29.強敵との遭遇
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アルフガルズの北には、東西に約10キロメトル、高さ20メトル、厚さ10メトルの巨大な防壁が敷設されている。その防壁の西の端は、ケルムト大河に接しており、防壁を迂回して南の地に向かうにはケルムト大河の中に入らなければならない。
ケルムト大河の河岸に設置した霧を発生させる兵器を鬼族から守っているアル達は、念のために大河の方にも注意を向けていた。
だが、鬼族は河の中から現れるでも、壁を乗り越えるでもなく、アル達の予想を越える方法で向かってきたのだった。
何かが爆発したような、地を揺るがす大きな音が響く。
アルが音の発生源へ目をやると、分厚く堅牢な防壁が粉々に吹き飛んでいたのだった。
防壁が吹き飛んだ所には砂塵が舞う。夜間であり、視界が悪いところに、更に砂塵が舞っていたため、アルはその正体をはっきりと視認することは出来なかった。
地響きを轟かせ、砂塵を吹き飛ばしながら現れたのは超大型の鬼竜。
体高5メトル、体長10メトル、体重1500キログラン程度で、二足歩行で大きく突き出た堅い頭を武器に突進してくる大型の鬼竜である巨槌頭鬼竜に似ているが、それではない。
アルの目の前に現れたのは、巨槌頭鬼竜の特徴を持っていたが、その大きさがアルの知っているものとは異なっていた。体高は10メトルを越え、体長は20メトルを越えている超大型の鬼竜であった。
鬼族の秘密兵器である、巨槌頭鬼竜の亜種であった。
一瞬、驚きのために身体が硬直したアルであったが、直ぐに走り出す。
「ルナ、明かりを!」
ルナは、アルの指示が出る前から準備していたようで、直ぐに動き出す。
「光よ!」
ルナの手から放たれた光球は地上数十メトルまで舞い上がり、宙に留まると周囲を明るく照らし出した。
アルと並走していたリズは、素早く鬼竜の足元へ潜り込むと鬼竜の左足へ斧槍を叩き込む。
リズがそのまま駆け抜けると、同じ箇所へアルが大鉈を叩き込む。
普通であれば、刃が立たぬほどの硬さを誇ったであろう鬼竜の鱗であったが、いくらか霧で弱体化していたのと、普通ではないリズとアルの膂力による一撃により斬り裂かれる。
バランスを崩して左側へ傾く鬼竜。
そこへ、ルナの光操術が放たれる。幾本もの光の矢が鬼竜の顔面へと突き刺さっていき、鬼竜の両の眼球を突き破った。
鬼竜がそのまま横向きに倒れると地響きがおきる。
アルとリズは直ぐに倒れた鬼竜へと襲い掛かり、鱗のない喉元を斬り裂いた。
夥しい両の血が流れ出し、超大型の鬼竜は徐々に命の灯火を散らしていく。
「お見事、お見事」
突然、手を叩く音とともに男の声が響く。
崩れた防壁の瓦礫の上に黒を纏った男が立っており、アル達を見下ろしていた。
男は漆黒の長髪に真っ白な肌、長身痩躯、闇色の外套を羽織っており、両手の指には真紅に輝く指輪が嵌められている。
「何者だ!」
アルは瓦礫の上に立つ男に問い掛ける。
「アスベルだ。お主らが生き残れるのならば、我の恐怖を世に伝え歩くが良い。
して、お主らは何者か」
まさか返答があるとは思っていなかったアル。しどろもどろにアルも応える。
「アルフガルズの、聖銀の新星……
探索者と狩人をやってる戦団です、だ!
