青の薔薇と氷帝 7
「へぇ、魔力とは違うもののようね・・・気になるけど、戦いの中でどんなものか確かめるわ・・・準備は良いかしら?」
「はい、いつでもいけます!」
(まともに打ち合うのは剣の耐久性を考えれば難しい、遠距離からの攻撃で相手の隙を突くしかない、かといって遠慮無く力を使えばこの前みたいに武器が壊れる。)
今回は武器が壊れても他の剣が落ちていないし、“創”で作れるような物は土以外に無い。だが、頑丈な剣が作れる訳でもない。相手は氷気を纏っており、素手で戦う事も危ないかもしれない。遠距離からの徐々に攻めて様子をみるしか手は無かった。
ジャリッ、
そして、互いに剣を構え充分に距離をとると、
「なら、そろそろ行くわ・・・セルシウス!」
キィン、キキキィン!
「・・・始まったわ。」
訓練場にいた冒険者達が観戦する中、リナリーが持っている愛剣の名前を呼び、先程とは比べ物にならない程の冷気が発せられた。
「アイス・ワールド!!」
キィーン!パキパキパキ!!
リナリーがそう叫ぶと、訓練場の地面が凍り付き始めた。
「?!」
バッ、
そしてシャルの元にまで冷気が届く所で、危険を察したシャルが地面から上に飛び退く、
パキーン!
(流石氷剣と名前が付けられているだけはあるわね。こんな広い訓練場全体が氷のフィールドになるなんて。)
目の前に広がるのは氷の世界、訓練場の端まで広がった冷気は眼に見える全ての地面を凍らせ、訓練場全体の温度を一気に下げた。
「やるじゃない、大抵の相手は対応できずにそのまま凍り付くのに。折角だから足の踏み場を作ってあげる・・・アイス・ロック!」
ドン!ドン!ドン!
リナリーが剣を下から上に振ると、上に飛んだシャルに対して地面から氷柱がいくつも現れ、その一つがシャルに向かって突き上がる。
「ありがとうございます、リナリーさん!」
タッタッタッ!
シャルは自分に向かって突き上がる氷柱をものともせず、そのまま氷柱を利用してリナリーに近づいた。
(まともに打ち合うのは意味がない、なら魔法で・・・氷を溶かすには炎、まずは火の玉十個!)
ボボボボ・・・!
(対象はリナリーさん・・・行け!)
ボンッ!
「へぇ、無詠唱でその数・・・でもね」
ヒュッ・・・パキパキパキ!
「その程度の火力じゃ、話しにならないわ。」
シャルは一直線にリナリーに向かって火の玉を飛ばしたが、リナリーが氷剣を振っただけで十個の火の玉は一瞬で凍りついた。
「なら、その倍以上の威力を放ちます!」
ボボボボ・・・・・・ゴォ!!
「!?」
だが防がれる事が分かりきっていたシャルは、すぐ倍以上に火の玉を増やして威力を上げ、リナリーに向かって放つ、
「不意を突いたつもり?フランソワみたいな事するのね。確かに威力も数も倍以上だけど・・・」
ゴォォォ!
「ダイヤモンドダスト!!」
リナリーが叫ぶと、リナリーの周囲の温度が一気に下がり、小さな結晶が辺りを包み、
パッキーーン!!
「・・・それでも、あたしには届かない。」
向かってきた火の玉が全て凍りつく、
(・・・一筋縄じゃいかないか。)
相手はSランク冒険者、そして不壊の氷剣を持ち“氷帝”と称される程の存在。様子見程度の力では、話しにならない、
(それなら。)
トンッ!
氷柱を利用して高く舞い上がると、剣を構え魔力を少し込め、
(空の型“弓鳴”・・・合わせ“火弓鳴”!!)
キュイン!ゴォォォ!!
矢の様に細く鋭い斬撃が炎を纏い、リナリーに向っていく、
「なに?!・・・アイス・ウォール!!」
ガンッ!ジュゥゥ!
