合となってくると疑問は出てくる。魔物の生態を調べる上で必要な事なのか?
──その時から少しずつおかしくなっていたのかもしれない。
ザードは魔物の融合の研究を始めた。キメラの実験は順調に進み、良い点と悪い点様々な結果が出た。ギルスには実験の結果を資料に残し伝えていた。ギルス自身はあまり実験に乗り気では無かったが、結果は気になっていた様だ。そして、以前から気になっていた洞窟の中の魔物をもう一度見に行った。
「……ん?何か変わったか?」
その魔物は氷漬けのままだった。ただ、以前に見た時と少し感じが違う様な……
【またこの魔物の調査ですか?】
「な!?」
全く気配を感じなかった。いつのまに?
「……まあな、ネロはどう思う?」
【どう……とは?】
「この魔物は封印されていた。しかも英雄が作ったとされる氷原に……俺達が思っている以上に危険な存在じゃないかとな。」
【ふむ……危険かもしれないですね。だからこそ、普通ではない研究をする事によって答えを得られるかもしれませんよ?】
「……そうか。」
協力者にこの魔物の事は話していた。初めてこの魔物を見た時から淡々とした反応だった。まるでここに居たのを知っていた様な、だが一年程付き合いのある人間でもある。外法な研究をしているネロ、それ以外に詳細は知らない謎の男。本来なら警戒すべき相手だったかもしれないが、好奇心が勝っていたのも原因かもしれない。
──それからまた時が過ぎた。
「人と魔物の融合?」
「……ああ、ネロが提案してきたんだが……どう思う?俺は無意味だと思う。」
珍しくザードはギルスに相談した。魔物の一部を体に移植する実験。魔物の特性を得る事の出来る新しい研究。革新的ではあるが……
「危険な研究だな、そもそも魔物の融合自体危険な研究だ。お前の資料を見たが、キメラは強いが脆い、それに魔物でさえ意思が狂い制御出来ない。それが人となれば何が起きるかどうかは分からない。」
「……そうだよな。」
「最近、あいつの提案してくる研究は危険なものが多い。研究していると誤魔化しているものもあるが、そろそろ潮時じゃないか?」
「……ああ、あいつに話してみる。」
ザードはネロと縁を切ろうと彼に会いに行った。
【実験を止めたい?何故だい?】
ネロはザードの話が純粋に疑問に思えた様で聞いてきた。
「君の提案してくる事は今までにない革新的な事ではある。だが、流石に度が過ぎているんじゃないか?」
【ふむ?……ああ、実験体が入手しづらいのが問題かい?】
「え?何を言って……」
ズズズズッ、
【……精神の侵食は“ナイトメア”の得意分野だから……やっぱり上手くいかないね。】
──戻ってきたザードは、魔化の研究を始める事にしたと言った。様子がおかしかったが……
「……ツァーリです。」
ネロとは別に、協力者が現れた。彼女は魔化研究の協力者だ。冒険者で依頼に失敗して片腕を無くしたらしい。そこをネロが勧誘してきたらしいが、
「ただ腕を取り戻すだけでなく、自身を強化出来るんだ。これ以上の事はないだろ?」
「……ああ……ザード?」
「なんだ?」
「……いや、何でも無い。」
思えばここで止めていれば、まだ引き返せたかもしれない。いや、ネロにザードが会った時点で手遅れだったのかもしれない。
「気分はどうだ?」
「気が狂いそうです……でも、凄い技術ですね。」
魔化、人と魔物融合。単純に考えれば二つの力が合わさり、より強力な力を得られるというもの。だがそんな上手い話がある訳が無い、ザードは着々と資料を作っていた。そして、実験が最終段階になったある日、
「アァ!?アアァァァ!!」
暴走。ツァーリは理性を失って拠点で暴れ始めた。ザードとギルスで何とか仕留める事が出来たが、
「……俺は、何故こんな研究を?……くそっ!」
ザードは一時的に正気を取り戻していた。ツァーリの事件で自分がおかしくなっていた事に気付き、苛立った。
「……ネロ……あいつは何だ?」
ザードは最近、洞窟の中の魔物の存在を忘れて魔化の研究をしていた。ギルスは、魔人化やキメラなどの研究を手伝う事は無いが、度々研究の相談には乗ってくれていた。何度か引き止めてくれていた。だけどザードは聞く耳を持っていなかった。ギルスは渋々研究を傍観していた。思えば、魔人化の研究を始めてから、調査をしていなかった。そう、ネロに「今は、良いんじゃない?」という言葉を何故か自然と受け入れていた。
「……ギルス、これを渡しておく。」
「ん?これは……」
「もしかしたら役に立つ日が来るかもしれないからな。」
ザードはネロに疑念を抱き、ある仮説を立てて一人でそれを確認しに行った。
──そして、ザードは知る事になった。
「……魔物が……いない?」
氷漬けにされた魔物がいなかった。氷は砕かれそこに居たはずの禍々しい存在がいなかった。
【気付かれちゃったね。もう少しここに本体を置いていけば良かったかな?】
「ネロ!?……お、お前……」
ザードの前に現れたのは氷漬けにされていたあの黒い魔物だった。所々肉体は腐り、全てを飲み込む様な漆黒の存在。だが声は、ザードがよく知る人物だった。
「まさか……お前がここに封印されていた……」
【そうそう、その通り!いや〜、最後の最後で洗脳に失敗するなんてね。イビル・ナイトメアの真似事は上手くいかないなぁ。】
そう言ってその存在はザードに近付く、
「いつからだ!?」
【うん?洗脳の事?初めからだよ。だって、普通あんな怪しい人物の話しを素直に受け入るなんてあり得ないでしょう?得意分野じゃなかったから、時間が掛かってね。いや〜失敗、失敗。】
「ちぃ!」
ガキンッ!
