HI・YO・KO!
ラ研に投稿時、作品内容より、ひよこの顔文字の方が人気があったりします。
「それでは、第五号議案に移りたいと思います」
盛り上がる会場の中に、厳かな声が響きわたった。
会場が再び静寂を取り戻すのを待って、壇上の男の人が続ける。
「議題は、ひよこ饅頭の是非についてです。皆さまは当然ご存じでしょうが、愛らしい形をしておりたくさんの方々から大変な人気を誇っている、お土産の定番商品です。しかし私は思うのです。我々ひよこを愛する者たちにとって、饅頭とはいえ、ひよこを模したものを食すなど、果たして許されるか、と。よって、この場にて決議を取りたいと思います」
途端、会場が一気に騒がしくなった。
「許されるわけがないっ。断固、阻止すべきである!」
「いえ、あの愛らしいキャラクターこそ、ひよこの魅力を全世界に普及するために必要なのですっ」
「アレ、マジでチョーやっべぇっす」
「ひよこ饅頭は福岡が発祥である! なぜ東京銘菓として世間に知られているのかっ。私はそれが気になる!」
「そのようなことより、お主は、あれを食すことが出来るのかっ」
「何を言ってるの。愛するものを口にするという背徳感が良いのよっ」
老若男女が真面目な顔をして、様々な主張を飛ばす。しばらく時がたっても、結論が出る様子はない。
「皆さま、静粛に。やはり結論が出ないようですので、いまより、ひよこさまのご意見を賜りたいと思います。さぁひよこさま、ご意見を」
壇上の男の人――シンタさんに意見を求められ、私はそっと溜息をついて答えた。
「わりとどうでもいい」
「おおおおおおぉぉ」
「ひよこさまが『わりとどうでもいい』とおっしゃられたぞぉぉぉ」
「ありゃゃしゃぁぁぁぁぁっすっぅ」
嵐が来たかのように騒ぎ立てる皆さん。耳が痛い。
「ひよこさまのお言葉により、第五号議案は『わりとどうでもいい』という結論になりました」
「おぉぉぉおおおぉぉ」
「きゃぁぁぁぁぁ」
大量の拍手が響き渡り会場の壁を揺らす。
どうしてこんなことになったのだろう、と壇上の私は、あまりの音量に耳をふさぎながら、ぼんやりと思った。運命の出会いには違いなかったけれど、とってもコレジャナイ感が、頭の中で渦巻く。
あ、話は変わるけど、お兄ちゃんが修学旅行のお土産で買ってきてくれたひよこ饅頭は美味しかったです。
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「うーん」
私は軽く伸びをしながら、改札を通り抜けて出口の階段を降る。
中学生になって三ヶ月。そろそろ一学期も終わり。中学初めての夏休みが待ち遠しいけれど、その前に期末試験が待ち構えている。
中高一貫の私立校なので高校受験はない。けれど偏差値はそれなりに高いので、定期試験は大変。それと電車通勤も面倒くさい。
家に帰ったら、また勉強。なんか運命の出会いでもないかなぁ。とそんなことを考えながら、駅の出口をくぐったときだった。
「あの。失礼ですが」
不意に後ろから声をかけられた。最初は自分じゃないと思っていたんだけど、他の周りの人が立ち止まる様子もない。声をかけられたのは私のようだ。
振り返ると、明るい色のスーツを着た男の人が立っていた。サラリーマンというより大学生くらいだろうか。若く見えた。
「今そこで、定期券を落とされたようでしたので」
「あ」
男の人が持っているのは、見慣れた定期券入れ。いけない。いつの間に落としたんだろう。定期って落としても再発行してもらえるみたいだけれど、手続き面倒そうだし、定期券入れもお気に入りだったから良かった。
「すみません。助かりました。ありがとうございます」
私はお礼を言って受け取ろうとした。
ところが男性は、私の定期券と私の顔を交互に覗き込んだまま、わなわなと震えていて、返してくれそうな様子はない。
定期券に私の顔写真が貼っているわけじゃないし、私のだと証明しないといけないのかな。
「失礼ですが、ここに書かれているお名前は……」
そんなことを私が考えていると、男性が震えた声で聞いてきた。
「え、あ、はい。私、築根ひよこ、って言います」
