謎のルーキー 1〜門番ディック、受付嬢ミリー視点〜
門番と受付嬢視点です。
〜門番ディック視点〜
(うん、今日も異常無し。)
あたりを見渡しながら、仕事をこなす一人の男。この街の門番の一人であるディックは、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
(相変わらず平和な街だ。こうして毎日同じ外の景色を見るのはさすがに飽きるが、平和であることに越した事はないな)
ドラグニア王国は強力な魔物が沢山いるが、その分強い冒険者も沢山いるので、街周辺の魔物の被害には困っていなかった。
(明日は非番だし何処に出掛け・・・なんだあいつ?)
ディックの視線の先には、全体を漆黒のローブで隠した怪しい人物が街に向かってきていた。
(・・・なんだ?あの見るからに怪しい奴は、おいおい・・・明日は非番だってのに、面倒事は勘弁してくれ。)
とてつもなく面倒な予感がしつつ、何食わぬ顔で街に入ろうとした怪しい人物を止めた。
「・・・止まれ!」
(・・・こいつ今そのまま入ろうとしたか?普通身分を証明出来る物を見せるだろ。)
明らかに怪しい格好に怪しい行動、ディックが警戒心を高めるのは無理もなかった。
「・・・顔をフードで隠しているようだが、身分を証明出来る物はもっているのか?持っていないならそのまま不審者扱いで拘束させてもらうが。」
(なんだ?妙に立ち姿に気品があるような・・・)
不審者の立ち姿に疑問を持ちながら、町を守る門番として当然の行動を起こしたディックは、不審者に問いかけた。
「・・・え、えっと、怪しい者じゃないんです・・・と言っても、この格好じゃ信用できないでしょうけど。」
「・・・⁉︎・・・あ、ああ・・・身分を証明出来れば問題ない。」
(えっ!?女性!?というかめちゃくちゃ綺麗な声だなぁ)
ローブで体を完全に覆っていたため、性別の判断がつかなかったディックだったが、その声の美しさに驚き動揺した。
「・・・えっと、身分を証明出来る物は持っていないんです。何とか通してもらう事はできないでしょうか?」
(・・・不審者かと思ったがお忍びのご令嬢か?言葉遣いも丁寧だし立ち姿は妙に気品が漂うし、絶対にそうだろう。まぁ身分の証明出来るものは、お忍びならもっていないだろう。)
最初は漆黒のローブを纏った怪しい人物に警戒心を高めていたが、お忍びのご令嬢であると判断したディックは、お忍びであることを考慮して、最低限の礼儀を持って接するのだった。
「・・・それなら、冒険者ギルドで登録をして、ギルドカードを発行してもらうしかないな。ただそれには少し金が入る・・・金は持っているのか?」
「・・・魔物の素材なら少々。」
金なら持っているだろうと踏んだディックだったがお忍びのご令嬢は、おもむろに担いでいた袋の中を見せた。
「・・・これは、この獣の皮や素材は自分で?」
「・・・はい。」
(・・・おいおい、まさか自分で狩ってきたのか!?いくら猛者が多い国だからって、貴族の娘が魔物の素材を狩って来るか普通!?・・・これ絶対にこの国のお姫様の影響受けてるだろう。)
この国の逞しさに頭を悩ませながらも、ドラグニア王国の王女のことを考えたらあり得ない事ではないだろうと、何となく納得するディックだった。
「・・・ふむ、まぁこれなら問題無いだろう、ちなみに顔を見せてもらう事は出来ないのか?」
「・・・え、えっと訳あって素性を隠してまして・・・出来ればこのまま行きたいな〜っと。」
(だろうな、それで顔を見せたら苦労はしないわ。)
もはやディック の中では、顔は見えないが貴族のご令嬢にしか見えないので、一応尋ねるだけ尋ねてそのまま話しを進める事にした。
「・・・まぁ、悪意は無いようだからな、問題を起こさなければ大丈夫だろう。付いて来い、案内してやる。そのまま入れても困るからな。」
「ありがとうございます!」
こうして溢れる気品を隠せなかったシャルは、お忍びの貴族のご令嬢として認定され、自身は気付かず案内されるのであった。
〜受付嬢ミリー視点〜
(今日も平和ね〜。)
“クレメンス”の街にある冒険者ギルドの受付嬢“ミリー”は、いつもと変わらない光景を見ながら思った。
(今日は仕事終わったら何処に行こうかしら?洋服店“フランソワーズ”で洋服でも見るかな〜。)
普段ミリーは、ギルドの受付嬢の服を着ているが、週一回の休みがある時は当然私服、大陸一の洋服店で洋服を見るのが密かな楽しみだった。
(あ〜、早く時間が来て欲し・・・ん?)
