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隠者のプリンセス  作者: ツバメ
家とダンジョンとシャル
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家とダンジョンとシャル 7

あっさり?です。残酷な描写があるので苦手な方はご注意下さい。

「大丈夫?ロック君?」

「・・・は、はい、すみませんシャルさん!・・・その、えっと・・・」


 しばらく泣いた後、ロックは今の自分の状態に気づいて、顔を赤くしながら慌ててシャルから離れる。


「落ち着いた?」

「は、はい、落ち着きました!ありがとうございました!」

「そう?なら良かった。」


 まだ落ち着いてはいないのだが、先程までの暗い表情ではなくなっていた。


「じゃあ、先に進みましょうか?」

「はい!」



 〜七階層目〜



「ふっ!」


 ビュン!


「グガァァァ?!」


「魔物もちょっと手強くなって来たわね。」

「苦戦してる様子は全く無いですけどね・・・ちなみにシャルさん?魔物が手強くなったのは六階層目からです。」

「そうだったわね。」


 シャルとロックは順調に進んでいた。ロックは、シャルに突っ込みを入れられるくらい元気になった。


「ねぇ、ロック君?」

「なんですか、シャルさん?」

「もし、ダンジョンの守護者がミノタウロスだったら・・・戦いたい?」

「え?!」


 シャルの突然の問いかけに驚くロック。


「・・・そうですね。」


 ロックは、少し考え込むと、


「・・・出来れば戦いたいです。そのミノタウロスは、僕の探しているミノタウロスではないと思いますが・・・それに、さっき先行した冒険者の人達に先を越されているかもしれません・・・でも、戦ってみたいです。」

「・・・そう。」

「もちろん、勝てるとは思っていません。ソロのBランク冒険者でも苦戦する魔物ですし、まだ冒険者になれていない僕がまともに戦えるとは思いません。それでも、いつかは越えたい壁でもありますから、試してみたいんです。今の自分が、どれだけ戦えるか。」


 ロックは、強い決意を秘めた目をシャルに向けながら答えた。


「・・・分かったわ、ロック君が全力で戦える様に、ミノタウロスをなんとかしてあげる。」

「本当ですか?!」

「ただし、危ないと思ったらすぐに倒すからそのつもりでね?」

「はい!ありがとうございます!」


 シャルの言葉に喜ぶロック。


「じゃあ、ミノタウロス戦に備えて、この階層にいる魔物から一人で倒してみよっか?」

「え゛?!」

「大丈夫よ、私が見てるし。それにさっき手に入れた短剣と籠手、後はロープもあるし、色々と立ち回れるから教えてあげる。」

「わ、わかりました!頑張ります!」

「じゃあ、まずは籠手を使った基本的な防御の仕方から・・・」


 七階層目から、ロックの修行が始まった。



 〜八階層目〜



「ギャッギャ!」

「くっ!」


 ガイン!


「燃えろ!」


 ボォ!ザシュッ!


「ギャァァ?!」

「次は左から来るわ!」

「くらえ!」


 ヒュン・・・ドス!ドス!


「グギャァァ?!」


「良いじゃないロック君、様になって来たわね。」

「はぁ、はぁ・・・そりゃそうですよ、ずっと戦ってましたからね・・・流石に慣れますよ。」


 息を切らして答えるロック、シャルから基本的な立ち回りを教えてもらい、マジックアイテムを上手く使った戦い方を提案され、七階層目からずっと一人で魔物を狩るロック。正直、Bランクの冒険者が一度態勢を立て直す必要があるレベルの魔物を一人で相手をするのは大変だったが、持ち前のセンス、シャルの手助けと的確な指示もあり、なんとか戦えていた。


「少し休憩しましょうか?」

「・・・そうですね、安全な所ありましたっけ?」

「私が見張っているから、向こうにある小部屋に行きましょ?」

「・・・わかりました。」



 〜八階層 小部屋〜



「ロック君、11歳でこれだけ立ち回れるなら、冒険者になれる年齢になる頃には、もっと良い動きが出来るわよ?」

「そうですか?シャルさんにそう言っていただけると、自信が付きます。」

「うん、ここまで戦えるなんて、相当鍛錬したのね?」

「強くなる事が目標ですからね。」

「・・・そっか。」


 周囲を警戒しながら話し掛けるシャル。ロックに一人で戦ってもらったが、指示するだけで、そこそこ強いはずの魔物を相手に出来る実力に素直に驚いていた。危なければすぐに加勢するつもりだったが、上手く立ち回れていたので、ギリギリまで見ることにしていた。


