家とダンジョンとシャル 10
「ククク、良イゾ。絶望ニ歪ムソノ表情、ソレコソガ“破滅”ヘノ道。」
「・・・破滅?」
「ソウダ、我輩ノ使命ハコノ世界ニ存在スル全テノ“ダンジョン・コア”ヲ吸収シ、力ヲ得ルコト。」
「・・・ダンジョン・コアの吸収?」
つまりこいつは、ここのダンジョン・コアから生まれた存在じゃ無い?
「邪魔ハ一度入ッタガ、コノダンジョン・コアノ吸収モ終ワッタ。後ハ、オマエ達ノヨウナ愚カナ者達ヲ誘イ出シ狩ルダケダ。」
不気味な笑みを浮かべながら近付く赤黒いミノタウルス。
「・・・に、逃げなきゃ!」
ダッ!
とにかく、こいつから逃げなきゃ。
「ククク、無駄ナ事ヲ。」
◆◆◆◆
ガキン!ザシュッ!
「ギギャァ?!」
「くそ!敵が多過ぎる!」
「ここは一体何処なんだろう・・・ねっ!?」
ドン!ボォ!
「グギャァァ?!」
「ロックは何処に・・・」
「とにかく、目の前の敵を倒すしかないだろう!」
◆◆◆◆
「・・・はっ、はっ、はっ・・・」
何処に向かってるんだろう・・・出口?・・・出口は無い、
「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」
何処ヘ行けばいいんだろう・・・地上?・・・けど、道は見えない、
「・・・くっ!」
ガッ!・・・ドサ!
足がもつれて転んだ。何処まで行っても地上ヘの道は見えなくて、けど、あのミノタウルスの気配はゆっくり近付いて来て、
「・・・怖い。」
シャルさんがいれば、こんな状況でもきっと何とかしてくれる。でも、シャルさんはいない。
「随分ト奥マデ来タモノダ。」
「く、来るなぁ!」
赤黒いミノタウルスは、ゆっくり近付き、僕は転んだ状態から赤黒いミノタウルスの方を向き、手と足を使って後退る。
コツ、
「・・・え?」
何かが手に当たった。
「・・・骨?」
誰かの骨だった。逃げている時、見覚えの無い冒険者の死体や、半分白骨化した死体が見えていた。
「ククク、ドウシテ白骨化シタ死体ガアルノガ不思議デアロウ?」
「・・・この服・・・」
赤黒いミノタウルスの言葉を聞きながら、白骨化した死体を見て、既視感を覚えた。
「此処ハ我輩ノ迷宮、我輩ガ生マレテカラ迷宮ニ取リ込ンダ者達ガ眠ル場所。」
「・・・この剣・・・この杖・・・」
いや、既視感じゃ無い、覚えてるこの服と剣と杖の持ち主を
「ソノ中デモソノ死体ハ、最後マデ足掻キ息絶エタ。」
だって、自慢げに僕に見せてくれていた。
「アア、ソウイエバ誰カノ名前ヲ叫ンデイタナ。」
すぐ、帰って来るって、この服と武器を身に付けて僕に言ってくれた。
「“ロック”ト言ッテイタナ?」
「・・・お前が・・・」
──父さん。
──母さん。
「お前がぁぁぁ!!!」
ダッ!
「ヌゥ?」
ガキーン!
「よくも父さんと母さんを!お前だけは!お前だけはこの手で!!」
短剣を手に持ち、真っ直ぐ赤黒いミノタウルスに斬りかかる。斧で防がれたが、そんなの関係無い、
「ククク、ソウカ!オマエノ両親カ!感動ノゴ対面ダナァ!」
「黙れぇぇ!」
もう、恐怖なんて無い。あるのは、ずっと積み重なってきた僕の恨み。
「ハァァ!」
ダダッ!
回り込み、足の関節を狙う。
チッ!
「・・・くっ、刃が全然通らない!」
だが、こいつの皮膚は硬く、擦り傷しか付かなかった。
「ホウ、擦リ傷トハイエ傷ヲ付ツケルカ。ソンナニ我輩ガ憎イカ?」
「ああ、憎いさ!命を賭けて殺したくなる程に!」
一度で駄目なら何度でも!
「ククク。」
ブォン!
