表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第5章 邸内は 珍品奇品で いっぱいだ

 辺境伯の本城からは、ものの10分くらいだっただろうか。私たち3人を乗せた馬車は、ネルブース・ギルド総元締の屋敷へ入った。ドアが開いて降りてみると、すぐに豪壮な邸宅が目に飛び込んできた。屋敷は2階建てで、見たところすべての部屋にバルコニーがあって、その手すりには、細かい飾り彫刻が施されているのが見える。庭を見回すと、至る所に彫像がおかれている。

 「……す、すごい豪邸よね。」

 私が小さく言うと、ディレイルがうなずく。

 「ああ。ネルブースの城下町では、1番の豪邸だな。さすがに、このネルブース、ひいてはウェルディの商工業のトップの屋敷ともなると……っていう感じだよな。」

 と、答える。そんな私たちのところに、初老と見える男の人が近づいてきた。

 「ディレイル・イェツェール・ジェンティラス様と、そのおつきのシエラ・ウルジー殿、そして……失礼ですが、そちらの方は?」

 「ああ、昨日から俺付きになっている、ミレイ・イェツェール・ジェンティラス・ニシノだ。」

 ディレイルに紹介され、私は頭を下げる。男の人は頭を下げ、

 「私は当家家司、マティアス・ルグハルトと申します。当邸の主、ガブリエル・マルケサスは、獅吼の間にてお待ちです。どうぞ、こちらに。」

 そう言って、マティアスさんが先導する。案内に従って邸内に入ると、またものすごい品々が私の目を引いた。壁には、ちょうどいい間隔で絵画が並んでいるし、廊下には、少し疲れたかなと思ったところに椅子がおかれている。さらには壺とか、鎧、剣などがおかれていた。そのどれもこっていて、細かい装飾がされているものだった。思わず立ち止まり見とれてしまいそうだった。

 大階段を上がり、2階に行く。正面に大きなドアがあった。どうもそこが、ガブリエルさんが待っている、“獅吼の間”であるらしい。私たち3人がきちんとそろっているのを確認してからドアを開けてくれる。ディレイル、私、シエラの順ではいる。

 「……ウェルディ辺境伯補佐、ディレイル・イェツェール・ジェンティラスだ。貴殿は、ネルブース・ギルド総元締、ガブリエル・マルケサス殿か?」

 ディレイルの問いかけに、正面に座っている男の人――50代初めくらいかな、がっしりとした体躯で、風格漂う人だ。商人というより軍人をやらせた方がしっくりくるな――は、重々しくうなずいた。

 「いかにも、その通りです。私が、ネルブース・ギルド総元締、ガブリエル・マルケサスです。……さて、ディレイル殿、我々商人というものはすぐに用件に入るものでしてね、このようなところまでおいでなさったのは、ずばり、“黒獅子党”対策についてということですかな。」

 「その通りだ。州府としても、今までの乱暴狼藉を見過ごせなくなってきたのでな、今までのような巡回、仲裁だけではなく、奴らを徹底的につぶしたいと考えている。そこで、あなた方ギルドの協力も得たいと思っているのだ。そのことについて、前々から……3週間程前からその旨書簡を送っているのだが、どうしたわけか、今まで何の返答もなかった。……そちらの考えを問いたいと思い、こうしてきたというわけだ。」

 1つうなずいて言ったディレイルの言葉には、ほとんど謙譲、尊敬表現がなかった。……さすがに次期領主、しかし総元締の答えも、ふるっていた。

 「……今までは、様子見をしていたのですよ。」

 「“様子見”……ですか?」

 私は思わず口を出していた。「……ええ?しかし、“黒獅子党”は、このネルブースに住んでいる人だけではなくて、商人や職人の人まで襲っているんですよね?ギルドはそういった人をとりまとめるためにあるんですよね?それなのに、“様子見”って放置していることになりますよね。それはおかしいです。」

 シエラもうなずいている。しかしガブリエルさんは顔色1つ変えず、

 「その、“襲われた商人や職人”の方々について、ミレイ殿といいましたか、あなたがご存じではないことがあるようですので、お教えします。その、“襲われた商人、職人”というのは全員、我がギルドに届けをしていない者でした。むしろ、我々としては、届けをしていない者をこらしめてくれる“黒獅子党”に感心していたところです。」

 「なっ……」

 私と、シエラの声が重なった。しかし、ディレイルは何の反応も示さなかった。どころか、うなずいた。そして彼は数日の中で初めて見聞きする表情、声で言う。

 「そうだな。確かにギルドに届けをしていなかった者が勝手にこのネルブースの中で商業、職人活動をし、その結果偶然にも“黒獅子党”に襲われたとしても、何の同情できるところはないな。そういった無届けの連中は、基本的に人頭税だけで、利益税など払わない。この州にきちんとした収入が入ってくるのは、職人、商人をとりまとめ、そこからの利益税をきちんと入れてくれるギルドがあるからだ。……しかし、関係のない州都民が襲われている、このことを考えてほしいものだな。」

