上陸、魔大陸!魔王と四魔公 10
「…………うぅ。」
「…………ぐっ。」
(……正座させて反省させる文化ってアルスさんが伝えたのかな?)
テスカトーレに説教される事小一時間。ようやく終わりはしたが、その間ずっと正座をさせられていた三人のうち二人、アルメリアとルードリックは足が痺れて悶えていた。
「……さて、どうしたものですかね。」
「まぁ、リース大陸に行かせる予定だったからな。このまま持って行くか。」
テスカトーレとベルフェゴーレはこのまま厄介払いをしようと、二人を連れて行ってもらおうと思ったがアルメリアが痺れる足を抑えながら待ったをかけた。
「ま、待ちなさいよ!私はまだ納得してないわ!!」
足をプルプルしながら強気に言い放つ姿が非常に面白い。
「クレハ!あんたこの人の姪を名乗っているけど!本当に姪に相応しいか私が見極めてあげるわ!」
「ええ?」
アルメリアはまだ諦めていない様だ。
「しかしアルメリア、手合わせするのは駄目だぞ?」
「説教しますよ?」
「う゛っ……なら、どうするのよ。」
ベルフェゴーレとテスカトーレに止められ、困るアルメリア。手合わせ以外にクレハを見極める方法が分からず困っていた。そこへ、ルードリックがふと思い付き、
「ならば、“姪力”を競ってみたらどうだ?」
「「“姪力”???」」
初めて聞く単語に首を傾げるクレハとアルメリア。その様子を見ながらルードリックは話を続ける。
「審査員は俺と父上と四魔公。すぐに集められるしな。どちらが父上の姪に相応しいか手合わせ以外で競えば良いのだ。」
「それよ!!」
「ええ?」
一体何を競うのかとクレハは不思議に思ったが、アルメリアは天啓を得たとばかりに声を上げた。そして、テスカトーレとベルフェゴーレも感心した様に頷いた。
「なるほど、ルードリック様。珍しく良い意見です。」
「珍しいは余計だろ。」
「ああ、珍しく良い意見だ。」
「父上まで!?」
普段いかに碌な意見を発していないかがよく分かる言い回しだが、褒められているのは事実だった。ルードリックは困惑していたが若干嬉しそうだった。
「決まりね!そこのメイド!!すぐに準備しなさい!」
「「は、はい!!」」
アルメリアの呼び掛けに答えるリボンとカチューシャを付けたメイド。直ぐに部屋から出ていった。
「私は他の三人を呼んできます。民の移動も順調に進んでいますからね。少しの間部下に任せておいても問題ないでしょう。」
「ああ、任せた。」
(もう、流れに身を任せた方が良さそうね……)
クレハが不思議に思っている間に話は進み、姪力勝負をするのは避けられなかった。クレハは諦めた様に立ち尽くした。
〜城内廊下〜
「どうしたのそんなに慌てて?」
「アルメリア様が、もう一人の魔王様の姪、クレハ様と姪力勝負をするの。」
リボンのメイドの同僚が声を掛けてきた。しかし、リボンのメイドから返ってきた答えはよく分からないものだった。
「……何それ?」
「私にもよくわからないわ……でも個人的に凄く面白そうなのよ。」
「他の子も呼んで良いのかしら?」
「どうなのかな?リース大陸に行って準備しないといけないから。私達以外残れないかも。」
「……後で詳細教えてね。」
「うん!」
凄く面白そうな話だが、リース大陸に行く準備がある同僚、後で話を聞く事を約束させて城を出て行った。
〜広間〜
「……おじ様、姪力ってなんですか?」
クレハとベルフェゴーレは現在広間にいた。着々と少人数で用意される会場を見ながら率直な意見を言うクレハ。
「……いや、正直よく分からん。すまんがアルメリアに付き合ってやってくれ。身分の違いも相まってか同世代の仲間が少なくてな。妙に生き生きとしているから私も嬉しくてな。」
そういうベルフェゴーレは魔王ではなく、いい叔父さんという雰囲気を醸し出していた。ちなみにアルメリアは会場の準備を楽しそうに手伝っている。基本的に催し物が好きな性格の様だ。ベルフェゴーレの言葉を聞く限り、彼女は色々と苦労していそうだった。
「分かりました。出来る限りの事はします。」
クレハはその状況を察し、頷いた。
◆◆◆◆
「これより!魔王様の真の姪を決める姪力勝負を行います!!」
テスカトーレが声を張って司会を行なっている。今この場にいるのは少数のメイド達と魔王、四魔公、魔王の息子、姪のアルメリア、そしてクレハである。