【協力してくれないのかい?】
「する訳が無いだろう!今までよくも!!」
ドスッ!
「ぐっ!?」
【残念。あまり能力の無駄遣いをしたくないんだけどね。あ、ツァーリ君の死体は有難く頂戴したよ?君は暫く傀儡になってもらうけど。】
「……ギルス……」
【彼の事かい?上手く利用してあげるよ……生きたままね!】
ズズズズッ!
【ヒヒヒ!!】
──ザードの人生はそこで終わりを迎えた。
「ヒヒヒ!ギルス、良い事を思い付いたんだ。」
「どうしたんだ急に?」
ギルスはザードの急変に驚いた。ネロとは縁を切ったと言っていた。だがそれよりも、今までとは明らかに様子が違う事に驚いた。初めはツァーリの件で気が狂ったのかと思った。ネロとも縁を切った。だから、何とか元のザードに戻ってもらおうと、出来る限りの協力をしようとザードの話しを受け入れた。
「ヒヒヒ!……さぁ、世界の闇を知る者達よ。闇ギルドへようこそ。」
こうして氷原に闇ギルドが生まれた。諸事情でまともな職に就けなくなった者。犯罪を犯した者。外法な研究を求めている者。世界からあぶれた者達が集まるギルドへと。
「ザード、何を考えている?」
「うん?一人では解決出来ない問題も、多くの協力者がいれば達成出来る。ただ、その協力者が普通じゃないってだけさ。目的を達成する為には必要なのさ。」
「……目的?あの洞窟の魔物はどうするんだ?お前が調べるからと言って、俺は一切関与していないが。」
「それは引き続き俺がやるさ。そうそう、目的だったね。」
──魔物の真理を追究する。俺達の純粋な研究欲を満たそう。
「……まさかここまで大規模な事をするとはな、集まっている連中も酷いな。」
ギルスは幹部に任命された。魔物の生態調査、魔物の解剖を主に行う人間として第一線に立って指導する事になった。他にも言われたが、それ以外をするつもりはないと断った。ザードは「まぁ、いずれ誰かに協力してもらうさ。」と軽く承諾した。
「ギルス先輩!宜しくお願いします!」
「ギルス……様、宜しく。」
「宜しくな!」
「……はぁ。」
部下も出来た。“ファイブ”、“シックス”、“セブン”本名ではないが、そこは重要ではない。彼等は魔物の研究に興味があった。
「凄いよね!このギルド!研究材料がいっぱい揃ってる!」
「しかも材料は元冒険者の連中が集めてくれるしな!」
「資金も、裏ルートで売って稼いでいる。」
外法な研究に興味があるというだけで、まともでは無いかもしれない。だが、彼等はギルスの話をよく聞いてくれた。純粋に上司として慕われるのは非常に喜ばしい事だった。彼等は順調に実績を重ね幹部に昇格した。
「いや〜、こんなに早くギルス先輩の元を離れる事になるなんて思いもしませんでしたよ。」
「それだけお前達が優秀だという事だ。」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。まぁ、今度俺らが何か奢るよ。」
「……楽しみにしてて下さい。」
「ああ、楽しみにしている。」
彼等はザードが無意味だと言っていた魔化の研究や様々な研究を始めた。忠告はしたが、ザードに頼まれたからとあまり聞く耳は持っていなかった。その時から俺は秘密裏に調べものを始めた。
「……やはり、行方が分からなくなった者がいるな。」
このギルドを作り、魔化の研究をしている時点であまり良い予感はしなかったが、どうやら色々な実験で犠牲者が数名出ている様だ。入って来た時期は確認出来たが、ギルドを抜けた者は確認出来無かった。その者達の行方は不明。
『よう、攫ってきた奴らの調子はどうだ?』
『ああ、問題無いぜ。』
「…………。」
今までは、闇ギルドの者達が実験台になっていたが、最近になって一般人を攫って実験台にしている事が発覚した。更に、魔物の生態調査中、死んだ仲間の遺体を回収して何かの実験に利用している事も分かった。
(俺はそこまで堕ちたつもりは無い。)
幸い、攫った人間達は氷原の外の拠点にいる者が多く、逃すのは容易だった。出来る限り逃したが犠牲になった者も多い、
「ザード、何故人攫いを指示する?」
「実験体が足りないって言っていたからね。」
「俺達の目的の為に他の人間はどうなっても良いと?」
