上陸、魔大陸!魔王と四魔公 5
「そういえばおじ様?この大陸では、四魔公という貴族が、おじ様を除くと一番偉いんですよね?何故四魔公ではなく、おじ様がキラードという貴族を諌めたんですか?」
シャルとベルフェゴーレは、キラードの父親であるデギードが住む屋敷へと向かっていた。その途中、ふと気になった事を聞いてみた。魔大陸で一番偉い存在が一人の貴族の息子を諌める為に、わざわざ出向くのが気になった。配下に任せるのが魔王らしかったので、
「ああ、たまたまここに息抜きに来ていてね。わざわざ呼ぶまでもないかと思って私が直接言ったんだ。四魔公は私の配下であり、魔大陸の統率を取る者達だ。ただ、全ての貴族達の状況を管理出来る訳ではないし、自由に行動させている。拘束するのは緊急時だけなんだ。」
「なるほど。」
偶然だった様だ。ベルフェゴーレは得意気にキラードを注意した時の事を話した。
「悪い事を考える貴族はどこにでもいる。キラードはまだ可愛い方さ、注意するだけで済むからね。」
「でも、あまり反省してなかったんですよね?」
「う、うん。」
話しを聞く限りでは、ただ注意を本人にしただけで、再発を防止する策を練っている様には見えなかった。なので、突っ込んで聞いてみたらベルフェゴーレは凄く動揺した。
「他の人には注意したって言っただけなんですか?」
「そうだね。私、魔王だし。流石に私に言われてまた同じ様な事をする魔族は見た事がないよ。」
「本当に?」
「……多分。」
どうやら魔王という地位に少しあぐらをかいていた様だ。注意するだけで全て解決するなら再発する様な事にはならない。シャルは少し呆れながら諭した。
「おじ様?そういう人は本人だけじゃなく、周りの人にも配慮しなきゃ駄目ですよ?魔王だから何とかなるとか考えていたら、すぐに調子に乗って同じ事を繰り返しますよ?」
「ご、ごめんなさい。」
一度悪い事をした者は、同じ事を繰り返す事がある。それを本人が制御出来ない場合は、周りが気遣う事で更正する事もある。今回は、ベルフェゴーレが注意しただけでそれ以降ほとんど何もしていない様だった。怒るシャルに押されながら、ベルフェゴーレは素直に謝った。
「……デギードに会いに行くか。」
「はい、行きましょう。」
少しへこんだベルフェゴーレと共に、デギードのいる屋敷へと向かう。
〜ウルフェン邸〜
二人が屋敷の前まで行くと、一人の門番が話し掛けて来た。
「ここへは何しに?」
「デギードに会いに来た。」
「冒険者が来るとは聞いていないが?」
警戒している様子だったので、ベルフェゴーレは変装を解いた。
フッ、
「私だと伝えれば問題無いだろう?」
「べ、ベルフェゴーレ様!?す、すぐにお取り次ぎ致します!!」
素顔を見た途端、態度の変わった門番はすぐに屋敷の中に入って行った。
「おじ様?変装の解き方慣れていませんか?もしかしてよくやりますか?」
「うん、驚くのが面白くてつい。」
「いたずら好きなんですね。」
物凄く楽しそうにやっていたのでもしやと思ったが、常習犯だった様だ。しばらくすると、使用人達が出迎えてくれたが、
「も、申し訳ございません!ベルフェゴーレ様!デギード様は今外出中でございまして……」
「外出中?何処に行ったんだ?」
どうやらデギードは外出中の様だった。ベルフェゴーレが行き先を尋ねるが、
「そ、それがメモを残していつの間にか出掛けられていた様で、『少し出掛ける。』としか……」
「う〜ん、こっそりと出掛けるとは……怪しいな。」
「怪しいですね。」
(庇っている訳でもなさそう。単独行動かしら?)
