20・つかの間
◆◇◆◇◆◇◆◇
一対の銀と雄大な新星が組んで神造迷宮を探索するようになってから、1年が経とうとしていた。
四人は、神造迷宮の79階層を越え、深層と呼ばれる80階層以降に挑んでおり、現在は84階層まで攻略を進めていた。神造迷宮に挑み始めてから僅か2年である。僅か2年で80階層以降まで到達していることで、四人は更に世間の注目を浴びていた。
ルナとプルトの師匠であるヴァンが神造迷宮の最深記録保持者であるが、ヴァンでさえも十数年かけて108階層までしか到達していないことを考えると、アル達四人の攻略速度は異常であった。
アル達は、1年の殆どを迷宮内で過ごすようになっていた。
金が稼げるようになり、次元鞄を高価なものに買い替えたり、野営道具を充実させたことで、地上に戻らずに探索を進められるようになってきたのだ。
それでも、神造迷宮の探索規則として、迷宮内での滞在期間の上限が定められているため、2ヶ月に一度は地上に帰還していた。深層と呼ばれる80階層以降になったことで、最大滞在期間が2ヶ月になったが、それまでの中層では最大滞在期間が1ヶ月であったので、アル達にとっては2ヶ月でもありがたかったのである。
アルは、2ヶ月振りに地上に戻り、探索者協会へと帰還の報告に訪れていた。
「おかえりなさい。ご無事で何よりです」
「ただいま戻りました、イーナさん」
アルは、顔馴染みとなっている探索者協会の受付事務の職員であるイーナへと挨拶を送る。
「次はいつ潜るのですか?」
「あー、それなんだけど……」
アルは、イーナの問い掛けに、後ろの3人を振り返る。
「早くても1週間後かな?」
アルがそう答えると、後ろの3人も頷いていた。
「イーナさん、協会長と面会って可能でしょうか」
アルの後ろにいたルナが一歩前に出てくると、イーナに問い掛ける。
「ルナさん、何か問題でもありましたか?」
イーナは、眉を寄せ心配そうに尋ねてくる。
「問題はありませんわ。ただ、深層で珍しいものを見つけたので、その報告とそのものの扱いについて相談したいのですわ」
「そうでしたか。分かりました。至急、協会長の予定を確認しますね」
イーナはほっとした表情になると、慌てて奥へと引っ込んでいった。
待ちぼうけとなった四人はカウンターの前で暫く雑談をして待つこととなった。
「お待たせしました!今から会うそうです。お二階の応接室に案内しますので、こちらに」
慌てて戻ってきたイーナは、更に慌てて二階へと四人を案内する。
アル達四人は、イーナの案内に従い応接室に入ると、長いソファへと座らされ、また暫く待たされる。
「待たせたな。探索者協会協会長のダン=セヴィンだ。一対の銀と雄大な新星だったな」
「初めまして、一対の銀のアルです」
「同じくリズです」
「初めまして、雄大な新星のルナ=デュランダルです」
「同じくプルト=デュランダルです」
協会長のダン=セヴィンへと挨拶を済ませた四人は、早速、本題へと入る。
「協会長、イーナさんに大体の話は聞いていると思いますが、僕達は深層で珍しいものを見つけました。おそらく神造遺物なのではないかと思ってます」
アルは、協会長のダン=セヴィンへとそう告げると、腰の次元鞄からそれを出し、応接テーブルへと置いた。
直径が20センチ程度の円形に近い多角形の平たいモノであった。緻密で繊細な銀細工が施してあり、中心には針のようなものが存在する。
「これは?」
「85階層を探索中に宝箱を発見し、その中に入っていたものです。不思議な力を感じます。僕らは神造遺物の実物は見たことがないのですが、これは普通ではないと感じました」
アル達は、この物体を発見してから、四人で相談し、まず協会長へと報告することとしていた。
「俺に相談したのは正解だったな。これは、おそらく神造遺物で間違いない。どんな効果があるのかは調べてみないと分からない。これは、探索者協会が責任を持って預り、どんなモノなのか調べるってことで良いのだな?」
「はい。四人で相談しました。僕らでは扱いに困ると思います」
