第1章 拉致られた どうなっちゃうの わが運命
結局……。
私は、お姫様だっこされたままで、城に来てしまった。さすがに城門、そして、建物の入り口で、門番の兵士さんに止められたが、私を抱えている男が、
「俺の連れだ。」
と、一言言うだけで通されてしまった。そこから見るに、彼はこの城のなかでは高位にあるのだろう(まだ若そうなのに……)。城内でも、たくさんの役人っぽい人や、兵士が彼に礼をして通りすぎることからも、それが知れた。ただし、抱えられている私には、好奇心100パーセント、という視線を向けていたんだけどね。
そりゃあ、城にはここがどこかを聞いたり、いろいろするために、1回は行こうと思っていたよ。だけどそれは、今日じゃなくて、少したって自分でも調べてから、そして、自分の足で歩いていくつもりだった。けれどまさか、今日いきなり、お姫様だっこされたままで行くことになろうとは思っていなかった。
城内に入って、やたらと豪華な一室の椅子に私を下ろすと、彼はすぐにどこかに行ってしまった。文句を言おうと追っかけようとしたけど、その前にドアが閉じてしまう。この城の造りなんて分からないので、仕方なしにそのまま部屋の内装を見ながら待つことにした。
その部屋は、割と広かった。多分数名で会議かなにかをするための部屋なんだろうなと思った。壁には赤地に金の縫いとりが施されたタペストリーがかけられている。さらに風景画が、タペストリーがかかっていないところにかけられている。椅子、テーブルも全て木製で、脚には細かい彫刻がされている。椅子の座面には、1つ1つにふわふわのクッションが置かれている。窓枠にも植物の彫刻がされていて、分厚いカーテンがある。カーテンは左右にしぼられていて、外の景色が見えている。
「……待たせたな。」
そんなことをしながら待っていると、さっきの男がのこのこと入ってきやがった。私はツカツカと男の方に近づいて、ガシッと胸ぐらをつかみあげる。
「あなたね~!いきなり人を堂々とさらって、どうなるかわかっているんですか!」
「そっちこそ、言葉は丁寧だが、やっていることは物騒だな。」
う……確かに……。私は手を離した。男は上着の襟元を整えながら、
「……大丈夫だろう。……なにしろここでは、中央王府が関わってこない限りは、俺が“法律”だからな。」
と、きっぱりと言い切ったのだ。……何だか、どこかのハードボイルドな名探偵が言いそうなセリフだな……。そこまで自信満々に言われると、こっちはなにも言う気がなくなってしまう。……ん?この人さっき、“中央王府が関わってこない限り”って言っていたよな。私の変換違いでなければ、“王府”というのは、王様のいるところ、すなわち首都、ということよね。……それが関わってこない限り、この人が“法律”だって言う。と、いうことは……?
そう考えていると、それが伝わったのか、
「ああ、そういえば、自己紹介していなかったな。」
そう言って、してくれた。けれど、その内容が、とんでもなかった。
「俺は、ここ、ウェルディ州領主、アルフレッド3世・イェツェール・ジェンティラス辺境伯が嫡子、ディレイルだ。」
と。つまり、ここの次期領主だったのだ。それを聞いた私は、驚いたなんて言うもんじゃなかった。
「ええぇえぇ~~~~~~~!!!」
本日何度目かわからない絶叫が響いた。途端にドアが勢いよく開き、両開きの扉の前で警備している兵士さんが何事かと飛び込んでくる。混乱している私を尻目に、男――ディレイル――は、何でもないと言って手早く追い出す。そして同じくらいに手際よく私を椅子に座らせ、自身も向かいに座る。
「それで、お前の名前は、何て言うんだ?」
私の混乱を全く意に介することなく、座ってすぐに聞いてきた。私はなんとか答える。
「わ、私は……、ミレイ・ニシノと、いいます……?」
やはりさっきのディレイルの名乗りでわかったのだけれど、ここは姓と名前が日本とは逆になるようだ。だから、それにならって言ったのだが。この時――特に名前を言った時だ――の彼は、とても驚いたような顔をしていた。しかし私には、どうしてそんな顔をしたのか、分からないのだが。
「歳は?」
また聞いてくる。……全く……、女性に向かって堂々と年齢を聞くなんて……。そんなことをド直球で聞くんじゃないわよ!と言いたいが、ここは我慢だと思い直し、答える。
「……17、ですけど。」
すると、またも驚いている。それから、口のなかで何やらモゴモゴとつぶやいているが、私にはよく聞き取れなかった。……ま、どうせ、“……17歳には見えない……”とか、そういったことを思っているのだろう。……フーンだ、どーせアタシなんか、ここらの人にはないような、純日本人的体型、浴衣なんかが似合っちゃうような体型ですよ……、と思って、深くは聞かなかった。
そうやってディレイルはひとしきりブツブツやっていると、気持ちを切り替えたようだ。
「……さて、ではミレイ・ニシノ。少し聞きたいことがある。」
そう前置きしてから、「まず、いきなり聞いてしまうのだが……。お前は、この国の者ではない。そうだろ?」