ギギィ〜、
扉の開く音が聞こえたかと思うと、ギルドに二人の人間が入って来た。
(あれ?ディックじゃない、こんな時間に何の・・・え?何あの後ろの全身黒づくめの怪しい人!?やめてよ!面倒事の予感しかしないじゃない!)
明らかに怪しい扮装の人物を見つけたミリーは、物凄く嫌そうな顔をしたが、ディックは怪しい人物に一声かけたかと思うと、ミリーに向かって歩き出し、
「よぉ、ミリー・・・て、気持ちはわかるがそんな嫌そうな顔するなよ。」
「・・・いや、するに決まっているでしょ。何あの怪しい人!」
明らかに面倒事を持ってきたディックに文句を言うのは当然だと、ミリーは気さくに声をかけたディックに対し、小声で怒った。
「・・・まぁ、見た目はかなり怪しいが、別に犯罪者ではない。」
「じゃあ、何よ。」
「・・・お忍びのご令嬢。」
「・・・はい?」
正直、いきなりお忍びのご令嬢と言われても訳が分からない。全身黒づくめで、顔も見えない怪しい人物を貴族だと思える訳がなかった。
「ねぇ、ディック、良いお医者さん紹介するから・・・」
「いや別に頭がおかしくなった訳じゃないから!話しを聞け!いいか、あそこにいる彼女は何処かの貴族のご令嬢で、お忍びでこの街に来たみたいだ。多分冒険者に興味があったのか身分証も持たず金も持たず、魔物の素材を売りに来たみたいだぞ。」
「・・・えぇ?」
どんな貴族のご令嬢よ。そう言いかけたが、ディックが思いの外真面目な表情をしていた為、その言葉を飲み込み黒づくめの人物を見た。確かによく見ると立ち姿に何処か気品が漂うし、興味深そうに辺りを見渡している。世間知らずのご令嬢でなければ、こんなありふれた建物の中を興味深そうに見るわけがないし、もしかしたら本当にそうなのかもしれないと思い始めた。
「まぁ、とにかく登録を頼む、魔物の素材を持ってるから査定して金を渡してやってくれ、登録料もそれでな・・・じゃあな。」
「・・・わかったわよ。」
そう言ってディックは、怪しい貴族のご令嬢に一声かけると出ていった。
(・・・まぁ、結局面倒事には変わりないわね。)
犯罪者の対応に比べればマシだが、今日の予定は変更になるなと、憂鬱な気分になるミリー、
「・・・えと、さっきの門番の人に言われて来たんですが」
「!?・・・は、はい!ディックさんから承っております。」
(え!?なんて綺麗な声・・・というか近くで見ると、よりその洗練された動きが目立つというか・・・ディックが言う通り貴族以外あり得ないわね。)
実際本人の声を聞くまでは半信半疑だったが、こうして改めてみると立ち姿に気品があり、言葉遣いも丁寧、その辺のゴロツキとは違う育ちの良さが垣間見えた。
「で、では、冒険者登録を行いますので、こちらの必要事項に記入をしてください。」
そう言ってミリーは、一枚の紙とペンを取り出してシャルに渡した。
「あの、代筆って頼めますか?」
「え?は、はい、大丈夫ですが・・・」
(・・・?文字が書けない訳じゃないわよね?まぁ、打筆頼まれる事はよくあるし、もしかしたらお付きの人がよく書いていて、その流れで自分で書くっていう習慣が無いだけかも。)
もしかしたら、かなりのお嬢様なのかも?と思いながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。
「では、まずお名前から」
「名前は、シャルです。」
「ご年齢は?」
「15歳です。」
「・ ・ ・ご出身は?」
「ドラグニア王国の山奥です。」
「・ ・ ・山奥・ ・ ・ですか?」
「はい、そうです。山奥でずっと暮らしていたので、この辺の事は全く分かりません。」
「・ ・ ・そう、ですか。」
(え、何その設定・・・世間知らずって所をアピールしたいの見え見えだけど、山奥でずっと暮らしていた人が気品漂って、丁寧な言葉遣い覚えているって無理があるでしょ!溢れる気品を隠しきれていませんよお嬢様!)
