26.報告とその後
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オーガス大陸の南東端に位置するアルフガルズ。辺境にある人族の小国であり、国の周囲は、堅牢な防壁、大河、海で囲まれており、魔獣や鬼竜、鬼族等の侵入をなんとか防いでいる。
アルフガルズの西側に横たわるケルムト大河沿いに遥か北へ向かうとユーグ大森林が広がる。そのユーグ大森林の東側には鬼族の国であるオーガズルが存在する。アルフガルズの5倍以上の面積を有するオーガズル。
今、アルフガルズとオーガズルの間には不穏な空気が流れていた。
「それでは、それぞれの報告を聞くとしようか」
アル達は、王城の円卓の間に来ている。広い円卓には、大奥にアルフレッド国王が座り、その両隣には宰相と将軍が座っている。
国王と対面となる側には、アル達を含め9名が並んで座っていた。
「そんじゃ、アル、俺から報告しよう」
アルは、突然自分の名前を呼ばれギョッとし、その男を見る。大奥の国王と真正面の位置に座る壮年の雰囲気のある男。名前は先ほどルナから聞いていた。
「じゃあ、ヴァンから報告してくれ」
ヴァンと呼ばれる男は、国王から報告を促される。
そこで、アルは気付く。ヴァンがアルと呼んだのは自分のことではなく、アルフレッド国王のことだと。国王をアルという名で呼ぶヴァンと国王の関係は一体なんだろうとアルは疑問に思った。
「俺は北の国の動向を探りにいった。完全に戦争を仕掛ける気みたいだったな。
牛頭大鬼、大豪鬼、吸血鬼の三匹の上位の鬼どもがそれぞれ大軍を従え、南下してきている。
歩みは遅いが、少なくとも1ヶ月以内にはアルフガルズに辿り着くんじゃないか?
それと、本隊は龍豪鬼が率いるようだ。龍豪鬼が出てくるんじゃ、勝目はないんじゃねぇか?」
アルは、ヴァンのあまりにも衝撃的な報告に思わず腰を浮かしかけた。
「上位の鬼族の軍、龍豪鬼の本隊はそれぞれ数はどのくらいだ?」
ヴァンの報告に対して、アルフレッド国王は冷静に問い質す。
「正確には分からねぇが、それぞれ3000程度だな。それと本隊は5000は超えそうだ。あと忘れてねぇとは思うが、上位の鬼どもは鬼竜を操るから戦力は倍と考えていいと思うぞ」
それぞれ3000で、本隊が5000。鬼竜も含めて戦力はその倍。約30000の大軍隊である。
「上位の鬼どもの軍隊と鬼竜は俺がなんとかしよう。ただ、本隊までは無理だな」
そう発言したのは、向かって国王の右隣に座っている将軍であった。アルフガルズの軍隊が10000であるので、上位の鬼の軍隊と鬼竜だけでも手一杯の筈である。
誰も発言しないまま沈黙が続く。
「次はギルバート、報告してくれ」
沈黙を破り、アルフレッド国王が次の報告を促す。
「はい。俺はアルフガルズとオーガズルの間に広がるクレット平原を隈無く調査しました。分かったのは2つ。鬼竜の動向と鬼族の動向です。
小型の鬼竜は南に流れ、中型から大型の鬼竜は北に流れています。ヴァンさんの報告と合わせると、中型から大型の鬼竜は上位の鬼どもに集められている可能性が高いと思います。
中位から下位の鬼族は大集団を作り、それぞれ南へ向かっています。
最も大きな部隊は、1週間前に防壁から3日の距離に現れた醜豚鬼と醜悪鬼の混成部隊で約1000といったところです」
「うむ、予想通りの動きだな」
ギルバートの報告に国王や宰相、将軍は頷く。
「次はオルクス、報告してくれ」
「はい。私は対鬼族用の武器と広範囲殲滅用の兵器開発を進めています。開発自体は完了していますが、数を揃えるうえで問題が二つほど。
一つは武器、兵器の材料となる聖銀が足りないこと。
もう一つは兵器の動力源となる神石が足りないこと。
探索者協会には、神造迷宮での聖銀の採掘依頼と品質の良い神石の採取依頼を出していますが、思わしくありません」
「そうか。聖銀となると深層でしか採掘できないからな。実力のある探索者でなければ難しいだろう」
オルクスは武器の開発者であった。それも、神造遺物に近い効果のある特別な武器の開発者である。
