36.決戦
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夜明けとともにアル達は、吸血鬼の大将であるアスベルが待ち構える拠点へと赴く。
拠点と言っても天幕はなく、遠巻きに整列した吸血鬼部隊が見守り、その中心に玉座のような、この場に似つかわしくない椅子が有るだけであった。
「遅かったな」
その玉座に座しているアスベルは、まるで旧友との待ちわびた再会のようにアル達へと声を掛ける。
「色々あったからね」
アルもそのアスベルへと応える。
「さあ、殺り合おうか」
アスベルは嗤う。待ちわびた再会を祝すかのように。
「殺り合おう」
アルもアスベルに応えるように嗤うと、両手を水平に広げる。
左にはプルト、右にはリズが並び、アルの後ろにルナが立つ。
戦いの合図は、アスベルが玉座から立ち上がったことだったのだろうか。その前に既に始まっていたのだろか。
「はっ!」
アルから仕掛ける。
前傾姿勢で鋭く接近すると、右下からの斬り上げを放つ。
ふわっとアスベルが浮き上がると、大鉈に両断され、まるで幻のように揺れながら姿が掻き消える。
『リズの側ですわ!』
ルナが後方から指示を飛ばすと、アル達は素早く反応する。
リズは、斧槍を旋回させ、大きく弧を描くように右薙ぎを放つ。姿を捉えていない、見えない相手に鋭い一撃を放った。それは、牽制の一撃。アスベルを近付けさせないための一撃である。
リズの両脇からは、リズを包み込むように風の刃が発生し、リズを中心に前方へと風の刃が突き進む。
一瞬だけ、アスベルの姿が現れたかと思うと、直ぐに幻影となり、掻き消える。
アル達の後方から、眩い光の粒子が飛び散ると、光に照らされた不自然な闇が浮かび上がる。
リズがバックステップで一旦下がると、それに呼応するかのように、プルトが前に出る。
プルトは、雷を纏った両拳と両脚から、不自然な闇に向かって連撃を繰り出す。
アルは、大鉈を大上段から降り下ろし、闇を両断する。
「ほぅ……やるな」
闇が溶けるように消えると、その後ろから、額にうっすらと傷を作ったアスベルが姿を現した。
ここまでの攻防で、唯一、アスベルに触れたのは最後のアルの一撃のみ。
それも皮膚を薄く斬っただけであり、瞬く間にその傷痕も消え去る。
「余裕そうだな」
「ふはははは……笑わしおるな。余裕が無いわけがなかろうに」
よほど愉快であったのか、アスベルは腹を押さえて笑っている。
アルは、アスベルが作ったその僅かな時間でルナとプルトに指示を出す。
『ルナ、細かく正確にアスベルの位置をプルトに伝えて。
プルト、卵形の鉄球をお願い』
『分かりましたわ』
『了解。姉さん、頼むよ』
アルとリズの二人が前に出るとプルトが下がる。
アルとリズは広がりながら、アスベルへジリジリと近付いていく。
アスベルは一頻り笑い終えると両手を広げ、手の先に闇を集める。すると、闇が剣の形に変わっていく。
これまで、自ら攻撃をしていなかったアスベルであったが、その闇の剣は、これから攻撃を開始することを明示していた。
「リズ、集中して」
「アルこそ注意してよね」
アルとリズはお互いに声を掛け合い、アスベルの動向に集中する。
アスベルの雰囲気が変わってきた。鼠を玩具のようにいたぶる猫のような雰囲気から、全力で獲物を刈る獅子の雰囲気へと変わったのだ。
この雰囲気の中、アルとリズは自ら仕掛けることが出来なかった。待ちは下策と思っているのだが、仕掛けられない。動けなかったのだ。
アスベルの姿が消える。今までのように、幻影のように掻き消えるのではなく、単純に、駆け寄る速度が速すぎて目で捉えることが出来なかったのだ。
そのアスベルの動きに唯一反応したのはプルトである。
アスベルの闇の剣がアルを斬り裂こうとしたところに、プルトがアスベルとアルの間へと割り込む。
アスベルの右薙ぎの一撃を左腕の籠手で受けにいき、卵形の鉄球を握った右拳でアスベルの左頬へカウンター気味にストレートを叩き込む。