「審査員は魔王様とルードリック様、司会のテスカトーレ、他四魔公の三人が行います!」
「ちゃんと紹介しろ!」
「ついでにみたいに紹介しないでー。」
「我の場所もうちょっとどうにかならなかったか?」
不満そうに声を漏らすダルディン、ミルフィオーネ、デリドラ。雑な扱いに不満を漏らしていた。デリドラに関しては体が大きい為広間では場所を占領するので、窓から首だけを出して喋るというシュールなスタイルだった。
「さぁ、選手入場!まず左から!」
そんな三人を無視してテスカトーレは進行を進めた。
「魔王城に突撃する事ほぼ毎日!そのお転婆な様子は最早日常風景!姪らしい所は見た事が無い!アルメリア様!」
「まともな紹介しなさいよ!?何その紹介の仕方!」
日頃の恨みもあったのか毒のある紹介の仕方をする司会テスカトーレ。アルメリアは文句を言いながら前へ出た。
「続いて右から!」
テスカトーレの言葉と共にクレハが前に出た。
「突如現れた謎の姪!そのお顔を見る事は何故か出来ませんが溢れ出る気品から滲み出る強者の風格、クレハ様!」
「よろしくお願いします。」
前へ出ると、アルメリアの横に並んだクレハ。横を見ると自身たっぷりの表情でクレハを見つめるアルメリアの顔が近くにあった。
「ふふん!負けないわよ!」
「え、ええ。」
(アルメリアさん。凄く楽しそうね。)
互いに握手を交わす二人。対抗心を燃やしているが凄く楽しそうな雰囲気も伝わってきた。
「これより行うは姪力三本勝負!この勝敗で真の姪が決まります!」
テスカトーレはそう言うとメイドに指示を出した。リボンとカチューシャのメイドは大きな紙の端をそれぞれ持つと大きく広げた。そこには大きな文字が書かれていた。
「まず初めに台詞審査を行います!!」
「「台詞審査?」」
首傾げる二人にテスカトーレが説明を続ける。
「今からこちらのミルフィオーネが書いた台詞を魔王様の姪らしく読み上げてもらいます。見事魔王様の心を射止めた方が勝者とします!」
「どうぞ。」
「……分厚くない?」
「嫌な予感しかしないですね。」
「二人とも!私の力作よ!!」
妙に分厚い本をメイドから渡され困惑する二人。その表情を見たからかどうかは分からないがミルフィオーネがプレッシャーを掛ける様に声を掛けた。
「あっ、そうだクレハ、敬語はやめなさい。私達は対等な立場よ。名前も呼び捨てで良いわ。」
ふとアルメリアはクレハに敬語をやめる様に言った。彼女にとってクレハは同世代の姪を競う存在。立場的にも変に畏る存在では無いはずなのでそんな提案をした。
「良いんですか?」
「良いわよ。」
さぁ、という感じてクレハの言葉を待つアルメリア。その様子はわくわくしている様だった。
「なら、宜しくねアルメリア。」
「!?……ふん!負けないわよ!」
何故か明後日の方を向きながら敵意を剥き出しにするアルメリア。クレハは首を傾げつつも本を開こうとする。
「さてまず台詞の内容に目を通して下さい。内容は私も知りません。何故この短時間であの厚みなのかは知りませんが、全て読み上げる必要はありません。これだという台詞を魔王様に言って下さい。」
「それは無いんじゃない?テスカトーレ?」
「貴方の事ですから、碌でもない台詞を入れているのは明白ですからね。」
ミルフィオーネの不満そうな声を無視しつつテスカトーレは進行する。クレハとアルメリアは本を開いて内容を確認する。
「……これは。」
「姪らしいと言えば姪らしい?」
所々おかしな文面もあるが、思ったよりも酷くない内容ではあった。二人は読み進めつつ意見を交わす。
「本当に?私こんな台詞言った事無いわよ?」
「一つくらいは無いの?」
「無いわ。クレハは言った事あるの?」
「う〜ん。これとかはあるかな?」
「あっ、それなら私も出来そう……って、負けないからね!」
審査員を尻目に会話する二人。競ってはいるが変に反発しているのはアルメリアだけでクレハは普通に会話をしようとするので、流されて会話しては思い出したかの様に敵意を剥き出しにする。
「では初めにアルメリア様。魔王様に姪らしい台詞をどうぞ!」
「任せなさい!」
しばらく読み進めた後、最初に呼ばれたのはアルメリアだった。自信満々に前に出てきてベルフェゴーレの前に行く。
