40.神造迷宮86階層
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呆気ない幕切れであったが、戦争が終結し、国王や宰相を始め国民は胸を撫で下ろした。戦争に参加し生き残った狩人や探索者はそれぞれの生活へと戻っていった。
唯一人、納得出来ない男も居た。その男は大豪鬼、龍豪鬼の両大将の首を取ると息巻いていた。アルが約束通りに吸血鬼の大将だけでなく牛頭大鬼の大将も倒したのに、俺が約束を果たさないでどうする、と防壁の上で大声で叫んでいた。
近々、少数精鋭でオーガズルへ乗り込み両大将の首を取ってくるそうだ。
そして……
「ルナ、プルトの容態は?」
「目を、覚まさないの……」
ルナはそれ以上は言葉を続けられなかった。ルナの代わりにアルへの説明を引き継いだのはオルクスである。
「手を尽くしたが、我々では回復させられない……だが、死んではいない。仮死状態にしている」
オルクスは、プルトの肉体が持つ自然治癒力が著しく低下していると分析していた。薬で一時的に損傷した臓器や骨肉を治療しても、徐々に元の損傷した状態へと戻っていくのだ。
あらゆる手を尽くした結果、状況を悪化させないために、仮死状態にしたのだった。
「おそらく、その吸血鬼固有の毒とか呪いの類いではないかと推測している」
オルクスは、これまでこのような症状は見たことも聞いたこともなかった。古い文献を調べて、かろうじて今の推論に至ったのだ。
「……どうすれば……プルトは元に戻るのですか?」
仮死とはいえ、プルトは生きている。オルクスが仮死状態にしたということは、元に戻せる何かがあるのかもしれない。アルは、そんな淡い希望を持ってオルクスへと問うた。
「……一つだけ……確かではないが可能性はある」
オルクスが静かに語りだす。
「万能薬と呼ばれるあらゆる状態異常を治すことが出来る薬がある。かつて、ヴァン殿が神造迷宮の深層で手に入れたことがあるものだ」
「万能薬……神造迷宮の深層か……」
数年前、ヴァンが当時の最深到達階層である100階層で手に入れたものであった。
現在の聖銀の新星の最深到達階層は86階層。万能薬を探すにしてもまだまだ浅い。
「……分かりました。僕らは何としてでも万能薬を手に入れてきます。ルナ、君も行けるかい?」
「アル、ありがとうございます。私は一人でも行くつもりでした。アルが一緒に行ってくれるなら心強いです」
「ルナ?勿論、私も行くわよ?忘れないでね!」
「リズ、ありがとう。あなたはかけがいのない親友ですわ。忘れる訳がありませんわよ」
こうして、アル達聖銀の新星の新たな目標が定められたのだった。
オルクスから借り受けていた【会心の腕輪】【月の瞳】【無限の首輪】は、そのままアル達が持っていて良いと、オルクスに許可を受けた為、アル達は偽りの力を借り受けたまま神造迷宮へと挑むこととなった。
「オルクスさんには感謝しなきゃね。私、これがないと不安で……」
「私も【月の瞳】があって助かっていますわ。確実に敵よりも先に相手を感知できることは素晴らしい利点ですわ」
「そうだね。僕も感謝している。だけど、デメリットはどうなんだい?
リズはしっかりと武器の手入れをしないと。迷宮に潜る前には大将の武器屋にメンテナンスに出そうか。僕のも一緒に。
ルナも脳への負担が掛かるんだから、あまり多用しないように気を付けて。普段の索敵は僕やリズも出来るから。索敵しにくいような場面で使うようにしよう」
「アル、母様みたい。アルは聖銀の新星のリーダー兼母親役ね」
「ふふ、そうですわね。それと、アルは食糧は多目に持っていかないとですわよ!」
アル達は迷宮に潜るための準備として、武器の補修、食糧、野営セット、手鍋等のチェックと買い出し等々で、地上で一週間を過ごした。
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「リズ、ルナ、聞いてくれ」
86階層へ降り立ったアルは決意を二人に語る。
「一階層に掛ける期間は最長1ヶ月とする。それでも100階層へ辿り着くのは1年以上掛かってしまうだろう。
途中の探索は極力なくす。100階層から本格的に探索開始だ」
プルトを仮死状態で長い間放置したくない。アルはそう思い、強行軍を提案したのだ。
「アル、貴方の想いは分かりました。私からもお願いしますわ」
「勿論、私は了解よ。強行軍だろうとなんだろうと、やるしかないわね!」
二人も同じ想いであった。
86階層以降の地図はないが、ヴァンにヒアリングして大体の道筋は把握している。それでも、一階層に1ヶ月は相当に厳しい。ヴァンでさえも、80階層以降は一階層の攻略に数ヶ月を要しているのだ。それでも、アル達はやり遂げるために、厳しい道程へと飛び込んでいく。
アルを先頭にルナ、リズの順で86階層を進む。接近戦に強くないルナをアルとリズで挟むこと、罠の発見と解除はアルしか出来ないため、このような順番となった。
86階層は森林と草原の階層であった。ただし、草の背は高く、リズやルナの肩の高さまである。
先頭を歩くアルは、大鉈で草を苅りながら道を切り開く。見にくい足下に罠が無いかを慎重に確認しながら歩を進めるため、その歩みは遅かった。
暫くは、ヴァンに教えて貰ったことを思いだし、慎重に進んでいたアルが急に立ち止まる。
「ルナ、死神鎌爪鬼竜がこちらを窺っている。囲まれる前に遠距離で仕留めたい」
「分かりましたわ」
死神鎌爪鬼竜は、体高・約2.5m、体長・約5m、体重・約350kgの二足歩行で、両手の死神の鎌のような湾曲した鋭く長い爪を武器に、素早い動きで敵を切り刻む中型の鬼竜である。
単体では中型の鬼竜の中で最強であり、群をなして狩りを行うため、大型の鬼竜よりも脅威度は高い。
「ルナ、左端からお願い」
「風よ!」
ルナは草の向こうに死神鎌爪鬼竜の姿を視認すると、アルの指示通りに左端の一団へと竜巻をぶつける。
死神鎌爪鬼竜は、アル達に気付かれたことで、急いで囲いを形成するが、先制攻撃により味方の数が減っており、囲いは疎らになっているように見えた。
「見えているだけじゃありませんわ!数匹、草陰に隠れてますわよ!」
「了解。リズはルナについて迎撃を頼む。俺が囲いを突破するから、二人は後に続いてくれ。ルナ、隠れている敵も含めて奴等の正確な位置を教えてくれ。それと、後方への牽制も頼む!」
「護衛は任せて!何者も通さないわ!」
「分かりましたわ!」
アルは、ルナに敵の位置を教えて貰い、手薄な側へと移動する。
だが、アル達の移動に合わせて死神鎌爪鬼竜も移動し、更に囲いを狭めてくる。
それでもアルは手薄な箇所を探してはそちらからの突破を試みるしかなかった。
動けば動くほど絡まってくる蔦のように確実に獲物を追い込んでくる死神鎌爪鬼竜に苛立ち焦ったアル。
普段であれば気付けたのだろうが、その時は気付けなかったのだ。
カチリと罠を踏み抜いた。
地面から無数の石の槍が飛び出してくる。
アルは驚異的な反射神経で、己に突き刺さる軌道の石槍を一振りで断ち斬り、後方へと跳び退く。
リズ、ルナも石槍の攻撃範囲から逃れていたのだが……
「アル!死神鎌爪鬼竜が一斉に襲ってきますわ!」
その隙を逃さず、死神鎌爪鬼竜は狩りを始めるのであった。
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