青の薔薇と氷帝 2
「にしても、情報だと性別とか言って無かったから、てっきり筋肉ムキムキの大男かと思ったがな、こんな気品のある感じだと思わなかったぜ。」
「そのイメージもどうかと思うけど、確かに魔物の軍勢を単騎で倒した人間が、ずっと山奥で暮らしてて世間知らずで、さらにこんなに気品が溢れる若い女性だとは思わないわよね。」
「そ、そうですかぁ?」
もはやシャルに出会った人は皆その設定の適当さに気付いているのか、コリンは当然ロンすらも生暖かい視線でシャルを見たので、視線を逸らすしかなかった。
「で?まさか噂の“隠者”のシャルを紹介しに来ただけじゃないよな?」
「まあね、彼女先の戦いで武器が壊れちゃったらしいの、せっかくだからブルーマリンで新しいのを買ったら?って、提案してたのよ。」
「お、そうかそうか、うちの店は大抵の武器と防具は揃ってるしとりあえず色々見てみると良い。」
「はい、ありがとうございます。」
シャルはロンに案内されて、武器と防具の置いてある場所に向かった。
「ええと、シャルって呼んでもいいか?」
「はい。」
「シャルはどんな武器を使ってるんだ?」
「剣ですね。本当は使いたい武器があるんですけど、見つからなくて」
「へぇ〜、どういう武器だ?今見た感じありそうか?」
「そうですね・・・」
シャルは、至る所に並ぶ武器を見ながら刀、もしくはそれに似た武器を探した。
(う〜ん、両刃の剣・・・あ、片刃だけのあったけど横幅が広くて扱いずらそうだし脆そうね。レイピアもあるし、鞭とか爪とか特殊なのも、でも刀は無し・・・もしかして刀みたいのが流通してない世界なの?)
「あの、刀って知ってますか?」
「カタナ?どんな武器だ?」
「えっと、ここにある剣みたいに片刃でもっと厚みがあって圧縮した様な感じなんですけど・・・」
「私は聞いた事ないわね。」
「うーむ、無いようなあるような・・・武器の事ならドッグに聞いてみるか。」
「ドッグさん?」
「ああ、ドワーフの鍛治職人だ。“ペネドゥ”で一番の腕を持っていて、武器や防具については俺よりも詳しいぞ。」
「そうなんですね。」
ロンの提案で、鍛治場に連れて行ってもらう事になったシャルは、コリンと一緒に鍛治職人の“ドッグの元へ向かった。
◆◆◆◆
カンッ!カンッ!カンッ!
「お〜い!誰かいないか?」
「あ、ロン店長。何か用ですか?」
「お、バズ。ドッグはいるか?」
鍛治場に行くと、金属を叩いている音が聞こえ、ロンの呼び掛けにバズというドワーフの少年が答えた。
「親方なら奥で仕事・・・て、コリンさん?!お疲れ様です!」
「お疲れ様、バズ。ちなみにこの子はシャルちゃん。今度うちの団に入る予定の子なの。」
「シャルです。バズさん、初めまして。」
「?!」
「さ、奥に行きましょう。流石にこの反応を何回も見てると、日が暮れちゃうわ。」
「いや、放置は酷くないか?!まぁ、初めて会う奴は毎回この反応になりそうだけど」
「あ、待って下さいコリンさん!」
シャルの声を聞いて、固まったバズを放置して歩き出したコリンの後ろをロンとシャルは付いていった。
カンッ!カンッ!カンッ!
「ドッグ!話しがあるんだが・・・」
カンッ!カンッ!カンッ!
「お〜い!聞こえているか!?ドッグ!ドッ〜〜・・・」
ドンッ!!