「よし、いつでも良いぞアルメリア。」
「!?」
ベルフェゴーレは普通にアルメリアに声を掛けたが対するアルメリアは妙に緊張した様子だった。しばらく無言でその場を落ち着かない様子でウロウロしていたが、意を決したかと思うと、緊張しながら声を発した。
「え、えっと……お、おおお……叔父様?」
「……何という。」
「え、ええ!?」
「「「「魔王様!?」」」」
「父上!?」
アルメリアの言葉を聞いたベルフェゴーレはその場に膝をついた。突然の事に驚くアルメリアと四魔公、そしてルードリック。心配して近寄るが立ち上がって言った一言は、
「初めてアルメリアに“叔父様”って言われた。」
「「「「「それだけで!?」」」」」
涙を流しながら感動した様子で言うベルフェゴーレ。他の者にとってもアルメリアの叔父様呼びは予想外ではあったが、ベルフェゴーレの反応は過剰だった。
「魔王様……耐性が無さすぎでは?」
「よく考えてみろ!俺が叔父さんとして慕われて時があったか!?」
彼の心からの叫びに、
「そ、そうですわね〜そう言われてみれば。」
「そんな気も。」
「するなぁ。」
「父上、哀れ。」
「な、何よ!?まるで私が普段から迷惑掛けてるみたいじゃない!?」
納得する一同。思った以上に皆が納得するので抗議の声を上げるアルメリア。普段から嫌っている素振りを見せていたので皆の反応は当然だが、
「自覚なかったんですか?」
「う、うるさいわね!こんなのを慕う訳ないでしょう!?」
「こんなのって!?」
(もしかしてアルメリアって……)
「続きをやりますか?」
「もういいわ!充分でしょ?」
拗ねたアルメリアはテスカトーレの提案を断ると怒りながら椅子に座った。
「え〜と……続いてクレハ様!」
「はい。」
呼ばれたので前に出たが、まだ何を言うか決めていなかったクレハ。本を開くと良い台詞がないか改めて確かめた。
(う〜ん。何を言えば良いのかしら?最初のページ以外碌な台詞が無いわ。)
正直、姪として認めてもらうというよりは、封印をされている存在をなんとかする為にこの場にいるので、真剣に勝負をする必要も無いが、勝負事には真面目に取り組む性格なので思ったよりもノリノリのクレハ。
(……これかな?素直な感じが良いだろうから。)
「では、クレハ様!……どうぞ!」
台詞を決めると、テスカトーレの合図でベルフェゴーレの前に行くクレハ。漆黒のフード付きローブで顔の見えない怪しい姪がどんな台詞を言うのか皆気になっていた。
「おじ様?」
「な、何だ?」
声を掛け、そっとベルフェゴーレの左手を両手で包むクレハ。顔は見えないがベルフェゴーレを見上げる形で彼を見つめ言い放った。
「“クレハはおじ様の姪に生まれて幸せです”。」
「ぐはぁ!?」
「「「「「!!?」」」」」
クレハの一言で吹き飛ぶベルフェゴーレ。他のメンバーも凄く驚いた表情をしていた。
「え、えっと、おじ様?」
まさか吹き飛ぶとは思わず驚いて近寄るクレハ。アルメリアはその様子を口を開けて見ていた。
「凄いわ……純粋な破壊力を秘めた声色だったわ。私には無い魅力ね。」
「これ、娘に言われたら嬉しすぎて気絶するわ。」
「良い姪を持ったな。魔王様。」
「これは見事ですね。」
「……凄まじいな。」
「む〜!!」
そして、口々に賞賛の声を発する四魔公とルードリック。その様子を見てむくれるアルメリア。
「勝敗は決まりましたね……それでは判定をどうぞ!!」
そのままテスカトーレは結果を聞きその結果は、
「クレハ様ね。」
「クレハ様だな。」
「クレハ嬢だ。」
「私もクレハ様です。」
「うむ、クレハだな。」
「…………。」
満場一致でクレハに軍配が上がった。ちなみに床に伏せながらも魔王は無言でクレハに指を指していた。
「よって勝者!クレハ様!!」
「何よ!?何がいけなかったの!?」
納得のいかない結果に抗議するアルメリア。そこへミルフィオーネが代表して素直な意見を述べた。
「魔王様には効果的面だったけど、私達には物足りなかったわ。」
「う゛っ!?続きやれば良かった。」
姪力三本勝負の初戦はクレハが勝利した。
「さぁ、続いての勝負の内容は!?ダルディン!」
テスカトーレの言葉と共に前に出るダルディン。クレハとアルメリアの前には魔導コンロや食材が置かれていた。という事はもちろん、