「了解した。まずは1週間待ってくれ。その間は、迷宮へは潜らず、いつでも連絡を取れるようにしておいて欲しい」
四人は、これも予め予測していたことであった。
「分かりました。久々に地上でゆっくり過ごします。泊まっている寮の連絡先はイーナさんにお伝えしておきます」
こうして、アル達四人は久し振りに地上での休暇を楽しむこととなった。
◆◇◆◇◆◇
「久し振りにギル兄に会おうと思ったのに、長期遠征に行っちゃってるって」
「そうなのですか。こちらもヴァン師匠には会えませんでしたわ」
リズとルナは、二人で買い物を楽しんでいた。買い物の合間に甘味処によって休憩がてら、お互いの情報を交換していた。
「そう言えば、聞きました?」
「鬼竜が活発化してること?」
「そうです。最近では、防壁付近でも鬼族の目撃情報もあるらしいですわ」
二人はこれまでに地上での出来事を周囲に聞いていた。殆どの者から同じような話を聞かされることになり、二人は少し不安になっていた。
「鬼竜大暴走の前兆じゃないかと勘ぐる者もいるそうですわ」
「鬼竜大暴走ね……」
リズは、小さい頃に父親の書斎で読んだ鬼竜大暴走のことを思い出していた。
その昔、まだアルフガルズの北側を守る堅牢な防壁がなかった頃の話であった。
大群で押し寄せる鬼竜に対し、国の軍隊を中心に対抗し、狩人や探索者が協力して、何とか撃退した。
ただし、国の4分の1ほどの者が亡くなるという、大きな被害を受けたのであった。
「今は北の防壁があるとは言ってもね……」
「ええ。大型の鬼竜が押し寄せてきたら、防壁ももたないでしょうね……」
リズとルナは、多くの民衆と同じように鬼竜大暴走が起きるのではないかという不安で暗い気持ちになる。
「ギル兄は、大規模な討伐隊を率いて北に鬼竜討伐の遠征に行ったらしいから、暫く会えそうもないのよね」
「ヴァン師匠も、国王様から密命を受けて北に旅立ったらしいですわ。こんな不安な時に頼れる人に会えないのは痛いですわね……」
アル達四人が神造迷宮の深層を探索している頃、教会に天啓が降りる。
『災いがアルフガルズを飲み込む』
その天啓は、国王を始め、一部の有力者だけで秘匿されていた。
この時、リズとルナの二人には知る由もないことであった。
◆◇◆◇◆◇
「はっ!」
アルは、鋭い踏み込みから、刺突、斬り上げ、唐竹割りと三連撃をくりだす。
「ふっ!」
プルトは、刺突を避け、斬り上げを受け流し、唐竹割りを木刀で受ける。
受けきったと思ったプルトは、思いの外、軽い衝撃に意表を突かれ、体勢を崩す。
アルは、唐竹割りをフェイクとし、素早く剣を引き戻すと、鋭い刺突をプルトの喉元へと繰り出す。
「……参った」
寸止めされた木刀を見つめ、プルトが降参する。
「やっぱり、俺には剣の才能がないんだな」
「剣は僕の方が上かもしれないけど、どんな強者もプルトの本気の一対一では敵わないよ」
アルとプルトは二人で協会の裏手にある修練場へと来ていた。目的は勿論、修練。
お互い、主武器ではないが、堅木の木刀や無手での一対一の対人戦を繰り返していた。
木刀を使用した戦いではアルに軍配があがり、無手での戦いではプルトに軍配が上がっている。ただ、プルトは風や雷の操術を封印しているため、ある意味、真剣勝負ではなかった。
「よう、二人とも精が出るな」
「「協会長!?」」
そこへ現れたのは協会長であるダン=セヴィンであった。
「頼まれていた神造遺物の件だがな……」
「何か分かりましたか?」
ダンが途中で言いよどんだため、アルが続きを促す。
「鑑定の神造遺物を使って調べたところ、【ウルズの羅針盤】と呼ばれる神造遺物であることが分かった。で、そのことで、お前ら四人は国王様からお呼び出しがかかってんだ。すまないが、大至急、行ってくれるか?」
「ま、まじっすか……」
侯爵家の五男で庶子であるプルトでさえも、直接、国王とは有ったことはない。まして、農家の三男であるアルにとっては、青天の霹靂であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