リナリーは突然の高威力の攻撃に驚いたが、咄嗟に厚い氷の壁を作りシャルの攻撃を防いだ。
「・・・今の何?魔力量はそんなに感じ無かったのに、ただの魔法とは比べ物にならないくらいの威力だったけど・・・」
「・・・それは、秘密です。」
疑問の表情を浮かべるリナリーに、シャルは距離をとりつつ答える。
「シャルちゃん・・・やるわね。」
「というか、魔法の威力も制御も完璧じゃないか?」
「あれだけの威力の魔法を一瞬で制御してるなんて・・・本当に何者?」
「シャル・・・凄い。」
手加減しているとはいえ、国のトップレベルの実力者であるリナリー相手に一歩も引かない戦いぶりは、観戦している者達を惹きつけた。
「実力は本物のようね・・・なら」
ダンッ!
リナリーは地面を強く蹴り、シャルに向って一直線に進む、
「アイス・ランス!!」
キィン、キィン、キィン!
そして、いくつもの氷の槍を作り出し射出した。
(流の型・・・“遊影”!)
「・・・へぇ、足捌きだけで綺麗に避けるのね・・・そうそう、さっきのお返ししとかないとね。」
キィン!キキキキキィン!
「何処まで避けられるかしら?」
「何処まででも避けます!」
キキキキキィン!
「なら、試してみるわ!」
リナリーは上空に訓練場の一部を覆い隠す程の氷の槍を作り出すと、空から落とした。
スッ、スッ、スッ、
キィーーーーン!キィーーーン!
『・・・なあ、避けてるぜあのルーキー。』
『なんで避けられるんだよ?』
『でも、アイス・ランスの数もどんどん増えていってないか?』
『避けられなくなるのも時間の問題だろ。』
「・・・遠距離からの攻撃もあるのに、どうして魔物の軍勢を相手に無傷でいられたか、その理由が少しわかった気がするわ。」
キキキキキィン!
「でも、耐えられるかしら?」
(流石に避け続けるのは良くないか)
シャルはリナリーの攻撃を避けながら考えた。このまま攻撃を避け続ける事は出来るが、それだと足場が埋め尽くされて動きづらくなるし、間合いも取りづらくなる。 剣をまともに打ち合えない以上、下手に接近戦を挑む訳にもいかないので、やり方を変えなければいけない、
(・・・それなら)
グンッ!
(柳の型“柳陣”・・・合わせ、“柳風陣”!!)
ビュンビュンビュンッ!
クレメンスの近くの森で使った柳風陣を使い、上空から落ちてくる氷の槍を受け流しつつ、落ちた氷の槍を全て観覧席に当たらない様にリナリーに向って吹き飛ばした。
キィーーーーン!
「ちょっと?!そんな事も出来るの?!・・・でも」
リナリーは、先程飛ばした氷の槍が自分の方に全て返ってくるのに驚きながらも、
「ブリザード!!」
ビュウウウウ!!キィン、キィン!
「何とかなるけどね。」
即座に暴風雪を生み出して対応する。
(ん?やっぱり氷を使っても意味無いか)
相手の技を利用してもすぐに対応された所を見ると、“創”で周りの氷を利用して武器を作って射出しても、あまり効果は無さそうにみえた・・・それに、
(・・・剣が耐えられないか)
さっきの技を使うだけで刃が少し凍ってしまった。“創”を連続使用して耐えられる程、剣の強度は無い、
「驚いたわ、まさか避けられるだけでなく、自分にアイス・ランスが全て返ってくるなんてね。」
「はい、頑張りました。」
「・・・頑張って出来る芸当なの?」
リナリーの問いかけに答えながらも、次の一手を考えるシャル、
「・・・それにしても、よく耐えられるわね。」
「?」
「・・・ああ、もしかしてそのローブのお陰?だとしたら機能性が高いのね。気づかなかった?さっきから周りの温度がどんどん下がっているのを」
「・・・そういえば」
リナリーの指摘で温度が少し変わった事に気付いたが、ローブを着ているだけで、体全体を包む様に温度を調節してくれているので、温度の変化には少ししか気づかなかった。
「アイス・ワールドはね、周りを氷の世界に変えるだけでなく、その範囲内の温度を下げていく効果があるの。初めに氷漬けを回避出来たとしても、時間経過で凍るのよね。シャルちゃんには効果が薄かったみたいだけど。」
(だからか、剣の凍り方が妙に早い気がしたのよね。)
さっき剣を振った時にすぐに刃が少し凍ったので若干違和感を感じたが、どうやらリナリーの魔法が影響しているらしい、
(火を)
ボッ、
(そうなると、長期戦は厳しくなる。)
火で剣の少し凍った部分を溶かしながら、次の手を考える。このまま戦い続ければ、自分の技で剣が壊れる前にいずれ剣は芯まで凍って使い物にならなくなる。
(大技を使った方が良いかしら?)
