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第8章 数日後 養子にされた どうしよう?

 あれから数日がたっていた。私の素性、そして、日本を調べるために骨を折ってくれた3者へのお礼状はもう出している。考えてみると、もう半月以上が過ぎているのだ。そして、あの後ディレイルが養子の件をアルフレッド閣下とバルバラ様に話してみると、なぜかすんなりと私を養女にすることにうなずいてしまった。そうなってみると、今度はバルバラ様から、“母上”か“母様”と呼ぶようにと言われてしまった。なぜかものすごく期待した瞳で。それに対してアルフレッド閣下の方は、本当の娘としてみてくれているかのようにニコニコしている。なので、

 「……ミレイ・イェツェール・ジェンティラス・ニシノ、本日このときより、父上とバルバラ様の養子とならせていただきます。……よろしくお願い致します。」

 と跪いて言った。アルフレッド閣下――改め、父上――は、そうか、と優しく笑んだ。が、バルバラ様――改め、母上――は不満そうな顔になって、

 「どうしてミレイは私を母と呼ばんのじゃ?」

 と、ぼやいた。……まさか、本当にそう呼んだときの反応が、とても恐ろしいものになりそうだから(別の意味で)とは、口が裂けても言えなかった。

 と、いうわけで、私は正式にアルフレッド閣下、バルバラ様の養女になり、ディレイルの義理の妹ということになった。いわゆる辺境伯令嬢、貴族令嬢、もっと分かりやすく言い換えれば、姫になってしまったわけだ。……ううむ、まさか、ただの女子高生だった私が、こんな転身をするなんて全く思っていなかった。

 ……まあ、とにかく、私としては、正式に身元が分かったし、住むところもきちんとこのネルブース城になったということで言うことはないのだが、しかし……

 ここの人たち、あまりにも簡単に人のこと信じすぎじゃないの!?現代日本にいたら間違いなくなりすまし詐欺にひっかかっていてもおかしくないくらいよ!!

 なんだか、ところ構わず叫び出したいような気持ちに襲われた。しかしそのまま叫ぶわけには当然いかない。不審者、狂人扱いされるのは目に見えているからだ。なので私は、城内の兵舎に行った。今日はディレイル――いや、兄上とした方がいいか――から、たまには休めと言われているので、1日自由なのだ。

 え?仮にもウェルディ州を統治する辺境伯の養女になっている私が、なんで兵舎に行くのかって?そんなことは決まりきったことじゃない、モヤモヤの発散兼武術鍛錬(あれ?これだと順番が逆か……まあいいや)のためだ。

 辺境伯宮殿を出る。朝食をとったばかりなので、まだまだ昼まで長い。今日はあいにくの曇り空だけれど、雨までは降りそうもない空模様だった。まだまだ春真っ盛りで、花壇、そして花壇以外の庭の端っこでもいろいろな花が見える。ただ、どこを見まわしてみても、桜がないのは残念だった。そうして、隣に建つ建物に入る。これが、ネルブース城、そして州都を守る兵舎その1だ。他にも城内に3つ同じくらいの兵舎があり、ネルブースの城下町にはこれがあと5つくらいあるのだそうだ。他にも城壁内の小部屋、州都内の住宅を州府で借り上げて居室を確保することで、12,000人の州都軍がそれぞれに分駐しているというわけだ。

 ……しかしまあ……、こうしていても環境の変化はまざまざと感じられる。まず、呼称が違う。この前までは、“ミレイ殿”だったのに、今では“ミレイ様”、“姫様”、“姫”と3種類になってしまった。けれども、私は何度も言うように、こうした扱いがどうにもこそばゆくなって仕方がない。なので、今まで通りにしてもらえるようにできないかと、兄様に相談しようかと思っている。

 現に今だって……

 「これはミレイ様、ご機嫌麗しゅう……」

 なんて衛兵さんが言ってくるので、それを何とかやめてもらえるようにと言ってから、中に入る。

 入ると、ちょうどいた15人くらいの兵士さんが一斉にこちらを見て、“今日もいらしたんですか”というように口角を持ち上げる。そして、訓練用の木刀を渡してから、目当ての人を呼び出してくれる。低く返事の声が聞こえ、奥から出てきたのは、今日の対戦相手(?)である。

