13・階層守護者
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アルとリズは、たった2ヶ月で5階層を突破後、一対の銀と戦団名を名乗ってから、更に【挑みの塔】攻略で快進撃が続いた。
順調に攻略が進み、【挑みの塔】への挑戦開始から総計8ヶ月で20階層を突破した。
一般的に、探索者を目指す者は、15歳まで、養成学校等の専門的な教育機関で修練を積み、【試しの塔】に挑戦する。速い者では、1年未満で踏破するが、遅い者だと3年掛かる者もいる。【試しの塔】10階層を1年未満で踏破した者でも、【挑みの塔】を踏破するのに普通は2年程度は掛かるのである。
アルとリズは、たった10階層しかない【試しの塔】を攻略するのに約2年間も掛かった。それなのに、【挑みの塔】の20階層までを攻略するのに僅か8ヶ月しか掛からなかった。
この驚異的な攻略速度の裏には、アルとリズの驚異的な成長速度がある。アル、リズは、お互いに切磋琢磨することにより、凄まじい速さで実力を伸ばしているのであった。
『一対の銀』
この戦団名は、探索者協会だけでなく、狩人協会でも有名になってきていた。巷では、噂の的となってきている。
「一対の銀がまた攻略したらしいぞ」
「こいつは、雄大な新星とどっちが先に踏破するか難しくなってきたな。お前、どっちに賭けてたっけ?」
「俺は雄大な新星だよ。まだ、雄大な新星の方が先行しているだろ?」
「雄大な新星が、22階層だったな。だけど、一対の銀も昨日で21階層突破だろ?追い抜くのは時間の問題じゃねえか?」
探索者や狩人の間では賭けが行われていた。
雄大な新星は、一対の銀よりも1ヶ月早く【戦いの塔】へ挑戦した、超新鋭の戦団であった。雄大な新星も若い二人組であり、攻略時期や攻略速度が似ていたため、協会に出入りしている探索者、狩人達に賭けの対象とされたのだった。賭けのオッズは、先行していた雄大な新星の方が低く、多くの者が、一対の銀の方が踏破は遅いだろうと踏んでいた。
だが、この数ヶ月で一対の銀が驚異的な追い上げを見せていたのだった。
当の本人達はそんな賭けが行われているとは露ほども知らないのだが。
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「アル、あれ、勝てるかな?」
「油断は禁物だけど、勝てないとは思わないよ」
【挑みの塔】に挑戦してから、総計で12ヶ月後、ついにアルとリズは、30階層の階層守護者に挑もうとしていた。
【挑みの塔】30階層の階層守護者は、牛頭大鬼と呼ばれる実在する鬼族の狂戦士をモデルにした人造生物であった。これは【戦いの塔】の30階層の階層守護者と同じである。
【挑みの塔】の階層守護者を倒した者だけが、神造迷宮に挑めるのである。
同様に【戦いの塔】の階層守護者を倒した者だけが、アルフガルズの防壁の外への狩猟が許されるのである。
アルとリズは、ここまで数々の凶悪な罠を掻い潜り、数々の強敵を葬り30階層まで到達し、正に今、目の前の牛頭大鬼へと挑もうとしていた。
身の丈は4メトルを越え、強靭な肉体を持ち、頭部には湾曲した二本の角が生えている鬼族の猛者。手には巨大な金砕棒を持ち、それを肩に担いでいる。
「リズ、相手の一撃は絶対に受けてはダメだよ」
「分かってるわよ。受け流すのもダメね」
お互いに相手の一撃がどれ程の破壊力を持っているのかを理解していた。
「僕が正面から相手の攻撃を引き付けるから、リズは右足を徹底的に狙ってくれ」
「了解だけど、気を付けてよ?」
「分かってる。じゃあ…いくよ!」
合図とともにアルは牛頭大鬼へと突撃する。
牛頭大鬼は、肩に担いでいた金砕棒を上段へと構え、アルに向かって降り下ろしてきた。
アルは、大きくサイドステップで避けると向かって右側へと回り込む。
牛頭大鬼は、地面を粉砕した金砕棒を片手で持ち上げ、アルを追い掛けるように横薙ぎ振り抜く。
アルは凶悪な風切り音を振り撒く金砕棒をバックステップで後方へと避けると、更に距離をとる。