少し決着をつけるには早い気もするが、大技を決めても良さそうだ。
(でも、リナリーさんも他に技を絶対に隠しているのよね。)
だが、自分もリナリーも明らかに様子見をしながら戦っているので、ここで技を使っても対応される可能性が高かった。
(もう少し様子を見た方が・・・)
「考え事かしら?」
ヒュッ、
「・・・とっ」
キンッ!パキパキ、
(・・・あ、受けちゃった。)
ちょっと考え事をしていたせいか、リナリーが氷剣を振ってきたので、咄嗟に剣で防いでしまい刃がちょっと凍った。
(火よ)
ゴォッ、
「おっと、危ない危ない、私ごと剣を焼く気?」
「それも良いかもしれません。」
(・・・あまり手を抜いてもいられないか。)
そろそろ武器が壊れる覚悟した方が良さそうだ。
「さて、お互い様子見はここまでにしましょうか?」
「そうですね。」
リナリーは、初めすぐに決着が着くと思っており様子を見ていた様だが、シャルが一筋縄でいかない事を悟り普通に戦う事にしたみたいだ。
「ハァァァ!!」
「はぁ!」
ヒュゥゥゥ!ゴゴゴゴ!
「リナリー団長が、一対一でおもいっきり魔力を解放するなんて?!薔薇の集いのメンバーとの模擬戦以来じゃない!?」
「おいおい、シャルもまだ力を隠していたのか?!あの妙な力に今度は魔力を解放しやがったぞ!?」
「・・・あの二人、何処までやる気なのかしら?」
「・・・シャル、凄い。」
互いに始めに纏った力よりも大きく、観覧席・・・そして訓練場全体に響く程の圧力を纏う、
『待て待て?!あんな力解放したら、訓練場が壊れるんじゃないか!?』
『ま、まあ、“賢者”フランソワが作ったんだし、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろ?』
『・・・うわぁ、あのルーキー、リナリー団長並みに強いのか?なんだあの魔力?』
『凄いわね・・・こんな戦い滅多に見られないわ。』
そしてこれくらいなら、訓練場を壊さずに済むという所まで力を溜めると、
「それじゃあ、あたしから行くわね?」
キィーーーーン!ヴォン!
「アイシクル・スター!!」
キィーン!ズズズ!!
上空に巨大な魔方陣が現れ、空から巨大な氷塊がいくつも落ちてくる。
『お、おいこれ、俺ら大丈夫だよな?』
『い、一応落ちてくるルートは外れてるみたいだぞ?』
(さっきとは比べ物にならない威力ね。)
タタタッ!
(斬の型“斬”・・・合わせ、“炎斬”!!)
キィンッ!・・・ズッ、
「・・・?!・・・一瞬であの数と大きさの氷塊を斬った!?」
「それだけじゃありませんよ!」
ドンッ!ドンッ!ドドドド!
「な?!」
訓練場を覆い尽くす程の氷塊の隕石は地上に、そしてシャルに当たることも無く斬で斬られ、さらにその斬った箇所から大きな爆発が起き、氷塊が砕け散る。
(柳の型“落柳”・・・合わせ、“落柳扇”!!)
ブォォ!ダン、ダン、ダーン!!
シャルが剣を扇の様に大きく振り風を起こすと、落下していた氷塊が空中で止まり、そのまま一箇所に集め剣の柄先を使って次々とリナリーに向って打ち出す。
「とんでもないわね!・・・アイス・バスター!!」
キュイイイイン!バーーーン!!
「?!・・・よっと!」
バーーーーン!!・・・パキパキパキ!
リナリーは、咄嗟に氷気を纏った光線を打ち出すと氷塊を全てを吹き飛ばし、その光線の後を追う様に空に向って一直線に氷の道が出来た。
「・・・リナリーさんも十分とんでもないですよ。」
「そう?じゃあ、これはどうかしら?・・・方陣を描け!」
ブォン、ブォン、ブォン!
