19・共同戦線
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アル、リズは、いつも通り神造迷宮で手に入れた神石や資源を探索者協会で換金していると、顔見知りに出会う。
「あら?リズ、お久し振りですわね」
「おぉ~、ルナ!久し振りね!」
ルナ、プルトの雄大な新星と出会ったのだ。
「プルト、久し振り」
「やぁ、アル」
四人は久し振りの出会いに握手や抱擁で喜びあう。その日は、お互いに予定がなかったので、探索者協会のカフェで食事をしながら、互いの近況を報告しあうこととなった。
「へぇ~!雄大な新星も【挑みの塔】を攻略したんだ!」
「ふふっ。あなた達一対の銀の噂を聞いて、神造迷宮も面白いかもって思いましてね。何より、プルトがやる気満々でしたの。それで……一対の銀は、どの辺りを攻略中なのですか?」
「僕達は40階層で足踏み状態なんですよ……」
アル達は、39階層までの攻略速度が嘘のように、40階層で停滞していた。39階層の階層守護者である醜豚鬼がまるで布石であったかのように、40階層は醜豚鬼だらけであった。標準的な醜豚鬼よりも強く、更に統率の取れた集団で襲ってくるのだ。盾持ちが前衛に並び、槍持ちや弓士、杖持ちなどが中衛、後衛から攻撃を仕掛けてくるという、軍のような動きをするのだ。その醜豚鬼達の対処に時間を掛けてしまうと、直ぐに小型の鬼竜である疾爪鬼竜や鋭角鬼竜が集まってくるのだ。
更にアル達を悩ませるのは、一つのエリアの広さである。
転移結界は、エリアとエリアを繋ぐ通路や、階層の入口、出口に設置されているが、エリア内には設置されていない。一度でも使用した転移結界であれば、次に挑む時にはその転移結界からスタートすることができる。言い換えると、そのエリアを越えなければ、次に挑む時には、エリアの最初からとなってしまう。
エリアが広ければ、エリア内で野営をしなければならなくなるが、安全は確保されていない。
アル達は二人組なので、野営時には交替で見張りをするため、野営が続くと体力的にキツくなるのだ。
「リズ達も大変そうですわね」
「そうなのよ、私達だけだと限界なのかもって、二人で愚痴ってたの。
そういうルナ達はどの辺りを攻略中なの?」
「私達は、20階層で足踏みしていますわ……」
ルナとプルトの雄大な新星は、19階層までは順調に攻略を進めていたのだが、20階層で停滞していた。その主な理由は罠の対処であった。
「私達だと、罠の発見も難しいですの。それに、発見できても解除するのも技術的にね……」
「罠の解除は俺が担当しているんだけど、俺の腕だと、解除が出来ないんだ」
アル達もそんな時期があったのを思い出す。
「プルト、30階層を越えると、もっと罠を解除する難易度が跳ね上がるよ。今のうちに技術講習を受けた方がいいんじゃないか?」
「やはり、それしかないか。ここまで、無理矢理、罠を突破してきたツケがでたかな……」
お互いに停滞していることを知り、場の空気が少し重くなる。
「ねぇ……私、提案があるの」
その空気を打ち破るのはリズであった。
「アルはこんなに大きな身体をして、基本的には不器用なんだけど、罠の解除は得意なの」
「不器用っていうか、初めてのことは巧く対応出来ないだけだよ」
コツコツと努力を積み重ねることで、ある程度の罠を解除できるようになったアルが少しだけ反論する。
「器用ではないのは確かでしょ?
そんなことは置いておいて、私達と一緒に20階層を攻略しない?」
「えっ?それって、私達には願ってもないことですわ。だけど、一対の銀には、メリットがないのでは?」
「ううん、あるわよ。雄大な新星が40階層まで来れるようになったら、私達の攻略を手伝ってくれない?」
こうして、一対の銀と雄大な新星は再び共同戦線を張ることになった。
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一対の銀と雄大な新星は、予定通り一緒に神造迷宮の攻略を進めていた。
「アルの技術は流石だよ!」
「罠の解除もそうですけど、お二人がいると戦闘が楽になりますわ!」
ルナとプルトの二人は、アル達のことをべた褒めであった。
「何言ってるのよ。ルナ達の方が倒している数は多いわよ。それに、ルナの月の力は凄いわね」
「本当に月の力は有用だよ。野営があんなに安全にできるなんて」
ルナが使う月の力は二つ。一つは、新月の闇。己の周囲に存在を隠蔽する効果のある結界を張るのである。もう一つは、蒼月の光。己の周囲に魔除けの結界を張るのである。この二つの結界を張ると、神造迷宮内であっても、敵に襲われることがなく、安心して野営することができるのだ。
「それに、ルナの持ってる【心身浄化石】が羨まし過ぎるわ!野営はいいけど、乙女だから匂いが気になるのよね」