「次は料理勝負だ!!」
「料理ね。」
「料理ですって?」
クレハは目の前の状況を見て察し、アルメリアは首を傾げていた。
「個人的な意見ではありますが、姪が叔父に料理を作って来るのも姪力の見せ所。」
「まぁ、俺が娘に手料理を作って貰ったら嬉しいなぐらいな感覚で提案した。」
この勝負を案を出したのはダルディンらしいが、姪とあんまり関係ない理由で提案したらしい。
「りょ、料理なんてした事ないわ!」
アルメリアは見るからに焦っていた。どうやら料理をした事がないらしい。その様子を見てテスカトーレがため息を吐きながら言った。
「一応、我が国での花嫁修行の一つとして教育に組み込まれている筈ですが。」
「私がそんな事すると思う!?」
「そんな自信満々に言わなくても……」
テスカトーレは呆れた様に言った。一応、お転婆と言われているアルメリアでも、料理の一つは作った事があるであろうと思っていたが、そんな事は無かった。
「しかし、困りました。これでは勝負になりませんね。今から別の勝負を用意するのは……」
困っているテスカトーレに助け舟を出そうとクレハはアルメリアに近付いた。
「アルメリア、私が一つ料理を教えよっか?」
「クレハが?」
クレハの提案に驚くアルメリア、普通に考えれば勝負しているのに協力するのは不思議ではある。
「えっ、それもはや勝負じゃ……」
「し、仕方ないわね!一つくらいなら教わっても良いわ!」
「「「「「ええ……」」」」」
ルードリックが突っ込みを入れようとしたが、アルメリアは結構乗り気だった。料理の一つも作れないのは流石に不味いと内心思っていたので、クレハの提案に乗ったのだ。
(これで、少しでも仲良くなれると良いんだけど。)
正直、この勝負に勝っても負けても信頼をちゃんと得られるか微妙な所ではあったので、勝負する事よりもアルメリアと仲良くなる事を優先したクレハ。
「ま、まぁ、姪の手料理は食べてみたいから、勝敗はともかく有りで。」
「父上……そうなったら何でもありじゃないか。」
ベルフェゴーレの発言に呆れつつ、ルードリックは頭を抱えた。
「それでは料理勝負?始め!」
そして、料理勝負が始まった。
「それでクレハ、何を作るの?」
「定番でクッキーを作ろっか。」
「”くっきー“?」
「えっと、焼き菓子と言った方が良いかな?」
「ああ、それね。」
料理と言っても、お菓子の方が姪ぽいかなという安直な理由でクッキーを選択したクレハ。とりあえずアルメリアにも指示を出しつつ、材料を集めていく。幸い焼き菓子を作る文化はあるので、材料は問題無く揃った。
「じゃあアルメリア、生地から作っていこう。」
「わかったわ。」
そう言って、クレハは手際よく材料の分量を計り、混ぜる作業をアルメリアに託した。
「これを混ぜるだけ?」
「そう、だけど入れる順番や混ぜ方を気をつけないと良い生地が出来ないの。」
「そうなの?混ぜれば一緒じゃないの?」
「一見そう思えるけど、生地が上手く混ざらなくてパサついちゃうから結構大事よ。」
「ふーん。」
凄く簡単に考えていたアルメリアだが、材料一つにとっても大事な工程がある事を知り内心驚いていた。
「ねぇ?よく料理は作るの?」
「そうね。家では私が料理を作ってたから。」
フィーというお菓子中心の食いしん坊がいるので、フィーの事を考えながら答えるクレハ。
「そう……やっぱり、料理が出来る女性の方が魅力的なのかな?」
「う〜ん、女性だけではないかも。基本的に自炊出来る人は尊敬されるわ。」
クレハは、色んな人に料理を教えて欲しいと言われるので、そのイメージを持っていた。ちなみにホルンに「料理本を出しましょう!!」と言われてもいる。
「なら、今度からちゃんと料理を覚えるわ。」
「誰か作ってあげたい人がいるの?」
「な!?そ、そんな訳ないでしょ!?」
あからさまに同様するアルメリアをみて微笑みながら、クレハは指示を出していく、アルメリアも素直に言う事を聞いているのと、素質があるのか手際良くこなしていった。
「どう?」
「良い感じ。」
「これだけだと美味しそうに見えない。」
「うん、これからね。」
側から見ると、とても仲が良さそうに見える。
「なんだか微笑ましい光景だな。」
「そうですね。何ででしょう?