「!?」
リナリーがシャルを中心に三つの魔方陣を出現させ、
「デルタ・フリーズ!!」
「容赦無いですね!」
正三角形を描くように中心にいるシャルに向って、凍てつくほどの凄まじい冷気を発生させた。
「・・・えっと、最初から変だったけど・・・手合わせよね?」
「お互い刃を潰した武器じゃなくて真剣だがな・・・ただ、普通の奴だったら死んでるぞ?」
「絶対にあんな手合わせしたくない。」
「だね。」
(柳の型“柳陣”・・・合わせ、“柳炎陣”!!)
ビュン!ゴォォォ!!
ローブのお陰で凍てつく事は無いが剣はそうはいかないので、柳陣に火の魔法を合わせ魔方陣ごと吹き飛ばし、周囲の氷も溶かした。
ピキ、
(少し欠けたか・・・魔物の軍勢を相手にした時よりは保ったけど、やっぱり耐えられないわよね。)
剣の状態を見つつ、相手の隙を伺うシャル。
「そろそろ武器も限界が近いようね・・・保って二、三回かしら?」
「・・・そうですね、とりあえずこれをどうぞ。」
(斬の型“震”・・・合わせ“雷震”!!)
ブブブッ、バチッ、バチバチ!!
リナリーが丁度話しかけたタイミングでシャルは剣を振動させると、雷を纏わせリナリーに向かって剣を振る。
「な?!アイス・シールド!」
ヴィーーン!!・・・パリン!パリン!!
「さっきのお返しです。」
「・・・本当、さっきから魔法をことごとく無効化して、とんでもない攻撃してくるわね。」
「・・・それはリナリーさんもですよ?」
ピキピキ、
互いが譲らず、最初の様子見とは違うさらに高レベルな攻防を繰り広げる二人。いつ終わりが来るか分からない二人の戦いは、武器の耐久性によって終わりを迎えようとしていた。
「リナリーさん。」
「何?シャルちゃん?」
「次で決めても良いですか?」
「・・・良いわよ、あたしもとっておきの出すから、それで決着をつけましょう。」
バッ!
「シャルもリナリー団長も距離をとった?」
「次で決めるみたいね・・・見たところシャルの剣、限界が近い様だし。」
「さて、どうなるのかな?」
「訓練場・・・壊れなきゃ良いけど。」
冒険者達が観戦する中、お互いに大技を出すため距離をとるシャルとリナリー。
「ハァァァァァ!!」
「はぁぁぁ!!」
ズズズズ!!
そして、さらに氷気と魔力をリナリー、気力と魔力をシャルが高め始め、訓練場全体が揺れ始める。
『ど、どうやら次で決まるみたいだぞ?』
『というかあの二人、まだ魔力が上がるのか?』
『な、なぁ?訓練場全体が揺れてないか?』
『こ、壊れないよな?!』
強大な魔力の高まりに不安になる冒険者達、
「詠唱無しでも出来るけど、折角だし詠唱してあげる。」
リナリーが詠唱を始めた・・・
「──その凍つきは何処までも白く、美しい。」
コォォ、
「──そして、抗う者全てを凍てつかせ、縛り付けるだろう。」
ヴォン、ヴォン・・・、
キィン、キィーン・・・、
「──永遠に。」
キキキキキ・・・ギィン!!
「“絶対零度”!!!」
ビュォォォ!!ギィン!ギィーン!!
シャルの周りに幾つもの魔方陣が現れ、そこから全てを凍てつかせる程の莫大な冷気が嵐となって襲いかかる。そしてリナリーが冷気を纏った強大な剣撃を正面から放った。
「リナリー団長?!“絶対零度”はやり過ぎじゃ無いですか?!」
「おい団長!ちゃんと死なない様に手加減してるよな?!」
「リナリー団長?!」
「シャル!!」
コリンとジュエルナイトの三人は、まさかリナリーがそんな大技を使うとは思っておず、“絶対零度”を使用した所を見て立ち上がる。
『やばいぞ!冷気の余波がこっちまで来たぞ?!』
『か、観覧席には防御結界が張ってあるから、安全だろ?!』
『あのルーキー大丈夫なのかしら?!』
『今までもやばかったけど、流石に“絶対零度”は死ぬんじゃないか?!』
そして、同じく観覧席にいた冒険者も立ち上がった。
「・・・あ、やり過ぎたかも・・・シャルちゃん!避けた方が良いわ!」
リナリーも大技を放った後、威力を込めすぎた事に気付きシャルに呼びかける。
(乙戯流“型合わせ”・・・“二元型”!!)