僕は、アル。リーダーで、だ!」
「ちょっとアル!なに真面目に応えてるのよ!しかも、すっごいカミカミだし!」
アルの返答に思わず突っ込みを入れるリズ。
「貴方は上位の鬼族。それも、吸血鬼の大将かとお見受けしますが」
「左様。物識りな人族もおるようだ」
ルナの推測通り、瓦礫の上に立つ男は吸血鬼隊の大将であった。
アルは先程から止まらない脂汗の理由を把握する。瓦礫の上に立つ男から発せられる重圧。それが、吸血鬼の大将から発せられるものだとすれば、納得するほどのものであった。
「アスベル様、如何しますか」
瓦礫の上に立つアスベルと呼ばれた男の背後からすーっと現れる幾人もの影。
彼等も吸血鬼の系統なのだろう。真っ黒な外套を羽織っており、容姿がアスベルに似ている。それが、少なくとも五体は現れたのだ。
「殺れ」
「御意」
五つの影が瓦礫の上から一斉に飛び立ち、音もなく地に降り立った。
それを見ていたアルは、奴等がただ者ではないないことを悟る。動作に無駄がなく、隙もないのだ。
おそらく、吸血鬼隊の精鋭なのだろうと、アルは予想する。
「リズ、絶対に突出するなよ」
「了解だけど、そう言うアルも飛び出さないでよね」
アル、リズはじりじりと摺り足で後退し、ルナとの距離を縮める。
アルは刹那の間に頭を回転させる。
どうすれば、この窮地を脱せられるのか。
真正面から戦ったとしても、勝てる見込みが低い。
いつも通りの作戦でいくならば、プルトは背後に回り込み、あのアスベルに奇襲をかける。だが、それが上手くいくという想像が全く出来ない。
早く作戦の中止を伝えなければ、プルトはアスベルに仕掛けてしまう。
どうすべきか……
「プルト!ルナ!作戦四で行くよ!リズ、いいね」
「分かりましたわ!」
「そうね、それで行きましょ」
アルとリズが二歩、前に進む。
五つの影は、アルとリズを囲うように広がりながら、少しずつ近付いてくる。
「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
アルの雄叫び。アルは両手を広げ、大鉈を大きく上段に構える。
リズはアルの雄叫びに合わせて、頭上で斧槍を旋回させる。
五つの影は、歩みを止め、様子見に入った。その瞬間、竜巻が発生する。風の刃を含んだ竜巻が五つの影の目の前を暴れるように動く。
そこへ、大量の鉄砲水が現れ、五つの影を飲み込む。
いつの間にかプルトが兵器を操作し、霧ではなく大量の水を放水するように設定を弄ったのだ。
鉄砲水が通り過ぎ、竜巻がやむ。
「くっくっくっ……お前ら、やられたな。どう落とし前をつけるんだ?」
アスベルの笑い声が響く。
その場にアル達四人の姿は、なくなっていた。
五つの影は、アルとリズの威嚇に一瞬の注意を奪われると、突然、目の前に竜巻が現れ、ケルムト大河の鉄砲水にやられ、気付いた時には、ターゲットにしていた四人の姿を見失っていたのだ。
アスベルは五つの影に「殺れ」と命じた。命ぜられた五つの影は何も出来ずにターゲットを取り逃した。その事実が五つの影を震い上がらせていた。
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アル達が吸血鬼の小隊に遭遇した地点から南に4キロメトル。
闇夜に紛れ、四つの影が河から上がってくる。
「もぅ、びしょ濡れ」
そう文句を言うのはリズであった。
「皆、すまないが、走って中央区まで行くよ。休憩は暫く後だ」
アル達四人は、あの吸血鬼の小隊から逃れるために、大河に逃げ込んだのだ。
暫くは潜水し、その後は河の流れに身を任せ、中央区の真西まで流されて来たところで岸に上がってきたのだ。
冷たい水に体温とともに体力を相当奪われていたが、ここで休憩する訳にはいかない。それは、四人ともに分かっていた。
アル達は中央区、王国の中枢まで休みなしで走り続け、事実と推測を報告する。
事実として、防壁の西の端が崩されたこと。吸血鬼部隊の大将であるアスベルと五体の精鋭がこちら側に入ってきていること。
推測として、アスベルの強さが自分達では太刀打ち出来ない程だということ。霧を発生させる兵器は、結界もろとも破壊されたであろうこと。
それらの情報は直ちに前線へと伝えられる。
前線では、探索者と狩人を中心に精鋭を選出し、吸血鬼の大将他を討伐する隊を組み、直ちに西へと向かった。
アル達は、報告を終えたところで、オルクスに呼び止められる。
「キミ達、また前線に行くよね?」
「はい。軽く休憩しますけど、朝方には前線に向かうつもりです」
「じゃあ、キミ達にこれを託すよ」
「オルクスさん、これは一体……」
アルが受け取ったモノは鶏の卵を二周りほど大きくした球形の何か。触り心地や重さから、これが金属の塊であることは分かるのだが……
「ウルズの泉水を使った兵器だよ。使い方は、命力をその卵に込めてから相手の近くの地面に投げつけるだけ。地面と接触した瞬間に爆発するから。そんで、中からはウルズの泉水を濃縮した液が霧状に広がるってやつだ。強敵と戦うなら、相手を少しでも弱体化させないとね」
アル達は秘密兵器を入手し、朝方、再び前線へと向かうのであった。
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