アルに注意を引き付けられた牛頭大鬼の背後から、リズが斧槍を振り抜き、牛頭大鬼の右膝裏を叩く。
今では鋼鉄剛錬武であれば、一撃で足を粉砕出来るほどの威力があるリズの一撃であったが、牛頭大鬼の右膝は、浅く切り裂かれただけであった。
「アル!これ時間掛かりそう!」
「仕方ないよ。リズは距離を取って死角からお願い!」
牛頭大鬼の注意がリズに向きそうになると、アルが正面から牽制する。
少し前までは、アルの攻撃もリズの攻撃と同じ程度の威力があったのだが、今ではリズの方が威力が高くなっている。
その代わり、リズよりもアルの方が相手の攻撃を避けるのが上手くなってきていた。
その為に、最近は強い単独の相手ならば、アルが注意を引き付け、その隙にリズが攻撃を与えることが多くなってきていた。今回の牛頭大鬼も同じ戦法で挑んでいた。
牛頭大鬼が金砕棒を振り抜く度に地面が陥没していく。
アルは、荒れた地面に足を取られないように慎重に回避を続ける。
リズは、少しでもアルの危険を早く減らすために、全力の一撃を牛頭大鬼の右膝へと叩き込む。
二人が全力で動き続けて1時間。
ついに折れた。
リズの斧槍が牛頭大鬼の右膝へと深く食い込むと、斧槍が抜けなくなり、そこへ牛頭大鬼の金砕棒が降り下ろされる。鈍い音とともにリズの斧槍の柄が半ばで真っ二つに折れたのだった。
「リズ!」
「私は何とか無事。両腕に力が入らないけどね」
リズは、斧槍の柄を握ったままであった。斧槍が折れる程の衝撃が、柄を通じてリズの両腕まで伝わった際、リズの両腕の筋繊維がズタズタに断たれたのであった。
「ごめん、大事な時に」
「リズ、一旦下がって治療薬を!」
「了解。無理しないで!」
リズは、かなり距離を取ると、自由が利かない手を必死で動かし、腰の鞄から高価な治療薬を取り出す。リズは、小瓶の栓を口でくわえて抜くと、小瓶を口でくわえて一気に飲み干す。即効性の治療薬ではあるが、一瞬で傷が治る訳ではない。じわりじわりと腕の自由が戻ってくるのを感じていたリズ。
アルは、必死に牛頭大鬼の金砕棒を避け続けていたが、一瞬、地面の凹みに足を取られる。
そこへ襲い掛かる金砕棒。上体を反らし、なんとか避けるアルであったが、金砕棒が僅かに左肩を掠める。
アルは、肉が削り取られる感触とともに、激しく回転しながら、吹き飛ばされた。
「アル!」
それを見ていたリズは、未だに自由の利かない腕を動かし、持っていた斧槍の柄を力一杯、牛頭大鬼の頭へと投げ付けた。
牛頭大鬼は、右後方から迫る斧槍の柄に気付かずにまともに柄を頬に受けるも、全く気にせず、アルへと強襲する。
リズは、牛頭大鬼の駆ける速度を遥かに上回る速度で牛頭大鬼へと接近する。
牛頭大鬼の金砕棒が上空から降り下ろされるのを感じ取ったアルは、無理矢理体を起こし、必死に横へと飛び退く。
数瞬遅れて金砕棒が地面へと激突する。
牛頭大鬼は、飛び退いたアルを追い駆けるのだが、背中から頭部を走り抜ける僅かな重みを感じた。
リズが牛頭大鬼の背中を駆け上がり、頭部へと張り付いたのだった。リズは、腰から短剣を抜いていた。左手は牛頭大鬼の角を掴み、右手は、短剣を逆手に持ち、牛頭大鬼の背後から腕を回し、牛頭大鬼の右の眼球へと突き刺した。
たまらずに暴れ狂う牛頭大鬼。
その勢いに振り落とされるリズ。
そこへ、金砕棒が降り下ろされる。
リズは身動き取れずに固まってしまうが、金砕棒が僅かにそれ、近くの地面へと激突する。
牛頭大鬼が距離感を誤り、空振りしたのだ。
その僅かな隙にアルは、牛頭大鬼の背後へと接近すると、半ばまで切り裂かれた牛頭大鬼の右膝へと大鉈を叩き込む。
更に傷が深くなると、牛頭大鬼の自重を支えきれずに膝が折れる。
リズは、落ちていた斧槍の先がついている短くなった柄を拾い、距離を取る。
アルも距離を取り、牛頭大鬼の様子を窺う。
牛頭大鬼は金砕棒を杖がわりにし、立ち上がるとアル達の方へと向き直る。
右膝が砕かれ、右目を失った牛頭大鬼。
半ばで折れた斧槍を構えるリズ。