だがシャルは、反撃の準備を整えていた。
◆◆◆◆
──かつて、乙戯流後継者にこんな人物がいた。
──そこには一つの小さな大陸があった。互いに譲らず土地を奪い合い、争いを止めようとはせず戦争をする同じ大陸に住む二つの国が、
──無駄に命を散らし戦う様を見て、たまたまその戦争に居合わせた乙戯流後継者は呆れて思った。
──境界線を引いて、仲良く分ければ良い・・・と。
◆◆◆◆
(一の型・・・“斬”!)
キィンッ、
自分の周りの空間を斬って歪め、境界線を作り一時的に周囲との壁を作った所で、
(二の型・・・“柳”)
ググググッ!
本来はその空間を受け流し大地を割るが、あえて周囲の氷を消滅させる様に大地を削り、リナリーの攻撃を全て無力化し、大地を清浄化するのに適した魔力を放つ、
(乙戯流刀術“二元型”・・・“界”・・・合わせ・・・)
ガガガガッ!
(“清界”!!)
パリッ、パリッ、パリーーーン!!
そして、訓練場全体に広がっていた全ての氷と冷気は消滅し、
バキッ、
「あ、壊れちゃった。」
「「「「・・・・。」」」」
観覧席にいた全員が呆気にとられた。
ダッ!
「・・・まさか、絶対零度も対処されるなんて・・・凄過ぎるわ・・・でもこれで終わり!」
ヒュッ!
「そうですね。」
(乙戯流体術・・・“流”!)
クイッ、
「な?!」
(“掌”!)
ドン!
「ぐっ?!」
ザッ、カランカランッ、
「・・・これで終わりですね。」
リナリーはシャルの技に本気で驚いたが、最後まで油断しなかった。武器が壊れたシャルに決着を付ける為、不意を突き剣を振ったつもりだったが、逆に攻撃を受け流され一撃を受け、剣を落としてしまった。
「・・・あたしの負けよシャルちゃん・・・まさか、素手でも戦えるなんて思いもしなかったわ。」
武器を落とし完全に体勢を崩され、次の行動に移っても攻撃される事を悟ったリナリーは、両手上げて降参した。
「ふふ、私の勝ちですねリナリーさん。」
「ええ、入団試験は文句なしの合格よ、おめでとうシャルちゃん。」
ザワザワ、
「シャルちゃん・・・リナリー団長に勝っちゃった。」
「・・・リナリー団長に無傷で勝つ奴なんて初めて見たぞ?」
「凄過ぎるわ・・・シャルちゃん。」
「・・・凄い・・・凄いよ!シャル!!」
──ウォォォォ!!