「オルクスの開発が間に合わないと厳しいですなぁ。報酬を上げてでも聖銀の採掘を急がねばなりませんぞ」
そう発言したのは、国王の左隣にいる宰相であった。
「よし、報酬を上げてでも採掘を急がせてくれ。最後は聖銀の新星の報告をしてくれ」
いよいよアルの報告の番が回ってくる。
アルは事前にルナに報告をしてくれるように頼んだのだが、謁見の間ではないため、少しぐらいの粗相は大丈夫だから、リーダーであるアルから報告すべきだと断られてしまった。
「は、はい。えっと、僕たちはウルズの泉を発見し、無事、泉水を持ち帰りました。あっ、泉水は全部で200リットルぐらいあります……」
他の者に比べるとひどく短い報告にアルは焦りを感じる。もっと何か気の利いたことを言うべきなのだろうかと。
「幸甚の至りだ!悪い報告の中で光輝いておるわ!」
アルフレッド国王は、アルの報告を聞き、満面の笑みで褒め称える。
「オルクスよ、聖銀が集まるのを待つ間に、ウルズの泉水を活かした武器を開発できるか?」
「はい。間に合わせてみせましょう」
オルクスも満面の笑みで国王の問いに答える。開発者としての性質から、未知の武器開発に意欲がわいているようであった。
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「よう」
円卓の間での報告が終わり、解散になったところで、アル達四人は後ろから声を掛けられる。
「ヴァン師匠、お久し振りでございますわ」
「師匠、ご無沙汰してます」
声を掛けてきたのは、超一流の探索者であるヴァン。それに応えるのは、ヴァンを師匠としていたルナとプルトの姉弟だ。
「聖銀の新星がウルズの泉の捜索に借り出されていたのは驚いたよ。しかも、見事に泉水を持ち帰ったとはな!」
ヴァンは心からルナ、プルトだけでなく、アル、リズを含めた聖銀の新星を褒め称えていた。
「始めまして、アルです。お褒めいただき光栄です。
あの……ヴァンさんって、とても有名というか、史上最高の探索者だとお聞きしてます。
そこで、あの……その……握手してください!」
アルは、探索者として活動し自分達が活躍する度に、史上最高の探索者の噂を聞いていた。アルは、噂を聞き、会ったこともない史上最高の探索者であるヴァンに憧れを抱いていた。いつか、会ってみたいと。いつか、握手したいと。そして……
「アルだったな。俺もお前らの噂は聞いているぜ。
あー、良いこと思い付いたぜ。オルクスから個人的な依頼があってな。聖銀と神石拾ってきてくれと。深層でしか入手できないからって、俺に依頼したようだが、お前らも深層に潜ってるんだよな?」
「はい。ついこの間、84階層を突破したので、次からは85階層へ挑戦です」
アルは頭の片隅で、どんな良いことを思い付いたのだろう、と疑問を浮かべつつ、ヴァンの質問に答える。
「オルクスの依頼、俺とお前らの共同で受けないか?
階層は85階層でいいぜ。期限は3週間だ。それ以上掛かっちまうと、オルクスの武器開発が間に合わなくなるそうだ。どうだ?」
アルは口を開き驚いていた。アルは、もしも史上最高の探索者であるヴァンに会うことが出来たら、握手してもらうことと、一度で良いから一緒に潜って貰えないかとお願いしようと思っていたのだ。
願ってもない機会の到来に、唖然としてしまった。阿呆のように口をポカンと開け放ってしまった。
「アル、受けようよ!」
すかさずリズが反応し、アルも正気に戻る。アルは、リズ、ルナ、プルトと順に目を合わせ、皆が賛成していることを感じとり、ヴァンに返答する。
「ヴァンさん、そのご提案、受けさせていただきます」
「俺としては今すぐにでも神造迷宮に向かうつもりだが、アル達はどうだ?」
アルは、後ろの三人を見る。三人ともアルが決めていいよ、という表情をしていた。
「はい!お願いします!今すぐ向かいましょう!」
こうして、アル達聖銀の新星と史上最高の探索者、生ける伝説であるヴァンとの共同探索が始まるのであった。
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