30.対峙
◆◇◆◇◆◇◆◇
日の出の鐘が一つ、アルフガルズの街に響き渡る。辺りは朝靄に包まれ、うっすらと冷え込んでいた。
朝靄に紛れ、アル達は中央区から主戦場となっている北の防壁へと向かっていた。
「アル、あのアスベルと対峙することになったらどうする?」
リズは恐らくそうなるのではないかと予想しながら、アルに問う。
「オルクスさんから貰ったこの卵がどれだけ効力を発揮するのか分からないけど、僕らだけでは厳しい。それでもいつかは倒さなくてはならないと思う」
アルは決意を口にする。だが、どうすれば倒せるのかは想像できないのだった。
「アル、いつも通り、俺が死角から奇襲するのではダメなのか?」
プルトはなんとなく、アルがその方法に賛同していないことを感じているが問うてみた。
「それは難しいと思いますわ。何しろ、彼等の方が隠密行動に秀でていますもの。その彼等に奇襲をかけても成功するイメージがありません」
プルトの問いに答えたのはルナ。その答えはアルが感じていたことと同じであった。
「姉さんも反対か……それなら、どうすれば奴等を倒せるんだい?」
そのプルトの問い掛けに皆、押し黙る。どうすれば奴等を倒せるのか。昨夜の邂逅から四人ともにそのことばかりを考えていた。
アルは考える。
超大型鬼竜と戦っている時には、奴等の気配は全く感じ取れなかった。
しかし、倒し終わった瞬間には、まるで最初からそこに居たかのように、瓦礫の上から声を掛けられた。
そして、アスベルの部下の五体についても、姿を視認するまでは、その気配、存在を全く感じ取れなかったのだ。
それは、ルナの言う通り、奴等が隠密行動に優れているからなのだろう。
奴等に先に見つかってしまえば、奇襲は難しい。見つかってから隠れても意味がない。逆にこちらが奇襲を受ける可能性の方が高いだろう。
奴等を倒すには、こちらが先に奴等を発見する必要があるのだろう。
どうすれば、隠密行動に優れた奴等を先に発見出来るのか。こちらから探し回るのは愚策だろう。
奴等の行動を読んで先回りし、待ち構えておくことが出来るのであれば、それが一番良いのではないだろうか。
奴等の行動を読む……
まず吸血鬼の大部隊は、夜間にもアルフガルズ軍を攻め立て、疲弊させることが狙いだろうことは分かる。
では、アスベル率いる精鋭部隊は何が目的なのだろうか。
昨夜だけで考えると、厄介な兵器の破壊だろう。
兵器を破壊した後はどう動くのか……
そこでアルは一つの恐ろしい可能性に辿り着いた。
「みんな、聞いてくれ……」
アルの考えを聞いた三人もその恐ろしい可能性に辿り着く。可能性が高い低いではなく、それが実現されれば恐ろしいことになる。
実現しないのであればいい。杞憂に終わるだけ。特に問題はない。であれば、可能性が低かろうが、最善を尽くすべきなのであろう。
アル達四人は、ルナの【新月の闇】を纏い、走り出した。
◆◇◆◇◆◇
物陰に隠れる四人。移動しながらも、周囲へ注意を向ける。何者も見逃さないつもりで、闇を探す。
そこに居る筈だと思い込んで注視すれば、隠密行動中の奴等でさえも発見出来るかもしれない。
長い廊下。
所々にある柱の陰。
所々に置いてある彫刻や鎧などの陰。
それらを注視しながら、移動する。
向かうのは国王の私室。
アルが辿り着いた可能性とは、要人の暗殺であった。
アルフガルズ国内で、要人と思われる者は、主に四人。国王アルフレッド、宰相、グレゴル将軍、オルクスである。
次点で狩人部隊を率いるギルバート、探索者部隊を率いるヴァンだろう。
この戦争を優位に進めるには、グレゴル将軍を暗殺するのが効果的であろう。
知っている者であれば、この戦争でアルフガルズ軍が優位に立っている要因が、オルクスの発明であることを訴えるだろうが、鬼族が知る由もない。
宰相を暗殺しても、直接は戦争の優劣には表れない。更には、鬼族にとっては、どこにいるかも分からない宰相を探すのも手間である。
国王であれば、探す手間も宰相ほどではなく、戦況にも十分影響を与えることは想像に難くない。更に、国王は簡単には替えが利かないのだ。
昨夜の邂逅から、奴等が直ぐに移動したと考えると、時間的には、夜明け前に中央区内に忍び込んでいる可能性がある。
もし、アルが城内に潜入するのであれば、夜が明けてから中央区の西大門を潜るよりは、夜明け前の闇に紛れて潜ることを選ぶ。
そうなると、既に城内に潜入しているのではないか。国王の私室に近付いているのではないかと、アル達は思い至ったのだ。
アル達が国王の私室を視認出来るところまで近付くと、私室の扉横で警護していた近衛兵二名が音もなく崩れる。
