対決、闇ギルド! 5
◆◆◆◆
ズズッ、ズズッ!!
【……何なんだ……何なんだあの存在は!?】
イビル・マリオネットは必死に逃げていた。
「…………。」
【くそがぁ!!】
ズズズズッ!!
「……アァァ。」
「……ウゥ。」
「……斬。」
キンッ!……バタッ、バタバタッ!!
【何故私のアンデッド達が操れなくなる!?何故干渉出来なくなる!?】
イビル・マリオネットは次々とアンデッド達を呼び出し、シャルと戦わせる為に彼女の元へ向かわせた。しかし、シャルが剣を振るうとアンデッド達はことごとく糸が切れたかのように地面に倒れるか、そのまま消滅していった。初めは復活させる事が出来るからと余裕を持っていたが、斬られたアンデッド達が干渉出来ない事を悟り酷く焦っていた。
【何なんだ……お前は一体何なんだ!!】
「……さぁ?正直私も分からなくなってきたわ。」
シャルはそう答えつつ、語り始めた。
「……以前ならこんな事は無かったはず。新しい自分だと認識してても、心の何処かで記憶が蘇っただけだと思っていた。今までの様に戦えるという甘さがあった。」
【……何を言っている?】
ゆっくりとイビル・マリオネットに近付きつつ、話を続けるシャル。
「……でもそれは違った。私は今と昔が混じった存在。乙戯暮葉であり、シャリーゼである。」
【何を言っていると聞いているだろう!!】
キンッ!
【グッ!?】
「それにここはファンタジーの世界。もっと地球での常識にとらわれず考えれば良かった。今の私は、そこまで常識を知っている訳じゃないけど、あの位は気付いても良かったわ。」
シャルは自分に憤っていた。何処かで意識に甘さがあった事。前世の記憶が蘇り、今世の常識を知らない分、前世の自分の常識に囚われていた自分に。
【……くそぉ!!】
「あんなに余裕だったのに、どうして今はそんなに焦っているの?……まぁ、配下さえいれば此処から出られると思っていたみたいだけど……無駄みたいね。」
イビル・マリオネットが焦っていたのには理由があった。
◆
【……やはり出られない……あの男が施した封印がこれほどとは……封印の力が弱まっているとはいえ500年経った今もこの地の封印が完全に解けないなんて……】
イビル・マリオネットがこの氷原で戦力を集めていたのは理由があった。それは自らを封印した存在の力の影響で、この氷原から本体が出られなかった為だ。意識はザードとギルスという人間がこの地で偶然自分を見つけた時からあった。
その後自らの動きを封じていた氷を砕き、この地を出ようとしたが出られなかった。氷は動きを封じていたに過ぎない。本当の封印はこの地に施されていた。封印の力は弱まっていた……だからこそ、氷を砕く事が出来て活動出来た。能力を使う事が出来た。だが此処から出る事は出来なかった。
最初に力を行使出来たのはこの氷原の中だけだった。だが、かつて手に入れた配下は根こそぎ復活出来ない様に奴に細工されていた……故に駒が必要だった。
【……研究を求め、氷原で調査をしていたザードに正体を隠して近付き、精神を蝕みキメラの実験や魔人化の研究もさせた。だが、最終的に奴は私の為の研究を止めた。だから殺したというのに。】
殺したザードを操り、駒にした。その後は闇ギルドをこの地に作り、封印が完全に破れる準備が整うまで生者を騙し、自らの力の一部を施した魔物の死体に術を仕込んだ。そうする事で封印の影響で弱体化し、広範囲に影響を及ぼせなくなった死霊術を限定的に使用出来た。そうやって、準備を整えてきたのに。
【……あの女は、今戦うには危険過ぎる。他の連中とは何かが違う。】
あの存在はミノタウルスを滅ぼした時から知ってはいた。我々は真の意味では滅ぶ事はない。だが、ミノタウルスは滅ぼされた。あの存在はそれ以前にもあのお方の力を得た魔物を滅ぼしたらしいが、それは本来ありえない事。あのお方が封印の影響で力が弱まったせいかと思ったが、初めて対峙しその実力を知って悟った。
【……あれは真に我々に仇なす存在。妙な剣術を使っていたが……それにあの魔力……何故今まで気付かなかったのか……此処にいた所為であの魔力の感覚に慣れていた所為か……あの魔力は……】
「独り言が好きなのね?」
【……?!】
声が聞こえ、イビル・マリオネットは即座に距離をとった。そこに居たのは一人の存在。
【……ギルスを見捨てたか。】
「見捨てた?いいえ、任せて来たの。」
我々に真に仇なす存在。
【それで奴が死ぬかもしれないぞ?】
「貴方の死霊術とアンデッドを仕込んだキメラなら、その部分だけ無力化したわ。ギルスは自分の手で救いたいって言っていたから任せたの。もしかしたら怪我をするかもしれないけど彼の実力なら必ず勝てる。」
【……無力……化?】
無力化と聞いて訳が分からなかった。私の力を無力化する?何を言って……
【……な?!何故だ!?何故あのキメラに私の力が使えない!?】
あのキメラには私のアンデッドと死霊術を仕込んでいた。もしアンデッドではない魔物を何とか出来ても、アンデッドが邪魔をするもしくは融合した魔物を殺してアンデッド化させる。万が一普通に死んだとしてもアンデッドとして復活して活動するよう死霊術を仕込んでいた。後々自分の駒の一つにするつもりだった。なのに、死霊術をそのキメラに対してのみ使え無かった。
「言ったでしょ?無力化したって。」
【くそっ!くそがぁ!!】
イビル・マリオネットはアンデッドを呼び出した。蓄えていた駒の一部を呼び出した。
「……斬。」
キンッ!……バタバタッ!