 と。こちらもひどい台詞だ。私は思わず、

 「ちょっとディレイル!州の役割って何なのよ!そこに住んだり、仕事をしている人を守るのが州の仕事なんじゃないの!無届けでなおかつ利益税を払わないから助けないってどういう了見よ!?」

 言ってしまっていた。さらにディレイルとガブリエルさんに詰め寄っていく。シエラが、おさえて……、と言いたげに背に手をやっている。

 「元締め、何やらすごい声が……。」

 そのとき、20代半ばくらいの女の人が入ってきた。短い紺色の髪、同じ色の瞳に片眼鏡、割とかわいい系の顔立ちだ。ただし、160センチくらいの体はゆったりとしたローブに包んでしまっているので、詳しい体格は分からない。手にはたくさんの書類を持っている。多分、陳情書のたぐいだろう。ディレイルがその女の人に反応した。

 「あ、お前は、この前案内してくれた……。」

 「これはディレイル様。先日におきましては何も申し上げませんで、大変に失礼を致しました。私は、ネルブース・ギルド総元締、ガブリエル・マルケサスの娘、ネルブース北部ギルド元締を務めております、メディナ・マルケサスと申します。」

 そばのテーブルに書簡を置いてから、優雅に拱手の礼をとった。

 「……ディレイル殿は、娘とはお知り合いでしたか……。」

 見ていたガブリエルさんが言う。

 「まあ、このミレイと初めて会ったときに、こいつと“黒獅子党”とのけんかの現場まで案内してもらっただけなんだが。」

 「そうですか……。」

 と、総元締は言ってから、「ああ、メディナ、なんでもない。少し議論が白熱していただけだ。と、そうそう。領主補佐は、軍面においての決定権はないように聞いておりますが?大丈夫なのですか、ここまでやってしまって……。」

 と、聞いてきた。ディレイルはうなずく。

 「全く、問題ない。この“黒獅子党”に関する諸々の問題については、父辺境伯より白紙委任状を受けているためだ。さらに、このネルブースの警備、巡回云々についても、それをもらっている。これが、その委任状だ。」

 と言って、ポケットから無造作に書類を2枚取り出した。それらを、ガブリエルさんの方に押しやる。総元締は同じように無造作に受け取り、子細に文面を調べている。

 「……なるほど……。確かに、アルフレッド閣下が命令書等に使っていらっしゃる紙、インク、印のようですな。……と、先ほどからディレイル殿、おっしゃっていることからしますと、今後の州都警衛は、州府の管理下に置く、ということになるかと思うのですが、そこは、いかがです?ギルドはどのような立場になるのでしょうか?」

 「最初の質問に答えれば、その通り。州府の内部でも、州都の警衛は、州府で行う方がよいということになった。そして、今後のギルドの立場ということだが、それも変わらないといっておく。普段から行っているギルド私兵による巡回も止めなくてよい。そして、いざというときに州府には協力してほしい。」

 さらに、「そうしてもらう代わり、こちらも、ギルドに対して優遇策を考えている。まず、ギルドに届けせずに州都内で活動している商工業者に対して、もっと厳しく取り締まってもよいということにしよう。これは、元々からのギルドの役割だ。しかし、それを完全にギルドの管轄ということにしよう。これでいかがか?……ギルド側にとっても悪くないと思うが?こちらとしてもギルドを介して安定した税収が入ることになる。」

 とも言った。……ね、ねえディレイル……。それってめちゃくちゃ閉鎖経済にならないかなあ……。と、私は思った。経済を活性化させるには、自由な経済活動が大事じゃないのかなあ……。

 「ただし、こうしてしまう以上、ギルドに入りやすくしなくてはならない。故に、年金は、もう少し下げてほしい。今までは年に10万ゲルド、加入時に1万ゲルドであるが、加入時の金額は変えないが、年金はせいぜい半分の、5万ゲルドにしていただきたい。」

 「そんなにですか。」

 「あらあ、こちらが調べさせていただいた情報によりますとぉ、かなりの余剰金が出ているということなんですがねぇ~。」

 驚くガブリエルさんに、シエラが妙に間延びした声で言う。さらに、いつの間にか眼鏡などかけている。それはとてもよく似合っていたが、続く言葉がえげつなかった。

 「10万ゲルドの年金、そして、加入業者はざっと1万ほど。軽く10億ゲルドを超えるお金が入ってくるはずですよ。これが5万になっても、5億ゲルドも入ってくる。これで、ギルドの運営がつかないとでも……、おっしゃるつもりなんですか?」

 ニッコリ笑って聞いてくる。……ていうか、シエラ、怖い。

 「……」

 ガブリエルさんは黙り込んでいる。

 「それに……、」

 差し出がましいと思ったが、私はいう。「……人々を守る力があるのに、それを使わないのは、おかしいことだと思うんです。そして、ここに住んでいる人々の生活が危なくなったら、そういう力を持つ人が動かなければならないとも思うんです。それもすぐに。そうでなかったら、住んでいる人は、どうしたらいいのか、誰を頼ったらいいのか、分からなくなってしまいます。」