「シャルさん。」

「何?」

「どうしたら、シャルさんみたいに強くなれますか?」

「私みたいに?」


 ロックは息を整えてシャルに問いかけた。


「う〜ん、そうね・・・気の遠くなるほど修行して、気の遠くなるほど戦えば強くなれるかしら?」

「それ、どういう事ですか?」

「正直な所、私は自分が強いとは思っていないの。」

「え?」


 思わぬ答えに首を傾げるロック。


「私はね?・・・人によって強さの基準は違うとは思うけど。自分は強いとか考えたら、どんなにもっと鍛えようと思っても、心の何処かで自分の強さに満足して、もっと先の強さが見えなくなってしまう気がするの。」

「・・・もっと先の強さ。」

「そう、だからどんなに修行しても、どんなに戦っても、自分はもっとこうしたい、もっと上手く立ち回りたいって考えるの。常に今の自分より、先の自分を想像して少しでも良くできる事があれば試して、考えて・・・また試して、それの繰り返し。」

「そうなんですか?」

「うん、ずっと修行して、ずっと戦って、強くなる事に終わりを作らず、ただ自分を高め続ける事・・・そうしてたら、いつの間にか皆から歴代最強とか、超人とか言われてね?その時に初めて、人からの評価で今の自分の強さが分かったの。」

「・・・・・・。」


 前世では、常に自分を高める事しか考えていなかった。今世でもその意思は継いでいる。ずっと自分の戦い方を考え、前に進む事しか考えず、乙戯流を習った時から毎日ずっと鍛錬していた。そうしたら、同じ流派の人に歴代最強とか、人の領域を超越しているとか色々言われて、初めて自分がどのぐらいの強さの位置にいるかが分かった。そんな自分の過去、自分の強さに対する価値観を初めて誰かに話したなっと、シャルは思った。


「・・・シャルさんって、15歳ですよね?」

「そうよ?15歳よ?」

「なんだか、15歳の人とは思えない言葉の重みでしたよ?」

「ふふ、でも私は正真正銘15歳よ?」


(・・・肉体年齢はね。)


 余りにも大人びた答え方に首を傾げ疑いの目を向けるロックだが、シャルは嘘は言っていないので首を傾げるロックを見ながら少し笑った。



 〜数十分後〜



「体力は回復した?」

「はい!これならまた戦えます!」

「そう?今度は私が魔物の攻撃を避けたり、受け流したりする所を見せるから、動きとか見ると多少は参考になると思うわ。」

「わかりました!」


 ロックの修行はまだまだ続く、



「・・・立ち回りは上手くなってきたけど、今のロック君だと、パワータイプの敵には正面から打ち勝つ事は出来ないから、今度はただマジックアイテムを発動させるだけじゃなくて、トリッキーな動きで相手を翻弄しつつ、急所を突くのが一番いいかも。」

「トリッキー?」

「意表を突くって事。ロック君は速い動きが出来るみたいだから、相手の周囲を走り回って狙いをずらしたり、マジックアイテムの力を使って、普通じゃ出来ない動きをしてみたりとか、かな?」

「・・・普通じゃ出来ない動きですか。」

「例えば・・・」


 その後もシャルの指導が続いた。短剣で普通に突き刺すより、逆手に持って引くように突き刺すと威力が高くなるから、深く刺した後に炎の魔法を発動させるとか、籠手に込められた風の魔法を利用して、攻撃を受ける瞬間に使って今の腕力では上手く受け流せない攻撃を受け流すとか、巨大な相手にはロープを上手く巻きつけてその勢いを利用して急所を狙うなど、今できる戦法をアドバイスした。


「・・・色々な戦い方があるんですね。」

「そうね、今の自分の持っているもの、スタイルに合った戦法を使う事で、より上手く戦えるわ。後は、自分だけの武器を見付けて、武器と共に自分を高めるとか、とにかく自分のが出来る最善の動きを想像して試すと良いわ。」

