37.復帰する者、残る者
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アル達は土豪内を疾走していた。約600メトルの土豪を全力で駆け抜け、ケルムト大河の河岸まで出たところで一旦止まる。
「ルナ、鬼族の動きは?」
「全く動いてませんわ。どうなっているのでしょう」
「分からないが、幸いだね。リズ、プルトを下ろして」
プルトの傷口は上級治療薬のお陰で徐々に塞がりつつあり、出血も止まっているが、それまでに流した量が多すぎた。
「アル、ルナ!プルトの体温が下がってる!」
「僕とリズの持ってる上級治療薬で治療しよう」
「お願いしますわ」
二人分の上級治療薬を全て使いきると、傷口にはうっすらと表皮が再生されてくるが……
「ダメね。体温は戻らないし、脈も弱いわ」
「毛布がありますわ。これで包んでください」
「大河の中には入れないね……このまま陸地を南に行こう」
プルトを死なせてなるものかと、アル達は再び全力で走り出す。
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アル達が中央区王城内の医務室に辿り着いたのは、アスベルを倒した僅か1時間後であった。
中央区の北側に野戦病院も設営されているのだが、混みすぎている、高度な治療が見込めない等の理由で王城内の医務室へと飛び込んだのだった。
「何とかプルトの命を助けてください!」
アルの悲痛な叫びは、リズ、ルナの気持ちを代弁している。
対応していた医師は、自分達の力だけでは乗り切れないことを瞬時に判断し、ある人物を呼ぶ。
その人物が到着するまで、医師達は懸命に延命処置を施すが、プルトの脈は徐々に弱くなっていく。
「待たせた!」
医務室に飛び込んできたのはオルクスであった。
「オルクス殿!お願いします。私の弟を助けてください」
ルナも普段の冷静さを失い、オルクスにすがりつく。
「三人は外で待っててくれ。大丈夫、絶対にプルトは死なせない」
オルクスはそう言うと、プルトに向き直る。アル達は、他の医師に医務室から出るように促される。
「ルナ、リズはここで待ってて。
僕は国王様にアスベルを殺したことを報告してくるよ」
「アル、お願いね」
「お願いしますわ……」
アルは、聖銀の新星として、戦線に復帰することは難しいかもしれないと考えていた。
プルトが一命をとりとめたとしても、少なくてもルナの心は直ぐには戦争に向かないだろう。
リズは無理矢理でも己を奮い起たせて戦線に復帰するだろう。アル自身もリズと同じである。今直ぐには無理でも、戦線に復帰出来るように己を奮い起たせるだろう。
今でも前線で戦い続けている仲間を思うと、ここで止まっている訳にはいかない。
少しでも早く、戦線に復帰しなければならない。アルは、そう考えていた。
◆◇◆◇◆◇
アルは、吸血鬼の大将であるアスベルを打倒したことを、国王アルフレッドと宰相へと報告する。
同時に、宰相から直近の戦況を教えてもらうことが出来た。
西側では、防壁から離れた場所で鬼族が待機している。
東側では、牛頭大鬼の大将が大暴れしており、何度か防壁を崩されては、追い返し、防壁を修復するということを繰り返している。
そして、防壁の中央は、離れた場所で待機していることは西側と変わらないのだが、着々と大型の鬼竜が集められている。
「オーガルズ軍が総力戦で来るのは時間の問題だろう。
圧倒的な戦力で中央を抜かれれば、アルフガルズ軍は耐えきれないだろう」
宰相が悲痛な面持ちでアルへと告げる。
だからこそ、少しでも戦える者は早く戦線に復帰してくれ。宰相はそこまで言っていないが、アルには、そう聞こえていた。
アルは、国王への報告を終えると直ぐに医務室へと引き返す。
ルナ、リズともに疲れきった表情で長椅子に腰掛けていた。
「ルナ、リズ、聞いてくれ。
僕はこのまま戦線に戻る。二人はプルトについていてくれ」
「アル?……私は……」
「リズ、貴女はアルについていってください。私は申し訳ありませんが、プルトに付き添っております……」