「――おおお。なんということだ。まさに私が探していた理想の容姿、そしてお名前……」
「へっ」
「今日という日に出会えるとは、なんという運命……」
運命って……
なんか、目がイっちゃっている感じなんですけど。
そりゃついさっき、運命の出会いなんてないかな、とか思っちゃったし、この人見た目は格好いいけれど、ちょっと変な人かもしれない。
感動した様子でゆっくりと近づいてくる男性に、私は一歩後ずさる。
このまま一目散に逃げるべきかな。あ、でも定期券は男の人が持っているし。
「もぉ。シンタってば、何やってるのよ。まるで道端でひよこを見つけたみたいに」
とそのとき、近くにいた女性が、彼の頭をばしっとたたいた。知り合いかな。男の人と同じくらいの年頃に見える。鳥の羽のように長い髪の毛が綺麗な人だ。
「こー子か。『みたいに』ではなく、ついに出会えたのだ。ひよこさまに」
「え? 何を言って……」
女性が男の人越しに私を見つめてくる。そして私の定期券を見ると、どこか感情を押し殺したかのように、ふぅっとため息をついた。
「あの……」
「えーと、ひよこちゃんだっけ? この人はね、ひよこ好きなのよ。あ、もちろんひよこちゃんのことじゃなくて、あの卵から孵るひよこのことだけど」
ややこしいなぁ、と小声でつぶやきつつ、こー子と呼ばれた女の人が説明してくれるんだけど、私を見る視線に剣呑さが混じっているように感じるのは気のせいだろうか。
その間に、正気に戻った男性が私に向けて、挨拶してきた。
「さきほどは、大変失礼しました。私は高田新太郎。こちらの女性は桑原紅恋。幼馴染であり、同じ志を持つ同士であります」
年上の男性(しかも見た目格好いい)から「です・ます調」で話しかけられてちょっと、どきどきする。
「あの、ひよこ好きとのことですが……」
「はい。ひよこが好きで好きでたまらないのです。もふもふしたいのです。ぷにぷにしたいのです。つんつん突っつかれたいのです。というか毎日しているのです」
けど、やっぱり変な人だった。
「それにしても……すばらしい。そのストレートな神々しいお名前に、ひよこを連想させる幼き容姿」
「悪かったですね。子供っぽくって」
気にしていることを言われてちょっとむっとする。
けれど男性――シンタさんは気にした様子もなく続ける。
「実はこれから、我々ひよこ好きが集まる集会がございまして、お時間に問題がなければ、ぜひひよこさまにもオブザーバーとして出席していただきたいのですが」
「え、えーと……」
私はなんとなくこー子さんを見た。シンタさんよりは常識人っぽいし、やっぱり同性の方が信用できそうだから。
「ま、まぁ、時間があるなら来てもいいんじゃない? 想像を絶するほど変な集会じゃないし。身の危険がないことは保証するわよ。会費もないし好きにしたら?」
とのこと。やや口調にとげが感じられたけど。
私も名前つながりで、ひよこは嫌いじゃないし、絵文字にもよく使うし。どんな会合なのか、興味がないといったら嘘になる。なにより、家に戻って退屈な試験勉強をするより、いい気分転換になりそうな気がする。
「わかりました。それじゃ、ちょこっとだけ」
「おお。ありがとうございます。では時間も押していますので、さっそく参りましょう」
シンタさんにエスコートされ、私は集会場所へと連れられて行った。
――かっこいい男性にエスコートされ、ちょっとばかり気分がよかったのは秘密である。
駅の商店街の一角。裏路地にクラブハウスの看板が立っていた。表にある階段を下ったところが目的の場所みたいである。商店街は私の家とは反対方向だったけれど、よく買い物や遊びに来ているので、こんな近くに集会場があったことに驚いた。
まぁシンタさんが言うには、普通のクラブハウスを、本日はひよこ愛好家の集会ということで借りているらしい。
階段を下った先にあるクラブハウスの扉をすっと開けて、シンタさんが私を招き入れるようにして言った。
「ようこそ。『ひよこクラブ』へ」
「それって伏字にしないといけない感じ!」
とまぁ、突っ込みを入れちゃったけど。