確かにいきなりな問いだった。けれども動かしようのない事実なので、私はうなずく。あんな日常的に破落戸がうろついているような町、日本にはあるわけないから。予想していたことだからか、ディレイルさんも1つうなずいて質問を続けていく。
「そうか。それではどこの出身なのだ?……シェーンバラン王国か?カレスヴィール王国か?ウェガラーンド王国か?……まさかとは思うが、ナルヴェンゲン帝国ではあるまいな?」
最後の国名を挙げたときだけ、少しだけ厳しい声、顔になった。当然だが私は、いずれの国名にも、首を振っていった。どうやら、その“ナルヴェンゲン帝国”とこの国とは、あまりいい関係にはないようだ。それにしても……。彼は、“日本”を知らないのだろうか……。というか、今ディレイルさんが挙げていた国……、全部聞いたこともない名前ばかりだった。窓から見るだけでも、ここの広さからして、ミクロネシア、未承認国なんていうことはなさそうだし……。それに、今の世界で“帝国”なんて、歴史の授業でなければ、某星間戦争映画か、マンガ、アニメ、小説くらいでしか見たことも聞いたこともない。
「……」
私の答えを見て、彼は困ってしまったようだ。ガリガリと後頭部をかいている。
「……ではどこなのだ?俺はあいにく、学がないのでな。この大陸にある国々のことしか、詳しくはわからんのだ。このレッセール大陸以外の国になってしまうと、全く聞いたこともない国もあったりでな。とんとお手上げになってしまう。」
その言葉に、私は目を点にした。……え?……レッセール大陸って?……何それ、ていうかどこ?……そんな大陸なんてあったかしら、そもそも。今あるのは5つだけだったわよね?ユーラシアに、南北アメリカに、アフリカに、……あれ?あと残っている1つは、オーストラリア大陸だったわよね。あとは……住める環境じゃないけど、南極大陸か……。
……。
……。
……………………。
……ないじゃん。
ある悪い予感に苛まれながらも、私は彼にお願いして、地図を見せてもらうことにした。これによると、このウェルディ州というところは、ブルグリット王国という国の中の1州であるらしい。そして、ブルグリット王国を含むレッセール大陸は……。
……本来私たちが持っている地図では、ユーラシア大陸があるべきところに描かれていたのだった。
私は、頭がくらくらしてきた。
「あの……。すみません。ちょっといま記憶が混乱してきてしまいまして……。すみませんけど、しばらく、1人にしてもらえませんか?」
「ん?ああ、すまないな。こっちもいろいろと聞きすぎてしまった。お前だって、大変なはずなのにな……。……ただ、1人にするのはどうかな……。一応、少数つけなくてはならんのだが、なるべく考えの邪魔はしないようにするから、それでいいだろうか?あと、聞きたいことは、2つだけなのだが、もうやめておいた方がいいだろうか?」
……まあ、それもそうか……。むこうからすれば、私はこの上なく怪しい存在だし。でも早くここから解放されたかったので、質問もあと2つだけだということもあって、うなずいた。
「そうか。よかった。……では、あの体術と、扇――鉄扇、と言うのだったな――での戦いかたは、どこで覚えたのかということと、どうしてここに来ることになったのか、ということだ。」
「最初の鉄扇については、故郷で。親の勧めで、習いました。」
それから、ここに来ることになってしまった経緯を、できるだけ詳しく話した。もちろん、この国にもありそうな単語に置き換えて説明したが。聞き終えると、ディレイルさんは、小さくうなずいた。
「そうか、大体のところはわかった。ここでも王府でも、できる限り来た理由や、帰る方法などを調べさせよう。王府の官僚にも知り合いはいるし、なんといっても今の外務卿は、俺の親戚筋の人間だからな。調べるにはちょうどいいことだろう。これから、王府まで早馬を飛ばして4日ほど、調べるために10日間、それからここに戻ってくるまでやはり早馬を飛ばして4日間……か。さらに遅れ等を勘案して、それに足して2日間だな。……うむ、しめて、これから大体20日間くらいを見ておこう。恐らく、それくらい経つころには、何らかの結果が出ているはずだろうから、それまで、このネルブース城にて、ゆっくりしているとよいだろう。」
「あ、ありがとう……ございます。」
「それと、たぶん……というか、いきなりここにやってきたということは、まず行くあてもないだろうから、保護の意味も兼ねて、我が家の姓も与えておこう。お前の素姓がはっきりするまで、ミレイ・イェツェール・ジェンティラス・ニシノ、と名乗っておくがいい。我が領主家の姓がお前を守ることだろう。」
とまで言ってくれた。……え?貴族の姓なんて、そんな簡単にあげてもいいものなの?古代ローマとかだと、いわゆる、パトロン―クリエンテス関係を形成するために、有力者が庇護民に姓を与えたり、一門名を与えたなんていうのは聞いたことがあるけど……。見るからに、~伯や~公とか言いそうな感じ(ジェンティラス家は辺境伯だったっけ……。伯とどっちが上だったっけな……?)なのに……。もしや、この国では、姓を与えるなんていうのは、元の私のところと同じくらいによくあることなのだろうか(養子縁組とかいう意味で)……?
