38.一騎討ち
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「誰ぞ儂と勝負をする者はいないのか!」
防壁から数100メトル離れた場所で大声を張り上げる大男。身の丈は3メトルを優に越し、普通の成人男性の二倍はあるだろう。岩や鋼のように発達した筋肉に覆われた肉体を持ち、側頭部からは湾曲した二本の角が突き出ている。手には巨大な戦斧を携え、この距離だというのに防壁の上まで届くほどの威圧を放っていた。
「牛頭大鬼の将・ガースよ!
一騎討ちに応じたとして、お前は何を望む!」
ガースに劣らないほどの声量で応えるのはヴァン。アルフガルズ随一の実力の持ち主である。
「儂はまどろっこしい戦いに飽いただけのこと!
一騎討ちで儂が破れるようであれば、牛頭大鬼の軍はこの戦いから手を引こう!
一騎討ちで儂が勝ったのならば、更に一騎討ちに応じろ!」
実に分かりやすい。自分を倒すまで、お前らは挑み続けよ。ガースはそう言っているのだ。
「アル、あれは面白いヤツだな」
「あれが俗に言う、戦闘狂ってヤツですかね」
「まぁ、そうだろうが、そうでもないかもしれないぞ?」
「どういう意味でしょうか?」
「奴等にはこの防壁を突破する力がないんだよ。そうなると、無駄に戦力を削ることになる。ヤツは、弟分を守ろうってな兄貴分的な義の持ち主かもしれん。はたまた、この状況を打破するための策士かもしれん」
アルはヴァンの言を頭に入れ、言わんとすることを理解しようと考える。
まず、防壁を突破する力がないことについて。
鬼族は、防壁を突破するために、大型の鬼竜に特攻させていた。何度も繰り返せば大型の鬼竜が少なくなるのは理解出来る。だが、そこまで大型の鬼竜が減っているとは思えない。だが、ここから見える限りには大型の鬼竜の姿は確認出来ない。
そこまで考えて漸くアルは気付く。大型の鬼竜は、中央の軍に集められているのだ。だから、この東側には大型の鬼竜がいないのだと。
次に弟分を守る兄貴分的だということについて。
大型の鬼竜がいなくても、牛頭大鬼は、こちらを攻め滅ぼす必要があるのだろう。大型の鬼竜が居なければ、牛頭大鬼軍が特攻することになるのだろうか。防壁上には聖銀大砲が設置されているのだから、ヤツ等が防壁に辿り着くまでにかなり大きな被害を受けることになる。
もし、ガースが討ち取られたとしたら。他の牛頭大鬼達は、撤退する理由ができ、余計な被害を受けずに済むということだろう。
最後に策士について。これについては、アルは幾ら考えても答えにたどり着かなかった。
「ヴァンさん、ガースが策士ってどういう意味でしょうか?」
「あぁ、それな。
もし、俺がガースの一騎討ちに応じるとする。それで俺が敗れたとしたらどうなる?」
「ギルさんか、隊長格の方が一騎討ちに応じるのでは?」
「じゃあ、そいつらも敗れたら?」
「応じられる者がいなくなりますね……」
「そうだな。そんで、この東側の隊は誰が纏めるんだ?」
「……纏められる者が……居なくなります」
「そうだな。俺等にとってはデメリットが大きい。一騎討ちを受けるのは阿呆のやることだろうな。少しでも頭のキレるやつなら、ガースの策に敢えて乗る者はいないだろうよ。まぁ、俺の勘だと、ガースはそこまでは考えてないと思うけどな」
ヴァンの説明を聞いて納得するアル。
「では、この一騎討ちには誰も応じないのでしょうか?」
今までのヴァンの説明を聞けば、アルでなくともそのような結論に達するだろう。
「いや……そうでもない」
「?」
「大馬鹿野郎とか戦闘狂なら、一騎討ちに応じるだろうな。そこの隊長みたいな」
ヴァンに顎で示され、アルがそちらを振り向くと、ウズウズしているギルバートが居た。そして、その横にウズウズしているリズも居た。
「居ますね……」
かく言うアル自身もウズウズしている。飄々としているが、ヴァンもウズウズしているのであった。
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「誰ぞ儂と勝負をする者はいないのか!」
あれから数時間。アルフガルズ軍は誰も名乗りをあげずにいると、辛坊堪らなくなったガースが再びアルフガルズ軍に問うてくる。
アルフガルズ軍もこの数時間、何もしなかった訳ではない。ヴァン、ギルバート等の隊長格が集まって話し合いをしていたのだ。
防壁の上から縄梯子が降ろされ、一人、防壁の北側に降りていく。
その者は、真っ直ぐに牛頭大鬼の将ガースの元へと歩む。
「ぼ、俺は!アルフガルズ軍、聖銀の新星、アルだ!
いざ、尋常に勝負しろ!」
大鉈を右脇に構え、剣先を後方へ向けるアル。
嗤うガース。巨大な戦斧を肩に担ぐように構える。
「簡単に終わってくれるなよ!」
お互いに走り出し、一気に距離を詰めていく。
ガースは大きく宙に跳び上がると、巨大な戦斧を大上段へ構え、落下とともに一気に振り下ろす。
アルは一気に加速し、振り下ろされる巨大な戦斧とガースの巨体の下を潜り抜ける。
直後、爆ぜる地面。そこには小規模なクレーターが出来上がっていた。
アルは隙だらけのガースの背中へと刺突を繰り出す。
ガースはその場で回転しながら、巨大な戦斧を横薙ぎに振り回す。
タイミング的にはアルの刺突が確実に先に届く。それはアルも分かっているのだが、ガースに果たして刺突がどれ程の効果があるのか。風を切り音を上げながら此方に向かってくる巨大な戦斧を横目に、アルは刺突を途中でキャンセルし、斜め前方に転がるように回避する。
「おい、逃げ回るだけか?」
「……」
アルは俊巡する。ルナに託された最後の一つとなった卵形の鉄球を使うべきか。
「おらっ!」
アルの一瞬の迷いの隙を見逃すガースではない。掛け声とともに肩に担いでいた巨大な戦斧を一気に振り下ろす。
回避不能であった。アルは大鉈を戦斧に合わせ、受け流しを試みる。
圧倒的な膂力とその戦斧自体の重量からなる振り下ろしの威力は、今までアルが経験してきたどの一撃よりも遥かに重かった。
アルは、ガースの戦斧を完全には受け流せず、大鉈の峰が右腕を打つ。
戦斧は、アルの右肩を掠めるように過ぎ去り、地面に激突する。
地面が弾け、石弾と化した礫がアルに突き刺さる。
無数の礫の衝撃によりアルは数歩飛ばされた。
アルは着地と同時にバックステップで距離を取ると、数瞬前までいた空間がぶったぎられる。
「どうした、本当に逃げ回るだけなのか?儂を失望させるなよ?」
アルは決断した。
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