「わかりました!・・・あ、階段がありますよ!」


 そうして、修行をしている内に次の階層が見えた。


「気配からすると、この階からあと二階層下に行くと最下層みたいね。」

「え?わかるんですか?」

「うん、なんとなくね?正確では無いけど、冒険者の人達は次の階層で集まってるみたい。」

「集まってる?魔物の湧かないエリアですか?」


 シャルが軽く気配を探った所、階層はあと二階層で終わりの様だ。そこから下にはフロアがある様な感じでは無く、おそらく最下層である場所からは、同じ位置から動かない、人ではない気配が二つあった。そして九階層目では、冒険者らしき人の気配が一箇所に集まっていた。ロックの言う通り、魔物の湧かないエリアかもしれない。


「どうなのかしら?まぁ、行けば分かるわね。」

「では、先に進みましょう。」


 シャルとロックは、下の階層へと向かう。



 〜九階層目〜



「シャルさん。冒険者の人達は何処にいますか?」

「このまま真っ直ぐ行って、突き当りを左に進んでもっと行った所ね。」

「なるほど、ロイヤルガードの三人から情報も聞きたいですし、合流しましょう?」

「良いわよ。」


 ミノタウロスが最下層にいるかもしれないからか、ロックは少し急かす様にシャルに言った。シャルも少し最下層の気配が気になっていたので、まずは他の冒険者に会う事にした。



