22・大森林
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国王との謁見から三週間後、アル達四人は北へと旅立っていた。
アルとリズの武器は、いつも通り大将の店で新しいものを作って貰った。
食糧、飲料水、薬関連等の消耗品を大量に購入し、四人で分けて持つ。その他にも毛布代わりの厚手の外套、丈夫な靴を予備を含めて複数購入した。
そして、旅には直接関係はないが、四人はお揃いの首輪を身に付けている。
黒革に聖銀の刺繍が入った装飾品としても優れた首輪だが、この首輪には二つの意味がある。
一つは、命の危険を感知した場合に自動的に治癒の法術が発動する仕掛け。
もう一つは、銀の新星が彫り込まれていること。
「僕たちはこの旅では一つの戦団だ。お互いがお互いを守り、全員が無事に帰還することが僕らの使命だよ」
一対の銀と雄大な新星ではなく、一つの戦団として旅立った。その戦団名は、【聖銀の新星】である。
「僕たち、【聖銀の新星】は、絶対に生きて帰るぞ!」
この戦団のリーダーに選ばれたアルは、必要以上に気合いが入っていた。
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四人は防壁を越えると、ケルムト大河に沿って北を目指した。
【ウルズの羅針盤】は北を指し示しているのだが、どこまで北上すれば良いか分からない。北を目指すとしても、平野を行くよりは、鬼竜との遭遇率が低いケルムト大河沿いに北上する方がリスクが低いと、四人で意見が一致したのだ。
「このまま行くと、ユーグ大森林に入っていくんじゃない?」
前方に広がる大森林を眺めながらリズが呟く。
旅立ってから一週間。相変わらず【ウルズの羅針盤】は北を指し示したままであった。ケルムト大河を西側へ渡ることにならないかと四人は不安であったのだが、どうやらその心配はなさそうであった。
その代わり、このまま真っ直ぐ北上するとなると、リズの予想通りにユーグ大森林へと踏み込むことになる。
「大森林は、俺達も入ったことがないよ」
「そうですわ。以前、狩人として活動している時に、大森林の手前までは来ていましたけど」
ケルムト大河沿いは鬼竜が少ない。これは狩人の常識である。ユーグ大森林の手前までは、駆け出しの狩人でも無理なく来れる。
だが、ユーグ大森林内となると、そうは行かない。ユーグ大森林へと踏み入れるような狩人は、ギルバートのような優秀な狩人だけである。
ユーグ大森林内は、鬼竜よりも魔獣と呼ばれる悪しき変化をとげた獣が多く棲みついている。魔獣でなくても、危険な獣も多くいるのだ。
更には、朝は深い霧に包まれ視界が悪くなること、夜は星の明かりが届かずに暗闇に閉ざされること、昼でさえも明かりが少なくベテランの狩人の方向感覚を狂わせるなどの理由から、実力の低い狩人が敬遠するのであった。
「出来ればユーグ大森林を迂回したいですわね」
「だけど、大森林の東側を通るとなると、鬼族の領地を通ることになるから、それも遠慮したいな」
ルナの意見にアルが反対する。ユーグ大森林内も危険はあるが、大森林を避けて森の東側を通るのもリスクが高いのだ。
「姉さん、俺も鬼族の領地は遠慮したいな。大森林内でも、ケルムト大河沿いなら、比較的安全なんじゃないかな?」
「確かに大河沿いなら、少なくても鬼竜や鬼族に遭遇する可能性は少ないね」
「それと、大河沿いなら道に迷うことも少なそうね」
「鬼族の領地を通るよりは危険が少なそうですわ」
プルトの意見に他の三人が同意を示す。
「よし、大河沿いに北上しよう」
皆の意見が一致したところで、アルが纏める。
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あれから、二週間。数度、はぐれ鬼竜と遭遇したものの、全く危なげなくユーグ大森林の入口へと辿り着いた四人。
この大森林の東側は鬼族の領地であり、四人は、少なからず緊張していた。
大森林の入口で一日ゆっくりと休養を取ると、翌朝から、大森林内へと足を踏み入れる。
「霧が濃いな……」
先頭を歩くアルは、視界を遮る霧の濃さに、思わず愚痴をこぼす。
進行方向の左側からは水の流れる音が聞こえているので、ケルムト大河からは離れていないことは分かるのだが、深い霧に方向感覚が狂わされてしまう。
「……皆、止まって……」
先頭を歩くアルは、左手を横に伸ばし、後方の三人に止まるよう促す。
「……獣の気配がする……複数……少なくとも三匹以上……もしかすると、二桁いってるかも」
アルは小さな声で、しかし、後方の三人には確実に聞こえるように、自身が感じ取ったことを伝える。
リズとプルトはルナを守るように左右から挟み、油断なく構える。
アルは、ゆっくりと体の向きを右方向へ変え、右下段に大鉈を構え、油断なく周囲を探っていた。
突然、霧を切り裂き、黒い影がアルに襲いかかる。
アルは、落ち着いて半歩右足を引き体を開くと、黒い影をかわし、すれ違い様にその黒い影に鋭い斬り上げを放つ。
宙で二つに分かれた影は、どさりと音を立て、地面に落ちる。
その音を皮切りに、霧を切り裂き、次々と周囲から黒い影が飛び出してきた。
先頭のアル、隊の右側を守るリズは、黒い影をすれ違い様に一撃で斬り裂いていく。
隊の左側を守るプルトは、黒い影を己の拳と蹴りで弾き飛ばしていく。
「風よ!」
そこへ、ルナの風操術によって、周囲の霧が吹き飛ばされる。
一時的であったが、視界が晴れ、四人は、相手の姿を認識することが出来た。黒い体毛の大柄な狼であった。
直ぐに霧が辺りを覆って、相手の姿を隠してしまう。
「這い寄る狼ですわ!」
「リズ、右側に8匹以上いたよ!何とか守りきって!
