27.戦争の始まり
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「アル、そこ。罠があるぜ、見落とすなよ」
「はい。あっ、ありますね……」
アルはここ数日、充実した日々を過ごしていた。アルが先頭に立ち、皆を先導していく。罠を発見し解除するのと敵を早めに発見する役を担っている。その直ぐ後ろにヴァンが付き、ことあるごとにアルへと助言する。
「はぁ。なんかアルばっかりずるい」
そんなアルとヴァンの関係に焼き餅を妬いているのはリズ。そんなリズであるが、戦闘時には、ヴァンから助言を貰っている。
「ふふ、私とプルトの師匠だったのに、今ではアルとリズの師匠でもありますわね」
そんなアルとリズ、ヴァンの関係を微笑ましそうに眺めるルナ。
「師匠、俺にも罠の解除方法とか、戦闘のコツとか教えて欲しいのに」
プルトはアルとリズに焼き餅を妬いているようであった。
和気あいあいと進んでいるようであるが、ここは深層。85階層の第二エリアである。
凶悪な罠に、強大な神造生物が待ち構える。それこそ、上位の鬼族である牛頭大鬼、大豪鬼、吸血鬼等も現れる。
「ヴァンさん、この迷宮内で戦う鬼族よりも、実際に地上で戦った鬼族の方が強く感じました。例えば、ギルさん達の隊を襲っていた醜豚鬼や醜悪鬼なんて、低層でも遭遇しますけど、40階層付近の階層守護者級の強さに匹敵していたと感じました」
「あぁ、その感覚であってるぜ。普通の訓練していない醜豚鬼ならば、それこそ【戦いの塔】で出会う醜豚鬼と同程度だろうよ。だがな、現実のやつらは、やつらなりに訓練しているんだよ。だから、現実のやつらの強さはピンきりって訳だ。それこそ、醜豚鬼のトップクラスであれば、この深層で出会う上位の鬼どもにも匹敵するだろうよ」
アル達は潜っている階層こそ深層であるが、経験年数は僅かに数年である。地上での現実の鬼族との戦いの経験も少なく、神造迷宮内での活動も、ヴァンには圧倒的に及ばない。そんなヴァンの経験談や考え方を聞いているだけでも、アル達にとってはとても勉強になった。
「よし、ポイントに着いたぜ。じゃあ、ルナとリズは周囲の警戒と近付くやつらの殲滅な。アル、プルト、やるぞ」
「はい!」
「はい。俺よりリズの方が絶対に力仕事に向いてるのに……」
ヴァンに指示され、四人はそれぞれの役割を全うすべく配置につく。プルトがこぼした愚痴は皆、聞こえぬ振りをしている。
アル、プルトは、岩壁に向かって鶴嘴を降り下ろす。その横でヴァンも鶴嘴を降り下ろすのだが、アル、プルトに比べると一度に掘る量が圧倒的に多い。
その間、ルナとリズは周囲を警戒している。
「ほら、出てきたぜ。アルはそのまま掘り続けろ。プルトは聖銀鉱石の回収な」
「はい!」
「はい。はぁ……重い」
85階層の聖銀の採掘ポイントを渡り歩く五人。ここまで、聖銀鉱石を数百キログランも採掘しているのだが……
「まだまだ足りないな。よし、次に向かうか」
「はい!」
「はぁ……師匠、目標はどのくらいなんですか?」
若干、力仕事に疲弊しているプルトが問う。
「オルクスからは、聖銀を500キログランって言われたな」
「500?もうとっくに超えてるんじゃないですか?」
プルトはヴァンの答えに思わず声を大きくする。
「ばかプルト。もう少し頭を使え。聖銀500キログランと聖銀鉱石500キログランは違うんだよ。鉱石から製錬して聖銀を取り出すんだ。だから、もっと多く採掘しねぇとならねーの」
「はぁ。分かりました。師匠、それで目標は?」
そこで言葉に詰まるヴァン。もっともっと多くの聖銀鉱石を採掘しないといけないことは分かっているが、製錬して取り出される金属の比率までは分かっていない。聖銀500キログランを確保するには、どのくらいの鉱石を採掘すれば良いのか、考えていなかったのだ。
「……50000キログラン」
「えっ?」
「えぇ!」
「ウソ……」
「……」
アル、リズ、ルナはヴァンの答えに驚く。プルトは唖然として言葉を失っていた。この数日で採掘できた量が約800キログランとすると、これまでの60倍以上の鉱石が必要になるのだ。
「ヴァン師匠、あと二週間と少ししかありませんわ。ちょっと目標が高すぎるかと……」
思わず突っ込むルナ。
「まぁ、目標はでかく持てってことだ。無理だとしても、努力しようじゃないか!