「デニスさん!・・・え?・・・これは、どうしたんですか?」

「おぉ、シャル、それにロックだったか?・・・ちょっと、厄介な事になっててな。」

「「厄介な事?」」


 冒険者のいる大部屋に入ると、そこには少し怪我をしたロイヤルガードの三人と、大きな怪我や小さな怪我をした冒険者達が集まっていた。


「・・・やぁ、シャルさん、ロック君。さっきぶりだね。」

「おお、ポーターの少年にあんたか。やっぱり無傷でここまで来たんだな。」


 デニスに声を掛けると、近くにいたランドとホークも、シャルとロックの元へ歩いて来た。


「何があったんですか?」

「この下が最下層で、すぐにダンジョン・コアのある部屋に出るんだが、案の定守護者がミノタウロスでな。」

「え?!・・・ミノタウロスが。」

「ああ、だから同じ階層にいた冒険者に声を掛けて、チームを組んで挑んだんだがな・・・そのミノタウロス、妙に強いんだ。」

「・・・え、それって。」


 シャルは、妙に強いミノタウロスと聞いてロックを見た。ロックも思う所があったので、シャルを見て頷いた。


「まぁ、見ての通り逃げるので手一杯でな。怪我の酷い奴を手当てしたりして、皆動ける様になったら、一度ダンジョンを出ようって話しになってな。」

「僕達も、あんな強いミノタウロスは初めてでね?リナリー団長とか、コリン副団長だったら、大した強さじゃないんだろうけど。」

「ま、俺らじゃ厳しいな。」

「そんなに強かったんですか?」

「ああ、戦ってみれば分かる・・・まぁ、シャルなら敵じゃないかもしれないが。」


 そのミノタウロスがどれ程強いか分からないが、ロイヤルガードの話しでは、Bランクの冒険者では歯が立たないらしい。


「ミノタウロスは放っておいて大丈夫なんですか?」

「ん?・・・ああ、ダンジョン・コアの守護者だからな、ダンジョン・コアのある階層から出る事はないし、出た記録も無い。」

「そうなんですか。」


 だからこの階層でゆっくり休めるのかと、ミノタウロスが下の階層にいるのに落ち着いていたのを不思議に思ったシャルだったが納得した。


「・・・シャルさん。」

「うん、ミノタウロスの元に行きましょう。」

「行くのは良いが・・・ロックも連れて行くのか?」

「はい、僕も行きます。」

「流石に危ないんじゃないかい?シャルさん一人ならともかく、ロック君はまだ・・・」

「大丈夫ですよ、ロック君一人で七階層とかの魔物を狩れるので、立派な戦力の一人です。」

「な?!・・・流石は“隠者”のシャルが連れているポーターってことか?」

「シャルさんもいるし、それならなんとかなるかもね。」

「・・・今度、俺らのダンジョン探索にも付いていってもらうか。」


 ただの荷物持ちだと思っていたロイヤルガードの三人は、シャルの話しに驚いた。


「じゃあ、私達はミノタウロスの所へ行きます。」

「休んでいかなくて大丈夫か?」

「大丈夫です!」

「はい、ロック君は前の階層で休みましたし、私も体力は全く問題無いですから。」

「そうか、気を付けてな。」

「じゃあ、シャルさん。終わったら食事にでも・・・」

「結構です。」

「・・・やっぱり駄目なの?」

「ははは!ここでも断られてやがる!」

「笑うなホーク!」


 シャルとロックは、ミノタウロスのいる十階層へと向かった。


 〜十階層目〜



「この先にミノタウロスがいるみたい。」

「デニスさんの言っていたダンジョン・コアのある部屋ですね。」


 十階層目に降りると、目の前には重厚な扉があった。気配から察するにミノタウロスのいる位置から少し離れた位置にダンジョン・コアがある様だ。


「ロック君、準備は良い?」

「はい、いつでも行けます!」

「なら、行きましょうか。」


 ギギギギィ〜、


「ブモォォォ!」


「・・・あれが、ミノタウロス?」

「思ったより大きいわね?それに私達を見てどうやら戦闘態勢になったみたい。」


 重厚な扉を抜けると、目の前には巨大な斧を持った大きなミノタウロスが、後方にあるダンジョン・コアを守る様に立っていた。ミノタウロスは、シャルとロックを認識すると、大きな声を上げて威嚇した。


「ロック君、大丈夫そう?」

「威圧感が凄くて手が震えてますが、シャルさんもいますし平気です。」

「そう。」


 ミノタウロスを見て緊張しているロックだが、その目には強い意志を感じられた。これなら戦えるだろうと、シャルはミノタウロスの方を見ようとしたが、


(・・・うん?)


「・・・どうしました?シャルさん?」

「・・・今、何か・・・いいえ、なんでもないわ。目の前のミノタウロスに集中しましょう。」

「はい!」


「ブモォォォ!!」


 気配を巡らせた時に一瞬違和感を感じ、周囲を見たシャルだったが、すぐにその違和感が無くなったので、ミノタウロスに集中する事にして前を向く、


「シャルさん、守護者を完全に倒すにはダンジョン・コアを壊す必要がありますが、ダンジョンそのものが崩壊するため、冒険者ギルドからの破壊依頼、もしくは緊急事態による事態の終息を図るためなど理由が無い限り、ダンジョンを利益利用する必要があります。」

「つまりダンジョン・コアを破壊せず、守護者だけを倒すと。」

「そういう事です。守護者は定期的に復活しますが、強力な魔物はすぐに復活出来ないので、あのミノタウロスを倒せばしばらく会う事はありません。」


 ダンジョンは利用価値が高く、スタンピートなど危険性が大きいもので無い限り、ギリギリまでダンジョンを野放しにするのが普通らしい。なので、ミノタウロスだけを倒す必要があった。


「分かったわ・・・そうそう、作戦は私がミノタウロスの攻撃を全て防いで相手の隙を作る。そしてロック君が攻撃、それで何処までいけるか試してみましょう。」

「分かりました!・・・いけるんですか?」

「うーん、剣が保たないかもしれないから、今回は素手でやってみるわ。」

「・・・素手?」


「ブモォォォ!!」


「来るわよ!」

「は、はい!」


 ドシドシドシ!ブォン!


 ミノタウロスは急に走り出したかと思うと、シャルとロックに向けて斧を振り下ろした。


「速い?!」


 ロックはミノタウロスの攻撃を避けようとしたが、



(乙戯流体術、流の型・・・“扇流せんりゅう”)



 クンッ!


「ブモォ?!」


 ドーン!


 シャルは、ミノタウロスの攻撃を横に払い、力を横に流されたミノタウロスはバランスを崩して地面に倒れた。


「・・・凄い。」

「ロック君、今よ!」

「は、はい!」


 シャルの合図で、ロックは倒れているミノタウロスに向かって短剣を突き刺そうとしたが、


 ガキン!


「な?!硬い!?」

「皮膚は鋼鉄並みって事ね。なら、柔らかいはずの目や関節部分を狙って!」

「分かりました!」


 シャルのアドバイスを聞いたロックは、近くにある右腕の関節を狙った。


 サシュッ!


「ブモォォォ!」

「くっ!少し刃が通りましたけど、やっぱり硬いです!」

「少しでも刃が通るなら、ダメージを蓄積すれば大きなダメージになるわ。続けて同じ場所を狙って!」

「はい!」


「ブシュルル!」


 シャルととロックがミノタウロスから距離をとって会話する中、ミノタウロスは立ち上がると片脚で後ろを蹴りながら、ロックを見据えた。


「突進してくるわよ!構えて!」

「はい!」


「ブモォォォ!!」


 ドシドシドシ・・・ドドドドド!