「くっ?!風よ!」
ビュン!ダッ!・・・ドーン!
籠手から風を出し方向転換し、斧を避ける。
「ホウ、今ノヲ避ケルカ。只ノ臆病ナ子供カト思ッタガ、ソウデハ無イ様ダ。」
「ああ、そうさ!お前を倒す事だけを考えて、今まで鍛えてきたんだ!」
チッ、チッ!
隙をみて、先程と同じ場所を狙う。
「臆病かもしれない・・・でも、只の子供じゃ無い!!」
サシュッ!
ようやく、少し刃が通った気がした。
「目障リダナ。最初ノ時ニ殺シテオケバ良カッタカ。」
赤黒いミノタウルスは、先程の笑みから一転、真顔になり斧を構えた。
(少し刃は通った。でも・・・)
シュウゥゥ・・・、
少し冷静さを取り戻し、よく観察する。黒い煙が赤黒いミノタウルスの傷を修復していた。
(再生能力を持っているのか?でも、攻撃は少し通った。一気に攻撃を加えればもしかしたら・・・)
ブォン!
斧が振り下ろされ、思考が中断される。
「くっ?!」
ザッ、ザザ!
「随分ト避ケルノガ上手イナ?ダガ・・・」
ゴッ!
「う゛っ?!」
「斧ダケ見レバ良イトイウワケデハナイ。」
赤黒いミノタウルスは、片手で斧を振り下ろしていた。それに気付かず避け、空いていた左手で殴られた。
ポタ、ポタ、
(右腕が動かせない・・・折れてはないみたいだけど、酷く痺れて動かない。)
「傷ガ深イ様ダナァ、ソンナ状態デ戦エルノカ?」
「・・・ああ、戦えるさ、まだ左腕がある。」
殴られた右腕から血が流れた。籠手で上手く受けたおかげで折れずに済んだが、酷く痺れていた。痛みを堪えながら、短剣を左手に持ち替える。
「ククク、スグニ潰レル!」
ブォン!
「・・・すぐには終わらないさ・・・風よ!」
ビュン!・・・ザザァ!
籠手に込められた風の魔法で、足元に一気に近付く、
「僕が一体どれだけ鍛錬したと思う?・・・どれだけ、お前を恨んでいたと思っているんだ!」
「戯言ヲ!」
ブォン!・・・ザッ!
「炎よ!燃え盛れ!」
ボォ!
「喰らえ!」
サシュッ!
「チィ!チョコマカト!」
短剣に炎を纏わせ、先程と同じ足の関節部分を狙う、そして振り向く赤黒いミノタウルスに対して、
「シャルさんが教えてくれたもう一つの戦い方。炎を風と合わせて!」
ボォ!ビュン!・・・ドーン!
炎に風を加える事で、小さな爆発を起こした。
「ソノ程度ノ爆発デ傷ガ付クトデモ?」
ザッ!
「・・・目眩しに決まってるだろ?」
ザシュッ!
「チィ!」
僕は、今度は赤黒いミノタウルスの足の関節に短剣を突き刺した。
「痛みは感じてる様だな?痛いだろ?」
「チョコマカト・・・目障リダ!!」
タタタタッ!
赤黒いミノタウルスが攻撃をする前に距離をとり、
「この短剣に全部をぶつけるんだ・・・お前に・・・全てを!」
ビュン!ダダッ!
また風の魔法で一気に距離を詰める。
「ハァァァァァ!!」
ザシュ!
「小賢シイ!」
そしてまた攻撃される前に距離をとる。
「何故動ケル?何故戦エル!?貴様如キ、小サク弱イ人間ガ何故!?」
「お前にとっては、僕は弱く小さいかもしれない・・・ けど、シャルさんが戦い方を教えてくれて、見ていて気付いた。たとえ自分がどんなにちっぽけな存在でも、たとえどんなに相手が強大であろうとも、覚悟さえあれば、思いさえあれば・・・どこまでも!」
ビュン!ダッ!
「強くなれる!」
「クッ、ナラ、ソノ思イトトモニ潰レルガイイ!」
ブォ!
赤黒いミノタウルスが、両手で斧を振り上げた。
「その時を待っていた!」
ヒュンヒュン、ビュン!・・・ビュンビュン・・・ガチ!
