3.天啓才能
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「自己紹介がまだだったな。俺の名はギルバート。ギルと呼んでくれ。今は狩人をやってる。時々探索者もやってるけどな」
アルとリズを助けた青年は、茶の短髪に蒼い瞳、日に焼けた精悍な顔立ち。身体の要所を覆う革鎧を身に付け、腕は肘までを覆う手甲、腰には長剣を差し、黒の革短靴に膝までの脚甲。服は上下ともに茶の丈夫な革の服。いかにも狩人といった風貌であった。
「リズです」
「アルです。男です」
「悪かったって。で、何が起きたのか詳しく聞かせてくれないか」
ギルは縛って身動きの取れない鋭爪鬼竜をひょいと肩に担ぐと、リズ達に事情説明を求めた。
アルはリズに肩を借り、足を引き摺りながらも自力で歩く。
「えーっと、私が害獣を討伐しようってアルを誘って…」
リズはこれまでの経緯を事細かにギルに説明した。
「お前ら勇気あるな。無謀だけどよ。あー、無謀とも言い切れねぇか。小型の鬼竜といえ、やっつけちまったんだからな」
「やっつけてはないですけどね。アルが何とか身動き取れないように押さえ込んだだけです」
ギルは、こんなに小さな少年少女が鬼竜と戦うことがまずは信じられない。更に小型の鬼竜といえ、それを倒してしまうことに驚いている。僅か10歳でこれならばと将来を期待してしまう程であった。
「ははっ、あの鬼竜に組み付くって行為が信じられないが、俺もこの目で見たしな」
「組み付いたのはアルだけなんで。私はそんな蛮勇はないですから」
リズが蛮勇と称したアルの行為は、狩人を生業にしているギルでさえも常軌を逸した行為だと感じていた。
「満身創痍で辛勝といったところだが、純粋にすげぇと思うぞ」
「満身創痍なのもアルだけ。私は傷一つ負ってませんから。アルが無謀で雑なだけです」
リズは口ではそう言うが、鬼竜の攻撃が自分に向くように、あえて大きな身振りで相手の注意を引いていたアルに気づいており、心の中では感謝していた。
帰りの道、そんな話をしながら中央区に向かう三人。いつの間にか打ち解け、仲良く話しているのは、ギルやリズの性格なのだろう。アルはリズに引きずられ、会話に参加している程度であったが。
中央区を囲む防壁を通り、大通りを東に進む。
「一旦、このまま狩人協会まで行くぞ。そこでもう一回詳しく話をして貰うが、よろしく頼むな」
「はい、分かりましたけど…私たちって何か罰せられたりするのかな?」
「それはないだろ。悪いことした訳じゃねぇし」
ふーっとひと安心したリズ。アルも内心どうしようと悩んでいたため、ギルの一言で安心する。
「協会からは罰せられねぇが、お前らの親からは怒られるんじゃねぇか?」
「それは仕方ないわね…」
リズは怒られる未来を想像して俯く。ただ、アルに関しては自分が無理矢理連れ回しただけだし、身を呈して自分を守ってくれたことは、はっきりと伝えようと考えていた。
「僕、もしかしたら出ていかないといけないかも…」
例えリズが自分を庇ってくれたとしても、商家の大事なお嬢様を危険に晒したことには変わりない。でっち奉公の身分としては、最悪、家を追い出されることを覚悟していた。
「そうだったな。アルはリズの家に世話になってるんだよな。まぁ、心配すんな。もし追い出されたら俺が拾ってやるよ。立派な狩人に仕上げてやらぁ」
「…いいんですか?もし、そうなったらよろしくお願いします」
「ちょっと!なに言ってるの?絶対にそんなことさせないから!」
リズは心の底から正直にそう思って言ったのだが、一方では、ギルについて狩人の道を目指すアルを想像して羨ましくも思っていた。
「おし、協会に着いたぞ」
中央区を南北に分断する大通り。東西のちょうど中間に位置する狩人協会。このアルフガルズの中央に位置する建物であった。
石造りの五階建て。周囲の建物の数倍も大きく偉容を放つ建物へと三人は入っていった。
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「にわかに信じられませんが…ギルバートさんがその場を目撃したのだから、そうなんでしょうね。報酬はギルバートさんにしか払えないので、その子達へ分けるかどうかはそちらで話し合ってください」
狩人協会の窓口でここまでの経緯を説明したのだが、やはり信じられないようであった。
ギルからは報酬の件を事前にリズとアルに説明していたのだが、二人とも受け取りを拒否していた。
「かと言って、俺は運んだだけだしな。俺も受け取れない…」
ギル自身も、一介の狩人としての矜持が報酬を受け取ることを拒否してしまう。かと言って貰わないのは勿体ない。暫く考え込むギルであった。
「ギルバートさん、私から提案があります。聞きますか?」
