24・大軍
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無事に崖を降りきった四人は、濃い霧の中、南西を目指してユーグ大森林の中を進んでいた。
「大河に辿り着かないな、もっと西を目指した方が良いかな?」
そろそろケルムト大河に辿り着いてもよい頃であったのだが、未だに大河に辿り着かない。自分達の進んでいる方角に自信がなくなっているアル達であった。
「西ってどっちよ。そもそも私達の進んでいる方角って南西であってるの?」
アルの呟きに反応したのはリズ。リズは、そもそも自分達の進んでいる方角すら定かでないのに、西がどちらなのか分かる筈がないと思っている。
方位磁針をも狂わすユーグ大森林で、唯一信頼できるのは【ウルズの羅針盤】だけであった。
崖の東側から下山したアル達は、羅針盤の針が指し示す方角を西として、南西を目指したのだが、羅針盤の針は、西から西北西、北西、北北西と徐々に指し示す方角を変えている。
指し示す方角が徐々に変わることは分かっていたアル達であったが、その微妙な変化を正しく感じとれず、思った方角よりも少し東よりに進路を取っていることに気付いていないアル達であった。
ユーグ大森林を抜けるのに、往路よりも時間が掛かっていることに焦りを感じ始めたアル。
「間違いなく大森林を抜けるなら、針の指し示す方角と真反対に進めば良いのですけどね」
ルナの提案は正しい。どこに抜けるのか分からないが、ウルズの泉から遠ざかれば、その内、大森林を抜け出せるのだ。
「でも、水の流れる音が聞こえないってことは、俺らが入った大森林の入口よりも東側に逸れてるってことだぜ?」
プルトの指摘も正しかった。アル達が大森林に入った時の大河の近くの入口から、現在はだいぶ東側に位置していたのだ。
だが、視界の悪い大森林内を彷徨くことは、体力的にも精神的にも疲労が強い。
「一旦、大森林から抜け出すことを目指そう。大森林を出たら、大森林沿いに歩いて大河を目指そうよ」
「そうね、それが妥当かも」
アルの提案にリズが賛同する。ルナ、プルトも特に反対はせず、同意する。
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アル達は、大森林からの脱出を第一目標と定めてから数日で大森林を抜け出すことが出来た。
しかし、アル達は大きな不安を感じていた。
死神鎌爪鬼竜と呼ばれる体長5メトルほどの中型鬼竜や巨槌頭鬼竜と呼ばれる体長10メトルを超える大型鬼竜に遭遇したのだ。
遭遇した鬼竜が単体であったため、アル達四人で何とか倒すことは出来たのだが、今までとは明らかに出没する敵が違っていることに動揺していた。
更に、小鬼や餓鬼、狗鬼といった最弱に位置する鬼族とも遭遇し、その上位に位置する亜餓鬼、上位餓鬼とも遭遇したのだ。
これらは、【戦いの塔】で散々倒してきた鬼族であるので、脅威にはならないはずであったのだが、アル達は大いに苦戦を強いられた。
【戦いの塔】と実際の鬼族の違いは、戦略、連携、個体の強さであった。実際の鬼族は、個々の戦闘能力が高く、集団戦闘の錬度も高かったのだ。
「これはまずい……鬼族の領地に踏み込んだっぽいね……」
「そう、みたいよね……」
「思ったよりも東に逸れてたってことですわね……」
「雑魚の筈の鬼族が強いのも想定外だな……」
アル達は、大森林から脱出できたのだが、大森林に身を潜めつつ、大森林沿いに西へと進路を取り、今度は鬼族の領地からの脱出を目標として掲げた。
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「ちょっと、あれ見て!」
リズが後方を指さす。アル達はリズが指し示す方向を窺うと、鬼族の大軍がいたのだった。
「醜豚鬼と醜悪鬼の混合部隊だ。少なくとも1000は超えているね……」