【な?!何故!?】
だがシャルが剣を振るうと、次々とアンデッド達が倒れていく。そして操ろうとしても、復活させようとしても何も反応しなかった。
【…あぁ、あぁぁ!!】
イビル・マリオネットはその場から逃げ出した。
◆
(この氷原……来た時から結界は見えてたけど。イビル・マリオネットを逃さない為の最終防衛ラインなのかしら?)
この氷原に来た時から色々と見えていたシャルだが、イビル・マリオネットが出られない強力な結界だと分かりかなり驚いた。目の前のイビル・マリオネットは色んなものが混ざったような肉体が腐っている見た目だった。本体はとても強そうには見えないが、死霊術はかなり厄介な能力だった。
(影が外に出られるまで結界が弱まっているとみて良いのかしら?本体が出れなくて相当焦っているみたいだけど、影が出れるだけでも相当影響力があるのよね。)
もしイビル・マリオネットが万全の状態なら、もっと時間が掛かっていた可能性が高い。これも此処に封印を施したキューマスターのお陰だ。
(ここの魔力の感じからして間違いないのよね。本当、とんでもない人物ね。)
出会った事のない自分と同じ転生者。彼は目の前の存在に対してどれだけ対策していたのだろうか。500年経った今でも封印が完全に解けないその影響力は計り知れないだろう。犠牲者は出ているが、本当にイビル・マリオネットが解き放たれればもっと多く出ていた筈だ。
【おのれ!こんな化物が相手になるなど聞いていない!“アルス”の力を受け継ぎ、我々に滅びを与える存在など!!】
「……“アルス”?」
初めて聞くその名前に首を傾げた。
【こうなれば全ての戦力を集めるしかない!例え肉の一部になっていたとしても生き延びねばならない!奴から受けた屈辱を晴らせないまま滅びる訳にはいかない!!】
(答えは聞けそうに無いわね。まぁ、多分キューマスターの事ね。)
思い当たる節があるとすればそれしかない。シャルはそう考えつつ、イビル・マリオネットを警戒した。あれは自らの肉体を黒い影に呑み込ませた。
【覚悟するが良い!!】
イビル・マリオネットは、今持てる全てのアンデッドを集結させ、シャルの元へ向かわせた。
「……そうね。覚悟するわ。」
チャキッ、
「……貴方達の様な存在には本気を出す事を。」
【…………何?】
…………ズッ、
…………ジッ……ジジジッ、
………………ズゥゥン!!
【ひっ!?ア、ぎゃあ!?】
それは突然起こった。あらゆる方向から強大な殺気を感じ、その全ての殺気に潰されるアンデッドの軍勢とイビル・マリオネット。
◆
「アンデッドが……消えた?」
「凍らせた奴らも全部居なくなったわ。」
「何処かに逃げたのでしょうか?」
………………ズゥゥン!!