「うるせぇ!聞こえてるわ!!」
「いや、返事してくれよ。」
ロンは、金属を加工している老齢のドワーフに近づいたかと思うと大声で叫んだが、すぐに反応が返ってこずしつこく呼び掛けると怒られた。
「なんだよロン、急に話し掛けてくるんじゃねぇ!こっちは仕事中だ!」
「いや、俺も仕事中だから・・・実は彼女がある武器を探していてな。」
「武器だぁ〜?て、コリンの嬢ちゃんじゃねぇか!あとは・・・顔が見えない怪しい奴か?」
「シャルちゃんよ、ドッグ。」
「シャルです。ドッグさん初めまして。」
「?!・・・はぁー、随分と綺麗な声だなぁ、というか、どっかで聞いた名前だなぁ・・・あ、儂はこの“ペネドゥ”の鍛治職人をやってるドッグだ。宜しくな。」
「宜しくお願いします。」
一瞬シャルの声に驚いたドッグだったが、すぐに自己紹介をしてくれた。
「それで?探してる武器ってのはなんだ?ロンが分からないってのは余程マイナーな武器なんだろうな。」
「えっと、刀っていう武器なんですが」
「カタナ?どんなのだ?」
「片刃で刃の無い方は厚くて、普通の剣より圧縮した様な感じで反った形のものです。」
「さっきよりも詳しいな。」
「・・・さっきは、思い出しながらだったもので。」
実際はどんな説明をしたら伝わるか分からなかったので、適当になってしまっただけだ。
「うーむ、見た事はねぇなぁ。この辺でみかけたのか?」
「あ、いえ、多分此処より遠い場所だと思います。」
「多分なのか?」
「はい、そもそもどこにあるのか分からないので。」
「・・・おいおい、なんだそりゃ?」
シャルは正直にドッグに言ったが、余計に首を傾げるだけだった。
「ともかく、儂もカタナっていう武器は知らねぇなぁ。」
「・・・そうですか。」
「だが、何か見本があれば近い形なら作れると思うが・・・」
「本当ですか?!」
「お、おう。」
最初は刀が無いと言われて落ち込んだが、ドッグの一言で、もしかしたらまた刀を使えるかもしれない、そんな気持ちが高まり、ドッグの手を両手で握って詰め寄った。
「ドッグ〜、何照れてるのよ。」
「照れてないわい!孫みたいのに手を握られてびっくりしただけだ!」
「いや、照れてるな。側から見たら顔の見えない漆黒のローブを着た奴に詰め寄られる変な光景だが、若い女性に手を握られて照れてる。」
「お前ら、からかって来るんじゃねぇ!」
シャルの突然の行動に驚いた三人だが、普段あまり見れないドッグの慌てっぷりに、コリンとロンが楽しそうにからかった。
「あ、ごめんなさいドッグさん!探してた武器が手に入るかもって思ったらつい」
「シャルの嬢ちゃんは悪くねぇ、悪いのはそこのロンとコリンの嬢ちゃんだ。」
ドッグがからかわれている原因が自分にあると気付いたシャルは、慌てて手を離した。
「で?見本はあるのか?」
「見本は今無いんですが、木とか石とかあれば作れます。出来れば木の方が、持った感じとかイメージが近いのですが・・・」
「ほう?・・・ちょっと待ってな、おい!バズ!!」
「は〜い!親方!」
ドッグがさっき放置したバズを呼ぶと遠くから声が聞こえてバズがやってきた。
「もう皆さん酷いですよ!せめて何か言ってから奥に行ってくださいよ!」
「ごめんなさいね、流石に対応が面倒くさくなったの。」
「バズ、俺は悪くないぞ、ちょっと放置した方が面白いと思ったとかそんなんじゃないぞ。」
「コリンさん酷いですね?!あとロン店長は、絶対に面白いと思ったからやりましたね!?」
コリンはさほど悪いと思ってなさそうな感じで、ロンはニヤニヤしながら言ったので、バズは突っ込んだ。
「・・・ごめんなさいバズさん。」
「?!・・・シャ、シャルさんは悪くないですよ。気にしないでください。」
「弟子は師匠に似るっていうが・・・」
「側から見たら変な光景だけどね。」