ついの型・・・“落破らくは”!)


 タタタッ!


 シャルは、ミノタウロスに向かって走り出し、ミノタウロスの上に飛び上がると、


「ブモォ?」


「はぁ!」


 グン!・・・ガーン!!


「ブモォォォ?!」


 空中で回転して強烈な蹴りを当て、ミノタウロスを地面に叩き付けた。


「やっぱり硬いわね。素手だとどこかしら痛めそうね。」

「・・・だからって、突進してきた巨体を叩き付けるなんて・・・」

「ロック君?」

「は、はい!攻撃します!」


 サシュッ!サシュッ!


「燃えろ!」


 ボォ!


「ブモォォォ!」


 何度も同じ箇所を攻撃され、さらに炎の魔法で焼かれ、右手で斧を持ちながら攻撃された右腕の関節を抑えて立ち上がるミノタウロス。


「思いの外ダメージが入ってるわね。」

「僕の攻撃もそうですけど、シャルさんの一撃も効いていると思います。」


(妙に強いって言っていたけど、あくまで彼らの基準なのかしら?)


 ミノタウロスが多少ふらついている事から、ロックの攻撃だけでなく、シャルの一撃でもダメージが入ってる事が伺える。


「ブモォ!ブモォォ!!」


「ロック君、あの手は使える?」

「はい!あの状態なら隙を付けると思います。」


 斧を左手に持ち替え、怒りの表情をあらわにするミノタウロスを見ながら、シャルはロックに問いかけた。ロックは頷き、左手にマジックアイテムである丈夫なロープを用意した。


「今度は私は直接攻撃しないわ。タイミングだけ指示するから、それに合わせて動いて。」

「分かりました!」


 シャルは、ロックにもしミノタウロスが大きな相手であれば、使えそうな手を教えていた。ロックは右手に炎の魔法が込められた短剣を逆手に持ち、ロープの先端に重りを反対側の先を左腕に付け、ミノタウロスの様子を伺う。


「来るわ!」

「はい!」


「ブモォォォ!!」


 ドシドシドシ・・・ドドドドド!


 先程と同じ様に突進してして来るミノタウロス。


「よっと!」

「っとと!」


 シャルは左に、ロックは右にミノタウロスの突進を避ける。


「ブモォォ!」


 ズズズズズッ!


 だがミノタウロスは、避ける事を想定していたのか急ブレーキをかけると、


「ブモォォォ!!」


 ブォッ!


 ニンマリとにやけると、右に避けたロックに向かって斧を振り上げた。


「今よ!」

「行け!」


 ヒュンヒュン、ビュン!・・・ビュンビュン・・・ガチ!


「ブモォ?」


 シャルの合図で、重り付きのロープの先を回して投げ飛ばすロック。ミノタウロスの左手首にロープがしっかりと巻き付き、何が起こっているのか理解出来ず首を傾げるミノタウロス。


「巻き付いた!」

「そのまま決めて!」

「はい!」


 タタタタッ!グン!


「ブモォ!?」


 ロックがそのまま走り出すと、その勢いを利用して周囲を周る様に飛び上がり、ミノタウロスの後ろに回り込み体重を掛けた。ミノタウロスは重心が後ろにいき戸惑った。


「そのまま目を狙って!」

「ハァァァ!!」


 ブンッ!・・・ザシュ!!


「ブモォォォ?!」


 そしてミノタウロスの左目に逆手に持った短剣を思いっ切り突き刺すと、


「燃えろぉ〜!!!」


 ボォォォ!!


「ブ、ブモォォォォ?!」


 ありったけの魔力を込めて、炎の魔法を発動させ、ミノタウロスの左目を焼いた。


「ブ・・・モォ・・・。」

「・・・っと。」


 ドシーン!