薄暗い会場の中には思った以上にたくさんの人で溢れ返っていた。老若男女という言葉通り、シンタさんくらいの年頃の男女から、おじいさんおばあさんまで見られた。子連れの人は見当たらず、私が一番年下みたいだ。
「高田さん、お久しぶりです」
「新太郎さま、お待ちしておりました」
会場に入るなりたくさんの人たちがシンタさんに集まってくる。
戸惑う私に、こー子さんがなぜか誇らしげにそっと耳打ちしてくる。
「この『ひよこクラブ』はね。私とシンタが立ち上げたの。今回の会合もシンタが主催者なのよ」
「へぇ」
それはすごい。変な人だけど。
「ひよこクラブはね、ひよこを異常に愛する人のアンダーグラウンド的みたいな存在かしら。会員の中にはすごい人もいてね。某政治家からタレント・プロ野球選手・焼鳥屋のおやじまで幅広い人脈に広がっているの」
「焼鳥屋はダメな感じっ」
思わず突っ込みを入れてしまった。……まぁ確かに焼鳥屋がひよこ好きって、アンダーグラウンドかもしれないけど。
「皆さん。集会を始める前に、ひとつお話したいことがあります」
シンタさんが突然声を張り上げた。皆さんの視線がこっちに集中する。
「新しい仲間。――いえ、第二回の会合で決議決定されてからずっと探してきた、我々の女神にふさわしいお方を紹介したいと思います。築根ひよこさん、12歳です」
「おおおぉぉぉぉっ」
え? 女神って……
私がシンタさんに聞き返そうとした瞬間、大勢の人たちがいっせいに声を上げた。
「さすがシンタさん。すばらしい……」
「まさに女神と称するのが正義である」
「ひよこちゃん、可愛ーい」
「ひよこさまこそひよこの化身に違いない」
「まさに、ひよこのようにまんまるい御身体」
「中学生なのに何という幼き容姿」
失礼な。
変な人はシンタさんくらいだろうと思っていたのが甘かった。
思った以上にコアな方ばっかりだよ。でもって、シンタさん同様に乙女の気持ちを知らない無礼な人ばかり。女の人も混じっているけど。
「今回の議会に、ぜひひよこさまにご出席いただきたいと思うのですが、皆様は如何でしょうか」
「異議なしっ」
「……えーと」
身の危険はなかった。
けれど、なんか別の意味で拘束されたというか。
私はあっという間に「ひよこクラブ」の偉い人にさせられちゃって、ステージの上に用意された豪勢な椅子に座らされた。
そして皆さんを見下ろす形で、第三回ひよこ大会議とやらに巻き込まれてしまったのです。
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「続いて、第七号議案になります。世間では、たまごが先かニワトリが先か、論争になっております。だが我々としてはそのどちらでもなく、新たな宣言を採択したいと思います」
シンタさんが言う。
「ずばり、『間を取って、ひよこLOVE!!』と。さぁひよこさま、ご意見をお聞かせください」
「言うと思った」
「おおおおおお」
「ひよこさまが『言うと思った』とおっしゃられたぞぉぉおおぉ」
「女神さまのご意思と我々の意見が合致したぞ」
「いぇぃぃぇぇいぇぇいいぃい」
えーと。
まぁ。
喜んでもらえたようでよかった……のかな。
皆さんの前でため息をつく。
最初のうちは、それなりに真面目な回答を心がけていたんだけど、なんか疲れてきたというか。文字通り「どうでもいい」話ばかりだったので、こんな感じになってきた。
「それでは。最終議案に移らせていただきます」
ようやく……ようやく終わった。あれほどやりたくなかった試験勉強が今は猛烈に恋しい。
「第八号議案。屋台のカラーひよこについてですが――」
「カラーひよこ?」
シンタさんの言葉に、私は思わず聞き返してしまった。初耳である。
そんな私にシンタさんが説明してくれる。
「カラーひよことは、お祭りの屋台で売られている。ひよこに人工的に色を塗ったものです。ひよこ饅頭同様、ひよこ愛への普及には一役かっている部分もございますが、ひよこの健康的には大変よろしくありません」
スマホで画像を見せてくれた。なるほど。色鮮やかで目を引く。けど、ひよこというよりは別の生き物みたい。これはこれでいいのかもしれないけど。……ていうか、ひよこ饅頭と同様ってどうなの?
