2.命からがら
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鋭爪鬼竜とリズ、アルとの距離は50メトルほど。駆け出したら僅か数秒で接触する距離であった。
鋭爪鬼竜がゆっくりとリズ達に向かって歩いてくる。
「アル、徐々に下がりながら、いつでも応戦できるようにしといて」
「うん、リズも少しずつ下がってよ」
僅かにリズが前に出ているが、リズもアルも少しずつ後退する。二人の後退速度は、鋭爪鬼竜がゆっくりと歩む速度よりも遅く、あと数秒で追い付かれることになる。
すると、突然、鋭爪鬼竜が猛然と駆け始める。
直ぐにリズが追い付かれ、鋭爪鬼竜が素早く振るった鋭い爪がリズの腰の辺りに襲い掛かる。
「やぁ!」
リズは、後ろに下がりながら、斜め上から叩き付けるように木剣を振るい、鋭爪鬼竜の腕を叩く。
直ぐ後ろで見ていたアルは肝を冷やしながらも、そこに追撃を叩き込む。
「はっ!」
アルが力強く大上段から振り下ろした木剣は、鋭爪鬼竜が後方に飛び退き避けられ、思いっきり地面を叩いた。
少し距離が空いた隙に、リズは後ろに下がり、アルの横に並ぶ。
「予想以上に速いわ」
「だね」
この時点でアルは方針転換をする。強い一撃ではなく、素早い一撃を心掛ける。相手を撃退するのではなく、牽制できれば、それで良いとしたのだが、元々アルはそんなに器用ではないことを忘れていた。
再び鋭爪鬼竜が突っ込んでくるが、今度はアルに向かってきていた。
そこにアルも突っ込む。木剣を突きだし、鋭爪鬼竜の出足を止めるつもりであった。
鋭爪鬼竜は素早いステップで突き出された木剣を横にかわし、速度を落とさず前に出ると、鋭い爪がアルの足に襲い掛かる。
「やぁ!」
リズが素早い一撃で爪を叩き落とすと、鋭爪鬼竜は前のめりに突っ込んだ。
「らぁ!」
アルは目の前に倒れ込んできた鋭爪鬼竜の顔面に蹴りを叩き込む。
体勢が崩れていた鋭爪鬼竜はまともに蹴りを食らい、後方へ吹っ飛ぶ。
「ちょっと!アル!攻撃が雑よ!もっと慎重に!」
「ごめん、気を付けるよ」
距離が空いた隙にリズはアルの迂闊さを叱るが、リズ自身も余裕はない。
起き上がり、またしても鋭い突撃を敢行する鋭爪鬼竜。狙いはアルであった。
アルは、力強く一歩踏み込むと、横薙ぎに大振りな一撃を振り払う。
ほぼ同時にリズは鋭爪鬼竜の横を取るように動き出していた。
鋭爪鬼竜は突っ込んできた勢いを止められず、後ろへは避けられない。横に避けてもアルの剣に当たるだろう。鋭爪鬼竜は、地を這うように避けるとアルの足首を狙って爪を振り払う。
そこに横からリズの鋭い振り下ろしが鋭爪鬼竜の頭部に叩き込まれる。
リズは、ガツンと確かな手応えを感じ、思わず喜びの声を上げそうになるが、目の前の光景に肝を冷やす。
鋭爪鬼竜の鋭い爪がアルの足へ食い込んでいたのだ。
「アル!」
「はっ!」
リズの悲鳴じみた声とアルの気合いの声が重なる。
アルは足首に食い込んでいる爪をものともせずに、大上段から目の前の鋭爪鬼竜の背中へと力強い一撃を振り下ろす。
鋭爪鬼竜は、アルの攻撃が目に入らないのか、避ける気がないのか、そのままアルの足へと鋭い爪を振りきる。
鋭爪鬼竜の爪がアルの太股に食い込むのと、アルの力強い一撃が鋭爪鬼竜の背中へ直撃するのは同時であった。
力なく崩れる鋭爪鬼竜。
アルの太股からは大量の血が流れ出す。
「リズ、まだコイツ生きてる!」
動きは鈍くなっているが、それでも一歩一歩とアルに近付いてくる鋭爪鬼竜。