 「……ミレイ様、本日お相手を務めさせていただく、州都軍城軍、第8歩兵隊所属、アルベルト・ツェリガーナと申します。」

 慇懃に言った。私も改めて名乗りを上げる。……何でも武術試合における作法なのだそうだ。

 “アルベルト”とはいっても、いつか、謁見の間をみせてくれて、同僚兵士さんから、“両手の花でいいな”と言われていた人ではない。この国ではアルベルト、およびそれに

類する名前アルバートとかアルベルトとかだは多いのだそうだ。そして外の演習場に出る。

 「お手柔らかに願いますよ、ミレイ様。」

 「それはこちらの台詞です。アルベルト様。」

 私たちのそんな様子を見たのか、ちょうど空いていたらしい兵士さんが集まってくる。お察しの通り、私はちょくちょく(とはいっても、あの“兄様”騒ぎの翌日からだけど……)武術鍛錬のために兵士さんと稽古として試合をしているのだ。始まりは、あのときライバル兼絶対負かせる宣言をしたディレイルになるべく負けたくないから稽古をつけてほしいと、州将軍のヴィルヘルム・レックサンさんに頼みに行ったのだ。そして、(仮にも)ウェルディ辺境伯の養女の頼みは断り切れなかったのか、とりあえずやってみたら、“大変に筋がよろしい”とほめられた。そして、“実践形式の試合で実力をおつけになられては”と言われて、今に至る。とりあえず、このネルブース城にいる歩兵第1隊からやっていこうとおもってやっていったら、なんと手加減してくれていただろうが、今日まで全戦全勝しているわけだ。そして、8回目の今日である。

 「では、はじめ!」

 審判役の兵士さんを中央にして、アルベルトさんと向かい合う。開始の合図と共に、私とアルベルトさんともに一気に間合いをつめていく。木刀同士が打ち合うと同時に、どちらからともなく離れる。と、すぐにアルベルトさんが様子を見る間もなく、第2撃を振るってくる。

 「くっ……」

 とっさに受けた。真剣だったら折れているだろうな……。ていうか、速いしなおかつ、重い剣戟だ。この人は……、今までやってきた人たちよりも強いな……、と私の(まだまだだけど)カンが言っていた。

 「ほほう……、私の剣をすぐに受けて止めるとは……。さすがにルースやカリム、フレデリックやテオらを負かした、というだけのことはありますね。」

 微笑みつつ、私が繰り出す剣を払い、いなしながら言う。しかし、その直後、微笑が消えた。……やばい、目が本気だ。

 「……ですが、いくら武門で名高きウェルディ辺境伯家の養女とはいえ、我ら州都兵が連日連続で負けるのはよしとするわけにいきませんのでね……。それに私も、閣下より歩兵第8隊の隊長を任命されました身。……ミレイ様、本気でいかせてもらいますよ!」

 ……オイオイ!さっきの台詞は何だったんだよ!社交辞令か!社交辞令なのか!にしてもタチの悪い社交辞令だなオイ!……てしかも隊長かよ!それなら強いのも納得……ってそうじゃなくてさっき州都軍城軍、第8歩兵隊所属としか言っていなかったじゃないか!……でも隊長でも所属だよねコンチクショー!とツッコムすきすらも与えず、連続でさらに突き、斬撃、なぎ払いを見舞ってくる。私は反撃の機も見いだせず、ただ受け、流し、よけているだけだ。ときどき重い剣に手がジンとしびれた。明らかに、今は私が不利になっていた。

 「くっ……ええーい!」

 思い切り木刀を振るって、さらにもう一撃と振り下ろしてきたアルベルトさんのそれを払いのける。今までよけたりするしかできていなかった私のこの行動に驚いたのか、アルベルトさんは目をくっと見開いた。ぱっとその場が止まる。しばらく私たちはそれぞれの構えで様子を見合っている。私はいわゆる剣道でいう正眼の構えだ。けれども彼の構えは……。切っ先は私の方に向いているのだけれど、柄は両手で巻き込むように握っていて、胸のところに引き寄せたようになっている。……な、なんなの、この構えは……?