「アン、なんかいい案があるのか?アンだけに」
「…報酬受け取らずに帰りますか?」
「す、すまん。聞かせてくれ」
協会の窓口を担当しているアンの冷えた目に思わず素直に謝るギル。
「その子達に天啓才能があるか調べるのはどうですか?調べるのにお金が掛かりますけど、二人分の費用でも今回の報酬でお釣がきますし」
「…いいな、それ」
ギルは、この二人の子どもが普通でないことは分かっていた。およそ100人に1人しか持たない天啓才能を持っているのではないかと考えていたところだった。
「よし、調べよう。アン、早速手配してくれ」
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三人は狩人協会の二階に移動し、暫く待っていると、職員から呼ばれる。
呼ばれて部屋に入ると、床に法陣が描かれた大掛かりな仕掛けが施された部屋であった。
「アル、私、すっごい楽しみ」
「僕もなんだか楽しみだよ」
リズもアルもドキドキしていた。もし、自分に天啓才能があったら、と想像するといてもたってもいられなくなる。
「お前ら、少しは落ち着けって」
そう二人に言うギルでさえも、そわそわしていた。
「お待たせしました。では、一人ずつ、こちらの法陣の中央に立ってください」
「アル、私が先に行っていいよね?」
「うん、お先どうぞ」
リズはゆっくりと法陣の中央に向かう。足の震えをアルに気付かれないように気合いを入れる。
「リラックスして大丈夫ですよ。法陣が光りますが、危害はないので、そのままじっとしていて下さいね」
職員のお姉さんが、リズにそう声を掛ける。
力を抜くと足がガクガク震えてしまわないかと心配になったリズだが、一つ、大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた。
「問題ないです。お願いします」
少し落ち着いたリズ。法陣が淡く光りだし、その光がリズを包み込む。
「……」
「……」
ギルもアルも黙って見守る。
「……出ました。結果は」
「ちょっと待って、どうせなら、リズとアルの計測終わってから聞かせてくれ」
「畏まりました。では、アルさんですか、こちらにどうぞ」
「はい」
リズは結果を聞きたくてうずうずしていたが、大人しく法陣から出て長椅子に座る。アルは落ち着いた足取りで法陣の真ん中へと立ち、目を瞑る。
「では、始めますね」
法陣が淡く光りだし、その光がアルの身を包み込む。
「……」
「……」
「……終わりました」
職員のお姉さんは、リズ、アル、ギルが長椅子に座るのを待ち、皆が座ると分厚い事典を開く。
それを見たギルは少し安心する。事典を開くということは、どちらかに天啓才能があったということだからだ。
「リズさんから結果をお伝えしますね」
「は、はい。よろしくお願いします」
リズは緊張が最大となり、心臓が口から飛び出してしまわないかと胸を押さえる。
「剛強無双という天啓才能です。これは、いわゆる無双系天啓才能と呼ばれる大変珍しく、大変有用なものです。この天啓才能を持つものは並ぶ者がいないほどの力強さを持つと言われています」
「おおっ!」
驚きの声を出したのはギルであった。無双系の天啓才能持ち、その事実に驚愕していた。過去の英雄の殆んどは、無双系の天啓才能持ちであるからだ。
その凄さを知らないリズだが、天啓才能があったことを素直に喜んでいる。
「では、アルさんの結果をお伝えしますね」
「はい、よろしくお願いします」
アルは表面上は落ち着いているが、掌は汗で濡れていた。
「質実剛健です。この天啓才能は、そこまで珍しいものではありませんが、これを持つ者は、心身ともに強くて逞しいと言われています」
「やったな」
にやりと笑うギル。アルも思わず胸を撫で下ろした。
「それと…不撓不屈です。こちらも珍しいものではありませんが、これを持つ者は、苦労や困難があっても決して諦めることがない強い心を持つと言われています」
「マジか!二つ持ちかよ!」
まさかの天啓才能の二つ持ちに驚愕するギル。だが、その驚愕はまだ終わらない。
「それと…磨斧作針です。こちらは大変珍しいものですね。惜しまずに努力し続ければ、困難なことでも必ず成就させることが出来ると言われています」
「……」
唖然とするギル。
「……三つ持ち?」
「はい。私の知っている限りでは、史上初となります。お二人とも大いに将来に期待が持てます」
驚愕し言葉が出ないギル。リズとアルは何がなんだか分からないが凄いことなんだろうと、ぽかんと口を開けている。
「……決めた……俺は決めた。アル!リズ!お前ら、俺と一緒に来い!」
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