屋敷の者に内緒で行動するデギード、まだ何をしているかは分からないが、こそこそと行動してる辺りあまり良くない事をしていそうだ。二人がデギードについて悩んでいると、中から一人の女性が出て来た。
「ベルフェゴーレ様。」
「キシリアか。」
キシリアと呼ばれた女性は、オレンジ色の髪をしたショートヘアーの魔族だった。キシリアは深く頭を下げると、
「わざわざ訪ねていただいたのに、夫が留守で大変申し訳ございません。」
「いや、キシリアは悪くはないさ。こちらも突然訪ねて済まなかった。」
「いえいえ。」
お互いに謝りつつ、キシリアが 屋敷の方へ視線を送ると、
「今お茶をご用意致しますので、よろしければ上がっていって下さい。」
「ああ、そうするとしよう。」
キシリアの提案に乗ると、屋敷の中に入ろうとした。その時、キシリアがシャルの存在に気付いた。
「あら?そう言えばそちらの方は?」
首を傾げるキシリアに、シャルは挨拶をする。
「初めまして、おじ様がいつもお世話になっております。姪のクレハと申します。」
「?!ま、まぁ!?初めまして!私はキシリア・L・ウルフェン。デギードの妻です。」
物凄く驚きつつも、挨拶を交わすキシリア。ベルフェゴーレに顔を向けると、気になった事を尋ねた。
「アルメリア様以外に姪がいらしたのですか?」
「わ、訳ありでな。顔も見せる訳には行かないんだ。済まないな。」
「そ、そうですか。お気になさらないで下さい。」
これは深く聞いてはいけないのかと察したキシリアは、それ以上何も聞く事は無かった。とりあえずシャルとベルフェゴーレは、屋敷の中に入る事にした。
「ベルフェゴーレ様。今回来ていただいたのは、息子のキラードの事ですね?」
屋敷に入り応接間へと案内された二人。席に着き一息すると、キシリアの方から今回の要件を尋ね来た。
「ああ、あとデギードもな。」
「……夫もですか。」
ベルフェゴーレの言葉を聞くと、キシリアは暗い表情をした。気にはなったが、そのまま話を続けた。
「キラードが最近問題行動を起こしてるのは知っているな。」
「はい、私も注意しましたが聞く耳を持ちません。夫も注意はしていた様ですが……最近、こそこそと何かをしている様で……」
キラードに関しては、キシリアもデギードも注意はしていたそうだ。ただ、キシリアは、デギードの事も何か引っかかる事がある様で、素直に話した。
「ふーむ、心当りは?」
「いえ、それが全くなんです。少し不安になります。」
少しとは言っていたが、かなり不安になっている様子だった。夫婦仲は良いと聞いていたが、
「デギードも気になるが、まずはキラードか。」
「一緒に住まれている訳ではないんですね。」
「ええ、夫が所有する家に使用人と共に住んでいます。ベルフェゴーレ様に注意を受けた後は夫の仕事を手伝っていたのですが今は……」
デギードに関してはまだ詳細が分からない状況だった。なので、キラードをまず優先するべきだと判断した二人はキラードについて聞いた。
「居場所に心当りは?」
「最近この近辺にある酒場に入り浸っている様で。もしかしたら、この時間帯もいるかもしれません。」
「よし、すぐに向かうとしよう。邪魔したな、行こうクレハ。」
「はい、おじ様。」
二人はすぐにキラードの元へ行こうと立ち上がった。その様子を見てキシリアが慌ててベルフェゴーレに尋ねた。
「あの、息子はどうなるのでしょうか?」
「どうもしないさ。出方次第で対応は変わる。更正するなら良し、しないのなら城まで連れて行く。まぁ、悪いようにはしない。やり直すきっかけは与えるさ。」
ベルフェゴーレの言葉を聞いたキシリアは少し安心した様だ。息子のキラードの処遇について心配していたらしい。
「そうですか……キラードをよろしくお願い致します。」
「ああ、任せてくれ。」
ベルフェゴーレとシャルはルストの酒場へと向かった。
〜ルストの酒場〜
「おい、キラードの坊ちゃん。金は揃ったのかよ?」
「もう少し待って欲しい。必ず用意する。」
酒場の隅で、身なりの整った魔族と荒くれの魔族が金のやり取りをしていた。身なりの整った魔族は怯えた様子だが、真っ直ぐと荒くれの目を見て交渉していた。
「おいおい、こちとら慈善事業じゃねぇんだ。そもそも親の金をかっぱらえば済む話しだろ?」
「そ、そう思ったが、父上が大量に金を集めているみたいで、あまり用意が……」
「おいおい、だったら他から巻き上げれば良いって言ってるだろ?」
「そ、それが、上手くいかなくて……」
だが、どんどん状況が悪くなるに連れて身なりの整った魔族は視線を逸らした。それを見た荒くれの魔族は悪い笑みを浮かべて悪態をついた。
「はぁん?これだから親のすねをかじってる坊ちゃんは困るぜ。」
荒くれの魔族は、身なりの整った魔族に淡々と告げた。
「やれやれ。残念だが、時間切れだな。まぁ、お前さんには手は出さねぇ。変わりにあの娘を出しな。」
「ま、待ってくれ!必ず用意する!だからルノーには手を……」
バンッ!