 私はもう肩で息をしているが、対するアルベルトさんの方は全く疲れた様子がない。……さすがはプロね……、考えている間にも、その空間のバランスを打ち壊して私はうちかかる。アルベルトさんもさっきの妙な構えをすぐに解いて、余裕で受け止めながら言う。

 「いかがなさいました、ミレイ様?以前の方が剣筋が良かったように見えましたが……。……ははあ、分かりました。」

 やばい……、疲れてきたのが分かっちゃったかなあ……。「……なるほど、ルース、カリム、フレデリック、テオらはいいとして、私相手では一向に本気になれない、ということですね?」

 ……ち、ちっがあああああーーーーああああう!!!!!!!私はそう言いたかったが、彼がさらに続けたのでできなかった。

 「……クックック……、この私も、ずいぶんと見下げられたものですね。では、そんなことを2度と思えないように、こちらも本気でいくとしましょう。」

 ……な、何か口調が某戦闘力がインフレしまくる戦闘アニメの有名悪役、あるいは某RPGの父親の敵みたいになっているんだけど。言葉通り、さらにアルベルトさんは本気になって打ちかかってきた。うう……こうなったら仕方ない。もう体力はほとんど残ってないけど、最後まで使い切ってやろうじゃない!

 それからうちこんでいった私の剣に、アルベルトさんは目を丸くし、ついで微笑んだ。

 「……昨日拝見した剣筋と同じになりましたね。これでいよいよ本気になれるというものです。」

 ……へ?あ、あれ、さっきまでの“本気”は“本気”じゃあなかったってこと?だってさっき、

 「本気でいかせてもらいますよ!」

 とか、「こちらも本気でいくとしましょう。」

 とかいってたくせに……。……て、わわ!さっきと本当に段違いだよ、てかこの人どーなってんだ!?

 そんなことを考えながらいなしていると、アルベルトさんがさっきまでとは段違いの剣を繰り出してきた。なので、考えることはしばしやめ、試合に私は集中した。


 そして、数分後――

 「そこまで!」

 制止の声が響いた。私はおろか、アルベルトさんまでも肩で息をしていた。私は立っているのにも耐えられずに、ごろんと地面に寝っ転がった。肝心の試合結果だが、私の木刀がはじき飛ばされて、負けてしまった。

 「これで……ハアハア、我が州都……軍の面目は保ち……ましたよ。」

 アルベルトさんがそう言って片手を差し出す。……やっぱり寝っ転がるのは不躾だったかと思いながら、その手をとり、あぐらをかいた。まだ夏にもなっていないのに(聞いたらまだ春、暦では始月というらしい)、頬に一筋汗が流れている。私は袖で乱暴に汗をぬぐった。

 「しばらくここから動ける気がしません……。」

 「それは私も同じことです。同僚との訓練以外で、本気を出したのは久々でしたからね。まあ、ここ半年くらいは変事もありませんでしたから、出す時自体もなかったんですけどね。」

 「ここ半年?」

 「ああ……、ミレイ様はご存じありませんでしたか……。去年の今ごろというのは、こんなにのんきにしていられなかったのですよ。……王府で、王位争いがありましてね、それが全国に波及したんです。幸いここウェルディ州はさして戦場にもならず、あまりひどい荒廃は被らなかったんです。ただ、他州――例えば、この東隣のリンディラン州、または南部のイサベリューク州――への援軍、さらには、いつ来るか分からない敵への備えで大変でした。」

 アルベルトさんの言葉に、周りにいる兵士さんたちもうなずいている。「アルフレッド閣下も、その時は兵を率いて援軍にもでていらしたのですがね。そのころから急に体調が悪くなってしまわれて……。」

 それを聞いて、私の中で、もう1つの魂が泣いていた。ということは、国王陛下はもう崩御されたのだと……。そしてここも、ほんの少し前までは、戦場になる可能性があって、また荒廃していたことも、この時に知ったのだから。