「そうですわね。常に清潔に保ちたいと思うのは淑女の嗜みですわ」
ルナが持っている便利道具【心身浄化石】は、水の法術、風の法術の力が込めてあるもので、名前の通り、使用者の心身を浄化するものであった。汚れや匂いを取り、心もリフレッシュできるという、恐ろしく高価な道具である。
「いや、俺達の方が助かってる。だって、アル達がいなければ、今頃はまだ20階層を突破できてないからな」
アルは、ルナとプルトの二人では突破出来なかった高難易度の罠を次々に解除していった。共同戦線を張ってからは、怒濤の勢いで次々に階層を攻略していった。四人は、たった2ヶ月で既に40階層へ到達していたのだ。
アルとリズの二人では突破が困難であった、40階層の統率の取れた醜豚鬼集団を素早く殲滅し、集まってくる疾爪鬼竜や鋭角鬼竜も難なく殲滅していく。
そして、遂に40階層の階層守護者である醜豚鬼将率いる軍隊醜豚鬼と対峙する四人。
森に囲まれたエリアであるが、中央は広い草原となっている。草原には、軍隊醜豚鬼が陣取っており、その最奥には一際大きな身体の醜豚鬼将が居た。
ルナとリズは、隠蔽の効果のある新月の闇を浴び、森の中を隠れながら移動する。
軍隊醜豚鬼の側面からやや後方に来たところで作戦を実行する。
ルナが森の木々を縫って、風操術を発動する。幾つもの風の刃が杖持ちや弓士を襲った。
直ぐに攻撃に気付いた槍持ちと弓士が小隊を組んで森へと接近してくる。
それらを迎え撃つのはリズ。
斧槍による鋭い刺突で、先頭の豚を刺し殺すと、近くの木もろとも二番手の豚を上下に分かつ。
後方の豚には、ルナが作り出した光弾が襲う。致命傷は与えられなかったが、怯んだところにリズが追い討ちをかける。
森へと入っていった豚の小隊はほどなくして全滅すると、再び、軍隊醜豚鬼の側面から風の刃が吹き荒れる。
その頃、軍隊醜豚鬼の正面に、アル一人で現れた。
盾持ちや槍持ちは、距離があるため、その場で待ち。弓士と杖持ちが次々と遠距離からアルへと攻撃を仕掛けるが、アルは距離を取ったり、横へ素早く移動することで、一つも攻撃をかすらせない。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
数多の矢や法術を避けながら雄叫びをあげるアル。
軍隊醜豚鬼の多くは、正面の一人の男に注意を向けていた。
少しずつ側面から遠距離攻撃ができる豚が削られるのも、醜豚鬼将にとっては面白くない。
正面をうろちょろする矮小な存在も面白くない。
遂に我慢が出来なくなった醜豚鬼将は、軍隊を二手に分ける。
森へは、盾持ち、槍持ち、弓士、杖持ちをそれぞれ一小隊ずつの計32匹を向かわせる。
正面の矮小な存在へは、本隊である150匹程を前進させ、圧力をかける。
この時、醜豚鬼将は幾つかの過ちをおかしていた。
側面のうざい存在よりも正面の矮小な存在の方に数をかけたこと。総合的な戦闘能力としては、森の中のルナとリズの方が高いのだが、醜豚鬼将は、目の前をうろちょろする存在の方に脅威を感じてしまったのだ。矮小な存在と小馬鹿にしていたものの、心の奥底では、その一人の男の存在を畏れていた。
目の前をうろちょろする存在へと、本隊を前進させたのも良くない。本隊と醜豚鬼将との距離が開いていく。
醜豚鬼将は、敵が二ヶ所に存在すると決め込んでしまったのだが、ここまでひっそりと隠れているプルトの存在を検知出来なかったことが最大の過ちであっただろう。
雷と風を身に纏い、疾風の如く速さで醜豚鬼将へと突撃するプルト。
両腕、両足に雷を集め、醜豚鬼将へと渾身の拳撃を浴びせる。
一つでもプルトの攻撃を受けてしまえば、身体が麻痺してしまうことをしらなかった醜豚鬼将は、分厚い手甲で拳撃を受け、身体を痺れさせてしまう。
そこからは一方的な展開であった。ぶっ倒れた醜豚鬼将へと拳撃、蹴撃を浴びせ続けるプルト。
直ぐに軍隊醜豚鬼が異変に気付き、踵を返す。
杖持ち、弓士、槍持ちが襲われている醜豚鬼将を助けようと引き返すのだが、これによって隊列に乱れが生じる。
森の中へと入ってきた隊を片付けたルナとリズが側面から攻撃を仕掛け、軍隊醜豚鬼の混乱に拍車をかける。
前後が逆転した軍隊醜豚鬼の後方からは、単騎でアルが突撃する。
指揮官を失った軍隊醜豚鬼は、それぞれの判断で攻撃を始める。
周囲の仲間を巻き込んだ法術や同士討ちの槍持ち、重く大きな盾を持った豚はアルに襲われ、ルナの紅月の光を浴びた豚は混乱に陥り、プルト、リズが溢れた豚を狩っていく。
ほどなくすると、草原で動く影は四つだけになっていた。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
その草原にアルの勝利の雄叫びが響いた。
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