そんな壇上での私たちのやり取りを差し置いて、会場の皆様はさっそくヒートアップして議論をはじめる。
「断固阻止するべき」
「可愛ければ問題ないっ」
「そのために死に追いやって」
「ひよこは黄色いからひよこであってカラーなひよこはひよこに非ず!」
「ワシントン条約に『ひよこ』の項目を追加すべき」
「それはさすがに無理じゃないかなぁ」
と私がぼそりと呟くと――
「ひよこさまに不評だぞっ」
「死ね。死んでお詫びするのだっ」
たちまち非難の嵐。
なんかもう、気分は女王様。あ、女神さまだっけ?
「うーん。けどさすがにやりすぎかも」
ぽつりと私がつぶやくと、それを耳ざとく聞いたシンタさんが鋭く言った。
「かしこまりました。ではさっそく、行動に移ります」
「え?」
「ひよこさまが、カラーひよこについてやりすぎとおっしゃられました。よって、カラーひよこ撲滅を目指すことにいたします」
「おおぉぉぉぉ」
「うぃぃぃうぃぃっすぅぅ」
「ひよこさまばんざーいっ」
「……えっと。私は、あの人の死んでお詫び云々について言ったんだけど……」
私の声はたくさんの拍手と歓声によってかき消されてしまった。
「それでは。これにて、第三回、定期大会を終了したいと思います」
盛り上がる皆さんに向け、シンタさんが締めの言葉を述べた。
あとでシンタさんに話してワシントンさんの件の誤解は解いたけれど、カラーひよこの件はなし崩し的に協力することになってしまった。
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「うーん」
駅を出た私は、朝の日差しを浴びながら、腕を天に伸ばして小さくうなった。
「おはよー。ひよこちゃん。なんかお疲れだねぇ。試験勉強がんばってるの?」
「おはよ。珠子ちゃん。まぁ……いろいろとね」
出口で待っていた友達の珠子ちゃんに適当に答えた。試験勉強だったら、どれほど気が楽だったかと。
「あはは。なんだかよく分からないけど大変そうだねぇ」
そんなことを話ながら、一緒に学校までの道のりを並んで歩く。
珠子ちゃんは、クラスメイトで私の親友。私も幼いって言われるけれど、珠子ちゃんはもっと背も小さくて子供っぽい容姿をしている。そんな私たちを人は、小中コンビと呼ぶ。ちなみに、小中とは小学校中学年の意味らしい。
「うん。まぁ人の上に立つのって色々面倒で大変なのよ」
「えー。そうかなぁ。あたしはけっこう楽しいけど」
私のつぶやきに、珠子ちゃんが無邪気な感想を返した。
きっと、運動会の組体操と勘違いしているんだろう。珠子ちゃんなら一番上間違いないし。私の小学校では組体操は男子だけで、女子はダンスだったけれどね。
それはそうと、つい「人の上」なんて言っちゃったけど、私がひよこクラブなる変な組織に関わっているなんて、珠子ちゃんに知られたら大変。注意しないと。
と気を引き締めた途端、サラリーマンの男性にすれ違いざま声をかけられた。
「ひよこさま。先日はご足労いただきありがとうございました」
「えっ?」
私が答えるまもなく、男性は軽く会釈して去っていった。
「ねぇ。ひよこちゃん。今、あの人、『ひよこさま』って」
「さ、さぁ。気のせいじゃない?」
「ひよこさま。登校姿も一段と麗しいねー」
お店の軒先で準備をしている花屋のおばちゃんに声をかけられた。
何なのこれは。ここは私の家の駅から何駅も離れた中学校の通学路。なのになにこの出現率。どれだけ会員がいるのよ。ひよこクラブは。
この調子だと、珠子ちゃんに感づかれてしまう恐れが。
「ねぇ。もしかして、ひよこクラブの新しい女神さまって、ひよこちゃんのこと?」
