34.偽りの力
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「アスベル様、例の四人についての新たな情報が入りましたので、ご報告いたします」
アスベルの副官であるルーインがアスベルの元に報告に訪れると、明らかに機嫌の悪いアスベルが視線だけで、報告を促す。
「あの四人が掘った壕ですが、例の霧を発生させる装置を設置するためのものでした」
「知っておる。報告はそれだけか?」
「い、いや、もう一つございます!」
アスベルの問いに慌てて答えるルーイン。
「例の四人は、また前線に戻ってきたようです。配置は西側。つまりは、我々の前に来たようです」
「ふんっ……」
アスベルは態度と口振りからは、機嫌が悪い素振りをするが、その口許には隠しきれない笑みを浮かべていた。
あの四人を他の鬼族に渡してなるものか、あの四人は己がいたぶるのだと、アスベルは考えていた。
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アル達は前線へと出向くと、グレゴルとヴァンに断りを入れて西へと向かった。
アル達はオルクスと話し、西側での戦闘を制することが、この戦争に大きな影響を与えるという結論に達していた。
その理由は二つあった。
一つは、鬼族を弱体化させる霧を発生させる兵器。これらは、西のケルムト大河が大元になっている。もし、ケルムト大河から壕へと注ぐ支流の根元を押さえられてしまうと、戦争を有利に運べなくなる。
もう一つは、吸血鬼の存在。戦線に吸血鬼部隊が加わってからは、昼夜問わずに襲ってくるオーガルズ軍に対して、アルフガルズ軍も昼夜、防衛戦を強いられることとなり、アルフガルズ軍の疲弊具合が大きく進んでいた。このままでは、疲弊したアルフガルズ軍が総崩れになるのも時間の問題であった。
「ルナ、月の闇を」
「分かりましたわ」
ルナが【新月の闇】を四人に纏わせると、その場からアル達四人の気配が消える。
アル達はひっそりとケルムト大河に入り、防壁を迂回して北へと侵入する。
岸に上がったアル達は、オルクスから授かった神造遺物を再確認し、それぞれが身に付けていく。オルクスはアル達に神造遺物を授けたのだ。
「【倍加の腕輪】はプルトだね。オルクスさんの言う通り、力の使いどころには気を付けて」
「了解」
【倍加の腕輪】は、力だけでなく、例えばプルトが使う雷操術の効果をも倍にする。ただし、使用後は力の反動により、心身ともに疲弊する。それも、通常の八倍ほどに。
「【改心の腕輪】はリズ。武器の損耗に気を付けて」
「うん」
【改心の腕輪】は、攻撃に関連する行動に影響する効果があり、結果として使用者の攻撃力が増す。そのデメリットとしては、武器の損耗が普通よりも早まること。特にリズの場合は、武器にかかる負担が普通よりも大きいため、そのデメリットも大きくなる。
「【月の瞳】はルナだね。これは、内面に負担が掛かるそうだから、気を付けて」
「はい」
【月の瞳】は、万物を見透す目、全知の目とも言われ、隠された物、隠れている者をも見透すことが出来る。その替わりに反動として、脳への負担が大きくなる。
「最後に【無限の首輪】は僕だ」
「食事は常に多めにとること、だっけ?」
「そうだね。大丈夫。さっきかなり食べたから」
【無限の首輪】の効果は、無尽蔵の体力。無尽蔵とは言え、実際には体に蓄えられたエネルギーが尽きるまでなのだが、一日程度であれば、全力で動き続けることが出来る。
「偽りの力だ。僕ら自身の力ではない。神造遺物による一時的な力だ。デメリットも大きい。力の使いどころを誤れば自滅しかねない。
僕らの目的は、吸血鬼の大将アスベルを殺すことだ。速やかに達成し、速やかに撤退する。極力、余計な戦闘は避ける。
よし……行こう」
「アルは、すっかり、リーダーが板についてきたね」
「俺が出会ったときには既にリーダーらしかったけど?」
「昔は私の後ろを付いて回るほどの引っ込み思案だったのよ?」
「今では想像できませんわね!」
「ちょ、僕のことは良いから。ほら、行くよ!」
こうしてアル達は吸血鬼の大将であるアスベルの暗殺に赴くのであった。
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「アスベル様、例の四人についての新たな情報が入りましたので、ご報告いたします」
「報告しろ」
「はっ。例の四人ですが、河から北の地に降り立ったようです。向かうは、おそらく此方。小賢しくもアスベル様の暗殺を企てているようです」
「ふふふ……はっはっは、僥倖、僥倖!
お前ら、絶対に手出しするなよ。やつらをここまでお迎えしろ。くはははっ」
アスベルは隠すこともせずに喜ぶ。笑いが堪えられない。笑いが止まらない。己が望む者が自ら此方に向かっているのだ。笑わずに居られる訳がなかった。
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「アル、アスベルは此処より東に1キロメトル程の所に拠点を構えていますわ」
「ルナ、アスベルの周囲には、どのくらいの敵が居る?」
「あら……おかしいですわね……」
ルナはそこで違和に気付く。守るべき大将の周囲には誰も護衛がいないのだ。鬼族の普通が分からないが、これは明らかに普通ではないと感じた。
「……アル、もしかすると私たちは罠に向かっているのかもしれません」
「……どう言う意味だ?」
「アル、そのまま聞いてください。どうやら、私たちは監視されています。100メトル位の距離で私達の周囲に複数の鬼族が隠れて此方を見ています。それと、アスベルの周囲に誰も居ないのです。まるで……」
「誘い込まれている?」
「そう……ですわね」
罠ではないのかもしれない。アスベルにとっては、アル達四人であれば、返り討ちに出来るという自信の表れなのであろう。罠であるにせよないにせよ、誘い込まれているのは事実であろう。アル達は奇襲が簡単に成功するとは思っていなかった。アスベルが人払いをしてくれるのであれば、アル達にとっても悪いことではないのかもしれない。
ただ、他の吸血鬼部隊の者が無傷で残っているのはよろしくない。己らの大将が殺られた場合に、黙って暗殺者を帰す筈がないだろうから。
「……誘い込まれてみようか……」
「それも良いかもしれませんが、その場合、事が終わった後、脱出することも考えて力を温存しておく必要がありますわね」
「俺は神造遺物の力を使うと疲労が激しくなるから厳しいかもな」
「私も武器を温存しておく必要があるね」
一時凌ぎの偽りの力。神造遺物の力を使う土台も出来ていない。どれだけの反動があるのかも試していない。そんな状況で勝負をかけようとしているのだ。
「……リズ、プルト、ルナ。ちょっと僕に考えがあるんだ。聞いてくれないか?」
暫く悩み、考えた末にアルが皆に考えを伝える。
リズ、プルト、ルナの三人もアルの考えを聞いて悩む。
「それだとかなり時間がかかるんじゃない?だけど……」
「戦力的に……まぁいけるか」
「誰も取り逃がすことはできませんね」
「それ……いいかも。他にいい考えも浮かばないし、アルの案に乗っちゃう?」
「まぁ、俺はいいと思うぜ」
「責任重大ですけど、やりがいはありますわね」
皆、悩んだ末にアルの案に賛同する。
「それじゃあ、やってみようか。皆、これ」
アルは、オルクスから授かった人造遺物である【通信の耳飾り】を配る。500メトル程度であれば、離れていてもお互いに会話が可能となる道具である。
「みんな、絶対に死なないでくれ。じゃあ、行こうか」
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