アスベルの顔面を中心に濃密な霧が発生する。アル達の作戦通りに、アスベルの弱体化に成功したのであった。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
プルトの左腕は、籠手もろとも両断され、闇の剣はプルトの左脇腹に食い込んだところで勢いを止めていた。
更に、一瞬遅れて放たれたアスベルの左斬り上げにより、プルトは右太股から鳩尾までを斬り裂かれていた。
飛び散る血飛沫。後方であがるルナの悲鳴。血に塗れ、いっそう笑みを深めるアスベル。
ルナの悲鳴よりも早く動き出していたアルとリズの鋭い刺突は、アスベルを捉えた。
だが浅い。大鉈と斧槍がアスベルに突き刺さる瞬間に、アスベルは両手の闇の剣を手放し、後方へ跳んでいたのだ。
大鉈と斧槍がアスベルに触れたところで、避けられたので、アスベルの脇腹に引っ掻き傷のような痕がついていた。
アルもリズも振り返らない。
おそらくは、後ろには大量の血を流しているプルトがいる。
今、治療に専念すれば一命をとりとめるかもしれない。
そう分かっていても、いや、そう分かっているからこそ、アルもリズもアスベルへと突撃していくのだ。
プルトが命を懸けてまで、弱体化させたのだ。その好機を逃しては、プルトの行いが無駄になってしまう。アルもリズも、唇を噛みきるほどに噛み締め、アスベルへと向かっていく。
「ね…ぇ…さ…ぉれ…かま…わ…ず……ァ…ィ…ッ…を」
唯一、プルトに駆け寄ったルナへ、プルトは声をふり絞り、アスベルへ向かえと諭す。
それでもルナは、ありったけの上級治療薬をプルトの傷口へと振り掛け、プルトの口に薬を押し込む。
ルナも分かっていた。プルトが命を賭してまで、やり遂げたことを無駄にすべきでない。分かっているのだが、目の前で尽きようとしている最愛の弟の命を黙って見過ごすことなんて出来なかったのだ。
ルナはプルトの治療を続けながらも、アル達の戦闘を見逃さなかった。
アスベルが再び闇の剣を具現化し、両手の剣でアルとリズの猛攻を捌いている。
それは数瞬前では考えられないことである。
アスベルの踏み込みに全く反応出来なかったアルとリズの攻撃が相手に捌かれているのだ。一撃も有効打を与えられていないのだが、アスベルに剣で受けさせること自体が凄いことなのだ。
確実に弱体化している。今、この瞬間を逃すべきではない。
ルナは、手持ちの治療薬を全て使いきると、プルトに声を掛け、戦闘に向かっていった。
「ごめんなさい。プルト。貴方の想いは無駄にしないわ」
「ぁ……り…が……と」
そこで、プルトは力尽きたように頭を沈めた。
アスベル、アル、リズを淡く優しい光が包み込む。
アルとリズはこの光の正体を知っている。【蒼月の光】である。魔除けの効果のある月光の結界であった。
魔除けの結界内に魔がいるとき、その魔にはどのような効果が出るのか。
その答えが、アルとリズの目の前で起きていた。
アスベルは、右手の剣を手放し、まるで、水中で空気を失って苦しむかのように喉を押さえ、アスベルの動きが更に悪くなっていく。
アルの攻撃を受ける剣を手放したことで、アルの攻撃がアスベルを掠めるようになる。
アルの攻撃を避けることもままならないアスベルは、次第に、リズの攻撃も受けきれなくなっていく。
そこへ、光の矢や風の刃が死角からアスベルを襲う。
「覚悟!」
リズは、斧槍を大上段から豪快に振り下ろす。
アスベルは闇の剣で受けに回るが、リズの改心の一撃に力負けをし、肩から股まで両断される。
「はっ!」
アルは、大鉈を真横に振り抜くと、アスベルの頭が宙に舞う。
ルナが放った無数の光の矢は、宙を舞っているアスベルの頭部に突き刺さる。
「退くよ!」
アルの一声で、リズはプルトを抱き上げ、ルナとともに、西へと疾走した。
アル達三人は、それきり口を開かず、全力で駆け続けるのであった。
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