――ってあっさりばれたしっ。
「珠子ちゃん、その……ひよこクラブって知ってるの?」
「うん。ひよこクラブっていったら結構メジャーだよ」
「有名だったんだ……」
知らぬは私だけ? けど有名だからってあまり嬉しく感じないのは何でだろう。
悩む私の耳元に、珠子ちゃんが急に声を潜めて言う。
「でも気をつけた方がいいよ。ひよこクラブには、敵対する組織があるって話だから。ひよこちゃんも狙われるかもしれないよ」
「て、敵対……?」
なんか物騒になってきた。
珠子ちゃんは真剣な顔をして続ける。
「その名は……『こっこクラブ』」
「またそれっぽい感じの名前が出てきたしっ」
私は思わずずっこけかけた。
お母さんが昔読んでいたという雑誌にそれっぽい名前があったことを思い出す。こっこは、おそらくニワトリの鳴き声から取られたものだろう。ひよこ愛好会に対して、にわとり愛好会かな。敵対とか言ったけれど、にわとりとひよこって仲が悪いのだろうか。
「ひよこにこっこって……この流れだと『たまごクラブ』なんて集まりもあったりして」
「あ、そうだっ」
私のつぶやきをさえぎるように、珠子ちゃんはぽんと手を打つ。
「ねぇねぇ。ひよこちゃん。気分転換に、お祭り行かない? 明日、育子町で、大きい夏祭りがあるんだよ」
「な、夏祭り……」
夏祭り、という言葉に、私はびくっと肩を震わせた。
ひよこ女神のだろうと狙われようと、いつも通り接してくれるのは嬉しいんだけど、今その単語は聞きたくなかった。
「ん、ひよこちゃん、どうしたの?」
「えっと。ごめんなさい。明日は予定があって……」
「えー残念。ま、いっか。今年も家族と行こうかなぁ」
珠子ちゃんが軽く頬を膨らませて不満げなしぐさを見せる。
そんな珠子ちゃんに向け、私はこっそり懺悔する。
――予定というのは、実はその夏祭りに行くことだったりするのだ。
あのひよこ大会の後、シンタさんが主導で行った話し合いの結果、カラーひよこ撲滅のため近く行われる育子町の夏祭りに行くことが、強引に決まってしまった。
正直なところ、ばっくれちゃおうかな、とも思ったけれど、ひよこクラブの手がここまで伸びていることを考えると、素直に参加した方が良さそうだ。
まぁ私はあくまで同行するだけで、実際の行動はシンタさんたちが取るそうだけど。
「せっかく誘ってくれたのに、ごめんね」
私は珠子ちゃんに手を合わせて謝りつつ、当日珠子ちゃんと鉢合わせしないことを祈った。
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そして週末。ついに夏祭りの日を迎えた。
天気は快晴。空に太陽が昇っているんだけど風が吹いており、じめじめしてなくて心地いい。
育子町のお祭りは、神社境内だけでなくその周辺の商店街にも及んでいる。その商店街には、たくさんの屋台が並んでいて人で溢れていた。
「ひよこさま。お待たせして大変失礼いたしました」
「いえ。私も今来たところですし」
昼下がり。私は商店街の入り口でシンタさんと待ち合わせしていた。
「それにしてもなんと神々しいお姿。一目見てひよこさまだと分かりました」
「あ、ありがとうございます」
せっかくのお祭りなので少しでも気分を味わおうと、私は浴衣を着てきた。子供の頃から愛用しているひよこ柄の浴衣だ。さすがに中学生だと子供っぽいかなと思ったけれど、残念ながらサイズもぴったりで、鏡を見ても似合っていた。
ちなみにシンタさんも浴衣だ。男性が和服を着こなしていると、格好いい。二人並んでいると、デートの待ち合わせみたいに見えるのかな?
