上陸、魔大陸!魔王と四魔公 4
「貴族の冒険者ですか?」
「ああ、ドラグニアから浸透したものだが、変に怪しまれる心配もいらないだろ?」
ある程度設定が決まった所で、ベルフェゴーレが提案してきた。貴族が冒険者になっているのは、ドラグニアが発祥らしいが、魔大陸でも珍しくないとの事。
「君の所作は綺麗過ぎる。只の冒険者の叔父と姪の関係では変に疑いの目を向けられる可能性が高い、貴族である事を明かさないとね。」
「分かりました。」
本当は元王女ではあるが、そこまでは流石に明かせないので、素直に頷く。
「そういえば、顔は見せる気は無いのかい?噂だと今まで誰も素顔を見た事がないとか。」
ベルフェは今まで気になっていた事を聞いた。単純にフードを被って外を歩いていただけかと思っていたが、全くフードを外す素ぶりを見せなかった事と、シャルの噂を思い出し、興味があった。
「はい、顔を見せないのは実家にバレたく無いので、それだけは絶対に避けたいんです。」
「一体君の実家って……」
「そう言えばおじ様?何処に向かいますか?」
なんだか話が横に逸れそうになったので、軌道修正をしようと、シャルの方から質問した。
「う、うんそうだね。近くにもう一つ大きな街があるんだ 。“ルスト”という街なんだけど、そこにまず向かいたい。友人がいるからね。」
「“ルスト”ですか、分かりました。」
こうして、方案が決まったシャルとベルフェゴーレは
馬車に乗ってルストの街に向かう事になった。
◆◆◆◆
「馬車で移動って、久しぶりな気がします。」
「そうなのかい?」
「はい、竜に乗ったり、走って行ったりとかの方が頻度が高いんです。」
馬車はベルフェゴーレが個人で借りて御者を務め、シャルはその後ろに座って話していた。ブルーマリンは、馬車や船の移動もあるが、走った方が速いから、ついつい走ってしまう。一応ぶつからない様に跳びながら走っているが、側から見たら怪奇現象だとフィーから聞いた。
「竜はともかく、走ってかい?どれぐらいの距離を走ったんだい?」
「う〜ん。ブルーマリンから山脈までって言ったら分かりますか?」
「え?それ馬車で相当掛かる距離だよね?時間掛かっただろ?」
「いえ、本気で移動したんでほんの数分何ですが。」
「君は噂通りの規格外の人間なのかな?あのオリビア君に勝っている時点で身体能力が高いとは思っていたけど。」
「どうなんでしょう?」
「首を傾げないで?普通じゃない事を自覚して?」
案外自分以外で、出来そうな人は沢山いそうであまり特別身体能力が高いとは思えなかった。
「しかし、一つ一つ自分の足で伝えて回るやり方は見直した方がいいな、効率が悪い。」
「結構やった後ですよね?」
一人で行動していた為か、シャルと話している中で自分のやっている事の効率の悪さに気付いたベルフェゴーレ。軽く突っ込みを入れるシャルに、少し照れながら頷く。
「まぁね。よくよく考えたら、もっといい手がある気がしてきた。」
「じゃあ、ルストの街にだけ寄って戻りますか?」
「そうしよう。城に戻ったらもう一度相談してみるよ。」
しばらく移動していると、街らしき建物が見えてきた。
「あ、見えてきました。」
「お、そうだね。あれが“ルスト”だ。」
「大きい?ですね。」
ブルーマリンが大都市なので、感覚がおかしくはなっているが、ルストの街もかなり大きかった。
「街に入った後、どうします?」
「まずは宿かな。一日この街で休みたいから、貴族御用達の宿に行って、部屋を確保しよう。」
「分かりました。」
門の前まで行くと、二人の門番の内一人が声を掛けてきた。
「身分証を」
「はい。」
「あ、私も。」
二人は冒険者証を門番に渡した。門番はそれをしっかりと確認すると、
「え〜と、Cランクの冒険者“クレハ様”と、“ゴーレ様”ですね?」
「ああ。」
「はい。」
「ようこそ“ルスト”へ。」
二人が考えた仮の名前を言って、通してくれた。シャルは門を通った後、ベルフェゴーレに小声で話し掛けた。
『即席で偽の身分証を作れるとは思いませんでした。』
『まぁ、万が一に備えて用意してたんだよ。この大陸の王だし。色々と融通が効くのさ。』
流石魔王ベルフェゴーレ。この大陸においては一番頼りになる存在である。
「そういえばさっき“様”付けで呼ばれましたね。あれは、どういう事ですか?」