話しを聞くうちにもう貴族のご令嬢にしか見えないため、ミリーは無理のある設定に思わず心の中で突っ込んだ。
「では、今度は得意な武器と魔法が分かれば教えてください。」
「・・・得意な武器は、かた・・・剣です。魔法は少々使えますが、正直得意な魔法はわからないです。」
(まぁ、幼い頃から最低限の基礎を学んだのでしょうね。きっと戦う事自体経験ないだろうから魔法も慣れてないって感じかしら。)
「・・・わかりました。一応魔法が使える剣士としてご登録をさせていただきます。以上でご登録は完了致しますが、もしパーティーを組まれるようでしたら、一緒に募集登録もできますがいかがいたしますか?」
「あ、いえ、ソロで活動するつもりなので、パーティー登録はしないです。」
(多分自分が貴族のご令嬢ってばれたくないから、ソロなのね。)
「・・・承りました。ギルドカードの発行には銅貨が5枚必要になります。お支払いは如何なさいますか?」
「・・・持ち合わせが無いので、魔物の素材があれば大丈夫って聞いたのですが。」
そう言ってシャルは、魔物の素材が入った袋をミリーに見せた。
「!?・・・こ、こちらはお一人で集められたのですか?」
「?・・・はい、そうです。」
(はい、そうです・・・じゃなくて!ディックに魔物の素材があるって聞いたけど、なんで貴族のご令嬢がこんなに沢山の魔物の素材を集められるの!?最低限の基礎じゃないの!?・・・もう、絶対この国のお姫様の影響よね。逞しすぎるわ、ドラグニア王国。)
普通の国であれば疑問に思う所も、この国のお姫様の事を考えたらあり得ない事ではないと思ってしまうぐらい、私はこの国に毒されているのだなぁと、現状に対して諦めた気持ちになっていた。
「こ、これだけあれば問題ありません。査定も一緒に行います。ギルドカードを発行致しますので、少々お待ちください。」
そう言ってミリーは、慌ててカウンターの奥に向かって行った。
〜数十分後〜
「・・・以上で、説明は終わりますが、何かご質問はありますか?」
(・・・ようやく、終わりが見えてきたわ。今度ディックには何か奢ってもうしかないわね。)
冒険者のルールについて伝えたミリーは、ディックに何を奢ってもらうか思考を巡らせ始めた。
「・・・あの、素性を隠して活動したい場合はどうしたらいいでしょうか?」
(・・・まさか、直接聞いてくるとは、本当に世間知らずなのね。)
「・・・えぇと、素性を隠す場合は自己責任ですが、顔が見えない、素性が分からない人は、当然信用にも関わります。ギルドにしっかりと貢献すれば信頼度も上がりますので、こちらで深く詮索する事は基本的にはありません。」
「・・・基本的には、ですか?」
「はい、流石にギルドも犯罪者を冒険者にする訳にはいきませんので、最低限の調査はさせていただきます。・・・シャル様は問題ないかと思いますが。」
「・?・・はぁ。」
(人柄も良さそうだし、溢れる気品を隠せないし、声も綺麗だし、一度話せばだれもシャル様を疑いませんよ。)
オドオドした様子で、尋ねるシャルにミリーはほとんど投げやりな態度で微笑みながら受け答えした。
「・・・ではこちらがギルドカードになります。ちなみに本来査定は別の窓口で行うのですが、面倒なのでここでお金をお渡しします。登録料をお引きして、銀貨3枚と小銀貨5枚と銅貨5枚になります。」
「・・・ありがとうございます。」
「では、改めて・・・大都市から離れた街“クレメンス”にようこそシャル様、冒険者ギルドは貴方様を歓迎いたします。」
こうしてシャルは、やはり溢れる気品を隠せずFランク冒険者としてデビューした。
前世での教養、武道を極めた者が出来る精錬された動き、位で言えば貴族以上ですね。多分
最初にシャルが周りからどう見られているか説明したかったので、別視点を入れました。