「あの、シンタさん。今日は、その暑くもなく寒くもなく、ちょうどいいお祭り日和ですね」
そんなことを想像して、ちょっと緊張しながらシンタさんに声をかける。
「はい。とてもよいお祭りひよこです」
「……えっと、日和とひよこを間違えるのはさすがに無理があるかと思います」
「ご安心を。それを可能にするのがひよこクラブです」
うん。よかった。すっかり熱が冷めた。
「ねーねー。あっちにチョコバナナがあるよー。食べよーよー」
そんな私たちの間に、こー子さんが入り込む。
まぁこー子さんもいるしね。ちなみに彼女はティシャツにジーンズというラフな格好で、腰までかかる長い髪はシュシュで一本にまとめている。もう少し高い位置で結んでポニーテールにして浴衣を着たらすごく似合いそうなのに残念。
「こー子。我々は遊びに来たわけではない」
「分かってるわよ。目的のことは忘れてないって」
目的。それは言わずとしれたカラーひよこ撲滅作戦である。まぁそれでもお祭り気分だけは味わおうと思ったんだけど……
「あのー。シンタさん、すみません。この人たちなんとかなりませんか?」
「戦闘派が気になりますか?」
「はい。その『戦闘派』さん達です」
私たちの周りは、屈強な人たち固められていた。なんでも、ひよこクラブ屈指の戦闘派集団とか。ていうか、何でただのひよこ愛好会に、戦闘派なんてものが存在するのよ? せめてこー子さんと三人だけならお祭り楽しめたかもしれないのに。
「ひよこさま。彼らはカラーひよこ屋台の強制排除と、ひよこさまに万が一危害が加わらないよう、召集いたしましたが、不要でしたでしょうか」
「えーと……」
私が何て言おうか考えていると、戦闘派とやらの一人が近づいてきた。
「――ひよこさま。拙者、格闘ゲームで顔の周りを飛び回るひよこに一目惚れしてこの道に入り申し候」
「……そ、そうですか」
「今日こそは、その神秘を目の当たりにしたいと思う所望にござる」
「そ、そうですか。見られるといいですね」
「はっ。ありがたきお言葉感謝でござる」
「はは……」
結局追い出せなかった自分が憎い。
彼の他にも、ヤクザ屋さん顔負けの人相の人とか、女性だけどどこぞの特殊部隊にいたような人もいて、目立つことこのうえない。こんな集団が入り口で待機しているのを見て、祭りの屋台を運営しているテキ屋のみなさんが、早くも騒ぎだす。
「なんじゃぃ、アレはぁっ」
「殴り込みじゃ。ウチのシマを狙って、極悪組が鉄砲玉を寄越してきたんじゃぃ」
「上等じゃぃ。返り討ちにしてくれるわ」
そんな視線や罵声を浴びつつ、私たちはお祭りの道を歩く。当然一般の方々からも注目の的である。まさに穴があったら入りたい心境。そんな羞恥プレイを受けながら、ようやく目的のカラーひよこの屋台の前にやってきた。
「……あぁ?」
周囲の異変に気づいた人相の悪いおじさんが、私たちを見上げる。おじさんの前にはビニールプールが置いてあり、その中には、金魚でもヨーヨーでもなく、色とりどりの蛍光色で身を塗られたひよこたちが入っていた。