僕はすぐさまあらかじめ用意していた重り付きロープに持ち替えると、両手で斧を振り上げた赤黒いミノタウルスに向かって投げ、両手に巻き付けた。
「ヌゥ!?」
「これで終わらせる!」
ダッ!グン!
僕は勢いよく駆けて、その勢いを利用して周囲を周る様に飛び上がった。
「後ロニ重心ヲ傾ケル気カ?無駄ナ!」
幸い、頑丈なマジックアイテムであるロープは千切れないが、両手が塞がった状態でロープにぶら下がった僕を振り回そうとする赤黒いミノタウルス。
「わかってるさ、お前にはこの程度の重みじゃ体勢が崩せないのは・・・でも、この勢いさえあれば!」
シュタ!
僕は、勢いを利用して赤黒いミノタウルスの顔に着地すると、
「ヌ?!」
「お前の片目を・・・潰せる!」
ザシュ!
「グギャァァァ?!」
短剣に持ち替え、赤黒いミノタウルスの片目に短剣を深く突き刺した。
グリ、グリ!
「グッ?!グゥゥゥ!?」
「燃えろ・・・燃え盛れ!!」
ボォ、ゴォォォ!
短剣に込められた炎の魔法を発動させ、自分の持てる全ての魔力を込める。
「ありったけ・・・ありったけだ!」
「離セェェ!」
ガッ、ガッ!
赤黒いミノタウルスは塞がった両手でなんとか殴ろうとするが、上手くいかずに苛立つ、
「離すもんか・・・離す訳が無い!!」
「貴様ァァァ!」
ギリ、ギリ!
ロープが軋む音がする。でも、ロープが切れようが関係無い、
「ハァァァァァ!!」
ゴォォォ!
とにかく、こいつの脳ごと焼き切れればそれで終わる!
「グググ・・・離レロ!」
ブチッ!・・・バキ!
「ぐはぁ?!」
ドン!
赤黒いミノタウルスに殴られ、壁に叩きつけられる。
「クソ!・・・餓鬼ガァ、殺シテヤル!」
ブォン!ブォン!ガン!ガン!
傷が深かったのか、片目は黒い煙を撒き散らしていてまだ修復していた。そのせいで距離感が掴めないのか、斧を振り回すが僕には当たらない。でも、時間の問題だろう、
(・・・身体、動かないな。)
先程、殴られた衝撃で、体のあちこちが痛む、痺れが収まらない。
「餓鬼ガァァァ!!」
(父さん、母さん・・・仇がとれなくてごめん・・・でも、あいつに一撃お見舞い出来たよ。)
──意識が遠くなる。あいつの声も遠くなっていく、
(おじさん、ごめんなさい・・・もう、会えないや。)
──色んな光景が目に浮かぶ、商人のおじさん。また会いに行くって言ったのに、その約束は果たせない、
(アーランド王国の皆、またダンジョンに潜ろうって約束、果たせないや。)
──優しく声を掛けてくれた人達、一緒にダンジョンに潜ってくれた冒険者の人達、
(デニスさん、ランドさん、ホークさん・・・どうか、無事でいて下さい。)
──ロイヤルガードの三人、無事でいて欲しい、
(・・・シャルさん、ありがとうございます。貴方が戦い方を教えてくれたから、あいつに一撃お見舞い出来ました。貴方がいなければ、僕は何も出来ずに終わるだけだった。)
──そして、シャルさん。
(でも・・・もう一度・・・もう一度会って・・・)
「殺シテヤルゥ!!」
(お礼が・・・言いたかった・・・)
ブォン!
──斧が僕に向かって振り下ろされる。
(・・・さよなら・・・)
ガキーン!
「・・・え?」
「はぁ!」
「グ?!」
ドーン!
僕の目の前に黒い影が割って入って来た。そして、黒い影は、赤黒いミノタウルスを一撃で壁に吹き飛ばした。
「どうやら、間に合ったみたいね。」
凛とした綺麗な声が響く、もう会う事は出来ないと思っていた人の声、
「・・・シャル・・・さん?」
「お待たせ、ロック君。助けに来たわ。」
シャルさんが、来てくれた。
さぁ、ロック君の恨みを晴らしましょう。