『凄いぞあのルーキー!?“氷帝”に勝ちやがった!』
『リナリー様が負けた?・・・そんな馬鹿な〜!』
『凄いわ!本当に凄いわ!!』
『け、結界が張ってあった筈なのに俺の前の手すり、削れてるですけど・・・』
戦いが終わり、歓声をあげる冒険者達。約一部を除いてリナリー団長に勝利したシャルを冒険者達が称え、
「これでシャルちゃんも、青の薔薇の仲間入りね。リナリー団長に手合わせで勝ったルーキー・・・しばらく大都市中・・・いえ、白薔薇のエンブレムの事もあるし、大陸中がシャルちゃんの名前を知る事になりそう。」
「確かにな・・・よし!入団祝いにパッ〜とやるか!!」
「皆を集めないとね!」
「そうだね!」
コリンやジュエルナイトの三人は宴会の準備を進めようと動き出そうとした。
「まさか、お互いに本気じゃないとはいえ、負けるなんて思わなかったわ。しかもシャルちゃん、武器が壊れないように最小限の力で戦ってたでしょ?」
「あっ、バレてました?」
「そりゃあね〜バレるわよ?・・・何?また挑発してるの?くすぐってやろうかしら?」
「え?!ちょっとリナリーさん?!なんで手をわきわきしてるんですか?!やめてください!?」
「いいじゃない、負けたからちょっと悔しいのよ。これくらいの仕返しはしなきゃ・・・とっ?!」
「リナリーさん?!」
その時、シャルの一撃を受けたからか、リナリーがシャルをくすぐろうと歩き出そうとしてバランスを崩し、
・・・ポフッ、
「?!?!?!」
「・・・えっと、大丈夫ですか?リナリーさん。」
小柄なリナリーはすっぽりとシャルの胸元に収まった。
「・・・反則よ・・・」
「え?リナリーさん?」
ギュゥゥゥ、
リナリーが静かにシャルに抱き着き、シャルが首を傾げながらリナリーに呼び掛ける。
「・・・ん?団長の様子少し変じゃないか?」
「え?どういう事?アズライト?・・・あっ、リナリー団長・・・スイッチ入ちゃったかも。」
「「え゛?!」」
そしてアズライトがリナリーの異変に気付き、コリンがリナリーを見て何かを悟り、ラピスとガーネットが驚きの声を上げる。
「・・・なんで胸当て付けてるのにこんなにフワッとしてるの?なんで顔が見えなくても声が可愛くて綺麗で、動きも可愛らしくて、抱擁力がこんなにあるの?」
「え〜とリナリーさん?なんでそんなに強く抱き締めるんですか?リナリーさん?」
「あー・・・元々シャルちゃんの声、可愛くて綺麗だから団長気に入ると思って誘ったのよね。でもまさか、人相手にあの静かに可愛いものを愛でる状態になるなんて・・・」
「おいおい、あの状態になるのぬいぐるみとか可愛らしい物だけじゃなかったのかよ?!というか、シャルと話してた時若干違和感あったの、あの状態になるの我慢してたからかよ?!」
「二人を回収した方が良いわね!」
「シャ、シャルの所に行ってくる!」
ジュエルナイトの三人は慌ててシャルとリナリーの元へ向かった。
「・・・シャルちゃんの可愛らしさ・・・合格・・・入団決定。」
「待ってくださいリナリーさん?!さっきの戦いと関係ない理由で合格にしようとしてません?!正気に戻って下さい?!」
シャルが青の薔薇に入団する事が決定したが、コリンとジュエルナイトの三人が回収来るまで、リナリーに抱き締められるのだった。
次回で二章は終わりです。短くなるかもしれないです。
元々あった設定がオチになりました。
乙戯流解説
〜刀術〜
〈斬の型〉
・“炎斬”:“斬”に炎を纏わせ斬る技、空間が歪む関係で斬った後から爆発が起きる。
・“震”:刀を振動させ、厚い装甲も簡単に斬る事の出来る技。“雷震”
は雷を纏わせ、レーザーブレードの様にした技。今回は剣の斬れ味が落ちていた為、そこまで威力は出なかった。
〈空の型〉
・“弓鳴”:矢の様に細く鋭い斬撃を相手に放つ技、火弓鳴はそれに火の魔法を纏わせた技。
〈柳の型〉
・“柳炎陣”:“柳陣”に炎を纏わせた技。
・“落柳”:投石などの攻撃を刀の柄先を使って撃ち出し跳ね返す技。落柳扇は風の魔法を使って一度に大量に跳ね返す事を可能にした。
〜二元型(刀術)〜
・“界”:かつて小さな大陸で争い続ける二国に呆れた乙戯流後継者が、戦争を終わらせる為に使った技。“斬”で空間を歪め境界線を引き、“柳”でその歪めた空間を使って大地を割る技。
余談だが大陸を綺麗に真っ二つに割って、仕上げに分かれた大陸同士を離したらしい。事前に言われていたとはいえ、余りの衝撃に戦争はあっさり終わった。そして、争えば奴がやって来ると恐怖の対象になり、以降戦争が起きることは無くなった。
・“清界”:界の技術を応用して、境界線を作り歪めた空間を使い、対象に合った魔法を使う事によってその対象を削りとる技。