 ロックはふらついたミノタウロスから離れた。そしてダメージが大きかったのか、ミノタウロスはそのまま地面に倒れた。


「・・・倒した?」

「上手くいったみたいね。」


 体重差とロープを利用した目への直接攻撃、これがシャルが教えた手だった。目は脳に近い位置にある。そこに大きなダメージを与えれば、いくら大きな相手でもひとたまりも無いだろうと踏んでいた。


「やった・・・やったぞ・・・シャルさん・・・」


 ロックは涙を流し、ミノタウロスに背を向けシャルの元に向かおうとした。


「グ・・・グ・・・」

「ロック君!」

「え?」


 だが、ミノタウロスに背を向けて歩き出した所で、ミノタウロスが急に立ち上がった。


「伏せて!」

「は、はい!」


 ダッ!


(斬の型“(またた)き”・・・合わせ、“瞬雷(しゅんらい)”!)


 シッ!・・・ヴィーン!


「・・・危なかったわ。」


 キンッ、


「・・・グ?・・・」


 ダーーン!


 シャルの叫びでロックが伏せ、電光石火の早業で剣を抜いたシャルは、そのままミノタウロスを斬りつけ剣を収めた。その後、剣に込めた雷の魔法がミノタウロスを貫いた。


「す、凄い・・・」


 強烈な雷で貫かれたミノタウロスは、そのまま角を残して灰になった。


 ピキッ!


(やっぱり居合の技を剣でやると、負荷が酷いわね。)


「ロック君、怪我は無い?」

「は、はい!ありがとうございますシャルさん!その・・・すみません最後に油断してしまって・・・」

「気にしないで・・・それに・・・」


(明らかに様子が変だった。もう違和感は無いけど・・・何なのかしら?)


 鞘の中で剣にヒビが入った音を聞きながら、シャルはロックの心配をした。ロックはシャルに謝ったが、気にしない様にとシャルは答えた。あの最後のミノタウロスの状態は、明らかに変だったからだ。確実に仕留めていたのは気配で分かっていたので、あそこで立ち上がる筈が無かった。


「さて、ミノタウロスも倒した事だし、今このダンジョンにいる理由も無いわね。」

「そうですね・・・あの、シャルさん。」

「何?ロック君。」

「本当にありがとうございました。シャルさんがいなかったら、ミノタウロスにここまでダメージを与える事も、倒す事も出来なかったです。」

「良いのよ、あれだけ大きな相手に恐れないで戦えるロック君は、格好良かったわよ?」

「へへ、そうですか?」


 お礼を言うロックに対して褒めるシャル。まさか、褒められるとは思わずロックは照れた。


「それにしても、角が残って良かったわ。遠慮なく斬ったけど、あそこまで跡形も無く消し飛ぶなんて思わなかったわ。」

「凄まじい威力でしたからね。角があれば、ミノタウロスを倒した実績も証明出来ますし本当に良かったです。」

「そうよね。じゃあ、そろそろダンジョンから出ましょっか?」

「はい!」


 シャルとロックは、ダンジョンから出る為、ダンジョン・コアを残したまま十階層目から立ち去った。


「そういえば、ロイヤルガードの人達はミノタウロスが妙に強いって言っていたけど、強かったかしら?」

「う〜ん、僕も初めて見たので何とも言えないです。シャルさんが強かったですし。」

「そう?」

「・・・足でミノタウロスを地面に叩き付けてましたからね。」



 〜地上〜



「お!出てきたぞ!」

「シャル!」

「やっぱり無事だったな。」

「そうね。」


「ガーネット?!アズライトさんにラピスさんも・・・」


 地上に出ると、そこにはジュエルナイトの三人と、先程会ったロイヤルガードの三人と冒険者達、そして見慣れない冒険者が何人かいた。


「どうして此処に?」

「強いミノタウロスが出たって通信用の魔導具で聞いて、急いで来たのよ。」

「通信用魔導具なんてあったの?」

「ダンジョンには、何があるか分からないからな。拠点には必ず通信用の魔導具が置いてあるんだ。先にダンジョンから出れる奴に頼んで、前もってギルド総本部に伝えていたんだ。」

「なるほど。」


 ミノタウロスとの戦闘と、ダンジョンから出るのに時間が結構経っているのは分かっていたが、それでも駆けつけるのが早かったので疑問に思ったが、ガーネットとデニスの話で納得がいった。


「もう、シャルの実力なら大丈夫って思ってたけど、年下のポーターの少年と二人でミノタウロスの所に行ったって言われて、心配したんだから!」

「心配してくれてありがとう、ガーネット。でも、大丈夫よ、ミノタウロスは倒したから。」


 そう言ってシャルは、ミノタウロスの角をガーネットや他の冒険者達に見える様に白薔薇のエンブレムから出した。


 ザワッ!