「まぁ、あのアルメリアが大人しく言う事を聞いてるだけで珍しいから。」
「「「「それだ!」」」」
「ちょっとそこ!煩いわよ!!」
クレハ以外は、アルメリアに対して常に話を聞かずに突っ走る印象があったので、大人しく言う事を聞いている姿は新鮮で驚きがあった。指摘されたアルメリアは顔を赤くしながらもクレハの指示通りに動いていく。
「……ねぇ、そう言えば気になっていたけど。」
「……何よ?」
不意にクレハが、小声でアルメリアに尋ねた。
「どうして、あんなにおじ様に当たりが強いの?」
「えっ!?そ、そう見えるかしら?」
思わぬ質問に驚くアルメリア。ベルフェゴーレを方をちらっと見つつ答える。
「うん、違和感があるくらい。」
「うっ。」
クレハもその視線を追いながら指摘した。アルメリアは気不味そうな顔をした後、小声で答えた。
「別に深い意味は無いわよ。ちょっと最近たるんでるから気合を入れてあげてるだけ。」
「なるほど、心配してるのね。」
「し、心配してるわけないでしょ!?あんなよく仕事サボる人を私が心配するわけないでしょ!?」
小声では答えたが、その後の指摘を大きな声で否定した為、審査員席に良く響いた。
「……傷付きました。」
「まぁ、父上。よくある事だ。」
「……もっと傷付きました。」
ルードリックに追い討ちをかけられながらベルフェゴーレは落胆した。その様子を見つつ、クレハとアルメリアは作業を再開した。
「生地の形はどうする?」
「形?」
「ええ、これ作っといたから。」
クレハが取り出したのは様々な形をした型抜きだった。アルメリアが材料を混ぜている間に魔法で作って置いたのだ。
「いつの間に……これを使えば良いの?」
「そう。」
少し驚きつつも、型抜きを見るアルメリア。どれも見た事のない形で興味深かそうに手に取って見ていた。
「ん?」
その中で気になる形の物を見つけた。
「これは何?」
「それはハートよ。」
「“はーと”?」
理由は分からないが、ハートの形をした型抜きはアルメリアにとって非常に目を惹く形をしていた。何を表しているのか聞こうとクレハを見ると、アルメリアが尋ねる前にクレハが答えを言った。
「愛を表してるわ。」
「愛ですって!?」
思わぬ言葉に驚くアルメリア。まさかこの形が愛を表しているとは思わずかなり動揺した。
「こ、これはどうなの?」
「えっと、親愛の意味も込められるから日頃の感謝の気持ちを表してると言っても良いんじゃないかな?」
「そ、そう!それなら良いわ。べ、別にあの人には感謝してないけど。」
意味合いとしては、恋愛の愛の象徴する物を渡すのはどうなの?という問い掛けだったが、親愛という意味もあると言われて安心した様に答えるアルメリア。
「……恋愛とは違うのよね。それとは別の感情と言うか。」
「別の感情?」
「な、何でもないわ!さっさと型を抜くわよ!」
気になる言葉ではあったが、すぐにはぐらかされてしまい、二人で型抜き作業に入った。
カポ、カポ、
「う〜ん。上手く出来ない。」
「油を塗ると良いよ。」
カポッ、
「へぇ、これだけで違うのね。」
型を抜くのはあっという間に終わり、仕上げの焼く作業に入る事になった。だが、急遽用意いした舞台なので、オーブンは無かった。
「じゃあ焼き上げましょう。オーブンは無いから魔法でいくわね。」
「え?それ大丈夫?」
正直な所、魔法で焼き上げるには繊細というレベルではない技術が必要に見えた。しかもクレハの構え方は、両手を突き出している構えなので気軽に焼く様な構えでは無かった。そういった事もありアルメリアは心配する様に声を掛けた。
「ええ、大丈夫。」
しかし、クレハは軽く答えると、
「“ベイク(焼く)” 。」
ポポポンッ!
