33.為すべきこと
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オーガルズ軍が一旦退いて、アルフガルズ軍と睨み合っている頃、一人の将が激しく怒りを露にしていた。
「何故、我の精鋭部隊は誰も帰ってこぬのだっ!」
アスベル直属の精鋭部隊が課せられた使命は三つであった。
一つは、鬼族を弱体化させる人族の兵器の破壊又は停止。
一つは、国王の暗殺。
一つは、昨夜追加されたものであったが、アル達四人の始末である。
そのいずれも、アル達四人によって阻まれたことは、現時点ではアスベルは知らなかった。
国王の暗殺へ向かわせた吸血鬼の精鋭部隊であるアスベル直属の5人。いずれも隠密行動に優れ、その不死性も飛び抜けていた。
戦闘能力だけでみれば、その5人よりも高い者は多数いるのだが、その隠密行動の優秀さ故に、国王の暗殺を任せたのだ。暗殺に失敗したとしても一人位は逃げ帰って来ることは可能であると信じて疑わないアスベルであった。
「アスベル様、憶測となりますが、お聞きいただきたいことがございます」
アスベルの副官である吸血鬼族のルーインが意見する。
「私の部下に探らせたところ、おそらく昨夜の四人組と同一であろう者達に、国王の暗殺は防がれたようです。確証ではありませんが、複数の情報から、そのような憶測が導かれます」
「……ほぅ。昨夜のアイツらか……」
アスベルは、その副官の言葉で幾分、落ち着きを取り戻す。精鋭部隊が帰ってこないこと、国王の暗殺に失敗したことに対しては、変わらず怒りを感じているのだが、アスベルは、部下の失敗よりも四人組の動向の方に注意が向いたのだ。
「ルーインよ。お前の部下にその四人組を監視させよ。定期的な報告も欲しいな」
「はっ。滞りなく報告させましょう」
副官であるルーインの部下は、アスベルの直属の部下である精鋭部隊よりも、戦闘力が落ちる代わりに、更に隠密性に特化した者達であった。
ルーインは、部下達がその人族の四人組を監視する程度であれば、誰にも見つかることなく、失敗する筈がないと考えていた。
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中央区に戻ってきたアル達が訪れたのは、オルクスの研究施設であった。
そこで、アル達はオルクスにお願いを持ち掛けていた。
「……聖銀の新星よ、君らの考えは理解したよ。それで、僕に何をして欲しいんだ?」
「……具体的には二つです」
アルは迷っていたが、思いきってオルクスに切り出す。
「一つは、僕らに出来ることを一緒に考えて欲しいのです。厚かましいことは、重々承知しておりますが、何卒、オルクス殿のお知恵を拝借させてください」
「それは、問題ありませんね。
で、もう一つは?」
アルは、一度、後ろを振り返って三人と目を合わせる。三人とも頷くと、アルは、オルクスの目を見てお願いを口にする。
「もう一つのお願いは、僕らに力を与えてください!
今の僕らでは吸血鬼の将であるアスベルには敵いません。おそらく、牛頭大鬼の将にも大豪鬼の将にも敵わないでしょう。
……僕らは力が欲しいのです。非力なままでは為すことが出来ないことがあまりにも多すぎます。
例え、偽りの力であっても……」
オルクスはアルの言葉を聞き、目を瞑ると、数十秒、黙考する。
「……一つめだけど、君達には土木作業をやってもらいたい。
勿論、僕が持っている様々な道具は貸しだそう。容易いことではないけれど、それを短時間で実現できればアルフガルズ軍にとって、大きな力となるだろう」
「分かりました。やらせてください!」
アルは、その土木作業がどのようなもので、アルフガルズ軍にとってどのような影響があるのかは分からなかったが、あのオルクスが言うのであれば、それはとても意味のあることなのだろうと、微塵も疑わなかった。
「二つめだけど……その土木作業をやっている間に考えるよ。
ただし、君達は、これだけは理解しておくべきだ。
戦争は君達だけでやっているのではない。君達だけで何とか出来るものでもない。
……それを理解したうえでならば、僕は君達に偽りの力を与えるよ」
アル達は、オルクスの忠告を真摯に受け止める。
戦争は自分達四人だけで行っているのではない。勝手な行動が味方のピンチを呼び込むことだってある。自分達だけで何とか出来るものでもない。アルフガルズ軍として力を合わせる必要がある。
ただし、自分達だからこそ出来ることもあるのではないか。
そんな想いが強くなってきていた。
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「アスベル様、例の四人について新しい情報が入りましたので、ご報告します」
戦いが膠着状態になったまま日が落ちた頃、ルーインの元にアル達の情報が飛び込んできた。
「報告せよ」
「はっ。例の四人は防壁の背後で何やら怪しい動きをしております。
東の海岸線近くから、地面を掘り起こし、西に向かって進んでいます。
壕を作っているようです」
アスベルはルーインの報告を聞き、考え込む。今さら壕なんてものを作って何の意味があるのか。
それも、防壁の外側ではなく、内側にだ。
ルーインの報告の冒頭にもあったが、今さら、その行動の意図が掴めず、怪しい動きとしか思えない。
「ルーイン、お前はその行動を何と考えるのだ?」
「……愚考ではありますが、人族がいずれ防壁を捨て、南に撤退する時に、その壕が意味を為すのではないかと考えます。我々が南に侵攻する際には、その壕は邪魔になるでしょう」
「……ほぅ……」
アスベルは、そのルーインの意見を聞き、確かにそれならば、意味を為すのだろうと考えた。現時点の情報からでは、それしか考えられないことも理解する。
「分かった。引続き監視させ、報告させよ」
「はっ!」
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アル達は、オルクスから様々な道具を借り、東の海岸線近くから、西のケルムト大河に向かって壕を掘っていた。
日が沈んでからも休みなく作業を続け、明け方には遂にケルムト大河まで壕を完成させた。
ただの壕ではなく、一定の距離に貯水池を作っていた。
ケルムト大河から水を引き込むと、一気に海岸線まで水が流れ、貯水池に一定量の水が貯まる。
そこに、オルクスの部下と戦闘には復帰できないが動けるアルフガルズ軍の負傷兵が、霧を発生させる兵器を設置していった。
ウルズの泉水が切れてから、アルフガルズ軍の旗色は悪くなっていたが、ケルムト大河の水を利用したこの兵器であれば、幾らかは戦況を好転させることが可能になる。
貯水池には、アルフガルズ軍から兵を切り出し、護りにつかせる。アスベルのような規格外の戦力に襲われてしまえば、護り通すことは難しいだろうが、その他の鬼族であれば、何とか出来る戦力である。
アル達は、ほぼ休みなしで重労働を続けている。アルとリズには、まだ体力に余裕があったのだが、プルトとリズは体力が尽きていた。
アル達は仮眠を取るべく、再度、中央区に戻る。
三時間という短い時間であったが、オルクスに体力の回復を向上させる道具を借り受けていた四人は、ほぼ体力を満タンまでに回復させていた。
「聖銀の新星よ。君達が望んだ力を与えるよ」
起床後、オルクスを訪ねたアル達は、そこでオルクスからある物を受け取る。
それは、日は高くなってきており、それまで膠着状態であったオーガルズ軍とアルフガルズ軍の間に動きが出ようとしていた時であった。
「オルクス殿、ありがとうございます。
僕らは僕らが為すべきことを為しましょう」
アル達は、再び、前線へと駆けていくのであった。
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