「そんな事は思っていないよ?申し訳無いとは思っているさ。」
一度ザードを問い詰めたが話にならなかった。俺の話を聞くだけ聞いて興味が無さそうにロクでも無い答えを返すだけ。もう俺はこの時すでに、ザードが俺のよく知るザードでは無くなったと確信した。
「あっ、ギルス先輩。聞きました?材料班のフォルズ君、幹部に昇格したんですよ。」
「まだ入って一ヶ月だろ?早過ぎないか?」
「俺らもフォルズ程じゃ無いが早かったからな、そういう事もあるんだろ?」
「優秀だ。」
「……そうなんだろうな。」
フォルズとは数回会話した程度だが、あの三人に比べるとあまり優秀そうには見えなかった。
(最近、あいつらも様子がおかしい。)
ファイブ、シックス、セブン。あの三人の様子が変わったのはフォルズが幹部になって暫くしてからだ。妙に自信がついたというか、ザードを崇拝している様子だった。まるでツァーリの実験をしていたあの頃のザードの様に、
「ギルスさん!聞いて下さい!私達はザード様に選ばれたんです!!」
普段話さないフォルズが嬉しそうに俺に報告に来た。その姿は普通では無かったが、
「フォルズ……その姿……」
「精鋭部隊ですよ、ギルスさん!私はザード様に強力な力を授かったんです!」
「…………。」
フォルズはその後、とある特命を受けたと言って部下を少人数引き連れて出て行った。精鋭部隊?初めは強力な魔物と戦う部隊かと思ったが、どうやら違う様だった。その後、彼等が戻る様子が無く、ザードに呼び出された。
「戦力の増強?ザード、お前は一体何と戦う気なんだ?」
「ヒヒヒ!シャルという女だ。ギルス、お前も知っているだろう?“隠者”のシャル……あれは俺達の脅威となる存在だ。早急に殺す必要がある。」
ザードはとある冒険者を殺す計画を立てようとしていた。“隠者”のシャル、突如現れ冒険者の歴史において最速でCランクに、しかもあのドラグニア王国でそれを成した存在……だが妙な話だ。
「本当に脅威なのか?」
「……どういう意味だ?」
「ザード、俺達闇ギルドの人間は外法な研究をしている。犯罪に手を染めている者すらいる。だが、噂の“隠者”のシャルだとして、出てきたばかりの新人冒険者に何故目を付けられる?お前が何か仕掛けたのか?」
「……細かい事は気にするな……そう言えば、魔化の技術を希望している人間が確かいたよな?」
「魔化?あれは意味の無い研究だと言っていなかったか?」
「そんな事を言ったか?とにかく、希望者や興味のある奴を連れて来い。」
「…………話はしておく、あとはあいつらが決めるだろう。」
「ギルス、何故そんなに非協力的になってしまったんだ?もっと人を集める努力をするとか、協力してくれても良いだろう?お前は変わってしまったなぁ。」
「…………。」
そっくりそのまま言葉を返してやりたいが、こいつは聞く耳を持たないだろう。
「俺には俺のやりたい、研究がある。俺達の本来の研究をな。」
「ふん、勝手にすると良い。」
ザードは俺に興味を無くし、さっさと追い出そうとした。
「そうだ。一つ聞いておきたい事があった。」
「どうした?」
「フォルズ達はどうした?姿を見かけないが。」
「ああ、残念ながら実験中に死んでしまったよ。」
「…………そうか。」
その一言を聞いた後、俺の中で一つの覚悟が決まった。
「……変わったのは、お前の方だザード。」
俺は自分の部屋に向かいながら呟いた。ザードとは昔からの親友だった。ある事がきっかけで外法な研究に手を染めたが、他種族や人間に危害を加える事は無かった。だが、ザードは変わってしまった。
(やはり、こんなギルドがあるのがいけないのか?)
闇ギルド、ザードが変わってから出来たギルドだが、今では各国に拠点があった。ザードの信者や純粋に表の世界では生きられない者達が集まり、自由に行動していた。犯罪に手を染めて、
(ザード、あの時の様に純粋に研究をしていたあの頃に戻れないのか?)
俺は自分の部屋に戻り、荷物をまとめて出発の準備をした。
(ドラグニア王国……あの国の猛者達ならきっと……)
そしてギルスは闇ギルドを抜け出した。ドラグニア王国に辿り着いて彼が出逢ったのは、自身の想像を超える強さを持つ女性だった。