プルト、左を警戒しつつ、正面もお願い!僕は正面と右側を警戒する!」
「了解よ!」
「任された!」
「リズ、私が風で援護しますわ!」
直後、突風がリズの前方へと吹き付ける。再び視界がクリアになった瞬間に、飛び込んできた這い寄る狼三匹に鋭い風の刃が襲い掛かる。
致命傷とはならなかったが、明らかに突撃の勢いが弱まった三匹の狼は、一瞬でリズに斬り伏せられる。
そらから、数分、アル達は襲い掛かってくる狼を全て斬り伏せていた。
「……どうやら、残りは逃げたようだよ」
油断なく周囲を警戒し、構えていたアルがそう呟き、ゆっくりと構えを解く。
辺りには、鉄錆びのような血の臭いが漂っていた。
「急いでここから離れた方がいいですわ。臭いに釣られて他の魔獣が集まってきますわ」
ルナの提案に、アル達は急いで移動する。途中、一旦立ち止まり、【心身浄化石】を使って皆の体に染み付いていた血の臭いを落とし、再び急いで移動する。
アル達は、それから、30分から1時間ごとに、狼系統の魔獣の群れとの遭遇を繰り返していた。
一匹ごとの戦闘能力は脅威に値しないのだが、視界が悪い中で集団で攻められることで、四人は精神的に追い詰められてくる。
それでも、更に、大森林の奥へと向かう四人。次第に、狼系統の魔獣との遭遇頻度が落ちてくる。
「……なんだか嫌な予感がする」
アルがぼそっと呟いたのだが、それに後方の三人も同意する。
明らかに異常であった。あれほどの狼どもの強襲がピタリと止んだのだ。
「ルナ、月の力で僕らの気配を隠して」
「分かりましたわ」
四人は、ルナの【新月の闇】を纏い、気配を殺す。
アル達は、ルナを中心にお互いの間隔を狭め、周囲への警戒を強める。
息を殺し、感覚を鋭敏にする四人。
始めに気付いたのはアルであった。
「……水の音?」
「大河の方からよ」
アルに続き、リズがプルトの前方へと注意を促す。
大河の流れを遮るような僅かな水の音が止むと、擦れるような音が聞こえてくる。
「……こっちに近付いてる。姉さん、いつでも迎撃出来るようにしといて……」
「もうしてますわ……」
ルナの発言を最後に四人は話すことを止め、じっと這いずる音に注意を向ける。
這いずる音は、プルトの方から、隊の後方へと逸れていく。
徐々にリズの方へと向かい、そのまま通り過ぎると、南の方へと遠ざかっていった。
アル達はその場を動かず、無言で十数分、じっとしていた。
「……行ったかな……」
静寂の中、アルはぼそっと呟く。
「……行ったぽいよね?」
アルの呟きから数十秒後、リズが皆に問い掛ける。
「行ったな」
「行きましたわね」
得体の知れない、這いずる音が完全に聞こえなくなってから、ようやく、四人は緊張を解く。
「ここから離れよう」
アルの提案に三人は小さく了解の意を伝えると、静かに移動を開始する。
方向感覚とともに時間感覚も完全に狂っていた四人であったが、空腹とともに野営を決める。
この魔獣ひしめく大森林内での野営がどれだけ神経を削り取るのか……
不安な四人を嘲笑うかのように、夜の深い闇が辺りを覆っていった。
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