「「「「「…………。」」」」」
一瞬のうちに綺麗に焼き上げてしまった。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「いやいや待って!?なにそれ!?」
「え?焼き上げの魔法。」
「そんな自由度の高い魔法見た事無いわよ!?あそこにいる人達でさえ使えないわ!」
怒涛の勢いで突っ込みを入れるアルメリアだが、クレハは時間の無い時はよく使っているので、何故こんなに驚かれているのかが理解出来ていなかった。
「ベルフェゴーレ様?」
「似た様な事が出来そうに見えるが、あの精度は無理だ。そもそもあれは魔法の概念その物を創ってる可能性が高い。ガングリフォン様でもまったく同じ事は不可能の筈だ。」
「……末恐ろしいですね。」
「「「「…………。」」」」
クレハの魔法の異常性の片鱗を見た審査員席の全員は息を呑んだ。そんな審査員達を尻目にクッキーをお皿に盛り付けたクレハは、アルメリアに盛り付けたお皿を渡した。
「じゃあ、食べて貰いましょう。アルメリアよろしくね。」
「え?」
「給仕。」
「……え?」
まさか自分がやるとは思わなかったのだろう。二度聞き返したが、クレハがそれ以上何も言わなかったので、大人しく従うアルメリア。
「た、食べなさい!」
「「「「「頂きます!」」」」」
少し乱暴にお皿を置くアルメリア。審査員達は嬉しそうにクッキーに手を伸ばした。
「う、美味い!姪の手料理というだけで評価が高いのに。」
「その発言、気持ち悪いな。」
「ルードリック、素直な感想を言うな……と、とにかく美味いぞ!」
「ふ、ふん!私だってこれくらい出来るのよ!」
「ほとんどクレハに補助して貰っていたけどね〜。」
「う、うるさいわね!!」
色々な意見が出つつもクッキーを食べ終える審査員。
「ねぇ、テスカトーレ。この勝負は判定必要?」
「いえ、流石に今回は勝敗を決めるのは無理でしょう。」
そう言いつつ、クレハとアルメリアの前に立つテスカトーレ。
「さて、料理勝負に関しましては、共同作業を行った事により、勝負は引き分け!次の勝負に参りましょう!さぁ、皆さん、準備して下さい!」
あっさりと料理は終わりを迎え、次の対決に進むのであった。
「次の対決は舞踏会対決です!」
「ちなみに、我が提案したぞ。」
デリドラが窓から首を出しながら答えた。
「ぶ、舞踏会!?」
「舞踏会ね。」
アルメリアは引きつった顔をし、クレハは素直に言葉を返した。
「アルメリアは踊れる?」
「私が踊りの授業を受けると思う?」
「……そっか。」
そんな自信満々に言わなくてもと、胸を張って答えるアルメリアを見て少し不安に思うクレハ。
「そういうクレハこそどうなの?」
「まともに踊った事は無いわ。」
記憶では幼少期にレッスンは受けた事はあった。ただ、記憶を取り戻してからはそういった事とは無縁の生活をしていたので、自信は無かった。
「でも、最低限の動きは出来ると思う。」
「最低限の動きねぇ……」
ただ、乙戯流には足捌きを意識して使う技があるので、踊れない事はないと思う。アルメリアからは他二つの勝負で、そこそこな成績を残しているせいか、自信が無いと言っても信じてもらえてない気がした。
「では、お二人で踊って頂きます。」
「「何故!?」」
テスカトーレの発言に二人揃って突っ込みを入れた。本来は男女ペアで行うものなので、当然の疑問ではあった。
「その方が対決らしいからです。どちらも女性パートで良いですし、男性パート、女性パートに分かれても大丈夫ですよ。」
対決らしいと言われてしまえば、納得するしかない二人。ただ、困惑している状況は伝わったのか、ベルフェゴーレが声を掛けた。
「私とルードリックが相手をしても良いぞ。」
「うむ。」
そう言って立ち上がった男性二人を見て、クレハとアルメリアは一度顔を見合わせてから、
「クレハが良いわ。」
「私もアルメリアが。」
「「何故だ!?」」
断わった。人選が微妙だったらしい。
「さ、さて、雰囲気作りも大事ですから、今城に残っている部下達も集めて、舞踏会を開きましょう!」
「そうね。」
「う、うむ。」
「あ、ああ。」
落ち込む二人を他所に、テスカトーレ達が舞踏会の準備を始めた。
〜数十分後〜
(少し人数が多くないかしら?)