ほら、もたもたしないで次行くぞ、次!」
ヴァンは上手いこと纏めて逃げだすのであった。
◆◇◆◇◆◇
円卓の間での報告会があった当日から三週間後、ヴァンとアル達聖銀の新星は地上へと現れた。
ヴァン以外の四人はとても疲弊していたが、ヴァンだけは溌剌としていた。
「なんとかなるもんだな!」
「奇跡ですよ、師匠」
ヴァンが無謀に掲げた目標である50000キログランをなんとたった三週間で達成したのだ。
それも、プルトの言うように奇跡と言うより他はない。
大量の鉱石が眠るポイントに辿り着き、そこで荒稼ぎできたからであった。
「じゃあ、俺はオルクスのやつに届けてくるから、お前らは1日ゆっくりと休養しとけよ」
「はい!ヴァンさん、ありがとうございました!」
アル達は、大量の鉱石を採掘するのに、ルナだけを周囲の警戒に残し、残りの四人で採掘に注力したのだ。その結果、ヴァン以外の三人は酷い筋肉痛となり、まともに動くことも儘ならなかった。ルナも楽をしていた訳ではない。一人で、襲いかかる神造生物を撃退しており、心身ともに疲れ果てていた。
ヴァンに言われなくとも一日は絶対に休養を取ることを誓っていた四人である。
ヴァンと別れた一行は、直ぐにそれぞれの宿へと帰り、食事もとらずに倒れ込むと、泥のように眠りにつくのであった。
一方、その頃、グレゴル将軍が率いるアルフガルズの軍隊の半数である5000と、ギルバート率いる狩人部隊1000は、北の防壁で激しい攻防を繰り広げていた。
数日前に鬼族の大部隊が防壁付近に姿を現した。牛頭大鬼、大豪鬼の二匹が率いる大部隊の侵攻をなんとか食い止めているのが現状である。
オルクスが開発している武器と兵器は、数は揃っていなかったが、少ない数でもそれなりの効果をあげており、防衛に大きく貢献していた。
オルクスが開発した新武器である聖銀銃は、火風土の法術を用い、高圧縮した弾丸を放つ武器である。似た武器は既にあったのだが、弾丸の圧縮率や硬度、放たれる弾丸の速度、射程距離等が既存のものとは別次元であった。それは、鬼族の固い皮膚を突き破る威力をほこり、防壁の上からでも遠距離にいる鬼族を一匹ずつ確実に倒していった。
オルクスが開発した新兵器である聖銀大砲は、聖銀銃をグレードアップさせたものである。放たれる弾丸は、聖銀銃の数十倍であり、その弾丸には火風の法術が組み込まれており、着弾した瞬間に大爆発するという兵器であった。
これにより、一撃で大量の鬼族を葬り去ることに成功している。
それでも防壁での攻防を有利に進めることは出来ていない。敵部隊の侵攻をなんとか防いでいる程度であるのは、敵部隊の鬼族に加え、大型の鬼竜が数百存在していたからだ。
聖銀銃や聖銀大砲の射程範囲から逃れるように広範囲に展開した鬼族と鬼竜。
それらの侵攻を防ぐために、グレゴル将軍の部隊やギルバートの部隊も横長の防壁全てを守るように横長に展開していた。
数に限りのある新武器、新兵器も防壁に等間隔に設置、あるいは配られている。
数で劣るアルフガルズ軍は、なんとかオルクスの武器、兵器で侵攻を食い止めることで精一杯であった。
それでも徐々に綻びが出てくる。
大型の鬼竜の特攻により、防壁の一部が崩れると、そこに雪崩れ込むように、付近の鬼族や鬼竜が寄ってくる。
ここを突破されては不味いと感じたグレゴル将軍の素早い指揮により、聖銀大砲が一斉に火を放ち、壁の綻びに詰め掛けていた鬼族や鬼竜は一気に数を減らす。
聖銀大砲の次弾の発射までには時間が掛かる。動力源となる神石をセットし、聖銀大砲の機関部へエネルギーが充填されていく。
一斉掃射したために、付近の聖銀大砲は、どれも次弾の発射待ち状態。その隙に、壁の綻びへと詰め掛ける鬼族と鬼竜。
グレゴル将軍は、聖銀銃や弓矢、法術等で侵入を防ごうと指示を飛ばすが、それでも防ぎきれない。
少しずつ鬼族と鬼竜の侵入を許し、やがてダムが決壊したかのように怒涛の勢いで雪崩れ込んでくる。
防壁の外では聖銀大砲が火を吹き鬼族や鬼竜を蹴散らかしているが、防壁の内では敵味方入り乱れた乱戦と化していた。
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