もしもアルとリズが持っている剣が木剣ではなく、鉄剣であり、刃がついていたのならば、決着がついていたかもしれなかった。
だが、まだ10歳の子どもである二人には、そんなものは与えられない。
「くそっ!なんなのよ!」
リズは動きの鈍った鋭爪鬼竜に何度も何度も木剣を叩き込むが、それでも鋭爪鬼竜の命は刈り取れない。
アルは、傷付いた足を引き摺りながら、鋭爪鬼竜との距離を取ろうと後ろに下がるが、それでも鋭爪鬼竜はアルに近寄ってくる。
何度目かのリズの振り下ろしが鋭爪鬼竜の頭部へと直撃すると、ついにリズの木剣が折れてしまった。
「リズ、これを使って!」
アルは自分の持っている木剣をリズへと投げる。
「アルはどうするの!」
リズは、アルから投げられた木剣を掴むが、アルの武器が無くなることを心配する。
「僕はこれを使うよ」
アルは、自分の近くに飛んできた折れた木剣を拾い上げる。
「リズ、ちょっとこいつを転ばせて!」
「分かったわ!やぁ!」
リズは、気合いとともに、鋭爪鬼竜の足元を掬うように木剣を振るう。
鋭爪鬼竜は短い足を刈られ、前のめりに倒れ込む。
その瞬間にアルは前に出ると、鋭爪鬼竜に覆い被さる。
折れた木剣を鋭爪鬼竜の口の中へ突っ込み、背中からのし掛かると、鋭爪鬼竜の両腕を上から押さえ込む。
「ほら、これで大丈夫だよ」
「だ、大丈夫じゃないわよ!コイツ、まだ生きてるし、アルが邪魔で木剣を振るえないじゃない!」
「でも、木剣じゃ、コイツの堅い鱗を傷つけられないし…」
「分かってるけど…アルの出血が!」
「それも大丈夫。ほら、そろそろ止まってきたから」
リズは、アルの足首や太股を見ると、既に足首からの出血は止まっており、太股から流れ出る血の勢いも弱まってきていることに気付く。
「呆れた…どんだけ丈夫な体なのよ」
「それより、助けを呼んで来て欲しいな」
鋭爪鬼竜の体重を僅かに上回るアル。鋭爪鬼竜が力ではなく、素早さが売りの鬼竜であったために押さえ込めているが、それにも限界があるだろう。
「嬢ちゃん達、何してんだよ、こんなところで」
そこに一人の男が現れる。
「えっ?ちょっと鬼竜と格闘中なんですけど…あっ!助けてください!」
リズは思い出したように言う。
「格闘中かよ。凄いな鬼竜を生け捕りじゃないか」
「えっと、お兄さん?僕、そろそろ限界なんで、早く助けてくれると有り難いです」
「折角だから、生け捕るか。ちょっとその木剣貸してくれるか?」
「これ?いいですけど…どうぞ」
リズから木剣を受け取った男は鋭い一撃を振り下ろす。それは、アルの鼻先を掠めるように鋭爪鬼竜の頭部へと吸い込まれた。
同時に、アルは、押さえ込んでいた鋭爪鬼竜の両腕の力が抜けるのを感じ取った。
「殺した?いや、気絶させた?」
「多分、殺してないだろ。それより、嬢ちゃん達、コイツを縛るの手伝ってくれるか?」
男はそう言うと、革鞄から出したロープで鋭爪鬼竜を拘束していく。鋭い爪でロープを切られないように、両腕をぐるぐる巻きにし、噛みつきを防ぐように口を縛る。あとは、体の自由を阻害するように、木剣と一緒に鋭爪鬼竜の身体を固定していく。
「じゃあ、帰ろうか。そっちの嬢ちゃんは足を怪我しているようだが、歩けるか?」
「…僕、男なんですけど…」
「あ…わりぃ…」
こうして、リズとアルの大ピンチは終わりを迎えた。一人、体と心に傷を受けたが命に別状はなかった。
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