「ルナ……
そうね。私はアルとともに戦線に戻る。前線でルナとプルトの復帰を待っているわ。
でも、復帰する前に鬼族を返り討ちにしちゃうかもね」
「ふふ。リズ、お願いしますわ」
無理矢理、明るく振る舞おうとしているリズ。ルナは、そのリズの気持ちを酌んで、笑顔を作る。
「ルナ、プルトをみてやってくれ。僕達は、絶対に中央区には鬼族は入れさせないから」
アルはルナへそう宣言し、リズを連れて戦線へと戻るのだった。
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アル達が戦線に戻ると、隊長格の者に東へ応援に行くように指示を受ける。
「そんなに東側の牛頭大鬼隊との戦況が芳しくないのですか?」
「ああ、そうだ。今はヴァンの率いる小隊にも行ってもらっているから、徐々に盛り返すだろうが、今は苦しいところだ」
元々、東側にはギルバート率いる狩人部隊が配置されていた。そこに、少数とは言え、ヴァンとその小隊が加われば、と誰もが期待してしまう。それほどまでに、ヴァンという一個人は皆からの大きな期待を受けているのだ。
「分かりました。僕らは東に向かいます。リズ、行こう」
「了解よ!」
こうして、アル、リズは二人で東を目指す。
元々、ヴァン率いる探索者部隊は明確な役割を与えられておらず、手薄なところに応援に入る感じであったのだが、その中でもアル達は、特に異質・自由であった。
特殊な任務を与えられたり、自らの考えで行動することを許されていた。
リズとプルトという戦力を欠いた今では、アルとリズの二人が東の戦線に加わったところで、体勢に影響はない。
多くの者は、そう考えていた。
アルとリズが東の戦線に到着すると、防壁が修復されたところであった。
一旦、落ち着きを取り戻していた東の部隊。アル達は、その中からヴァンを見つけ近付いていく。
「よう、アルとリズじゃねぇか。うちのルナとプルトはどうした?」
ヴァンから声を掛けられたアルは、今までの経緯と、ルナ、プルトが離脱したことを伝える。
「そうか……で、お前らは戦線に復帰したと。ならば、望み通りこき使ってやる。
吸血鬼の大将アスベルに続き、牛頭大鬼の大将ガースも倒して見せろ。そしたら、お前らは伝説として後世に語り継がれるだろうぜ」
ヴァンは軽い感じで大きなことをアルに言う。アルもそれに対して軽い感じで応える。
「分かりました。僕らがそのガースってやつを倒しますよ。その代わり、ヴァンさんは、大豪鬼の大将と龍豪鬼の大将を倒してくださいね」
「ははっ、言うな。よし、お前らがガースを倒したならば、俺もやってやろうじゃないか」
「そしたらヴァンさんは、英雄として、後世に語り継がれますよ」
この二人の会話を聞いていた者で、二人を笑う者はいない。これまでの実績を知らなくとも、この場で、この状況でこのような大言を吐ける程の戦士は滅多にいない。この二人はその大言を実現するのではないかと思わせる何かを持っているように感じるのだ。
「ヴァンさん!」
防壁の上から大声でヴァンを呼ぶ男が居た。
「アンリ、どうした?」
防壁の上の男と同様にヴァンも大声を張り上げる。
「撤退した牛頭大鬼軍ですが、動きがありました。
たった一人で、此方に近付いてきた大男が何かを喚いてます!
もう少しで聖銀銃の射程範囲なんですけど、撃っちゃっていいですか?」
ヴァンとアルは顔を見合わせる。
この状況で、一人で此方に近付いて来るとしたら、そうなのではないかと。
「アンリ、そいつは何て言ってるんだ?」
「大将を出せと。一騎討ちしてやるとかのたまってますよ!」
ヴァンは駆け出す。アル、リズも遅れずについていく。
防壁を登る階段を一気に駆け上がり、その一人の男を見る。
「アル、アイツが牛頭大鬼の大将、ガースだ。
一騎討ちを所望のようだが、どうするよ?」
ヴァンは心底楽しそうにアルへと問い掛けた。
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