「ああ、貴族である証明も付いた冒険者証を作ったんだ。そういうのを気にしない人もいるけど、貴族と分からなくて騒ぎになった事もあるから、一応そういうのを避ける為にね。」
どこの世界でも、身分によるトラブルはなくならない様だ。ベルフェゴーレは真剣な表情で少し語った。
「いくら種族間の差別がなくなったからと言って、完全にはなくならないんだ。必ず一人はそういう者が現れる。貴族の問題もそうさ。“黒の奇術師”も文献でその事は残していた。
ただ、そういう事を考えない人が多ければ、自然と感化され大人しくなる。差別が当たり前で無い事を魂に刻む気持ちで共有すれば悪い方向に行くのを自然と防げるらしい。」
「“集合的無意識”になる様にって事ですね。」
「ん?その言葉の意味は分からないが、まぁ、皆で共有するって事かな。」
二人で話しながら歩いていると、目的の宿に辿り着いた。
「さて、宿をとろうかクレハ。」
「はい!おじ様。」
「くぅ!?」
ギギィ〜、
「ご来店ありがとうございます。」
「一人部屋を二つ頼む。」
「かしこまりました。」
宿に入ると一人の青年が対応してくれた。そのまま受付をしてくれる様だ。貴族御用達だけあって清潔感溢れ、従業員達の動きも洗練されている。
「この後私は冒険者ギルドに行くが、クレハはどうする?」
「私も行きます。冒険者ギルドがどんな感じが気になりますから。」
「「「「「?!!」」」」」
ベルフェゴーレは何気なく問いかけて、シャルは答えていたが、周りの従業員達が一斉にシャルの声を聞いて振り向いた。これだけ大勢の人に反応されるとは思わなかったが、あまり気にしない事にした。
「そうか、別行動でも良いんだぞ?街は広い、宿は取ったし、ゆっくりしても……」
「え?でも、おじ様と一緒にいたいので……」
「ぐはぁ!?」
「おじ様!?」
「「「「「くはぁ!?」」」」」
「皆さん!?」
イビル・ナイトメアの事もあるので、いつでも対応出来るようにと思い、姪っ子を演じつつ答えるが、想像以上の破壊力にベルフェゴーレも含め、周りの従業員達にもダメージが入った。
「ほ、微笑ましいですね。」
「か、可愛いだろう。うちの姪なんだ。」
(だ、大丈夫かな?)
正直何が起こっているのか分からないシャルは首を傾げつつも、とりあえずベルフェゴーレを軽く介抱する。
「さて、荷物を置いたら出掛けようか。」
「はい!」
◆◆◆◆
「おじ様?あれは何ですか?」
「ああ、あれかい?あれはケンタウロスだね。ドラグニアは竜だが、この大陸ではケンタウロスが馬車を引いて移動するのが主流なんだ。」
「じゃあ、あれは?」
「【魔力ボード】だね。移動手段としてはあまり性能は高くないが、遊び道具としては人気の商品なんだ。」
「そうなんですね!じゃあ……」
(やっぱりその大陸オリジナルのものがあるのね。初めて観るものがいっぱいで楽しいわね。)
シャルはベルフェゴーレに気になった物を片っ端から聞いていった。側から見ると、仲の良い叔父と姪に見えるかもしれない。シャル本人は純粋に知らない物が多くただ聞いているだけなのだが、
「ク、クレハ。冒険者ギルドに着いたよ。」
「凄い……小さなお城みたいですね?」
おじ様呼びにまだ慣れていないベルフェゴーレ、何とか冒険者ギルドに前まで辿り着くと、シャルに声を掛けた。小さなお城の様な豪華な外観に驚きつつも、建物の中に入って行った。
ギギィ〜、カランカラン、
「中も広いですね!」
「ああ、部屋を区切らずに解放的に作ってあるんだ。思っているより綺麗だろう?」
シャルとベルフェゴーレが冒険者ギルドの中に入り和やかに会話していると、周りの冒険者達が興味深そうに視線を送って来た。いきなり入って来た顔は見えないが綺麗な声の女性と、渋い見た目の男。漂う雰囲気も高貴だった為余計に目立っていた。
受付の前まで行くと、一人の受付嬢が対応してくれた。
「少し良いかな?」
「はい承りま……!?。お、お久しぶりでございます。」
「ああ、彼に会えるかな?」
「は、はい、今お呼び致します。」
ベルフェゴーレの顔を見ると、受付嬢は驚いた表情をした後、奥の方へ走って行った。変装はしている筈だが、誰だか分かった様な雰囲気だった。
「顔見知りなんですか?」
「たまに遊びに来るからね。」
「なるほど。」