こっそり聞いたが、リース大陸への避難もとい誘導は完了したらしい。全員移動とは行かなかったが、かなりの人数がリース大陸へと向かったらしい。四魔公の部下も一部向かっており、正直そんなに人が残らないかと思ったが、想像以上に人が多かった。舞踏会を開くには十分な数だが、避難としては残り過ぎている気がした。
(まぁ、相手の状況が掴めない以上、常に警戒する以外出来る事はなさそうね。)
相手の実態が掴めない以上、これ以上露骨に行動して先手を打たれる方が状況が悪くなる。今の所は探りを入れるしか手は無かった。
「クレハ、踊るわよ。」
「ええ、とりあえず私が男性パートで良いかしら?」
「どっちでも良いわ、踊れないもの。」
二人は苦笑しつつ、手をとった。
「では、舞踏対決始め!!」
(((((そういう掛け声で始まる舞踏会初めてだな。)))))
この時、会場の全員が思った事は同じだった。
「どうすれば良いの?」
「とりあえずステップを踏みましょう。」
一旦二人は、音楽が流れる中、周りの踊りを見様見真似で踊ってみた。と言っても軽いステップ程度だが、
「これ、対決になってるの?」
「正直、怪しい気がする。」
正直、お世辞にもまともに踊れているとは言えない中、二人は会話を続けた。
「私ね、最初は貴方に嫉妬してた。」
不意にアルメリアがクレハに対して素直な気持ちを告げた。
「でも、今はどちらかと言うと憧れや尊敬が強くなってるわ。」
自分よりも能力の高いクレハに対して、アルメリアはもはや勝負する気持ちが薄らいでいた。
「今でも対抗心燃やしてない?」
「うっ、それは私が負けず嫌いだからよ。」
バツが悪そうに顔を背けるアルメリア、純粋に負けたくないという気持ちが伝わってくる。
「でも、貴方は別に悪い人じゃないし、私より出来る事が多い。ちょっと憧れるわ。」
「そう言われると照れるわ。」
お互いに照れて顔を背ける二人。側から見ると凄く変な光景だ。
「ねぇ?」
「どうしたの?」
「あなたは叔父様の事、どう思ってるの?」
アルメリアは純粋な疑問をクレハにぶつけた。
「どうって……おじ様?」
「そのまんまじゃない……」
正直クレハにとっては、潜入する為に演じているに過ぎないので、特に特別な感情は抱いていなかった。
「アルメリアはどう思ってるの?」
「わ、私!?」
クレハはアルメリアに対して質問した。かなり動揺しつつも、真剣な表情で考えるアルメリア、
「う〜ん……憧れ、かな?」
「憧れ?」
首を傾げるクレハに、アルメリアは話続けた。
「そう、恋愛とかそういう感情ではなくて、純粋に憧れ。そもそもヴィーネリア叔母様の事も尊敬してるから、叔父様をそういう目で見る事は絶対に無いわ。断言出来る。」
「そ、そう。」
それは紛れも無い真実と思えるくらい、真面目に答えるアルメリア。初めはそういった感情を持ち合わせているかと思ったクレハも、アルメリアの表情を見て間違いだと悟った。
「だったら、どうしてあんな態度を?」
「どういう態度が正解なの?」
質問に対して質問で答えるアルメリア、そこには答えが見つからないと悩んでいる表情があった。
「貴方に憧れていますって露骨な感じは私好きじゃ無いし、素直になり過ぎるのもなんか違う気がするし、なんていうか正解がわからないの。」
「正解か……」
アルメリアの態度はお世辞にも良いとは言えなかった。でもそれは、アルメリアなりに悩んでの行動でもあった。本気で悩んでいる彼女にクレハは優しい声音で答えた。
「そうね、私個人の意見でも良い?」
「良いわよ。」
「『本当の正解はどこにも無い。』ていうのが個人的な意見ね。」
「本当の正解?」
良く分からないと首を傾げるアルメリア。
「そう、世界はその人が正しいと思う事が正しくなるし、間違っていると思う事が間違った事になる。例え自分が暮らしている環境に決められた規則があったとしても。」
「どういう事?」
アルメリアがさらに首を傾げる。
「周りがどう思おうとも、自分の中に確固たる規則があれば自分の行動全てはその規則通りに進む。」
「でもそれなら、自分が決めた行動が全て正しい事、本当の正解って事にならない?」
「そうかもしれない。」
「どういう事よ?」
不満げに言葉を漏らす彼女にクレハは告げる。
「つまりは、世界にどんな決まり事があろうとも、世間一般で言う正解があろうとも。自分の決めた事で自分の世界は廻っているという事。」
「難しいわ。」
哲学的な答えに困惑するアルメリア、それを見てクレハは言葉を続けた。
「今の自分の行動に疑問を持っていないなら迷わず進んで、疑問を持っているならその疑問を素直に考えれば良い。簡単に言うなら『迷ったら即相談。』」
「……凄く簡単にまとめたわね。」
それで良いのかという表情をしながらクレハを見るアルメリア。しかしクレハは気にせずさらに告げる。
「誰にも本当の正解は解らない、導き出せるのは多数決で多かった答えだけ。だから、変に悩まず最後は自分で決断する事。」