「邪魔するぞ。」
その時、勢いよく扉を開けて魔族の男と、全身が黒のフード付きローブで隠れた者が入って来た。
(どうして勢いよく入ったのかしら?)
もちろんベルフェゴーレとシャルだが、何故かカッコつけて勢いよく入ったベルフェゴーレに首を傾げながらも付いて行った。
「ここにキラードという男が……なんだ。すぐに見付かったな。」
周りの視線を集める中、ベルフェゴーレはキラードを見付けた。一緒にいる荒くれの魔族を見て一瞬首を傾げたが、気にせずキラードの元へ歩いて来た。
「な、なんだあんたは。」
キラードは突然自分を訪ねてきた変装中のベルフェゴーレに対して疑問を投げかけたが、ベルフェゴーレが答える前に荒くれの魔族が割り込んだ。
「おいおい、今キラードの坊ちゃんは取り込み中だ。用なら後にしな。」
『訳ありか?』
『そうみたいですね。正体を明かしますか?』
『いや、変にこじらせてもしょうがない。まずは事情を探った方が良さそうだ。』
『分かりました。』
状況を見る限り、仲良が良いという感じでは無かった。ベルフェゴーレとシャルはとりあえず何が起きてるのか把握する為に少し会議し、ベルフェゴーレが荒くれ魔族に声を掛ける。
「そうか、それは済まなかったな。少し時間を潰す。空いたら教えてくれ。」
「お、おう……て、待て待て!取り込み中だって言っただろ!?店から出て行けよ!」
キラード達の近くの席に座り、時間を潰そうとするが、あまりにも近い位置に座るので荒くれ魔族が慌てて店の外に出る様に言った。
「なんだ?店から出る必要がある事をしてるのか?」
「やましい事は何もしてねぇよ!個人的な話だから聞かれたく無いだけだ!」
「ふ〜ん?まぁいい、外で待つ。用が終わったら声を掛けてくれ。」
気にはなったが、変に事を荒立ててもしょうがないので二人は外に出る事にした。二人が外に出ると、荒くれ魔族は安心し、キラードに二人について聞いた。
「なんなんだあの野郎は?おい、キラードの坊ちゃんよぉ、知り合いか?」
「い、いや初めて会った奴だ。」
「ちっ、別の奴か?まぁいい。おい、明日だ。」
「明日?」
「明日金を揃えてこい。それ以上は待たねぇ。いいな?」
「わ、わかった。」
「……あの二人は何者だ?今日は大人しくしといた方が良いな。」
荒くれ魔族は最後に一言呟くと、店から出て行った。
バンッ!
「おい、そこの二人。」
「うん?さっきの男か。」
「こっちの用は終わったぜ。じゃあな。」
荒くれ魔族は勢いよく扉を開けると、店の外にいたベルフェゴーレとシャルに声を掛けた。そしてそのまま立ち去ってしまった。
「なんだ、すぐに終わるなら中で待ってても良かったんじゃないか?」
「私達が来たから、早めに切り上げたんだと思いますよ?」
荒くれ魔族の後ろ姿を見ながら会話する二人、
「さてと、事情を聞きますか。」
「はい。」
キラードに詳しい話しを聞く為に、酒場に入って行った。
「改めて……キラードだな?」
「あ、あんた達は何者だ?」
酒場に入ると、隅の方でキラードは座っていた。ベルフェゴーレが声を掛けると、キラードは二人に素性を聞いた。
「俺達はお前の母親から依頼されて会いに来た冒険者だ。俺はゴーレ、こっちは姪のクレハだ。」
「冒険者?母上が冒険者を雇ったのか?なんでまた……」
母親が冒険者を雇った事に疑問を浮かべた様子だったが、ベルフェゴーレが理由を説明した。
「お前の素行が悪いと噂が立っていた。そしてその事実関係を調べる為に俺達は雇われた。ちなみに俺達も貴族だ。」
「……そうか。」
キラードは納得した様子で、深く腰掛けた。
「どうして他の人からお金を巻き上げようとしたの?」
「え?!……あ、ああいや、アイツから金を借りていて、返す当てが無くて……」
突然、美声のシャルに声を掛けられて驚くキラード、動揺しつつも素直に答えた。その時、酒場の店主がこちらを見ていたので、ベルフェゴーレがキラードについて聞いた。
「店主、こいつはよくここに?」
「は、はい。ただキラード様がお金を借りたのは……」
「お、おい!」
店主が何か言おうとすると、慌てた様子で言葉を遮るキラード。
「何か事情があるんだな?それを聞きたい。」
ベルフェゴーレが事情を聞こうとすると、