 「ミレイ殿……。」

 ガブリエルさんが静かに言う。「……あなたの言葉は、とても甘いですな。……それは、あくまでも理想論です。しかし、その理想論こそがとても大切である……。そのことを忘れておりました。分かりました。このたびのこの件、我がギルドでも全面的に協力いたしましょうぞ。」

 「感謝する。」

 ディレイルが短くいって、細かいところの打ち合わせになった。私とシエラは、そんなところに立っていても退屈だろう、というディレイルの言葉を受けて、部屋を出て、この屋敷を見せてもらうことになった。案内役で、メディナさんにも来てもらっている。

 「……何とかまとまったみたいで、よかったです。」

 私はいう。メディナさんがうなずく。

 「ええ、そうですね。……けど、あなたの言葉が一番父には効いたみたいですよ。……というのも、祖父が亡くなって、家業を継ぐまで、州の武官をしていたんです。それも、州都軍の歩兵隊長をしていたんです。」

 意外なガブリエルさんの経歴を知って、驚いた。でもなんとなく納得できるところもある。最初の印象は、間違っていなかったということだ。シエラに聞くように見る。彼女がうなずく。

 「そうですね……。確か、ほんの5年ほど前までやっていたみたいです。父からも聞いていますから。……“よく部下の歩兵をまとめてくれる者だったのに……やめるなんて……”と言っていました。」

 「そうだったのですか……。あ、そうでした、シエラ殿のお父上は、副兵士長でしたね。」

 と、メディナさんが微笑みながら言う。私は話題を変える。

 「それにしても、メディナさんは大変ですね。そんな歳で、1つのギルドの元締なんて……。」

 「あら、ミレイ殿、そうでもないんですよ。たいていのことは部下の者たちがやってしまいますので。それに、仕事にしても、基本的にまっとうな商売が成立しているかを見張っているだけなんですから。相場よりやたらと外れていない限り、出張ることはないんですよ。」

 そう話したところで、中庭に出る。外に置かれた椅子に座ると、ここで働いているらしい人が飲み物とお菓子を持ってきてくれた。それからは3人でお茶飲み会となった。空はこれ以上ないくらいの青空で、風もそよそよと吹き、暖かく、庭にはいろいろな花が咲いていて、まさにお茶のみ日和だった。

 「はあ~……。」

 一口飲んでから、私は息をついた。「……でもここって、本当にすごいですね。中も外も……。私さっきから目が奪われっぱなしなんです。」

 と言うと、メディナさんがクスリ、と笑う。

 「あらあら、ここの調度などがお気に召したらしくて、よかったですわ。代々のマルケサス家当主が集めてきた品々ですからね……。そこにある彫像なんて、ざっと2~300年くらい前のものだったりしますよ。」

 それを聞いてしまい、触ろうと手を伸ばしかけていたのを、慌てて引っ込める。「……クスクス……、大丈夫ですよ。そんなにしなくっても。本当に大事な家宝のようなものは、別にしまってありますから。ここら辺のは雨ざらしですし、どう高く見積もっても2~30万ゲルドがいいところです。」

 「……ギルドの元締の屋敷って、どこもこんな感じなんですか?」

 「……うーん……。」

 私の問いに、あごに指を当てて少し考え込むメディナさん。「……州都のギルドだと、大体どこもこのくらいの規模ですね。ただ、州都ではない、他の町のギルドだと、一回りかそこらは小さくなってきますね。……こういうところの屋敷というのは、この州のギルドの元締との話し合いに使うこともあるので、こういう大きさなんですよ。……ただ、王府のギルドとなると、ここよりももっと大きいそうですよ。私も行ったことがないので、分かりませんが。」

 「あと……、」

 と、私は言う。「ここに来るまでに少し聞いていたのですが……、州都とギルドとで、何かいろいろと線引きみたいなものがあるようなんですが、具体的にどういうものがあるのか、教えていただけませんか?」

 「そうですね……。基本的に、州都の治安は、今までギルドの私兵が担当していたんです。また、基本的な裁判などもギルドでやっていました。州都はどちらかというとそういうことにはノータッチでした。せいぜい、ギルドでは対処不可能な案件が出たときに代わりに解決したり、凶悪な人間を制圧するときに協力を仰ぐぐらいだったんです。……ここまで聞いて、ミレイ殿もおわかりになったかと思いますが、これではどちらが責任を持つのか、非常に曖昧になってしまうんです。……ですから、今回のディレイル様のお言葉は、こちらとしても大賛成なんです。」