「わかりました……。そこまで考えていただいて、ありがとうございます。それと、」
気になっていることをぶつけてみた。「わかるまでの間、私はここで、何をしていればいいんですか?」
この問いに、ディレイルさんは怪訝な顔をする。
「え?……“何をしていればいい”って言ってもな……。ただこの城の中にいて、客分としてすごし、王府から何かしらの知らせを待っていればいいんだ。」
「でもですね……、ただここにいて、私だけ何もしないで、他の方たちにばかりやらせてしまうのはなんだか申し訳なくて……ていうか!」
ここでずいっと顔を近づける。ディレイルさんは思わずのけぞった。「ぜひ何かやらせてください!そうでないと……申し訳なさのあまり、ここから逃げ出してしまうかも……。」
我ながらとんでもない理屈だ。いや、わかっているよ、私だって支離滅裂なことは……。そしてぐっと見つめる。
「だー!分かった分かった!」
とうとう折れてくれた。……やった!「……はあ……しょうがないな……。よし、それじゃあ、書類の整理だとか掃除などの簡単な雑用でもしていろ。分かっているとは思うが、俺の周りの、だな。……と、ここで決まったのはいいが、文字の読み書きは大丈夫なのか?さっきから聞いている分には、話すのは平気そうだが。」
とも言ってくれた。それから書棚に寄ると、1冊の分厚い本を取ってきて、「……それじゃあ、この本をざっとでいいから読んでみろ。」
と言ってから渡してくれる。見た目に違わず、ずっしりと厚い本だ。渡された本のタイトルには、『ブルグリット王国 諸州風土』とあった。
「え?いいんですか、各州のことがいろいろと書いてあるはずなのに、私に読ませても?」
と、私が聞く。
「構わん。……そういう風に聞くということは、その本がどういうものなのか、分かっているということだな。……その本の中に書いてあることは、中央王府、そして地方にいる官吏や武官、いわゆる知識人といわれる連中――つまり、この城の中にいる連中だな――なら、大体知っていることだ。別に秘匿にするようなことではない。……と、あとは書くほうだな。ちょっとこの紙に、自分のことでもなんでも書いてみろ。」
と、ディレイルさんは言って、数枚の紙を渡す。触ってみたら、少しざらつくが、本当に紙のようだ。この当時の書写材料は、羊皮紙が主流で、紙は高級品だったような気がするんだけどな……。
まあいいかと考えなおし、私はペン入れの中からボールペンを取って書き始める。……うーん、とりあえず、日本語でいいかしらね……なんて考えながら。ディレイルさんはまず、そのペンに驚かされていたようだが、構うことなく書き続けた。
数分くらいで書き終わり、ディレイルさんに渡す。まるで答案をチェックする先生のように、しばらくの間黙って読んでいる。そして、
「……うん、分かった。どうやら書くほうもいいようだな。いくつかは意味のとれない単語もあったが、大体のところは分かった。……うーん、どうやらこことお前が住んでいたところとは、言葉のつながりが近いらしいな。」
と、言った。それから、「……“日本”か……。うーむむむ……どの地図を見ても載っていないな……。未発見の国なのかもしれないが。」
と言った。それから続けて、セシュールという家にも協力を頼んでみるか、と呟くように言った。
「あの……“セシュール家”って、どんなお家なんですか?」
「セシュール家は、王国南部のリハルエ州を治めている領主貴族だ。正式には、セシュール=リハルエ・オブ・リンゲハルト辺境伯家というんだ。そこは、王国の領主貴族の中では唯一、王家以外で海外直接交易を許されている家なんだ。また、州内だけではなく、国内の水上貿易業者のとりまとめみたいなこともやっている。だから、そういう未発見の国、大陸、島々のことに詳しいかと思ったんだ。」
と答えてくれる。「それに、本家と王府屋敷には、同等の情報が伝わることになっているからな。わざわざリハルエ州都であるエネチアートまで使いを出す必要もないから、さっき言った日数にも影響しない。」
何か……いろいろしてもらって、申し訳なくなってきた。するとディレイルさんが思いついたように言う。
「……おお、そうだ。これから俺の周りで働くようになったことと、しばらくこの城内に住むことになったことを、父上、母上にも言おうと思う。ちょっとついてきてくれ。」