「キラード様は悪くありません。悪いのは私なんです。」
一人の女性が店の奥から出て来た。
「ルノー!?どうしてここに!?」
キラードにとって、ルノーという女性が居るのが予想外だったのだろう。かなり驚いた様子で立ち上がった。
「君は?」
「ルノーと申します。元々この酒場で働いていた者です。今日はキラード様が心配で、店の奥で待機しておりました。」
「……ルノー。」
ルノーはベルフェゴーレとシャルの方をみて、事情を話し始めた。
「キラード様は私の両親が残した借金を肩代わりして下さっていたのです。」
「「両親の残した借金?」」
その内容に二人は衝撃を受けた。
「両親は貴族でしたがお金の扱いが荒く、平民に落ちた後も色々な所からお金を借りて豪遊をしていたんです。」
ルノーの両親は相当贅沢な暮らしをしていた様だ。
「それは……いつからだ?」
「え?」
ベルフェゴーレは真剣な様子で聞いた。突然の質問に少し驚きつつ、ルノーは素直に答えた。
「魔王、ベルフェゴーレ様に注意を受ける前からです。莫大な額だった為、キラード様はかなり無理をされていたそうで。」
「……おじ様?」
「…………。」
ベルフェゴーレはかなり衝撃を受けてフリーズした様だ。シャルは声を掛けたが反応しないベルフェゴーレを一旦放置して、ルノーに話し掛けた。
「今度は私が事情をお聞きします。」
「?!あ、あなたは?」
「名をクレハ。おじ様の姪で同じ冒険者です。」
美声のクレハに声を掛けられ、驚きつつも互いに自己紹介をした。クレハ……シャルはルノーに質問をした。
「借金があると言っていましたが。」
「は、はい。莫大な借金があったんです。」
「いくらですか?」
シャルの問い掛けに、ルノーは顔を伏せて答えた。
「……金貨2000枚です。」
「き、金貨2000枚!?」
想像していたよりも多い額に驚くシャル。更に質問を続ける。
「貴方の両親は今どこに?」
「借金を返す当てが無く、取り立て先に連れて行かれて……それっきりです。後日、両親が亡くなった事を告げられました。」
「…………。」
ルノーは悲しそうに答え、話を続ける。
「その時に、両親が残した借金を全てとは言わないが返済してもらうと、突きつけられた額が……」
「……金貨2000枚。」
「……はい。」
親の借金を子供が背負う、当人からしたら不条理極まりない事ではある。
「各所から借りていたと聞きましたが?」
「どうやら、大元は同じ商会だった様で、取り立てに来たのは一つだけです……最初は待っていてくれました。酒場や他の所で働いて稼いだ額のほぼ全てを渡していました。けどある日……」
『残念だが時間切れだ。後はこっちで用意した場所で働いてもらう……一生な。』
「怖くなって抵抗しました。その時、キラード様が借金を肩代わりすると声を掛けて頂いて。」
「なるほど。」
シャルはキラードの方を一瞥し、ルノーに最後に質問する。
「貴方は今まで何を?」
「今はキラード様の屋敷で使用人として雇って頂いております。何もせずにいるのは非常に申し訳なくて……」
「事情は分かりました。おじ様?そろそろ動いて下さいね?」
「あ、ああ。大丈夫だ。」
シャルは、ようやく動き出したベルフェゴーレを見た後、キラードの方に声を掛けた。
「キラード様?」
「な、なんだ?」
「ルノーさんを守ろうと動いた事は素晴らしい事です。でも、彼女を救おうとする為にした行動は褒められたものではありません。どんな事情があったにしろ、他の者に迷惑を掛けた事には変わりはないですから。」
「……ああ。」
キラードは反省している様子だった。悪い事だという事は分かっていても、ルノーという女性を救う為に悪事にも手を染めたのだろう。責めはしたが、彼の為を思っての事である。
「おじ様、どうしますか?」
「そうだな、手を貸す以外に選択肢はないな。まずは、金を借りているのがどんな所か調べる必要がある。子に取り立てるのはどうかとは思うが、向こうにも言い分はあるとは思う。」
「そうですね。話を聞く限りでは相当待ってもらっているみたいですし、交渉は出来そうですね。」
「あ、ありがとうございます。」
「す、済まない。」
お礼と謝罪をするルノーとキラード。シャルとベルフェゴーレは取り立て先である商会へと向かう事にした。




