8.木兵の町
◆◇◆◇◆◇◆◇
「もう、い~や~」
「リズ、あんなに長い説明は初回だけだよ」
たまたま当日でも予約が取れたため、精神的な疲労を負ったリズとアルであったが、【試しの塔】の1階層へとチャレンジすることにした。
「事務局で見させてもらった地図によると、1階層は全部で8つの部屋があるみたいだよ」
「そうみたいね。で、どうする?」
おかしな話なのだが、【試しの塔】の1階層にある一つの部屋の広さが、アルフガルズの中央区の広さに匹敵するという。アルフガルズの中央区の隅にある塔の内部の一部屋が中央区と同じ。不思議なことだが、事実のようなので何ともしようがない。
「一部屋一部屋見て回ろうか?」
「まぁ、それでいいわ」
1階層の8つの部屋は、渦巻き状に配置されていて、一つの部屋には入口と出口しかない。各部屋を繋ぐ通路には帰還用の転移結界が用意されている。
「それにしても、ここはどこかの町のようだね」
「そうね。住人は全て人造生物だろうけど」
大小様々な大きさの建物が並び、狭い路地が建物の間を通っている。
「いこう!」
「うん、いこう!」
二人は迷宮内のおかしな町の路地へと足を踏み入れた。
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迷路のように入り組んでいる路地を進むリズとアル。途中で出くわす木兵へと鬱憤を晴らすかのようにリズが斧槍を叩き込んでいく。後から追いかけるアルは、木兵の破片の中から神石を拾い集め、必死でリズを追い掛ける。
「それにしても、本物の町のようよね?」
「だね。建物の中も入れるみたいだし」
リズは、建物の中を一つずつ確認していては日が暮れると言って中を確認していないが、アルは建物の中が気になって仕方ない。
「ねぇ、リズ。この明かりはどうなってるんだろう?」
この町は塔の中だと言うのに昼間のように明るい。太陽は見当たらないのに、こんなに明るいことにアルは疑問を持つ。
「細かいことは気にしない!それより、どんどん行こう!」
「あ、待ってよ!」
ずんずんと突き進むリズに置いていかれまいとアルも突き進む。
「なんか、日が暮れそうだね」
「そうね」
「僕ら野営用の道具持ってないよ」
「そうね」
二人は今日が初日。初日から泊まり込むつもりはなかったので、野営道具は持って来ていなかった。
「この塔の中は外と同じ様に日が暮れるんだね。昼もあるし夜もある。不思議だ」
「……」
この頃になると、リズの足は重くなっていた。疲れている訳ではない。ずんずんと突き進み過ぎて道に迷ってしまったのだ。
「なんか、あの建物、宿屋っぽくない?」
「……中、見てみようか」
「そうだね。そうしよう!」
アルはここまでの道中、気になる建物が沢山あったのだが、中を確かめずにここまできている。目の前の建物を覗けるとあって、テンションが上がっていた。
建物の中に入ると一階は食堂の様にテーブルが並んでいた。カウンターの横の階段を上がると、二階は長い廊下があり、その左右に幾つもの扉が並んでいる。
手前の扉から中を覗くアル。
「ここ、泊まれそうだよ。布団はないけど」
「外で何の道具もなしに野営するよりはマシね。今日はここに泊まりましょ」
リズは窓から外の様子を見て、斧槍を横に立て掛ける。ベッドのような木の箱は置いてあるが布団がない。二人は壁に寄り掛かって座り込む。
「リズ、はいこれ」
「アル?こんなの持ってたの?」
アルは腰の革鞄から硬い干し肉を取りだし、リズに差し出す。
「三日分はあるから、もう少し迷っても大丈夫だよ」
「ねぇ、アル、話があるの」
リズが改まってアルに話を切り出す。
「リズ、いつになく真面目な顔してる。なに?」
「顔はどうでもいいでしょ!そうじゃなくて…私達、これから二人で【試しの塔】を攻略するじゃない?」
「そうだね」
「二人だけだとさ、アルって私の言うことに反対しないわよね」
「昔からそうだったから、それが自然になってるのかな」
リズが進むと決めれば進む。止まると決めれば止まる。いくら無謀なことでも誰も止める者はいない。
「それじゃ、この先ダメだと思うの」
今日、正にダメなところが出てしまった。もう少し考えていればこうはなっていないだろう。
「暫く、アルがリーダーしてみてよ」
「えっ?僕?」
「アルがしたいようにして。でも、私は黙って従う訳じゃない。反対するかもしれない」
アルが道を決めて進む。止まるか、戻るかもアルが決める。だが、アルの意見が絶対ではない。リズも思うところがあれば意見する。その方がうまく行くのではないか、とリズは考えていた。
「面白そう!じゃあ、明日は僕がリーダーだ。楽しみだな~」
アルは本当に明日を楽しみにしていた。リズは、そんなアルを見てほっこりと心が暖まる。同い年ではあるが、いつもリズが引っ張ってきた。アルは弟のような存在でもある。そんなアルが嬉しそうにしているのは、リズにとっても嬉しいことであった。
◆◇◆◇◆◇
アルとリズは宿屋の屋上に登っていた。
「空が朝焼けの色になってる。不思議だね」
「方角とかはなさそうね」
アルフガルズであれば、朝は東の空が赤くなる。だが、この塔の中の町は、空全体が赤くなっている。