 すると、いつの間にいたのか、ディレイルがやってきて、

 「ミレイ、今日1日休んでいるところ悪いが午後、お前を連れて出かける。昼食をとったら、前宮殿の正面入り口を出たところで待っていろ。」

 と、言った。私はうなずき、アルベルトさんに礼を言い戻ることにした。「あ、そうだ。それからな、今日の昼食は、辺境伯宮殿の方でとるといい。父上と母上と一緒にな。まあ、これから出かけるというときに当たってしまっても困るからな。」

 と、追いかけるように聞こえてきたディレイルの言葉にもうなずいた。


 ところかわってここはウェルディ辺境伯、アルフレッドの部屋――

 「フフフ……」

 「ん?どうしたんだ、バルバラ?」

 クスクス笑いをする妻に、辺境伯は目を細めて聞いた。……こうしていると、出会ったころに戻ったような気がするな……、と、心の中で思っていた。

 「たいしたことないのよ、アルフレッド。ただ、懐かしいものをさっき見てね……。」

 「ほう、“懐かしいもの”かい?」

 「ええ、“ミレイ”が、兵と剣稽古を、ね。」

 辺境伯は斜め上を向く。

 「“ミレイ”か……。そういえば、10年以上前にも、ミレイがやっていたか……。それに、今のミレイも、初めて見たときから、できるかとは思っておった。……で、結果はどうだったのだ?」

 「最初は何とか相手の剣を防いだりいなしていたりだったけど、最後に弾き飛ばされて負けちゃってたわね。」

 アルフレッドはそれを聞いて、得意げに鼻を鳴らした。

 「フッ……。それは当然なことだ。我がウェルディ州軍は、王府のあるシュライフ州軍に次いで、質、量共に優れたものをもっているのだ。そうそう負けてたまるものか。」

 「でも、ここ1週間くらいやっていたようだけど、その時はあの子が全戦全勝だったみたいよ。まあ、どのくらいできるかが分からなかったってのもあるでしょうけど、軍中でものすごい評判になっているようよ。」

 この妻の言葉を聞いてアルフレッドは、信じられない、という顔になった。第一、そんな話は今初めて聞いたことだし、それに、ミレイ相手で……ま、負けた……だと?下官を呼ぶと、

 「ミレイに負けた部隊は念入りに再訓練させ、対戦した当人は後日彼女と再勝負させるように。」

 と、命じてしまった。

 「かしこまりまして。」

 一礼して下官が下がる。それを見ていたバルバラは、……おやまあ……と、言いたげだ。アルフレッドが、面白くなさそうにしているのが、かれこれ40年ほどのつきあいのおかげで、たとえ顔を背けていても分かってしまうのだ。そして、バルバラには、この長いつきあいの中で、自分の愛する夫が実は、とんでもなく負けず嫌いであり、それがたとえ義理の娘であっても同じだということも知っているのだ。

 「あなた……まさか、義理の娘のミレイに自慢の兵士が負けて、悔しいというような、どうしようもなく子どもっぽい気持ちなんじゃないでしょうね?」

 辺境伯は目をジトーとさせて聞く妻に向き直り、

 「ああ」

 答えは直球だった。「いくら義理の娘といえど、我がウェルディ州、ひいてはこのブルグリット王国を守らねばならぬはずの兵士が負けてしまっては、何にもならんではないか。我が軍は、初代大陛下の御代より、数だけではなく、勇猛さ、戦場での強さをも強みとしてきたのだ。それを、たかだか17になるかならんかという娘に負けるというのは……。悔しいというものだろう?このまま負け続けるようなら、州都軍だけでも全軍再訓練させる必要があるな。」

 とまで言い出してしまったのには、さすがのバルバラも呆れてしまった。そこに、昼を知らせる鐘が鳴り、同時に昼食が運ばれてくる。……アルフレッドのと、自分のと……?