「え?・・・何この大きさ?私達、ミノタウロス倒した事あるけど、そこまで大きな角じゃなかったよ?」

「やっぱデカイよな・・・」


『あんなデカイ角を持ってるミノタウロスを倒したのか?!』

『ああ、奴は普通のデカさじゃなかった。』

『流石“隠者”のシャルだな。』


(う〜ん、普通じゃ無いのね。)


 シャルは、普通のミノタウロスの大きさがよく分かっていなかったが、ガーネットや他の冒険者達の反応を見る限り、普通の大きさでは無い様だ。


「あ、そうそう、私一人で倒した訳じゃ無くて、ロック君もミノタウロスに大きなダメージを与えたのよ?」

「「「え?」」」


 その一言で、冒険者全員の視線がロックに集中する。


「あ、いや、その・・・えっと。」

「本当に?シャル?」

「うん、ミノタウロスの攻撃を全部防いだのは私だけど、ミノタウロスに大きなダメージを与えたのはロック君よ。」

「へぇ〜!凄いな少年。将来強い冒険者になれるな。」

「俺らじゃミノタウロスに何も出来なかったのにな。大したもんだ!」

「え、えっと・・・って、痛いですよデニスさん!背中を強く叩かないで下さい!」

「ははは、悪い悪い!」


 シャルの説明を受けてアズライトが感心し、デニスがロックの背中を叩いて褒め称えた。他の冒険者達も、ロックというポーターが凄いという事を認識した。


「ミノタウロスを倒したって事は、しばらくこのダンジョンには強い守護者は湧かないね。」

「ああ、階層の魔物も弱くなる筈だから稼ぎ時だな。」

「アズライトさん。流石にAランクのあなたがこのダンジョンには籠らないで下さいよ?俺らの取り分無くなるんですから。」

「そうですね。ここは、Bランク以下の冒険者に譲って下さい。」

「頼むぜ、アズライトの旦那?」

「当然だろ?まぁ、青の薔薇にはきちんと不足してる素材とか提出してもらうからな?」

「「「はい!」」」


「アズライトさんって、ロイヤルガードの人達とかに慕われているんですね?」

「ええ、ああ言う風に言われているけど、後輩の面倒をキッチリとみるから慕われているのよね。」


 アズライトが楽しそうに後輩の冒険者達と話しているのを見ながら、ラピスと会話した。


「シャルはどうするの?拠点には暫くいるの?」

「ううん、ブルーマリンに戻るわ。ダンジョンがどういう所かよく分かったし、暫くは別の依頼を受けるつもり・・・ロック君はどうするの?」

「僕は残ります。稼げる時に稼ぎたいですし・・・それに、少し自信も付きましたし。」

「お!残るかロック?なら、その間俺らと組まねえか?」

「良いんですか?!デニスさん!」

「良い考えだね。“隠者”のシャルさんお墨付きのポーターが一緒なら心強いよ。」

「決まりだな!宜しくなロック!」

「はい!デニスさん、ランドさん、ホークさん!ありがとうございます!」


 シャルは、ブルーマリンに戻る事にした。気になる気配も一瞬あったが、剣もヒビが入ってしまったし、ダンジョンに再度潜る理由も無かったので、別の依頼も受けてみたかった。そしてロックは、ロイヤルガードの三人と組んで、このダンジョンで一稼ぎする様だ。


「良かったわね。ロック君。」

「はい!シャルさん、色々とありがとうございました!次に会う時は、もっと戦える様になります!」

「うん、その時を楽しみにしてるわ。」


 こうして、シャルの初めてのダンジョン探索は終わった。ロックは、シャルに別れを告げ、再度ダンジョン探索に挑むのだった。

次回から、完全にロック視点となります。


乙戯流解説


〜体術〜


(りゅう)の型“扇流(せんりゅう)”:扇で払う様に攻撃を横に受け流す技。


(つい)の型“落破(らくは)”:空中で回転して強烈な蹴りを当て、相手を地面に叩き付ける技。


〜刀術〜


・斬の型“(またた)き”:電光石火の居合切り、“瞬雷(しゅんらい)”は、それに雷の魔法を合わせて強烈な雷が斬った後に相手を貫く。


補足:一瞬で斬っている普段の斬は、剣を普通に抜いて素早く斬っている。

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