そう言って立ち上がり、ドアを開ける。「2人とも、父上の部屋にいるはずだ。」
とも言う。それから私は、そこに行くために階段を1つ上がり、廊下を4度曲がり、さらに階段を1つ上がって右に行き、それからまた階段を1つ下りなければならなかった。……さすがに領主辺境伯の部屋への道はとても複雑だ。ディレイルさんなしで戻れともし言われたら……絶対無理だ。
それにしても……ぽっと出の私を、よく怪しみもしないでこういうことをできるよな……。普通だったら、詳しいことが分かるまで小部屋という名の牢屋に入らされてもおかしくないのではないか……。……ほら、さっき出てきた、ナル……ヴェンゲン帝国だったっけ、あそこのスパイじゃないかとか、または他国のスパイじゃないかとか考えてもいいはずなのに……。
「あの……ディレイル様。」
「何だ?」
「私を、怪しいとは思われないのですか?だって、いきなり悪漢をのすような立ち回りを見せて、見たことも聞いたこともないような国出身だって言っている私なんて――私自身で言うのもなんですけど――怪しさ満点だと思いますが。それに……帝国……でしたっけ?そこのスパイとも思っていらっしゃらないようですし。そんな私を、辺境伯閣下のお部屋まで連れて行こうとしているって……」
「ではお前は、帝国のスパイなのか?」
“不用心にすぎるのではないですか?”と言おうとしたら、その前にずばりと聞いてきた。私はぶんぶんと首を振った。
「いいえ、違います、違います!私は帝国のスパイじゃ……ありませんけど……。でも……。」
「お前はそういう者ではない。そうだろ?」
ディレイルさんが今度は少しやさしい口調になって聞いた。今度はうなずく。「まず、スパイというものはな、あんなに目立つことはしないものだ。いくら本人が許せないと思っても、破落戸を倒そうとまでは思わんものだ。そんなことをしたら、周りの記憶に残ってしまって、活動できなくなってしまうからな。それに、自分の身元については、必要以上に言おうとしなかったこともそう思う理由だ。それに、身元ついでに言えば、セシュール家でも知らないかもしれない国出身だと言うことは、すぐに疑ってくれ、と言っているようなものだろう?本当にスパイだったら、少なくともこのレッセール大陸の各国がきちんと把握している国名を言うものだ。」
それを聞いて私は納得した。……この人、領主になったらかなりの名君になるかも……と思った。
辺境伯閣下の部屋が近くなってきたころ、ディレイルさんが言う。
「……他の者がいる前では、さっきのような言い方で構わないが、俺だけしかいないときだったら、呼び捨てでも構わない。それに、あんなに丁寧な言い方もしなくていい。あと、挨拶は、短くな。」
「どうしてですか?」
「……父上は今、病気でな。だから今、実質州の政務は、俺が執っていると言ってもいいんだ。今では、本当に重要な案件の時にしか、会議に出ることもない。ほとんど今から行くところにいるから、覚えておけ。」
“覚えておけ”と言われても……。今はほとんどディレイルさんの後ろをついて歩いていただけだから、道順なぞまったく覚えていないのだけど……。とりあえず私はうなずいた。帰りによく覚えておこう。
そうこうしているうちに、2人のきらびやかでも実用性が垣間見えそうな甲冑を着た兵士さんが守っている、他とは一際違う立派なドアの前に来た。兵士さんはディレイルさんを敬礼して迎えた。一方の私には物問いたげな視線を送る。
その私の代わりに答えたのは、ここまで連れてきた当人だった。
「……今日、俺専属の手伝い人として雇い入れた者だ。ここにも何度か来ることになるかもしれぬゆえ、父と母にも挨拶でもさせようと思ってな、ここに連れてきた。」
すると、左にいる兵士さんが、
「これは……失礼をいたしました。」
と言ってくれた。私は顔を上げ、
「あ、あの!よろしくお願いします。ミレイ・ニシノと申します。」
と言った。
「ちなみにな、ミレイには、我が家の姓を与えてある。……ここに詰めていられるようなお前たちならば、この意味がわかるだろう。」
と、ディレイルさんが言うと、兵士さんたちは、一層頭を下げて、ドアを開けてくれる。彼らの横を、ディレイルさんは傲然と通り過ぎ、私は恐縮しながら通った。