長門峡の初秋
1
月はかすかにおぼろげに、
架線に腰かけ揺れていた。
僕は盃揺らしてみたが、
水面の月は消えゆくばかり。
月光に侵食された僕は、
苔蒸した街並みの夢を見る。
森の中で、滝の中で、
星屑になりたいと願った。
2
あなたは今ごろ、どこかしら。
あなたの来世は、何かしら。
あなたと同じ道を歩いたら、
あなたと同じ歌を歌ったら。
あなたと同じものを食べたら、
私あなたに少しでも近づけるかしら。
あなたを構成する要素と、
私を構成する要素。
少しは似通っているかしら。
少しでも、あなたの近くにいられるかしら。
あなたの歌ったあの川に、
髪の毛一本、浮かべてきたの。
あなたの歌ったあの川の、
石を私、拾ってきたの。
あなたの歌ったあの川の、
水を私、泣きながら飲んできたの。
それでもあなたはまだ遠い。
それでもあなたは、空の上。
私死んだら星になりたいの。
あなたはそこにいるかしら。
あなたはそこにいるかしら。
3
長門峡のペイヴメントは、
獣道と見紛うばかり。
右の耳に川は寄り添い、
聞こえてくるは水のささやき。
水曜朝に人はなく、
僕はこの世に一人ぽっち。
生命の息吹に、あなたの幻視に、
盲信症の証明に、
震えながら、恐れながら、
しんしんと泣くほかに、
僕は何のすべも持たなかった。