 その時、ディレイルが戻ってきた。話し合いはすっかりまとまったということで、私たちは馬車に乗り、マルケサス邸を辞去した。時刻はすでに夕方になりつつあった。


 「……にしても、よくアルフレッド閣下の白紙委任状なんて持っていたわね、ディレイル……。今日はそんな暇はなかったはずなのに……。」

 本城へ戻る馬車の中で、私はディレイルに言った。シエラもコクコクとうなずいている。するとディレイル、とんでもない答えを返してきた。

 「ん?ああ、あれは真っ赤な偽物だ。」

 私は驚きのあまりあんぐりしていた。シエラも目をまん丸にしている。

 「に、に……ニ、ニセモ……っムグッ!」

 「おっと危ない。……こんな往来で叫ばれてはさすがに……な。」

 叫びかけたところで、ディレイルに口をふさがれてしまう。しばらくモガモガ言いながらじたばたしている。いくどか口を覆う手を軽くたたくと、離してくれた。

 「……っぷは……。それってどういうこと?」

 「つまりだな……。俺が父上の部屋に置いてある、公式命令用の紙、インク、ペン、判を使って、父上の筆跡をまねて作った、ということだ。」

 しれっと答える。

 「も、もしそれがガブリエルさんにバレたら?」

 不安になって私が聞くと、さらにとんでもない答え。

 「……いや、ガブリエルのやつは、気づいていたようだぞ。その上で黙認してくれていた。まあ、書いていて分かったが、やはり細かいところでは違ってきてしまうからな……。あれも分かっていただろうに……。ていうか、言葉からは完全に分かっていたな、あれは……。こちらに合わせてくれた。うまい役者だな。」

 なんて言ったのだ。しかも感心したように、数回うなずきながらだ。それを呆れながら見ていたら、思い出した。その委任状を見たときの、ガブリエルさんの台詞を。

 『確かに、アルフレッド閣下が命令書等に使っていらっしゃる紙、インク、印のようですな。』

 だった。……“筆跡”については全く触れていなかった。……まあ、それもそうか。州都のギルドの総元締なら、自分が住んでいる州侯の命令書なんて、たくさん見てきているはずだ。あの時からガブリエルさんは気づいていたのか……。気づいていて、それに乗ってきたのか……。

 「それに、ガブリエルたちギルド側でも、今のこの状況――これは、喫緊の課題である黒獅子党だけではなく、非加入業者などの問題も含まれることだがな――を変えたいと思っていたはずだ。双方の利害が一致するようなら、商人たちのボスであるガブリエルならば、とやかく言うまいと思っていたのだが……。いやー、ズバリ当たったな、ハッハッハ……。」

 最後は笑っていた。私はもう何を言ったらいいか分からなかった。シエラはそんな私に対して、

 「ディレイル様はそういうお方よ……。」

 と言って、一種諦念さえもにじませた顔でうなずいてみせた。

 「それに、向こうにとっても、踏ん切りのタイミングがほしかったんだろう。まあ、“黒獅子党”掃討に、州府軍と協力しようというのはいいが、辺境伯補佐の俺では、さっきもガブリエルが言っていたが、軍面での指揮権はないし、また、父からも与えられていないからな。だから、たとえ偽物とはいえ、委任状を出したことで、ギルドでも定まったと見える。……フフフ……“黒獅子党”壊滅の日も近いな……。」

 それから、「ああ、そうだ。あの後ガブリエルと話した結果、掃討作戦を行うのは、1週間後と決まった。それと、捕縛した者たちの処遇等一切のことについては、ギルドの一任することになった。……まあ、落とし前をつけさせる、ということでな。」

 とも続けた。


 「お帰りなさいませ、ディレイル様、シエラ、ミレイ殿。」

帰ってきた私たちを待っていたのは、高官たちからの本気ではないチクチクとした皮肉だった。どうやら、高官たちの間でも、州府とギルドで協力してやつらを掃討しようということに決まっていたらしいのだが、私たちがそれより早くギルドに行ってしまったため、正規の手順が踏めなくなってしまったらしいのだ。

 「しかも、聞いたところですと、総元締を納得させるため、閣下の命令書を偽造なさったとか……。もし非協力的な態度だったらどうなさるおつもりだったのです?」

 アマンダさんが、ジト目で聞いてくる。ディレイルは、一瞬舌打ちしかけたが、ウルジー副兵士長に睨まれ、止める。

 「知れたことよ。ギルド抜きで州都軍のみでやつらを殲滅し、さらにはギルドに非協力の責を問う。そしてギルド私兵の没収、州都軍への編入および、財産の半分没収をするところだった。」

 うわ……“殲滅”って言っちゃったよ。思っていたより過激だ……。さらに、

 「父上経由で伝わったか……。」

 と言った。

「いいえ、奥方様経由です。」

 律儀に訂正するのはエドゥアルトさん。「……互いに踏ん切りをつける時を探っていたところということで、ギルドも反対はするまいと思っていらっしゃったのでしょうが、それでも、完全というものは存在しません。もしディレイル様が先ほどおっしゃったような状態になれば、今後の州府の負担は馬鹿になりませんぞ。」