確かに何も言わず行ったのは悪かったなと、心から謝罪したシャルだが、バズがあまりの美声に照れて、黒尽くめの怪しい人物に照れる変な絵図らになった。
「おい!バズ!木の素材が余って無かったか!?」
「は、はい!・・・木の素材ですか?」
照れてるバズに大声で呼び掛けたドッグ、バズも親方の声に驚いて返事をしたが、その内容に首を傾げた。
「ありますが、何に使うんです?」
「おう、そこのシャルの嬢ちゃんが木の素材さえあれば、俺の見た事のない武器の見本を作れるって言っててな。」
「親方が見た事のない武器?!・・・て、シャルって、この前クレメンスの近くで出た王種二体と数千の魔物の軍勢を倒した“隠者”のシャルですか?!」
「おぉ!?“隠者”のシャルって、嬢ちゃんの事だったのか?!イメージと全然違うなぁ。」
「・・・その下り、ロンでやったから。」
バズとドッグがシャルに驚いたが、コリンは何度かその光景を見たので飽きていた。
「あ、あの、木の素材・・・」
「お、おう、そうだったな。見本だから小さいので作るのか?」
「あ、いえ、実寸で作るので大きい物でお願いします。」
「「「「え?」」」」
ドッグも他の三人もてっきり簡単に形だけ同じの小さな物を作るのかと思ったが、実寸で作るというシャルの言葉に全員首を傾げた。
「・・・本当に大丈夫か?」
「はい!・・・あ、あと剣と、剣を振れる何処か広い場所借りれませんか?削るのに使いたいんですが。」
「剣でか?!ま、まぁ見本さえ見せてくれれば構わないが・・・」
「す、すぐに用意してきます!あ、裏庭が試し切りとか出来るスペースなんでそこで待ってて下さい!」
「分かりました!ありがとうございます!」
「・・・どう思う?」
「・・・う〜ん、どうやって作るの?」
「・・・分からん。」
バズがすぐ木の素材を用意しに行き、シャルは嬉しそうに頷いたが、他の三人はシャルがどうやって見本を作るのか想像出来なかった。
〜裏庭〜
「シャルさん!用意して来ましたよ!実寸という話しなので丸太と、あと剣を用意しましたが・・・」
「ありがとうございます!バズさん!」
シャル達が裏庭に行ってしばらくした後、刀を削るのに丁度良い丸太と、削る用の普通の剣を持ってきたバズにお礼を言いながら、シャルは剣を受け取った。
「・・・丸太はそこで・・・はい、ありがとうございます!では、これから削るので、皆さん少し離れてもらえますか?」
「え、ええ。」
「お、おう。」
「今から何が起きるのか想像出来ないんですけど。」
「シャルの嬢ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
シャルの近くから離れた四人は、丸太をどう削ってカタナという武器の見本を作るのか不思議でしょうがなかった。
「はい!では行きます!」
(乙戯流“型合わせ”・・・“二元型”!!)
◆◆◆◆
──かつて、乙戯流後継者にこんな人物がいた。数多の敵を斬り戦場を駆け抜けた男が。
──しかし、人を斬れば血で斬れ味は悪くなる。使いものにならなくなり、変わりの武器を探す。だが使える武器が無い時もある。
──そんな行為を無駄に思った乙戯流後継者の男は閃いた。
──武器が無いなら、創れば良い。
◆◆◆◆
(一の型・・・斬!)
作りたい武器をイメージして、その鮮明なイメージで、精密な斬撃を放つ。
丸太は刀身から柄に収める為の茎、鍔や柄、鞘などの刀に必要な様々なパーツを削りあげる。更に細かい斬撃で、刀の様な厚みと鋭さ、刃文などの紋様をより本物に近い形に創造する。そして、しっかりと形を作った所で、
(二の型・・・空!)
本来は創った沢山の武器を射出して敵を圧倒する技だが、時代の移り変わりと共に造型にこだわり鑑賞するための技に変わった。そのため、空の技で磨き、木片や粉を飛ばし全てのパーツを綺麗に仕上げた。
(乙戯流刀術“二元型”・・・“創”!)
ビュンビュン!カキッ!