「なら、困ったらすぐクレハに相談するわ。」
即答するアルメリアに少し驚くクレハ。自分に相談するという選択肢がすぐに出た事に驚いていた。
「随分と信頼してくれるのね?」
「そ、それは、初めて対等に話せる友達だし。」
照れつつ答えるアルメリア。彼女にとって対等に話せる存在であるクレハはもう友達であった。そんな彼女を見ながらクレハは素直にお礼を言った。
「ありがとう。」
「う、うん。」
と、少し照れた雰囲気が流れるかと思ったが、
「で、さっきの相談の答えなんだけど。」
「え!?今のじゃないの!?」
「え?前置きよ?おじ様に対してどう接したら良いか答えてないじゃない。」
「そ、そっか。」
突然のクレハの言葉に驚くアルメリア。確かに答えでは無かった。
「私としては、もう少し素直になった方が良いわ。」
「素直に?」
「そう、周りから見たらただ自分の叔父にきつい言葉を放つ悪童に見えてるわ。」
「表現きつくない!?」
事実ではあるだろうが、余りにもストレートな物言いにちょっと傷きつつ反応するアルメリア。
「で、でもそっか。あまり良い印象を持たれていないのね。改善するわ。」
「うん。」
「ねぇ、一つ良い?」
「どうしたの?」
周囲を見ながらアルメリアは提案する。
「これだけ大掛かりな勝負をしてて言うのもなんだけど。私、この勝負どうでも良くなっちゃった。」
「私も。」
互いに笑いつつ二人は頷いた。
「「終わりにしよう。」」
そう言って、二人は審査員席に向かって歩き出した。
「おや?お二人とも如何なさいましたか?まだ審査は終わっていないですが。」
審査員席に向かって歩いて来た二人に問いかけるテスカトーレ。
「終わりにしたいの。もう勝負する必要が無くなったから。」
「「「「「えっ!?」」」」」
アルメリアの言葉に全員が驚いた。あんなに対抗心を剥き出しにしていたのに、今はかなり仲良くなっていたのもあるが、
「え、え〜とそれでは?勝負は無効!勝者無し!姪力勝負はこれにてお開きになります!!」」
「「「「「えぇ〜!??」」」」
二人の姪力勝負は唐突に終わりを告げた。
◆◆◆◆
唐突に終わりを告げた姪力勝負。その会場の片付けを四魔公の部下達が行っている中、アルメリアとクレハは城のバルコニーで会話をしていた。お互いに好きな食べ物や洋服の話などたわいも無い会話をしていた。
「ねぇ、明日一緒にリース大陸に行きましょ?催し物が気になるわ。」
「うん……と言いたい所だけど、それは出来ないの。」
「どうして?」
嬉々として話すアルメリアに申し訳なさそうに答えるクレハ。彼女は寂しそうに問いかけた。そんなアルメリアにクレハは本当の事を告げた。
「アルメリア、私ね。本当はおじ様の姪じゃないの。」
「……え?」
驚くアルメリアにクレハは話を続けた。
「クレハも偽名。本当の名はシャル。とある依頼でこの魔大陸に来たの。おじ様には協力してもらっているの。」
「シャルって、もしかして『隠者』の?」
「うん。」
依頼が片付いたら告げるつもりだったが、今純粋に接してくれているアルメリアに嘘をついて接するのも良くないと思い、クレハもといシャルは真実を告げた。
「そっか。」
「がっかりした?」
少し気落ちしつつも、アルメリアはスッキリした表情でシャルを見た。
「ちょっとね。でも、納得したわ。クレハ……シャルだったわね。シャル程の能力を持つ魔族がいたら絶対に魔大陸で話題になってた筈だもの。」
「そう?」
「そうよ、もっと自覚しなさい。」
思ったより、好意的な反応に安心しつつ二人は会話を続ける。
「ふふ、でも初めて出来た友達がシャルで良かった。」
「私もアルメリアに出会えて良かったわ。」
「近いうちに貴方の家に遊びに行くからね?」
「お菓子も用意して待ってるわ。」
そう言って和やかに会話していると、
『ま、待ってくれ!俺が悪かった!!あぁっー!?』
「「ん?」」
遠くからベルフェゴーレの悲鳴の様な叫び声が聞こえた。
「ク、クレハ様。とても不味い事が起きました。」
「テスカトーレさん?不味い事って……」
尋常じゃない汗をかいたテスカトーレがバルコニーにやって来た。シャルが問いかけるとその後ろから見覚えのない女性が歩いて来た。
「初めまして、クレハさん……いいえ、『隠者』のシャルさん。」
その女性は落ち着いた声で自己紹介を始めた。シャルの正体を見破りつつ、
「私の名はヴィーネリア・F・カース。あそこで倒れている“ベルフェゴーレの妻”です。」
倒れていると言う言葉を聞いて彼女の後ろを見ると、倒れながらピクピクとしているベルフェゴーレが見えた。おそらく罰を受けたのだろう。そしてその様子を流しながら、ヴィーネリアは、
「シャルさん。お父様が……いえ。」
ヴィーネリアは言い直すと、
「ガングリフォン・D・イレスターが貴方に会いたがっています。」
淡々とシャルに告げた。