31.戦いの天秤
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アルが国王の私室に入ると、一名の近衛兵が斬り倒されており、もう一名の近衛兵が黒い影の男と斬り結んでいた。
私室内にも近衛兵が控えて居るとは思っていなかったアル。国王の姿は見当たらなかったが、まだ国王が顕在であるとことが予想でき安心する。
が、直ぐに斬り結んでいた近衛兵が斬り倒されてしまう。
その命が刈り取られる前にアルが行動を起こす。
「お前の相手はこっちだ!」
アルはそう叫び、影の男に斬りかかる。
アルの放った左薙ぎは、影の男に一歩下がられかわされる。
アルは、すかさず袈裟斬りを放とうとするが、そこに短剣が飛来する。
アルは左足をさげ、半身になり短剣を避けると、その隙に影の男は二本の小太刀で連撃を仕掛けてくる。
アルが大きく一歩跳び退くと、ぶぉんと空を斬り裂き、斧槍の右薙ぎの一撃が二本の小太刀を弾く。
体勢を崩した影の男。そこへ雷を纏った低い蹴撃が影の男の足を苅る。
影の男は寸でのところで跳び退き蹴撃をかわすと、頭上から襲ってくる斧槍、同時に腹へと襲いかかってくる大鉈の刺突を防ぐために、左右の小太刀で受けに回るが、リズ、アルの膂力に力負けし、左肩から胸を斬り裂かれ、右の脇腹を抉られた。
倒れた黒い影の男にプルトの雷撃が止めを刺す。
「皆、警戒は解かないで!」
アルが他の三人に注意を呼び掛ける。戦闘中、アスベルは姿を現さなかったが、この場に居ないと決まった訳ではない。
扉の向こうで微かに気配を感じたアルは、細心の注意を払ってジリジリと扉の外へ向かっていく。
扉の外を窺える位置まで来たアルは、そこに違和を感じる。そこに在る筈の影の男の死体が二つしかなかったのだ。
「ルナ、二人居ない。おそらく姿を隠してる。なんとかならない?」
「分かりましたわ、やってみます。光よ!」
ルナは、両手から無数の淡く輝く光の粒子を放出させ、扉の外、廊下へ飛ばす。すると、光の粒子が壁や床や天井等、あらゆる場所に付着していき、影を消していく。
「居ましたわ!」
ほぼ全ての影が消えていったにも関わらず、二ヶ所だけ明らかに違和感のある影が残っていた。
アルとリズは全速力で駆け寄ると、影に向かって刺突を繰り出す。
確かな手応えとともに、影の男の姿が浮かび上がる。
這う這うの体で隠れながら逃げようとしていた二体の黒い影の男は、そこで命を散らす。
この男どもの傷を見るに、三体目、四体目に倒した筈の男どもであったことを理解したアル。
「凄い生命力だ……明らかに致命傷を負っていたって言うか、死んだと思ってたのに」
その意見には、仕止めたと思っていたリズも同じ思いであった。他の男どもとの違いは頭部が無事であったかだけ。
アルは、ふと気になり、私室内を振り返ると、プルトが止めを刺した筈の最後の男が立ち上がろうとしていた。
「みんな、奴等の頭を確実に潰してくれ!」
アルは、今しがた仕止めた二体の頭を潰し、私室内で立ち上がりかけている残りの一体へリズが駆け寄った。そして、斧槍で男を両断した。
「吸血鬼は不死の鬼であると聞いたことがありますわ。勿論、不死は逸話ですが、その生命力や回復力は驚異であると、ヴァン師匠がおっしゃってました。今の今まで忘れてました。すみません……」
ルナの言う通りであった。吸血鬼は驚異的な生命力、回復力を持つ鬼であり、例え心臓が潰れようが、頭部さえ無事であれば死ぬことはないのだ。
アル達が五体の黒い影・吸血鬼の精鋭を倒し、直ぐに、近衛騎士隊が駆け付けた。
戦闘の始まりにアルがあげた雄叫びが功をそうした。あの雄叫びを聞いた国王アルフレッドは、数名の護衛とともに逸早く私室から脱出しており、騎士隊へと指示を出していたのだ。
戦闘が終わるまでには間に合わなかったが、騎士隊の迅速な行動のお陰で、アル達が少し安心したのも事実である。
アル達が、この状況をどう説明しようかと頭を悩ませていたところに、現場に駆け付けてくれた騎士隊。ありのまま、鬼族である吸血鬼の死体を見せ、ここで起こったことを説明した。
どうして国王を狙っていることが分かったのかと、当然の質問も受けたのだが、アル達の推測を説明し、どうにか納得して貰うことが出来た。
「その……僕達の予想では、大将であるアスベルもこの場に居ると思ってました。でも、おそらくこの場には居ません。今後、国王様だけでなく、宰相殿、オルクス殿の護衛も強化して頂けるとありがたいです」
無用であったかもしれないが、アルは、護衛の強化を具申した。
「アル殿、勿論、護衛は強化しましょう。
して……貴方達はこの後はどうするのだ?」
騎士隊長の質問にアルは一拍を置いたうえで、話し始める。
「僕らは、前線に戻ります。アスベルの動向も気になりますが、まずは前線を死守しようかと」
リズ達三人もアルの意見に頷く。
「分かりました。国王様には私からそのように報告致しましょう。では、御武運を」
アルは、騎士隊長と握手を交わし、その場を去る。
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あの場にアスベルが居なくて良かったと考えるべきか、まだアスベルという驚異が残っていることを嘆くべきか……
アル達は、胸にしこりを残したまま、前線へと駆けていった。
アル達が前線へと辿り着くと、戦況が一変していた。
アルフガルズ軍は防壁の東西の端へと戦力を分散しており、防壁の向こう側には鬼族の本隊が合流していた。
アルフガルズ軍は、西にヴァン、東にギルバート、中央にグレゴル。
相手は、西に吸血鬼、東に牛頭大鬼、中央に大豪鬼と龍豪鬼という配置になっている。
数の上では明らかにアルフガルズ軍の方が少ない。聖銀銃、聖銀大砲や鬼族や鬼竜を弱体化させる霧のお陰で五分に持ち込んではいるが、防壁が崩されつつある今、戦いの天秤は大きく傾くだろう。
「未明に相手の本隊10000が合流した。こちらには聖銀大砲があるとは言え、数の違いは侮れない。防壁を捨て中央区まで撤退するのもそう遠くないだろう」
グレゴルがそう話していたのをアル達は聞いてしまう。
(僕らに何か出来ないかな……)
アルは心の中で、どうにかしなければ、僕らに何か出来ないか、と悩み続けていた。
そんな時であった。
「聖銀の新星はどこだ!」
一人の男が走り寄って来ると、大きな声でアル達を探し回っていた。
「僕らが聖銀の新星です!」
「君らか、思ったよりも若いな……ヴァンからの伝言だ。『至急、西に来い』
急いで向かってくれ」
理由は聞かされなかった。ただ、アル達には、吸血鬼の大将であるアスベルが関係しているのではないかと、漠然と感じているのだった。
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