注視すると、二体の黒い影がそれぞれ、二名の近衛兵の首に短剣を突き立てているところであった。
二名の黒い影の後方には三体の黒い影が潜んでいることも分かった。
アスベルの姿は確認出来ない。アル達の力ではアスベルの隠蔽能力を見破ることが出来ないのか、この場に居ないのか。
だが、アル達にはそこで迷っている暇はなかった。
アルとリズは、それぞれ、手に持っている卵形の鉄球に命力を注ぐと、五体の黒い影の近くへ投げつけると、卵形の鉄球が割れ、濃霧が放出される。まずは第一段階は成功であった。
五体の黒い影を弱体化させたのだが、この行動により、アルとリズの存在は五体の黒い影に認知されるが、構わない。元よりそのつもりであった。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
アルの雄叫び。アルは雄叫びとともに大鉈を右後ろに引き絞るように構え、突撃する。
リズはアルにぴたりと追走し、斧槍を下段に構える。
五体の黒い影は、それぞれが獲物を構え、落ち着いた様子でアルを待ち構える。
アルは、一番近くに居る右から二番目の黒い影へと接近するが、三歩手前で急激に進路を変え、その直ぐ左隣に居た黒い影へと下段からの斬り上げを放つ。
急激なアルの進路変更に驚いた黒い影であったが、なんとかアルの斬り上げを短剣で受け止める。
一番近くに居た黒い影は、急激なアルの進路変更に注意を奪われた。その隙に、その黒い影の首に斧槍が突き刺さっていた。
アルの陰から飛び出したリズの鋭い刺突が決まったのだ。
黒い影は、首から上を失い、そこから大量の血を噴出し、後方へと倒れ込む。
倒れた奴のすぐ後ろに居た黒い影は、リズへと反撃に出るのだが、その背中に、雷を纏った拳撃を受ける。その黒い影は、身体を麻痺させ、動きを止めると、リズの唐竹割りを避けることが出来ずに、頭から股までを斧槍に両断される。
アル達は、右側の二体を奇襲で倒すことに成功するも、残りの三体は、一旦距離を取り、体勢を立て直していた。
「三対三になったな。お前ら思ったより弱いな」
アルは残りの三体を挑発するとともに、こちらが三人であることも刷り込ませる。
「好都合」
「獲物がやってきたな」
「必ず殺す」
三体の黒い影はそれぞれに好色の笑みを浮かべる。黒い影達に取っては昨夜取り逃がした獲物が向こうからやってきたのだ。二体減ったからといっても問題ない。
「影よ」
一番後ろにいた男に影が集まると、影が無数の蝙蝠へと変化していく。爆発的な勢いで空間を埋め尽くす無数の蝙蝠。
黒い蝙蝠どもに視界が遮られる前にと、アル達が仕掛ける。
「はっ!」
「やぁ!」
アルが左手前の男に逆袈裟斬りを、リズが右手前の男に右薙ぎを放つ。
「しっ!」
それぞれ、黒い影の男に短剣や小太刀で受け止められるが、二体の黒い影が中央に寄ったところにプルトの雷を纏った拳撃と蹴撃が掠める。
動きが鈍った二体の黒い影にアル、リズが追撃する。
アルは刺突、袈裟斬り、斬り上げの三連撃を放ち、リズは斬り上げ、袈裟斬りの二連撃を放つ。
二体の黒い影は麻痺した体を無理矢理動かし、初撃を何とか受けるがそこまで。大鉈と斧槍に斬り刻まれ、その場に崩れる。
アル達が残りの一体に注意を向けると……
「何処だ!」
「居ない?!」
無数の蝙蝠が視界を覆い尽くし、最後の黒い影の男の姿が見えなくなっていた。
「アル、俺の風でこいつらを吹っ飛ばす」
プルトはそういい放つと、両手両足に風を纏い、蝙蝠の群れに突っ込んでいく。
プルトが暴れまわると、黒い蝙蝠が次々と斬り刻まれ、吹き飛んでいく。
だが、その効果は薄い。一瞬だけ黒い蝙蝠の幕に穴が空くが、直ぐに無数の蝙蝠に覆い尽くされる。
「プルト、下がれ!」
獅子奮迅の動きを見せるプルトにアルが下がるように指示を出すと、プルトが渋々といった表情で撤退してくる。
「ルナ!」
何処かに潜んでいるであろうルナへ指示を出すアル。ルナは、奥の手として取っておきたかったのだが、そうも言っている場合でないとアルは判断したのだ。
「風よ!光よ!」
ルナは、アル達の後方から姿を現すと光を纏わせた風の刃を含んだ、小規模な竜巻を放った。
竜巻により、怒濤の勢いで空間を埋め尽くしていた黒い蝙蝠どもが散っていく。
全ての黒い蝙蝠を巻き込み、殲滅することに成功するが、周囲には最後の黒い影の男が見当たらない。
「アル!」
リズの呼び掛けに素早く反応し、駆け始めるアル。アルに続き、リズ、ルナが追走し、最後尾にプルトが続いた。
リズが指し示した方向には、国王の私室に繋がる扉が開け放たれていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇




