39.挑発
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【挑みの塔】の30階層の階層守護者、或いは【戦いの塔】の30階層の階層守護者との戦いをアルは思い出していた。
今、相対している牛頭大鬼の将であるガースは、階層守護者と比べると格段に強い。アル自身もあの階層守護者との戦いから成長しているが、それを差し引いても、階層守護者と戦ったときよりも不利な状況だろう。
だが、自分よりも格段に大きく強い相手との戦い方は覚えている。一対一であれば、幾らでも勝機を見いだせる筈だ。
アルは、この牛頭大鬼の将ガースに対して、卵形の鉄球を使わないことを決断したのだ。
「逃げ回る?お前が追い付けないの間違いじゃないか?」
アルは嗤い、ガースを挑発する。
ガースはその安い挑発にあえて乗る。
ガースは、巨大な戦斧を縦横無尽に振り回すが、どれもアルには当たらない。
アルは大鉈で牽制しながら、ガースの攻撃をいなしていた。受けるでも、受け流すでもなく、回避しているのだ。
ガースの巨大な戦斧が空を切ると、アルはガースの膝を狙って大鉈を振るう。どれも一撃必殺の威力はないが、最小限の動きで鋭く斬り掛かる。
ガースは次第に、威力重視の大振りの攻撃から、アルを捉えることを優先した攻撃へと変えていく。
アルは、攻撃の質が変わってくると、回避ではなく受け流すようになってくる。受け流しは回避と違い、相手の力の流れを意図的に変化させるため、次の攻撃を入れやすくなる。
ガースは、当初、余裕を持って、あえてアルの挑発に乗ったのだが、今では本気で苛ついていた。
「こっちだ、うすのろ。よく狙え」
アルは挑発を続ける。
ガースは、アルの挑発にイラッとし、再び大振りな攻撃に戻る。
端から見ると、ガースの猛攻をアルがやっとのことで凌いでいるように見えるのだが、本人達は、そうではない。
常に嗤いながら、相手を挑発し、ガースの攻撃をいなしているアル。
イライラが溜まりに溜まってしまい、意図せず大振りな攻撃を放ってしまうガース。
その戦いは延々と続く。
戦闘が始まってから、五分、一〇分と経ち、次第にガースの攻撃の間隔が開いてくる。三〇分も経つ頃には、攻撃間隔だけでなく、一振り一振りの攻撃速度も遅くなってくる。一時間が経つと、ガースは肩を大きく上下させ、忙しなく空気を求め、呼吸が粗くなってくる。相変わらず、ガースの一撃の威力は高いが、攻撃速度も回数も格段に落ちる。
「牛頭大鬼軍の将よ。息切れか?」
「ボッウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
アルの挑発を遮るように、雄叫びを上げるガース。
再び、ガースは攻撃間隔を短くし、攻撃速度を上げ、巨大な戦斧を振り回し始める。
そのガースの攻撃は、戦い始めた当初を思わせるほどの激しさであった。
だが、アルは戦い始めた当初のように、ガースの攻撃をいなし続ける。
すると、ガースの攻撃が突然止む。
巨大な戦斧を杖のように、地面につき、荒々しく呼吸するガース。
そこへ、アルが大鉈の鋭い一撃を入れる。狙いは当初と変わらず、左右の膝。
一撃入れては離れ、入れては離れを繰り返すアル。
アルの攻撃を待ち構え、受けてからのカウンターを狙うガース。
「どうした?本当に俺を捉えられないのか?俺を失望させるなよ?」
アルはなおもガースを挑発する。
アルの挑発を受け、ガースのカウンター狙いの鋭い一撃に力が入る。
ガースのその威力重視の攻撃は、もはやカウンターとは呼べない程のタイミングの遅れた攻撃となっていった。
空は赤みを帯始めると、次第に明るさを落としていく。
日没であった。
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見渡す限りの周囲は闇に閉ざされているが、その場だけは煌々と照らされていた。
周囲には炎の球が幾つも浮いている。炎の球は、全てヴァンが作ったものであった。
無尽蔵の体力を持つアルは、一方的に攻撃し続けていた。
アルは一撃離脱のスタイルを変えず、たまに返ってくるガースの攻撃を避け、嗤い、ガースを挑発する。
ガースの動きが明らかに鈍ってきていた。それは、体力の消耗だけでなく、地味に膝に溜まったダメージも影響している。
ガースは、足が重く、特にアルの左右に揺さぶるフェイントには明らかについていけてない。
「がっかりだよ、牛頭大鬼の将よ」
「ボッウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
ガースは、アルの挑発に耐えきれずに雄叫びを上げると、ほんの僅かな時間だけ、当初のような動きを見せるが……
「どうした、もう終わりか?」
ガースの攻撃は直ぐに続かなくなる。
そんな二人の戦いは、明け方まで続いていた。
ガースは、両膝をやられ、方向転換するだけでもやっとであった。更に、片目が潰され、左手の指も幾つか失っている。
ガースはアルの攻撃を回避することも出来ず、受けっぱなしであった。更に、攻撃もろくに出来なくなっていた。左手の指を幾つか失ったことで、巨大な戦斧を縦横無尽に振り回すことが出来なくなっていた。
完全に夜が明け、空が朝焼けから青空に変わる頃……
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
アルの雄叫びが響いた。これから気合いを入れるための雄叫びではない。
勝利の雄叫びであった。
アルは、牛頭大鬼の将であるガースを十三時間にも及ぶ戦いの末、遂に仕止めたのだ。
アルはガースの首を刈り、大鉈の先にガースの頭部をを突き刺すと、後方に控える牛頭大鬼軍に見えるように高々と持ち上げた。
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
アルは牛頭大鬼軍に己の力を誇示するかのように雄叫びを上げる。
ガースが討ち取られたことを理解した牛頭大鬼軍は、ゆっくりと防壁から離れていった。
牛頭大鬼の将であるガースの命令は、例えガースが死んだとしても有効であった。
ガースは、己が万が一にも敗れるようであれば撤退するように命令していたのだ。
日が中天を通る頃になると、東の防壁からは、一切、オーガルズ軍の姿は見えなくなっていた。
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東西に配置されていたオーガルズ軍の両翼、西の吸血鬼軍、東の牛頭大鬼軍は撤退していた。
中央に陣取る大豪鬼軍、龍豪鬼軍の命令も聞かず。
元々、オーガルズ軍の結束は強くない。吸血鬼軍やの牛頭大鬼軍は、それぞれの将であるアスベルやガースの命令にしか従わないのだ。
残された中央の本隊は、大型の鬼竜を防壁に突撃させ、大型の鬼竜が尽く聖銀大砲に殲滅されると、呆気ないくらいに速やかに撤退していったのだ。
こうして、約2ヶ月に及ぶ人族アルフガルズ軍と鬼族オーガルズ軍の戦いは幕を閉じたのだった。
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