うーん。確かに可愛いけれど異様な光景というか。心なしか元気がないようにも見えるし。
「……拙者。もう我慢なりませぬ」
先ほどの戦闘派の人が怖い顔をして、一歩前に出る。
緊迫が高まる。そして――
「うぉぉぉ。ひよこちゃーん」
「って、そっちっ?」
拙者さんが人相の悪い店主のおじさんではなく、ひよこに向かって突進した。それが引き金となって、戦闘派のみなさんがおのおの突進していく。
「ふにふにでもふもふなのーぉ」
「触らせてぇぇ」
同じようにテキ屋さんではなく、ひよこに殺到する戦闘派のみなさん。ていうか役立たず。まぁ大混乱していて、カラフルなひよこさんも逃げているし、ま、いいのかな。
騒ぎに乗じて周りで見ていた人やら、祭りの巡回警備をしていた人やら、テキ屋さんの加勢も混じって阿鼻叫喚。もう何だかよくわからない。気づけば、シンタさんもこー子さんの姿も混乱の中で見失ってしまった。
騒ぎの中、一人ぽつんと残されてしまった私は――
「あ、チャンスかも」
混乱に乗じて、そそくさと、他人のふりをして騒ぎの輪から抜け出した。
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私は浴衣の袖を振り回しながら、商店街を歩きまわってお祭りを堪能していた。会場は広い。だから一部(カラーひよこの屋台周辺)が大騒ぎになっていても、少し離れればそうでもない。もともとお祭り自体が騒ぎみたいなものだしね。
「珠子ちゃん来ているのかなぁ。連絡取ってみようかな」
雰囲気だけでも楽しいけれど、やっぱり一人じゃ物足りない。お祭りの喧噪の中、私が独り言をもらしたときだった。
「……あれ?」
私の行き先をふさぐように、数人の男の人が立っていた。お祭りだから人はたくさんいるけれど、そういうのじゃない。しかも後ろからも似たような雰囲気の人たちが囲んでくるし。
これって……ナンパじゃないよね?
私を取り囲むのは男性五人。異様なことにみんな髪の毛を逆立てていて、それでいてロッカーみたいなチャラい感じがしない。
「あの……ぉ」
囲まれているため前に進めず足を止める。
そんな私に向け、一人の男が口を開いた。
「……ひよこクラブの女神、築根ひよこだな?」
「うわぁ」
また逆知り合いだし。
けどあまり友好的には見えない。ひよこクラブの人たちじゃない?
「あなたたちはいったい……」
すると目の前の人はあっさりと名乗ってくれた。
「我々は『こっこクラブ』」
「本当にあったんだっ」
思わず叫んでしまった。
「未成熟のロリコンどもとは違う」
「成鳥のふさふさした羽」
「すべての世の中をバカにしたかのような鋭い瞳」
「コケコッコーという魅惑的な鳴き声」
「にわとりこそが至高の存在」
周りの男たちが口々に言う。
「築根ひよこ。我々と来るがよい。象徴であるお前を捕らえることで、ひよこクラブを壊滅するのだ」
こっこクラブの人たちがジワリと包囲の輪を縮めてくる。
これって、もしかして身の危険?