 「もう1つあるけど?」

 「は、ディレイル様の言いつけにより、ここでミレイ様もご一緒するように、とのことでお運び致しました。」

 夫妻は当惑しきった顔で見合う。

 「あ、ああ、分かったわ。後のことはいいから、私がやるわ。終わったらまた呼ぶから下がっていいわよ。」

 さらに一層かしこまって一礼してから下官は退室した。……多分ミレイは今ごろ着替えているころだろう……。昼食ののった車を押しながら、

 「アルフレッド、ミレイの前ではそんな顔をしないでね。」

 と、釘を刺すのを忘れなかった。

 「わ……分かっておる。ミレイには、1週間の勝利と、今日の健闘を、きちんとねぎらうつもりだ。」

 と、憮然としてアルフレッドは答えた。


 お昼を告げる鐘が鳴ってからしばらくして、私は父上と母上の待つ部屋に入った。入ってから跪いて礼をしようとしたけど、その前にバルバラ様の強い視線にあってしまい、立礼にとどめるしかなかった。もうすでに、テーブルには3人分の昼食がのせてあり、席には2人もついていた。

 「今日の昼は、兄上の仰せで、父上、母上とご一緒することになりました。」

 それを聞いた2人の反応は、全く違ったものになった。アルフレッド様――もとい、父上――は、うむとうなずくと、ニコニコ笑っていた。その様子は実に安心できるものだった。しかしバルバラ様――もとい、母上――は、ガタリと立ち上がると、ツカツカと急ぎ目に私に歩み寄り、いきなり両手をガシッと握りしめた。

 「ミレイ、ようやっと、私のことを“母上”と呼んでくれたの!」

 と、言った。さらに、ぎゅうっと抱きしめられた。私ははっきり言って、驚いてしまった。え?そ、そんなに嬉しいのか、私に“母上”と呼ばれることが……。……てか、苦しい……。

 しかしそれには一切構わず(ひどっ!)母上は続ける。

 「なぜかはどうにも――多分、同じ名前、年、髪、目の色、その他諸々といったところだと思うのだけど――分からないんだけど、まあ、そういうものがあって、死んだ娘に言われているように思えてね。」

 ギクッ!……一瞬肩が震えたように思ったけど、微笑ましげに見ている父上はおろか、抱きしめている母上にも気づかれてはいないようだった。魂だけは“ミレイ”が入っていることは内緒にしておこうと、あのときディレイルとシエラとで決めたのだ。いきなりそういうことを言ってしまったら、おかしいと思われるに決まっているからだ。それに、父上と母上は、実際に“ミレイ”を亡くしている。そんな2人に、今この中に“(ミレイ)”がいますなどと、言えない。言えるわけがない。

 それから少しして、やっと母上から解放された私は、昼食の席に着いた。今日の昼は、サラダと、簡単に食べられるように、サンドイッチのようなものになっている。

 「それじゃあ、食べるとしよう。」

 父上の号令で、私たちは食べ始めた。

 水が入ったピッチャーが、ちょうど私の目の前にあったので、父上と母上のコップの水が少なくなったのを見ると注ぎ足していく。そうしていると、父上がじっと私を見ているのに気がついた。

 「……いかがなさいましたか、父上?」

 「ん?いや、お前を見ていると、死んだ娘を思い出してね……。」

 「……とんでもありません。」

 私は辛うじてそれだけを言う。さらに続ける。「私とミレイ様とで似たところはといえば、髪や目の色、名前、歳くらいのものです。……私についてくれているシエラにも言ったことがあるんですが、私とミレイ様が似ている、なんて、亡くなられたミレイ様に失礼というものです。」

 「でもねえ……、今までのミレイ、あなたの動きなんかを見ていると、本当に、死んだ娘を思い出すのよ。そうよね、アルフレッド?」

 「ああ」

 そうして2人してまたじっと私を見ている。私は水を飲むことで2人の視線から逃げていた。……これ以上2人の視線と向かい合っていたら、本当のことを言ってしまいそうだったから。

