41.深層階層の洗礼
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アル達三人に対して死神鎌爪鬼竜は30匹超。乱戦であった。
息も継げぬほどに次々と襲ってくる死神鎌爪鬼竜を、アルとリズは竜巻のように大鉈や斧槍を振るい斬り倒していく。二人の死角からの突撃には至近距離からルナが風の刃で迎撃する。
辺りは血飛沫が舞い、濃密な血の匂いが立ち込めていた。
暫くすると1匹の死神鎌爪鬼竜を残して動く死神鎌爪鬼竜は居なくなっていた。
「はぁはぁはぁ……」
肩を大きく上下させ息を吸い込むリズ。
「アイツは何で襲ってこない?」
アルは此方を窺うように離れている1匹の鬼竜を警戒する。
「もしかすると群れのリーダーなのかも知れませんわね」
やがて、1匹の死神鎌爪鬼竜は、アル達から目を離さずにゆっくりと三人から離れていった。
アル達は這う這うの体で一旦、86階層から脱出する。
たった数時間の探索で疲弊していた。牛頭大鬼の大将を一対一で倒す力があっても、神造迷宮の深層は簡単にはいかない。
体力だけではどうにもならないのだ。敵の戦略を見破りそれを上回るための知力。如何なる時も心を乱さず罠に陥らない強い精神力。勿論、如何なる相手も倒しきる体力も必要だ。知力、体力、精神力。いずれが欠けても神造迷宮の深層階層での探索は上手くはいかない。
今回、アル達は神造迷宮深層階層の洗礼を受けた。
視界の良い平野で、罠も無ければ死神鎌爪鬼竜の集団であろうと、あそこまで窮地に追い込まれはしなかっただろう。
視界が悪く、相手の術中に嵌まり、苛立ち焦ったことで罠を見逃し、あそこまで窮地に追い込まれたのだ。
アルはリーダーとして、皆を危険に曝したことを深く反省した。仲間に指示を出すべき己がしっかりしなければ深層階層は攻略出来ない。
無尽蔵の体力があろうと、直ぐに揺さぶられる精神力では深層階層は攻略出来ないのだ。
アルは、リズ、ルナに探索を1日延ばすようにお願いする。
86階層に出現する神造生物や罠を調べ、対策方法を考える。何度も何度もシミュレーションし、如何に危険なく相手を倒しきるか、如何に早く罠を発見し速やかに解除できるか。
アルはそれらを考えるために、探索者協会の資料室に籠り、翌日の探索に挑んだのだった。
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「リズ、ルナ、待たせてごめん。早速、行こうか」
隊列は前回と同じ。アルを先頭にルナ、リズの順で進む。
草原に出たところでリズがアルに話し掛ける。
「ねぇ、アル。悲壮感が凄いんだけど。もしかして責任を感じて一人で背負いこもうとしてない?」
「そうですわ、アルは一人で考え込み過ぎです」
リズもルナもアルが一人で背負いこんでいることには早々に気付いていた。
「アルは罠の発見に注力してください。索敵は私に任せて頂きますわ」
「あと、敵に突っ込むのは私がやるから。アルは周りを良く見て皆に指示を出して。アルが突っ込んで指示まで出したら、私が居る意味ないじゃん」
「……分かった。それじゃ、頼むよ」
アルは、ルナ、リズの提案により幾らか重圧から解放された。一人で全てをやりきる必要はなかったのだ。三人も居るのだから、分担すべきだったのだ。そんなことに今更気付いたアルは己を恥じ、それと同時に仲間を誇らしく感じた。
「アル、提案なのですが、出口に向かって草原を真っ直ぐに突き進むのではなく、幾らか遠回りかもしれませんが、森林の中を通ってみませんか?遮蔽物もありますし、簡単には囲まれないと思いますわ」
「でも、それだと……」
「アル、焦り過ぎないで。私達には時間がない訳じゃないの。時間は1ヶ月もあるのよ。心に余裕を持たなきゃ隙を突かれるよ!」
「そうですわ。それに、真っ直ぐに突き進むよりも回り道した方が結果的には早く辿り着くことだってありますわよ?」
ただでさえ攻略が難しい深層階層。プルトを早く治してあげたいという焦り。更に一人で背負い込むことで不要な重圧を感じ、アルの精神は良い状態ではなかった。
リズ、ルナの言葉は、アルの心に深く染み渡った。
「リズ、ルナ、ありがとう。なんだか楽になったよ。そうだね、1ヶ月もあるんだ。焦らずに着実に進んで行こうか」
平常心に戻ったアル。三人はルナの提案通りに森林の中を通り、攻略を進めることにした。
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「これは協会の資料には書かれてないな。ヴァンさんの話にも出てこなかったし」
「ごめんなさい。森の中は失敗でしたわ」
「そんなことより、どうするのよ?」
アル達の目の前には巨大な蛇がいる。胴回りは0.5メトル程度であろうか。木々に遮られ全長を視認することは出来ないが、少なくとも10メトルは越えていそうであった。
そんな巨大な蛇の頭部がアル達に向いていた。
「近寄りたくはないな」
「食べられちゃいそうよね」
「私が遠距離で攻撃してみますか?」
「うーん……威嚇して追い返せるかな?下手に刺激して戦闘になりたくないし……」
「逃げてみる?」
「そうしましょう」
「だね」
アル達は、後退して逃れることを選択する。巨大な蛇から目を離さず、徐々に離れるのだが、巨大な蛇も距離を保って追ってくる。
「駄目そうだね。完全に獲物として認識されてるっぽい」
「残念だけど、そうみたいね」
「ごめんなさい。森にこんな生物が居るとは思わなくて……」
「仕方ないよ。よし、接近される前になんとかしようか。ルナ、お願いできる?」
「分かりましたわ。風よ!」
不可視の風の刃が巨大な蛇に襲い掛かる。蛇の頭部に幾筋もの傷が出来るが、断ち切ることは出来なかった。
攻撃を受けた蛇は、様子見から戦闘モードに切り替えたようで、うねりながらアル達へと急接近してくる。
「速いっ!」
その接近速度は死神鎌爪鬼竜に勝るとも劣らないほどの速さであった。
蛇はアル達の数メトル手前で鎌首を持上げ大口を開けると、一気に飛び掛かってくる。
そこへルナの風の刃が襲い掛かり大蛇の勢いを殺ぐと、リズが斧槍が大蛇の鼻先へと叩き込まれる。
いつの間にか飛び上がっていたアルは、降下の勢いと体重を乗せた大鉈の重い一撃を大上段から叩き込む。
リズ、アルの連撃により頭部が砕かれた大蛇であったが、まだその命は尽きていない。
その場で身をくねらせ太い胴体をいたるところに叩きつける。
木々は薙ぎ倒され、地面は抉れるが、アル達に被害は及ばなかった。
ルナの光の矢の雨が大蛇を襲い、その動きを鈍らせると、リズとアルが左右から大蛇を袋叩きにする。
漸く暴れなくなった大蛇だが、尾の先はいまだに動いていた。
「凄い生命力ですわね……」
「でも、強さは大したことないわ」
「この程度なら、死神鎌爪鬼竜の群れよりは楽だよ。このまま森の中を行こうか」
アルの提案に二人は頷く。大蛇が完全に動きを止めるのを待っていると、その巨体が地面に溶け込むように消え、大きな神石を残した。
アル達は、神石を拾い上げると、更に森の奥へと歩を進めるのだった。
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