 「そのためのギルド財産没収なんでしょうけどね……。まあ、ギルドが協力してくれると言うことで、よかったではないですか。」

 文官長のキース・ハーラントさんがとりなすように言う。その一言で、全員渋渋ながら納得したようだ。


 帰ってきたときには、すでに夕食の時間は少々過ぎていた。今日もアルフレッド閣下とバルバラ様は、辺境伯の私室で食べているので、ディレイルと2人だけだ。シエラは家人用の食堂で食べるとのことで、別れていた。食べ終えてから部屋に戻り、寝支度をする。と、部屋を訪ねてきた人がいる。ドアを開けると、あの、井上 ○○子さん風の声をした、アマンダ・ローリア州都長官だった。予期せぬ来客に、慌てて中に招き入れる。

 「このようなお時間にお邪魔いたしまして、申し訳ありません。」

 深く頭を下げて、あの柔らかな声で言った。「……実は……、ディレイル様や、アルフレッド閣下より、あなた様の教育係を命ぜられまして……。」

 私はいささか驚いてしまった。いや、私だって、これからここで生きるなら最低限、この国の歴史とか知っておかなければいけないかなあ、とか考えていたし、それを教えてくれる人を手配してもらえるようにと、明日あたりにでもディレイルに頼もうと思っていたよ。だけど、私が言うよりも先に、既にディレイルが手配していたことにまず驚いたし、それにその講師役が、州都長官のアマンダ・ローリアさんだなんて……。彼女だって忙しいはずだし……。

 「……そ、それは嬉しいんですけど、アマンダさんは、州都長官としてのお仕事もあって、とってもお忙しいんじゃないんですか?」

 「まあ、そういうときには副官の2人がいますから。それに、日中からはやりませんよ。こちらも、仕事を終えてからになりますので、大体、今くらいの時間から始まるとお考えくだされば……。ミレイ殿には、お休みの時間が減ってしまうので、申し訳ありませんが。」

 「いえいえ、そんなのは大丈夫です。……その、ここに来る前にも、日付をまたぐくらいまで起きていたことも、机に向かっていたこともありますから。」

 ……まあ、“机に向かっていた”とはいっても……。それは勉強のためではなく、漫画、小説を読んだり、また、小説に至っては、自分で書くためだったのだが……。

 「……それでできれば、もう今日から教えていただけるとありがたいんですけど……。やっぱり、この国、州については、できるだけ早く知っておいた方がいいと思いまして……。」

 アマンダさんは、私の言葉に少々驚いていたが、やがてにっこりと笑ってうなずいた。

 「それはそれは……。さようですか。実は……、ミレイ殿がそうおっしゃるのではないかと思って、もう教本は数冊用意してはあったんですよ。……善は急げで、早速始めましょうか。時間は大体、1時間から2時間くらいにしようかと思っているのですが、それよろしいですか?」

 「はい、よろしくお願いします。」

 するとアマンダさん、懐から数枚の紙を取り出した。見ると、このブルグリット王国の、初代から今までの国王一覧表だった。それぞれの王の名前、在位年、そして数行、事績について書かれている。しかし……。

 とても多い!!数えてみると、55人もいたのだ。しかも、それぞれやったことが多すぎて、覚えきれない。

 「……まあ、こんな当代陛下までの55代すべて覚えろなんていうことは申しませんから。とりあえず今は、“大王”と諡された国王を覚えていけばいいと思いますよ。」

 私のげんなりとした顔を見てとったのか、そう言ってくれる。さらに、どこから取り出したのか、教本が出現した。……まあ、予想はしていたけど、本の作りが無駄に豪華だ。表装も革でされており、金で文字が形作られていた。さらにサイズも大きい。文化みたいに片手で読むなんて不可能だ。

 「さて……。ではまずはブルグリット王国の始まりからお話しさせていただきましょう。簡単にお話ししますと(ここで本を開いた)、万国歴にして180年、聖大王と諡された、ウィンティップ大陛下が、今のボニティトの地に建国されたのが始まりです。この当時はここウェルディ州のあたりはまだ領土下に入っていませんでした。そこから領土拡張を行い、今のようになったのは、904年から、926年まで在位されていた、スウェイン2世、武大王陛下の912年です。」

 聞きながら、要点をノートにとっていく。ここで、疑問に思ったことがあるので、聞いてみる。

 「それじゃあ、今の王府――ランゲール――のあたりは、いつごろ領土に入ったんですか?」

 「それは結構早いうちなんです。」

 と、アマンダさんは答える。「ランゲール――と申しますか、ここウェルディ州を含めた、

西側ですね――は、12代目、この、461年から、472年まで在位なさっていた、カラハン1世、高大王陛下の時の、467年に支配下に入りました。このときに、このあたりを支配していた、大豪族連合国家があったんですよ。それを滅ぼしたわけですね。その後、交通の便などを考慮して、ランゲールの地に王府を移した、と言うわけです。」