アルは鬼族の大軍を見て、神造迷宮の40階層で戦った軍隊醜豚鬼を思い出していた。恐らく、今見ている醜豚鬼と醜悪鬼の混合部隊は、個々の戦闘能力も、錬度も40階層の軍隊醜豚鬼を越えるのだろうと、アルは予想した。その軍隊が1000を超える数で進軍している。そして……
「アルフガルズに向かっていますわね……」
ルナの予想通り、大軍は南のアルフガルズへ向かっていた。
「僕らの使命は、ウルズの泉の水を届けることだ。一刻も早く届けよう」
アルは、心の中で葛藤していた。あの大軍をここで見逃して良いのか。自分達の実力ならば、半数は削れるのではないか。このまま見て見ぬふりをして逃げるのか。だが、自分達の使命はなんなのかを口に出すことで心を決める。
「そうね」
「了解。急ごうか」
「急ぎましょう」
アルの発言に三人ともに同意を示してくれる。アル達は、大森林へ隠れるように身を潜め、一路、西へと急ぐのであった。
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ここ数日、はるか東の平原を進軍する鬼族の大軍を横目に、アル達は大河沿いを南へと急いでいた。
思ったよりも進軍速度が遅かったようで、現在は大軍と並行する位置まで追い付くことができた。
「このまま急げば、大軍よりも先に防壁に着ける筈だ。急ごう!」
アルはなんとしても大軍よりも先に防壁に辿り着き、大軍の進軍を知らせようと思っている。
「アル、そのことなんですが、おそらくアルフガルズ側はもうすぐ大軍の存在を発見するはずですわ。遠見の筒がありますもの」
アルは、そう言えばそうかと思い至る。自分自身も持っている道具だ。それも、アルフガルズの防壁に常駐する者であれば、自分自身が持っているものよりも性能の良いものを持っているだろう。
「まぁ、それでも急いでいこうよ」
「それは賛成しますわ」
理由があろうがなかろうが、アル達の心境では、ゆっくり行くという選択肢は無かった。なるべく急いでいかねばならないような、そんな心境であった。
「ちょっと!アル!あれ!」
そこでリズが静かに叫ぶ。
アルはリズが指し示す方向を見ると、あの大軍に対抗する勢力が現れたのだ。
だが、その数は明らかに少な過ぎる。1000を超える大軍に対して、一方は数十程度。
対抗するというよりも、もしかすると逃げ切れずに追い付かれたのかもしれない。
「もうすぐ追い付かれるわね……」
リズが追い付かれると表現したように、少数の隊は、大軍から離れるように移動していた。
だが、大軍を先行する一部隊がもうすぐ、その少数の隊に追い付きそうなのだ。
「追い付かれちゃったわよ!」
鬼族の先行部隊と少数の隊が戦闘を開始する。少数の隊は数の上では劣っているが、それでも優位に戦っている。
だが……
「もうすぐ本隊が追い付くな……アル、どうする?」
プルトの予想通り、直ぐに本隊があの戦闘の場に追い付いてしまうだろう。アルは考える。
このまま何もしなければ、あの少数の隊は全滅するかもしれない。自分達が駆け付けたところで、撃退できるかは分からない。自分達の使命。
そしてアルは答えを出す。
「……皆、ごめん。僕の考えに従えなかったら、好きにして欲しい。
僕は本隊の側面から急襲しようかと思うんだ」
「アル、私があなたの考えと違うことを考えると思う?勿論、私も急襲するわよ」
いち早くアルの考えに同意したのはリズ。
「私もアルの考えに賛同しますわ。ただし、引き際もしっかり考えて下さいね」
ルナも賛同し、三人はプルトを見る。
「仕方ねぇ。俺も行くよ。いつもの作戦通り、俺が単独で敵の大将を潰してくるから、陽動は頼むよ」
プルトも渋々を装いながら賛同する。初めからそのつもりだったことが、三人にはばれているのだが、本人は気付いていない。
「ルナ、新月の闇を」
「分かりましたわ」
四人は新月の闇を纏い、大軍の側面に向かって駆け出したのであった。
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