「な、何!?」
「何なの!?このとんでもない気配は!?」
「闇ギルドの裏手の方から感じます!一体何が!?」
◆
「正直ね?私の本気に耐えられる武器も無いし、世界のパワーバランスがどうとか“マグナス”にまた会った時にどやされるんじゃないかと思って、本気出すのを少しためらってたの。前世の私なら兎も角、今の私の一撃がどんな災害を引き起こすか分からなかったし。」
【ひぐぅ!?がぁぁぁ!?】
「………でも、そんな考えすら自分に甘かった証拠なんだなって、今更ながら自覚したわ。」
一歩ずつイビル・マリオネットに近付くシャル。もはや、今の彼女に歯向かえる存在はこの場には居なかった。
「見た所、貴方の肉体は徐々に腐っていってるのね?魂そのものに肉体が腐り、使い物にならなくなる呪いの様なものが刻まれているっていう所かしら?貴方はその所為で腐る肉体を維持する為に力の大半を使い弱体化した……恐らく貴方を封印したアルスという人物の影響で。」
【………な、な、何故!?」
「何故?今の私、気配以外にも魔力も感知できるからよ。それで魂に刻まれた魔方陣に気付いた。後は推理ね。でも不思議、貴方の能力なら肉体を変える事も出来そうだけど……もしかしてもう変えた後なのかしら?」
【……ぐっ!ぅぅ!】
「そう……その反応だけで充分ね。肉体を幾ら変えようと腐るのは避けられない、魂そのものに術式が刻まれた影響で貴方はまともに戦えなくなった。
ここからは予測だけど、貴方は魂だけだと死体の体を得る事は出来るけど、魂だけだと能力を使えなくなる。世界の制約かは分からない、貴方達の主である存在なら何とか出来そうだけど、向こうも封印されている影響で完全に力を行使出来ないんでしょう?だから補助の受けられない貴方は、弱い本体を晒け出さずに影をずっと使っていた。」
【……お……おのれぇぇぇ!!】
「……お喋りは此処まで、終わりにしましょう。」
シャルは、イビル・マリオネットを仕留める為に目の前に立った。
「……ああ、一つ言い忘れてたわ。私がどうして貴方の力を……貴方達を本当の意味で滅せるのか。」
【!?】
「私の使う流派は乙戯流。乙戯流の基本は『流れを読み、断つ事。』その真義は違うけど。」
シャルは剣を構えながら、イビル・マリオネットを見据える。
「真の意義は『時の流れを読み、別つ事。』その存在の持つ時間を完全に見切り、終わりを迎えさせる。時間とは生きている者が感じる事の出来る摂理。それを見切るというのは相手の全てを見切るという事。終わらせるというのは、真の滅びを迎えさせる事が出来るという事。能力を無力化出来たのは、貴方を完全に見切り、能力の繋がりだけを断っただけに過ぎない。」
【……あ……あぁぁ……】
イビル・マリオネットは、初めて自分がどんな存在と戦おうとしていたか自覚した。それは、自分が戦うには次元が違いすぎる相手。
「……貴方に別れを。」
【……い、“イビル・ナイトメア”!!……“イビル・ドラゴン!!”……この存在は危険過ぎる!!嗚呼、我が主よ!!どうか完全に復活し、この異常な存在をどうか!!】
「……?……まぁ、いっか。真の乙戯流の一部を見せてあげる。」
チャキッ、
──乙戯流、
ジッ、ジジジジッ!!
──裏の型、
ジィィィ!!
【……くそぅ!くそぅ!!】
ジィン!!
「……さようなら。」
──“絶”。
キンッ!
【………あ………がっ………】
イビル・マリオネットは消滅した……跡形も無く。
(……腕がとてつもなく痛いわ。途中で剣が鞘ごと消えるなんて思いもしなかった。素手で終わらせた様なものね。)
痛む両腕をさすった後、剣を出すシャル。
(さて、魂を導かないとね。イビル・マリオネットの所為で道を見失っているみたいだし。)
「……“輝道”。」
シャルは天に向かって二元型“輝道”を放った。魂を導く為、この地にいる人達に戦いは終わったと合図する為に。
◆
「……あれは……シャルちゃんがやってるのかしら?」
「聖なる気を死霊術士が使える筈が無いですからね。あれだけの聖なる気を放てるのは、シャルさんだけかと……迷える魂が導かれて行きます。」
強大な気配が消えたかと思えば、闇ギルド本部の裏手から天に昇る一筋の光にが現れた。そしてその光に導かれる様に、小さな光が集まり天に昇っていく。
「……あれだけ感じていた嫌な気配が全く感じなくなった……まさか、死霊術士を倒したの?」
「「……え?そう言えば……」」
リナリーの呟きに反応するフランソワとホルン。確かに嫌な気配は完全に消えていた。
「で、でも、何度やっても復活する存在って書いてあったし。」
「復活する感じ、一切しないわね。」
「た、倒せても完全に滅びないのか復活するまで嫌な気配がずっとしてるって。」
「嫌な気配、一切感じないですわ。」
「ふ、封印の術式用意したのに!!」
「「無駄に終わったわね。」」
リナリーとホルンの言葉に、がっつりと準備していたフランソワは両手を地面につけて落ち込んだ。
「……後で、シャルちゃんに詳細聞こう。」
「それが良いわね。多分あれ、戦いが終わった合図も兼ねているんだわ。」
「警戒をまだ完全に解くのは早いですが、きっと大丈夫でしょう。」
三人は顔を合わせると。
「「「戦いは終わったわ!!我々の勝利よ!!」」」
「「「「「おぉ〜!!」」」」」
氷原に冒険者達の雄叫びが木霊した。そして、闇ギルドの本部が壊滅した事は冒険者達が帰還した後すぐに広まった。各地に散らばっていた闇ギルドに所属していた者達は統括を失って力を失くし。次々と捕まった……そして一週間後、闇ギルドは完全に壊滅した。
次回でこの章は終わりです。技の解説は次回で、ちなみに、闇ギルド本部は対象では無かったのでシャルの一撃で消えませんでしたが、裏手は大変な事になってます。