そして一瞬の内に組み上げ、今ここに木製ではあるが、この世界には無いシャルにとって懐かしい武器が誕生した。
「「「「・・・・・・」」」」
四人は、一瞬にして出来上がった木の武器を見て言葉が出なかった。一瞬で作ったからといって作りが甘い訳でもなく、細部まで彫られた細工がその美しさを表していた。一つの武器としても、一つの芸術の作品だったとしても通用するクオリティだった。
(木で作ったとはいえ、懐かしいわね私の“花遊”。)
かつての愛刀を木で再現し、その感触を懐かしく思いながらシャルは少し感傷に浸った。
「・・・あ、出来ましたよ!皆さん!」
だがすぐに他の四人の事を思い出すと、後ろから見ていた四人に、もはや普通に武器として使えるレベルの刀の見本を見せながら大きな声で言った。
「ちょっと待て?!凄いな!?シャル!?」
「どうやったら一瞬で、そんな精巧な作りの武器が出来るの?!」
「シャルさん!凄いです!」
「はぁ〜驚いたわい!それもう普通に武器として使えるレベルだろう!?」
一瞬の内に行われた信じられない光景に、全員がシャルの元へ詰め寄った。
「え、えっと皆さん?あ、ドッグさんこれが刀の見本です。」
シャルは、急に詰め寄ってきた四人に驚きながらも、ドッグに刀の見本を渡した。
「・・・なるほどなぁ、こいつは凄えなぁ。刃先が鋭く刃の無い方が厚い、一見バランスが悪そうに見えるが、しっかりと形を作って紋様を付ける事によって、刃そのものを美しく際立たせる様にしてあるのか、しかも持った感じの強度が普通の剣の比じゃねぇ。」
「はい!あと部品事に分けるとこんな感じに・・・」
「なに?!こんな細かいのか?!」
ドッグは、初めて見る刀に興奮しながらその作りを細かく見て評価した。シャルも、しっかりと評価してくれるドッグに嬉しくなり、刀について熱く語った。
「・・・あ〜ドッグがあの状態になると、しばらく他の事は考えられないな。」
「・・・そうね、なんか色々と気になる事が多いけど、しばらく待った方が良いわね。シャルちゃんも凄く熱く語ってるわ。」
「・・・俺も混ざりたいです。」
「「やめろよ(てね)?」」
「・・・はい。」
〜一時間後〜
「よし!分かった!シャルの嬢ちゃん任せときな!“ペネドゥ”で一番の鍛治職人の名にかけて、必ずカタナを完成させてみせるぞ!!」
「宜しくお願いします!」
ドッグの鍛治職人としての本能と、シャルの刀に対する熱い想いによって意気投合した二人は、熱い握手を交わした。
「・・・終わったかしら?」
「あ!コリンさん!」
「・・・シャル、良かったな、理想の武器を作ってもらえそうで」
「はい!ロンさん!」
「シャルさん!今度自分もカタナについて聞きたいです!」
「バズさん!是非!」
一時間、三人はシャルとドッグが話し終わるのを待ち、バズ以外の二人は若干待ち疲れた様子で声を掛けた。
「じゃあ、とりあえず今使う武器の方はどうする?」
「手頃な剣にします。正直ある程度強度のある武器でも、おもいっきり使うと壊れるので」
「どんだけ強力なんだよ・・・まぁ今回は初めてうちの店を利用してくれる記念に、格安で売ってやるよ。」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
「あら?気前が良いわね、なら私のほうも・・・」
「お前は通常価格だよ!?何さらっと便乗しようとしてんだ!」
とりあえずシャルは、次回ドッグの作る刀を購入する事を約束し、手頃な剣を購入した。
「じゃあ、シャルの嬢ちゃん。カタナの試作品が出来たら知らせるぞ。」
「はい!宜しくお願いします!」
「カタナばかり作ろうとするなよ、他にも仕事入ってんだからな。」
「な、何を言っておる!?儂がそんな事をする訳がないだろう!?」
「・・・親方、他の仕事放り出す気でしたね。」
「はいはい、とにかくまたね皆。」
こうして、“ペネドゥ”の人達と別れたシャルとコリンは、次のお店に向かうのだった。
〜乙戯流解説(刀術)〜
〜二元型〜
・“創”:かつて変に面倒くさがりな乙戯流後継者の男が作った技。
作りたい武器をイメージして、その鮮明なイメージで、武器を作り上げる。本来は創った沢山の武器を射出して敵を圧倒する技だが、時代の移り変わりと共に造型にこだわり鑑賞するための遊びの技に変わった。そのため、空の技は磨いたりして綺麗に仕上がるだけになった。作り手の鮮明なイメージによってクオリティと威力が変わる玄人好みの技。
〜補足〜
最初の剣は木の枝を使って作った。シャルが先の戦いでこれを使わなかったのは、無傷の武器を拾えた(奪えた)ので、創る必要が無かったため。