 こうして夜は更けていったのだった……。


 こうしているうちに、とうとう1週間が過ぎた。この日は、前々からギルドと約束していたとおり、“黒獅子党”をつぶす日だ。この日、ディレイルは、州都の主要な道という道に、州都軍全軍を配置させていた。さらにその援護のため、城軍の一部まで出動させていた。城門も厳しく出入りがチェックされているということだ。さらに、ディレイル自身も、私、シエラをはじめとする手勢60人を引き連れて、マルケサス邸にいた。

 邸内は、前回来たときとは打って変わって、ものものしくなっていた。ギルドの私兵が、至る所に配置されている。その中を、甲冑を身につけたディレイル、胸当てをつけたシエラ、私が続く。ディレイルとシエラはこの雰囲気に慣れているのかさっさと進み、私はすこしもたついてついて行く。

 「黒獅子党は、ここからほど近い、空き屋敷を根城にしています。」

 と、総元締は言った。「ここ数日見張っておりますので、間違いありません。そして、今日のこの動きを見て、こもっております。……今が好機かと思われます。」

 「うむ……。まずは、動かせる全兵力をその屋敷に向かわせ、包囲するんだ。」

 と、ディレイルは指示を出した。そして、すぐに私たちも向かうことになった。

 着いてみると、本当にマルケサス邸に近かった。邸宅を4,5軒隔てただけだった。もうそこにはさっきのディレイルの命令を受けて、兵士が集結していた。彼が通ると、さっと左右に分かれる。本来ならここは、閑静なお屋敷町になっているのだろうが、今日ばかりはものものしくなっている。各屋敷の門にはそれぞれの主が雇っているのだろう、護衛が数人いてあたりを警戒していた。ディレイルは門前に馬を進めると、大声で呼ばわった。

 「黒獅子党の諸君!ウェルディ辺境伯補佐、ディレイルである!州都、ネルブースにおける数々の狼藉、無法行為を、州府およびギルドは見過ごせぬ事態となった。よって、早々に話を聞きたい。ゆえに門を開けてくれ。……さもなければ、これから強制的に門を破って突入し、中にいる者を全員捕縛しなければならなくなる。そうなれば、双方けが人“など”出よう。俺は無駄なことは好まぬのでな、早々に門を開き、おとなしくするようなら、そのことを勘案し、裁判などにもそれを反映しようと思う。」

 「ディ、ディレイル!」

 「ディレイル様!」

 私とシエラ、そしてついてきていたメディナさんの声が重なった。「それじゃあ話が違うわよ!ギルドに処遇を一任するんじゃなかったの!?」

 私が続けて聞く。シエラとメディナさんがうなずいている。すると、ディレイルは、呆れたように頬をかいて、

 「……お前たちは分かっていると思っていたのだがな……。これは、出させるための方便だ。そんなに心配せずとも、俺は、ギルドと約束したことを違えるつもりなど少しもないし、ギルドにしても、早々に門が開かれたとしても、そんな下らぬことを勘案する必要などない。」

 と言った。またもそんなことをサラッと。しかし現状をはばかって小声で……だが。

 「ディレイル、それってどう考えても……」

 私は言う。「……だまし討ち?」

 「ま、言い方を変えればそうなるな。」

 またもディレイルがサラリと言う。ていうか……、どう言い方を変えたって……、“だまし討ち”にしかならんでしょうに……。

 「それに、今更めくが、こんなにも我がジェンティラス家が治めている、このネルブースで狼藉を働きまくった奴らにかける情けなど、こちらには元よりない。それはギルドとて同じだろう。」

 と。その様子は完全に支配者のものだった。

 しかし、門は開かれない。……おかしいな、向こうに聞こえないくらいの声で言っていたはずなのに(オイ)……。聞こえちゃったのかしら。

 「ふむ……。門を開けるつもりはないようだな。……おい、火器をここに。火矢の準備をしておけ。……ククク……どうせここは空き屋敷だ。だったらこの屋敷をぶっ壊しても構わんだろう。」

 ニヤリと、口角をつり上げ、笑った。う……うわ……、怖い。ほどなくして指示されたものがずらりと用意された。

 「まずは、門扉を吹っ飛ばせ。……用意、撃て!」

 ディレイルの号令一下、大砲が一斉に火を噴いた。轟音を立てて門が崩れ落ちる。……門の向こうに人がいるかどうかなんてお構いなしだ。がれきを踏み越え、兵士たちが突入していく。私はディレイルのそばにいて、剣を構えている。と、シエラも同じように剣を構えているのが目に入る。

 「もしかしたらと思ってたけど、シエラもやるの?」

 「そうよ。……前にも言わなかったけ?まあ、父親が副兵士長だとね。小さい頃からいろいろとやったわけよ。」

 にこりと笑って言った。さらにはメディナさんも同じように構えている。

 しばらく戦況を見ていたディレイルだったが、屋敷内に入ることにしたようだ。私たちに目配せして崩れた門を踏み越えて入る。中では既に戦闘になっている。向こうはそれぞれの得物を持って向かってくるが、いかんせんこちらは(一部違うけど)いわゆる訓練を積んだ職業軍人だ。全く統制のとれていない奴らに対して、たちまちこちらの方が優勢になっている。私は一見したところでは何の得物も持っていないので、それとばかりに集まってくる。私は、あと少しというところで鉄扇をだすと、向かってくる奴らをただひたすらに打ちのめしていく。そうしているうちにシエラが援護に入ってくれる。

 「……あ、ありがとう。ちょいきつかったから、助かったわ。」

 「もう、ミレイの得物って1番リーチ短いんだから、あんまり突っ込んじゃだめよ。」

 シエラが呆れながら言う。私とシエラとで背中合わせになり、黒獅子党の奴らをたたきのめす。ていうか、シエラってこうしてみると結構強いな。私がしてほしいことをわかって動いているし、もしや悟りの血でも入っているのか……(いや、ここは日本じゃないけど)?