ダラリと左腕を足らし、右腕一本で大鉈を構えるアル。
「アル、私が注意を引き付けるから、その間に治療薬を!」
「任せたよ、リズ」
「任された!」
リズは、牛頭大鬼へと突撃する。
牛頭大鬼は、リズを迎撃しようと、金砕棒を横薙ぎに振り抜く。
リズは、金砕棒が当たる直前で、バックステップすると、金砕棒が通り過ぎた瞬間に前へ出る。
リズの武器は短い。いつもよりも接近しなければ、攻撃は与えられない。リズは、金砕棒を振り切った牛頭大鬼の懐へ飛び込むと、右膝を狙って斧槍を振るう。
牛頭大鬼の右膝が完全に切り離されるのと、金砕棒が唸りをあげて戻ってきたのはほぼ同時であった。
リズは、間一髪、しゃがみ込んで金砕棒を避ける。
牛頭大鬼は、リズに覆い被さるように倒れ込みながら、左の拳をリズへと振り抜く。
リズは、牛頭大鬼の拳と反対側へ飛び退きながら、拳を斧槍で受ける。
アルは、その攻防を肝を冷やしながら見ていた。素早く治療薬を飲み干した瞬間に、リズが凄まじい速度で飛んでいったのだ。
「リズ!」
アルは、吹き飛んだリズへと駆け寄る。
リズは受け身を取れずに地面に激突し、数度地面を跳ねながら、転がり続けた。
「リズ!」
アルは、腰の鞄から高価な治療薬を取り出し、抱きかかえたリズへと素早く飲ませる。
この時、アルは油断していた。牛頭大鬼から、かなり距離があったこと、牛頭大鬼の右膝が完全に切り離されていたこと。それによって、牛頭大鬼が接近してくるには、まだ余裕があると思い込んでしまったのだった。
アルは気付く。唸りをあげて飛んでくる何かに。
アルは気付いた瞬間に、リズを抱きかかえながら、横へと飛ぶ。
そのアルの右足に凄まじい衝撃が走ると、アルは飛んでいた方向から直角方向へと、飛ぶ方向を無理矢理変えられた。
リズを抱き抱えながら吹き飛んだアルは、地面を転がり、木の根元にぶつかり、勢いを止めた。
そこへ、木が倒れてくる。
アルは、間一髪、何とか動く左足一本で飛び退く。
アルは、何とか現状を整理する。
まず、リズ。リズは気を失っていたが、全身の外傷は徐々に癒えてきている。
次に、牛頭大鬼。ヤツは、切り離された右膝を地面に着き、こちらを見ている。その手には金砕棒は握られていない。金砕棒は、先ほど倒れた木の幹をへし折り、そこらへ転がっていた。
最後に自分。アルの右足は潰れ、膝があらぬ方向に折れ曲がっていた。相当な痛みがあり、出血も酷かった。
アルは、今度こそ油断せずに、牛頭大鬼から目を離さずに、高価な治療薬を飲み干す。
徐々に出血は止まってくるが、潰れた足の回復は著しく遅い。
その内に気が付くリズ。リズは、目を覚ますと、直ぐに状況を確認する。アル、牛頭大鬼、自分と状況を確認し終えると、アルに告げる。
「アル、暫く休んでて。牛頭大鬼の止めを刺してくるから」
そう告げたリズは、転がっていた金砕棒を拾う。金砕棒の重量はリズの体重を上回っている。にも関わらず、リズは、金砕棒を持ち上げる。
リズは、金砕棒を肩に担ぎ、ゆっくりと牛頭大鬼へと近付いていく。
牛頭大鬼の攻撃手段は両の拳。
リズの攻撃手段は、超重量の金砕棒。
ここから、リズと牛頭大鬼の一騎打ちが始まった。
両拳を交互に振り回す牛頭大鬼。
牛頭大鬼の両拳を金砕棒で打ち払うリズ。
何度も何度もぶつかり合う拳と金砕棒。
ついに牛頭大鬼の両拳が砕ける。
リズは嗤う。
金砕棒を両手で振り回し、牛頭大鬼を何度も何度も打ちのめす。
血だらけになり、肉も抉れ、飛び散っている牛頭大鬼。ついに、牛頭大鬼は力なく、地面へと倒れ込む。
漸く、立ち上がれるほどに回復したアルが、右脚を引き摺ってリズへと近寄っていく。
リズは肩で息をしながら、牛頭大鬼の様子を窺っていた。
やがて、牛頭大鬼から黒い靄が発生し、その身体が徐々に消えていく。
地面に残されたのは、大きな神石。
リズは神石を拾うと、アルへと肩を貸し、二人で並んで30階層の出口へと向かうのであった。
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