どうやら、変装後の顔も知っている人だったらしい。しばらくすると、先程の受付嬢が帰ってきた。
「お、お待たせ致しました。ご案内致します。」
受付嬢は緊張した様子で、シャルとベルフェゴーレに声を掛けた。
「行こうか。」
「はい!」
コンコン、
「ドロルさん。お連れしました。」
『おう、入れ。』
受付嬢が扉をノックすると、野太い男の声が聞こえた。中に入ると、ガタイの良いスキンヘッドの魔族の男がいた。
「……突然来るなよ。いつも連絡するだろ?」
「はっはっは……そうだったね。ごめん。」
物凄く困った表情をしながら、魔王に対して文句を言うドロルというギルドマスター。どうやら友人とは彼の様だ。親しく会話をする二人をみてシャルはそう思った。
「そちらのお嬢さんで良いのかな?誰なんだ?」
話が一区切りついた所で、ドロルがシャルの方を見た。シャルが挨拶をする前にベルフェゴーレが紹介をした。
「うちの姪なんだ。」
「まさか、アルメリア嬢か!?」
「いや、違うよ?あの子が一緒に来てくれる訳ないでしょ?」
ベルフェゴーレの言葉に驚いた表情で立ち上がるドロル。そしてドロルの言葉に何だか悲しいトーンで否定するベルフェゴーレ。若干挨拶をするタイミングを逃したので、シャルは困ってしまった。
「……えっと?」
「うん、クレハ。彼に自己紹介を。」
困ったまま、ベルフェゴーレを見ると自己紹介する様に促されたので、ドロルの前に立ち自己紹介を始めた。
「は、はい。初めまして。いつもおじ様がお世話になっております。姪のクレハと申します。よろしくお願い致します。」
「え?!えぇ?!…………ベルフェ、ちょっと来い。」
自己紹介をすると、ドロルがかなり驚いた表情をし、物凄い速さでベルフェゴーレを部屋の隅に連れて行った。
『おいおい、なんだあの礼儀正しくて綺麗な声した子は!?誰の隠し子だ!?ていうか、おじ様ってなんだ!?』
『う、う〜ん。詳しくは今は話せないんだけど訳ありでね。王都に一緒に帰る途中なんだ。』
『説明になってないんだが!?お前の所の一族であんな礼儀正しい子、初めて見たぞ!?あと、おじ様って言う子!!』
『深く聞かないでくれたまえ!時が来たら話すから!』
(……ここ、ひそひそ話には向いてない部屋だと思うんだけど。)
二人はひそひそと話している様だが、思いっきり聴こえていた。聴こえないフリをしながらも、二人が話し終わるの待った。少しして、ドロルがシャルに改めて話し掛けてきた。
「え〜と、クレハ様?で良いのか?」
「あ、クレハで大丈夫ですよ?今は貴族であっても冒険者でもありますから。変にかしこまられても困りますし。」
「じゃ、じゃあ。クレハ嬢と呼ぼう。俺はドロル、よろしくな。」
「はい!ドロルさん、よろしくお願いします!」
今までベルフェゴーレの家族は一体どんな応対をして来たのだろうと、ドロルの緊張した様子を見ながら思いつつも、元気に挨拶するシャル。自己紹介も終わり落ち着いた所で、ドロルが気になっていた事を聞いてきた。
「ここへは何しに来たんだ?」
「ああ、戦いの時が来た。」
「な!?」
真剣な表情でただ一言ベルフェゴーレが告げると、ドロルは驚きつつも悟った表情をした。すぐ体勢を整えると、改めて質問をした。
「何処まで伝わってる?」
「一つ一つ回っていたから、半分くらいかな?」
「なんでそんな回りくどい真似を……」
「まぁ、私も焦っていたのだよ。」
やはりベルフェゴーレの行っていた方法は効率が悪い様で、ドロルにも呆れられていた。
「で?クレハ嬢もこの話を聞いて大丈夫なのか?」
そういえばと、シャルの方を見て尋ねるドロル。魔剣の封印の話は一部の魔族にしか伝わっていない為、心配になって聞いて来たのだろう。
「ああ、むしろ彼女は一番の戦力になる。ガングリフォン様の次にね。」
「はぁ!?どういう事だ!?」
そこへ告げられた予想外の言葉に驚くドロル。理由を尋ねたが、ベルフェゴーレは首を横に振った。
「詳しくは話せないって言ったろ?とにかく、準備だけは進めてくれ。」
「はぁ……分かった。時が来たら話せよ?」
「ああ。」
納得がいかない表情をしながらも、渋々諦めるドロル。椅子に深く腰掛けた後、ある事を思い出し呟いた。
「しかし、そうなると解決しなきゃいけない問題があるな。」
「うん?何かあったのかい?」
解決しなければいけない問題。何かあったのだろうか?