 「それ!押せ押せ!……甘いぞバカ者!!」

 ディレイルが鼓舞しながらも、蹴りつけてのしていく。ちなみに、最後のせりふは、蹴りつけた相手に向けていったものだ。ディレイルもやっぱり、次期領主だというだけはあるんだな、と思う。そんなことを思っていると、私の方に目を向けたディレイルが、

 「ミレイ!来るぞ!」

 と、声がかかる。私はすぐに反応して、後ろから殴りつけようとしたやつに鉄扇をたたき込んだ。さらに足蹴にもする。

 そうこうしているうちに、向こうがだんだんと減ってきた。ちなみに、たたきのめしたやつは片っ端からギルドに連行してもらっている。まあ、たまにやり過ぎてギルドではなく教会行きになっているのもいるんだけど、ね……。庭はあらかた制圧できたので、後続の兵士さんにさらなる制圧を任せ、私たちは邸内に入った。中は暗く、壁には点々とろうそくがともっていて、それを頼りに進んだ。1階にはどうやら賊はいないらしく、たやすく制圧できた。2階に上がる。ふとバルコニーを見てみると、まあいろいろとあった。弓矢の発射台か何かだろう。何でこれを私たちが庭にいたときに使わなかったのだろう……?手勢を庭に割きすぎてここまで回せなかったのだろうか?なんて思いながら、壊していく。そうして進んでいくと――

 私たちの足下に矢が飛んできた。足を引っ込め、飛んできた方を見やると、5~6人の賊が、弓を構えている。さらに周りに20人くらいいる。そして、彼らに守られるようにして中央に立つのは、大柄な男。……多分あいつが首領だろう。

 「黒獅子党よ!お前たちの抵抗もここまでだ!おとなしくギルドにて、裁定を受けるがよい!」

 ディレイルが油断なく剣を構えながら、大声で言った。その顔は、いつも私や、アルフレッド閣下、バルバラ様に対して向けるものではない。完全に、支配者としての顔だった。この顔を見たとき、私は悟った。……ディレイルは、それがよいと思えば、命までもとるだろうことを……。

 しかし相手は、ディレイルの言葉を聞く気はないらしい。すぐに数本矢を射かけてきた。大きな盾を持った兵士さんが、素早く前に出る。身長以上の盾によって、矢は阻まれる。ディレイルはあごに手をやり、

 「ふむ……、どうやらおとなしく捕まる気はないようだな。では、仕方がないな。総員、かかれ!」

 と、声高に命じた。それに従って、全員が一斉に飛びかかっていく。しかし、向こうも、リーダーを守っているだけあって、一筋縄ではいかない。さらに、まだまだ仲間がいたのか、次から次へと新手が出てくる。なので、一瞬こちらは混乱した。けれども、こちらはさすがに職業軍人がほとんどだ。崩れてしまうかに見えても、すぐに対応して反撃していく。むしろ、崩れると思い込んで出てきたらしい相手の方が崩れかけてきている。

 ただし、こちらは最初からずっと戦い続けてきている。けれど、向こうはずっとここで待機していたものだ。そこでの体力的な差は、こちらの経験、訓練との差をプラマイゼロにしつつあった。

 「皆のもの!これが最後の一押しだ!奴らを1人残らず捕縛しろ!」

 剣を振り上げ、ディレイルが鼓舞する。そこで全員、さらに意気盛んになり、攻め立てた。その時

 1本の矢が、私の頬ギリギリで飛んでいった。間一髪でよける。少しかすめたのか、ヒリヒリと痛む。うめき声が聞こえた。まさかと思って振り返ると、矢は、メディナさんに刺さっていた。ちょうど、胸の真ん中あたり――心臓くらいのところだ。胸をおさえたかと思うと、ガクリと膝をついた。

 「め、メディナさん!」

 私は慌てて駆け寄った。周りの人たちもだ。ディレイルもすぐに指揮を副官らしい人に任せてこっちに来て彼女の体を支えている。彼女はうずくまったまま動かない。かなりの深手なのか……と思っていると、ニヤリと笑う気配がした(エ?)。