 「……と、とにかく、私とその亡くなられたミレイ様とは全くの別人ですから。お2人のご期待に応えられなくてなんなんですが。……それに、私の方が困ってしまいます。」

 と、私は言っていた。「そうでしょう?確かに、私と“ミレイ様”は名前も、その綴りも同じです。また、歳も、髪と目の色も同じです。けれども、私とミレイ様とは、全く別の人間なんです。いくら似ている――実際に私も、あの肖像画を見てとても驚きましたけど。私の小さいころにそっくりだと――とはいってもそれは……、他人のそら似にしか過ぎません。」

 ……

 私ははっきり言って、辛かった。言えるものならはっきりと言いたかった。そう……“いえるものなら”だ。私の魂は、“ミレイ”のものだと。お2人の亡くなった娘のものだと。まったくの純粋な気持ちで、“父上、母上”と呼びたかった。……けれどもそれは、ずっと叶うことのないものだと分かっていた。分かってはいたが、実の両親を欺くのは辛かった。

 「そうか……ねえ?バルバラ?」

 父上は母上に言う。母上はうなずいている。ある意味の追及も終わったようだ。私は、食べながら、今ごろ前宮殿で起きているであろう惨状を思っていた。あれから何日もたったけれど、私はもう5回、気絶するという憂き目を見ている。しかし、兄上が言うところだと、私は結構気絶してから復活するまでが早いほうらしい。そんなことを思ったところで、前々から気になっていたことを、今ここで言ってみることにする。水を一口のみ、

 「あの……前宮殿の料理担当官なんですが……。」

 と、言ってみた。2人は思い当たることがあるのか(当然だろうけど……)、当惑しきった顔をする。

 「……何とかすることはできないですか?……ほら、父上は辺境伯ですし、そこで、こうちょこちょこっと。」

 「うん……まあ、やってみることにしよう。」

 父上はうなずいたが、すぐにこう付け加えた。「ただし、その代わりの者を見つけなければならないよ、ミレイ。」

 と。

 「担当官は何人いるのですか?」

 「んー、確か、21人だ。お前は知っているかは分からんが、そのまずい料理を作るのは、そのトップの人なんだよ。だから、作るだけではなく、他の人まで采配しなければならない立場だからな、そうそう適任者はいないんだ。」

 「料理はどうやって決めているのですか?」

 「毎日トップが決めている。……正確には、前の日の昼食の時間帯が終わった後、明日はこれこれこういうものを作るから材料を用意しておくようにさせているようだな。で、作ったことがないものについては、1度作ってこういうものだとみせるそうだ。」

 「差し出がましいかもしれませんが、私がやりましょうか?」

 これには、父上母上の2人とも驚いていた。……今何を言ったんだ、この娘は?……という顔をしている。

 「まあ、これは兄上の許しが必要ですが。」

 「そうだな。」

 いきなり後ろで声がした。2人はドアの方を向いていたので、もう分かっていたようだ。一方の背を向けて座っていた私はびっくりした。パッと振り向くと、当の兄上がいた。兄上は苦々しげな顔を隠しもせずに

 「……確かにな。あの料理には正直閉口していた。仕事の能率は下がってしまうし、何より、防衛戦力も落ちてしまうからな。だが、すぐに代えるわけにはいかない。こうまで言うからには大丈夫なんだろうが、一応、お前の実力を確かめさせてもらうぞ。今日の辺境伯宮殿の夕食は、お前が作るんだ。人数は、ミレイ、俺、そして父上母上に、そして、味見役として、辺境伯宮殿料理担当官長と、前宮殿料理担当官の1人、計6人だ。それでうまければ、官長をお前に代えることにする。」

 私はその人数に少し驚いたが、すぐにうなずいた。6人程度でびびっていたら、この州都で働く州官州武官の食事なんて作れっこない。

 「お前の料理の腕、今日の夕食にてとくとみせてもらおう。」

 「楽しみにしているよ、ミレイ。」

 「私もよ。」

 最初から兄上、父上、母上の言葉だ。

 「ああそうだ。1人忘れていた。」

 兄上が出際に言った。「7人だ。あとシエラも加える。」

 私はまたうなずいた。同時に頭の中でシエラが、

 私を忘れるなんてひどすぎです!ディレイル様!

 と叫んでいるのが容易に想像できた。


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