「だんだん白んできたね。明るくなってきた」
「アル、あなたがリーダーだけど、これは何の為なの?」
「うん、町全体を眺めようかと思って」
宿屋はこの辺りの建物の中でも背が高い建物であった。確かに、その屋上に登れば町が一望できそうだと、リズは納得する。
「恐らく、あっちに見える通路っぽいところが、昨日のスタート地点だと思う」
リズは、アルが指差す方向を見て、何となく見覚えがある建物を確認する。
「そうね、あっちがスタートかも」
「そうなると、あっちの方に見える通路っぽいのがこの部屋のゴールかな?」
遥か遠くに僅かに見える通路。リズもそれがゴールなのではないかと思う。
「大まかな方角は決まったけど、目印がないね」
空には太陽も雲もない。建物と建物の間からでは、向かっている方向が合っているのかも分からない。
「ねえ、リズ。案が二つあるんだけど、聞いてくれる?」
「いいわ、聞くわよ」
「まず一つ。ゴールの方向に見える高い建物を目指す。一番近くだと、あの建物かな。で、その建物に着いたら、また屋上に登って方向を確認する。迷ったと思ったら、近くの高い建物の屋上に登って方向を確認する。どうかな?」
「確実な方法よね。いいと思うわ」
ずんずんと突き進むリズには思い付かない方法であった。リズは、改めてアルをリーダーにして良かったと思うのだった。
「次は、ちょっとリズっぽいけど、ここからは真っ直ぐにゴールを目指す。屋根を伝って」
「それ、私っぽいの?でも、それは好きな感じ。私は二つ目の方が好みかな」
「よし決まり。僕も屋根伝いに行ってみたかったから。本当の町じゃできないしね」
そう決めた二人は早速屋根を歩いていく。同じくらいの背の高さの建物を探し、飛び越えられる程度の屋根を探し、出来るだけ真っ直ぐにゴールを目指す。
「早いわね」
「そうだね、これなら日が暮れる前にゴールに着きそうだね」
屋根の上を移動するようにしてからは、木兵とも出会わない。足下の地面を彷徨く木兵を発見しても、態々降りてまでは倒さない。
「リズ、ちょっと止まって」
「どうしたの?」
リズは、急に立ち止まるアルへと疑問の目を向ける。
「あっちの建物見て」
「見たけど、なぁに?」
「見張り小屋っぽくない?」
「……そう言われてみると確かにそれっぽい」
「その横の建物。宿屋っぽくも見えるけど、兵士の詰所にも見えるような」
「そう言われると、そう見えてくるけど…それがどうかした?」
「もしかしてだけど、木兵がいっぱい居たりして」
「……」
リズはアルが何を言いたいのか分からなかった。いっぱいいるような気がするが、それがどうしたのか分からない。
「リズ、今日は暴れ足りなくない?」
「……そう言えば、足りないわ」
今日は一回も戦闘をしていないのだ。少しどころではなく暴れ足りない。
「ちょっとつついてみない?」
「いいわね~」
「リズ、悪い顔になってるよ!」
「放っておいてよ!」
それから、二人は兵士の詰所のような建物へと向かった。
「おぉ~、木兵がうようよいるよ!」
「リズ、ちょっと場所を考えた方がいいかも。一斉に来られると流石にキツいよ」
アルはそう言って周りを見る。
「あそこなんていいんじゃないかな?」
アルが指差した方は近くの建物。
「建物の中だと私の斧槍は狭すぎるんだけど」
「建物の中じゃないけど……ちょっと説明が難しいかも。リズは、この屋根の上でちょっと待ってて。僕が先に試してきていい?」
「危険……は、無いか。やってみて」
リズの了解を得てアルは目的の建物へと近寄っていく。屋根からその建物へと乗り移ると、入口の屋根を大鉈の峰でぶっ叩く。
「ちょっとアル!」
リズの悲鳴を無視して、アルは屋根をぶっ叩く。その内、木兵が気付いて近付いてくる。三度目のアルの剣撃で、屋根が崩れ、雪崩れのように地面まで瓦礫が散らばる。
すると、近寄ってきていた木兵が瓦礫を乗り越え、その建物の屋根まで登っていく。
屋根には待ち構えているアルがいる。屋根にたどり着いた木兵は、無防備なところに大鉈の一撃を食らい、遠くまで吹っ飛んでいく。
「リズ!こんな感じ!」
「アル!それつまんない!」
アルの実演も、リズの心は掴めなかったようで、アルは肩を落とす。
それからは、延々とアルが木兵を吹っ飛ばすことを繰り返した。登ってきては吹っ飛んでいく。それの繰り返し。しかも、詰所からは、無限に木兵が涌いてくる。
「リズ!どうしよう?」
「仕方ないわね、少し代わるわ」
ぴょんぴょんとリズが屋根を飛び跳ねてやってくる。アルと代わったリズは、バシンバシンと木兵を飛ばす。
「ちょっとアル、これ意外と面白いじゃない!」
「最初だけだった。その内、飽きるよ」
案の定、吹き飛ばした数が20を越えた辺りでリズが飽きてくる。
「リズ、どっちが遠くまで飛ばせるか勝負する?」
「いいわね。じゃあ、10匹交代で!」
それからはゲーム感覚で飛ばしあう二人。最終的には数えるのも面倒なほどの木兵の破片が飛び散っていた。
そんなこんなで、最初の目的のゴールへとたどり着き、初めての【試しの塔】への挑戦を終えるのであった。
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