 「フフフ……、甘いわ!!」

 そう言うなり彼女はいきなり立ち上がる。その様子を見た限りでは、全く、本当に何ともないようだった。そして、唖然とする私たちを尻目に、何かのスイッチが入ってしまったかのように、高笑いしながら黒獅子党のところに猛然と突っ込んで行ってしまっていた。

 ええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 これは、その時、彼女を見た人全員、それは敵味問わず頭の中にあった文字だろう。相手が体勢を立て直すよりも前に、突っ込んできたメディナさんに殴られ、叩かれ、どつかれて倒れていく。さすがのディレイルもしばらくの間指揮官にはあるまじきことだが、固まっていた(けれどそれも仕方ない)。

 「……ハッ!……み、皆!メ、メディナを囲ませるな!援護しろ!」

 我に返ったディレイルが指示を出し、援護に入る私たち。けれど……

 この人……、メチャクチャ強い。

 私はしみじみそう思った。そう思っている間にも、

 「アハハハハハハーーー!!」

 という、メディナさんのトランスしっぱなしの笑い声に混じって、黒獅子党の奴らが倒される音がしていた。……でも、ガブリエルさん、こんなことを一言も言っていなかったよな……。というか、お父さんは知っているのかどうか……。でも、ギルドの私兵たちの落ち着きようを見るに、多分知っているのだろう。

 そして、あらかたメンバーをふん捕まえたと思ったころ、ふと全員気づいた。いつの間にかリーダーがいなくなっているのだ。あの混乱の中、うまくこの屋敷から逃げてしまったらしい。ディレイルが剣を振り上げ、

 「探せ!草の根分けても探し出せ!城門守備兵に伝令しろ、すぐに全城門を閉じ、通るものの服装、荷物、馬車上から下まですべて調べろ!そのために交通がつまっても委細構うな!それから各砦、城にも同様の通達をする!このウェルディ州全土に戒厳令を敷く!州外――特に国外――に出られたら面倒だ!」

 と命じた。……ここまでできてしまうのは、やっぱり、ウェルディ辺境伯の子で、次期領主だからだろうか。しかし、命令はこれで終わりではなかった。

 「次に、森も木1本1本までくまなく調べろ!面倒なら切り払ってもよい。さらに湖も水中までさらって探し出せ!手の空いているものは全員、山狩りの用意だ!」

 と、続いていたのだった。……いやいや、そこまでしなくても……。と、思ってしまったのは、私だけではないだろう。いくら何でもこれはちょっとやり過ぎだ。と、そんな皆の心を代弁するように、トランス状態から立ち直ったメディナ・マルケサスさん(あのトランスの恐怖感からフルネームになってしまったのは内緒だ)が、

 「ディレイル様、そこまでしなくとも、すぐに捕まえられましょう。」

 と、あの落ち着いた声で言った。の言葉にとりあえず皆、元に戻ったことが分かってほっとする。けれども、矢は刺さったままだ。ディレイルが、

 「メ、メディナ、お前、矢で射られたが、大丈夫なのか?すぐに医官の手配をする。その長いすに寝ていろ。」

 と、言った。すると、メディナさんはそんな彼の言葉に首を振ると、あろうことか矢を引き抜いた。ええ?そんなことをしたら血が……あれ?

 心臓に刺さっていると思われる矢が引き抜かれても、噴水のように勢いよく出もしなければ、じわりとにじみ出ることもなかった。皆は一瞬、訳が分からなかった。と、メディナさんが、刺さっていた穴を広げる。高級そうな緑のサーコートが、あっさりと破れてしまう。すると、その下にチェーンメイル、さらにはラメラーア-マーも見えた。……そうか、これで防いでいたんだ。と、皆は納得し、同時に、メディナさんは怒らせないようにしようと固く心に決めたのだった……。


 とりあえず屋敷の後処理と捜索は他の人に任せ、ディレイルと私、シエラは手勢と一緒に城に戻った。ちなみに今回のこちらの損害は、35人が重軽傷で死者はいなかった。城に入るとすぐにエントランスで待っていたアマンダさんに、お帰りなさいませと挨拶を言われたのを皮切りに、官吏さんや兵士さんから同様の挨拶をされる。

 並んで歩きながら、

 「閣下は今回の黒獅子党討伐にはお喜びでいらっしゃいます。ただ、軍を動かすことゆえ、事前に一言ほしかった、とのことです。」

 微笑みながら州都長官は言った。「全く……、今回はうまくいったからよかったですが、次にこのようなことがあったときには、我々州官にも一言お願いいたします。これは、州文武官の総意とお心得下さい。」

 微笑みから一転、ジト目、無表情で続けた。ディレイルが一瞬のけぞる。シエラも驚いた。それにはディレイルも、

 「う、うむ……すまなかった。」

 と言うしかなかった。

 これでとりあえず、黒獅子党の本拠はつぶしたことになる。ボスを除いた全員を捕まえるか何かできたから、まあ、言うことなしだろう。同じことをやろうとしても、時間もかかるだろうし。

 数日後、州境の砦で、ボスが捕まったという報告が来て、この話は終わりとなったのだった。



第1部完


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