「ある貴族の馬鹿息子が騒ぎを起こしているんだ。」
「それはまさか、デギードの息子か?」
「大当たり。」
貴族の馬鹿息子と聞いて、ベルフェゴーレがすぐに一人の魔族の名前を言った。どうやら、名前を覚えられるぐらいの人物らしい。ベルフェゴーレは呆れた様に呟いた。
「はぁ……大人しくなったと思えば。」
「お前が注意した後、ほんの一週間程でほぼ元通りだ。まぁ、今の所悪態をつくだけなんだが。」
「しょうがない奴だ。」
「……あの、おじ様?」
「な、なんだい?」
「デギード……様?というのは?」
突然声を掛けられて、少し驚きながら尋ねるベルフェゴーレ。シャルはこの辺りの事は全く分からないので、デギードという魔族がどんな人物なのかが気になった。
「ああ、この辺りで有名な貴族さ。デギードは金に煩いだけなんだが、その息子の“キラード”は悪知恵を働かせて、金を稼ごうとする悪ガキでね。行動が行き過ぎて、苦情が王都まで来たから直接諌めたんだ。」
「なるほど。」
話を聞く限りではお金に対してかなり執着のある家系の様だ。息子は悪い方に育ってしまったという事なのか、
「大人しくなったと思ったんだが……」
「お前に怒られた後も、反省しない胆力は凄い所だが、褒められたものではないな。」
再度呆れた表情をする二人、ベルフェゴーレはキラードの近況を聞いた。
「今、どんな被害が?」
「今の所、目に付いた奴から金を巻き上げようとしているな。怪我人もいなくて未遂に終わっているが、行動がどんどん大きくなっている。最初は、八つ当たりかと皆無視していたんだが、流石に見逃せなくなってきた。」
(……困った貴族ね。)
ただ騒がしいだけなら兎も角、他人に迷惑を掛ける様な事をし、更に行動が大胆になっているそうだ。誰かがもう一度しっかりと叱りつける必要があるのだろう。
「分かった。対応しよう。デギードはどうしているんだ?」
「……ああ、デギードもちょっとな。」
「なんだ?」
ベルフェゴーレがデギードの事を聞くと、どうやらデギードにも何かある様で、ドロルが苦い表情をしていた。
「最近妙な動きをしてるんだ。裏で大きな金が動いているらしんだが、何か良くない事をしているかもしれない。」
「デギードが?金に煩くても、悪巧みはしないと思っていたが……」
「俺もそう思っていた。だが、あまりにもコソコソしてるから怪しくてな。」
デギードに対しての信頼はある様だが、最近の行動に問題があるらしい、詳細は不明だがそちらも調査する必要がありそうだ。
「とにかく、頼んだ。キラードに関しては俺も一回話しに行ったんだが聞かなくてな。」
「分かった。俺が行けば流石に大人しくなるだろう。」
「私も行っても良いですか?」
「クレハも?」
「……ただ、話すだけだから、観光していても良いんだぞ?」
二人の話が一区切りつきそうな所で、シャルは同行したい事を告げた。ベルフェゴーレはシャルにはゆっくりしてもらおうと思っていたので断ろうとしたが、シャルは首を横に振った。
「私だけだと、知らない事が多いので、楽しめないかも……それに。」
(もしかしたら、イビル・ナイトメアの影響があるかもしれないし。)
そう、封印されているイビル・ナイトメアがどれだけの力を有しているか分からない状況、もしかしたら影響があるかもしれないのでゆっくり待つ事は出来なかった。ただそれを今告げる訳には行かないので、とりあえずそれっぽ理由を言ってみた。
「“おじ様と一緒に観光した方が楽しいから。”」
「「ぐはぁ!?」」
「え?え!?」
そして何気ない一言が、二人のおっさんの心に響いた。
「大丈夫ですか!?」
一体何が起きているかは分からないが、心配するシャル。二人は大丈夫だと言って、少し呼吸を整えた。そしてベルフェゴーレは頷くと、
「そうだな、一緒に来てくれるかい?」
「はい!おじ様!」
貴族の馬鹿息子“キラード”、その父親“デギード”。この二人の魔族の問題を解決する事になった。