ひよこクラブに恩がある分けじゃないけど、だからと言って、彼らにのこのこ付いて行ったら、何をされるかわからない。
大声を上げるべきか、それとも全力で逃げるべきか、必死に考えを巡らしていると、突然、こっこクラブの人たちの動きが止まった。
こっこクラブの輪のさらに外に、別の集団が取り囲んでいるのだ。ひよこクラブの戦闘派の皆さん? それとも、ひよこ・こっこクラブと来たら、次は……
「ふはは。我々は『焼き鳥倶楽部』」
「そっちかいっ!」
私は身の危険を忘れて突っ込みを入れた。
まぁ焼鳥屋の屋台ごと近づいてきている時点で分かれって話だけど。ていうかこの光景、少々怖い。いい匂いだけど。
「日本の隠れた名物料理」
「焼き鳥といいつつ、牛豚野菜まで豊富」
「たれは秘伝のキッ○ーマン」
「鶏はおとなしく食されるがよい」
「ぐぬぅぅ。焼き鳥倶楽部め。邪魔をしおって」
にわとり愛好家と焼き鳥愛好家。まだひよこ・にわとりより敵対しているっぽいのが分かる。
「ふはは。祭りの場に現れるとは、まさに飛んで火に入る鶏」
「――そのままだしっ」
私の突っ込みに、焼き鳥屋の親父さんがにやりと笑う。
「鶏は飛ばないけどなっ」
「……上手いこと言った顔になってるし」
なんかノリノリの親父さん。
けれどこっこクラブの面々は動揺した様子。単純に周りを囲むくらいだから、人の数は焼き鳥倶楽部の方が多いし。
「仕方ない。撤退だ」
リーダーっぽい人の一声で、こっこクラブの人たちがあっさりと逃げていく。焼き鳥倶楽部の人たちは特に追うことなく彼らを見送った。
「大丈夫かい?」
どうやらにわとりクラブの人たちをとって食うつもりではなく、私を助けてくれたみたい。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「なぁに。俺は俺のしたいようにしただけさ。ひよこさま」
「えっ?」
そういえば、こー子さんが言っていたっけ。ひよこクラブに、焼き鳥屋の親父がいるって。ていうか伏線回収?
「それにしても、こっこクラブの連中が実力行使に出てくるとは、驚きだな」
「え? そうなんですか。なんかひよこ・こっこクラブは敵対しているとか聞いたんですけど」
「まぁ仲はあまり良くないが、敵対というほどではないな。むしろ危険なのは『たまごクラブ』の方だな」
「やっぱりあったしっ」
「まぁ何かあったら言ってくれ」
私の突っ込みを華麗に無視して親父さんが続ける。
「鶏も卵も食うが、ひよこは食べないからな。ふはは」
愛嬌のあるウインクを残して、焼鳥屋の屋台が各々の持ち場へと帰っていく。
なんとも奇妙な光景だったけれど、他の人はなんかの余興かと思ってくれたらしく、ぱちぱちと拍手までいただいてしまった。
さてどうしようと思っていると、
「ひよこちゃーん」
人垣の奥から名前を呼ばれた。そっちに視線を移すと人垣の先に小さな手が振られているのが見えた。この身長と声で、顔を見なくても誰だか分かった。
「珠子ちゃん」
小さな身体が転がるように私の元にやってきた。珠子ちゃんは水玉模様の浴衣を着ていた。ちょっと水玉が楕円形な気がするけど似合っている。
「お祭り、来てたんだ。予定はどうしたの」
「えっと。もう終わったというか」
「へぇ。そうなんだー」
珠子ちゃんがころころと笑う。ふと思うことがあって、私は珠子ちゃんの顔をのぞき見る。私より幼くて、まん丸な顔立ち。なんとなく卵を連想させるような……
「ん? どうしたの」
「……ねぇ。珠子ちゃんって実は、たまごクラブの……」
「あ、いたいた。おーい」
言いかけたとき、急に背後から肩を叩かれた。びっくりして振り返ると、こー子さんが立っていた。
「知り合い?」
いきなり年上のお姉さんが現れて珠子ちゃんも驚いた様子。
「うん。まあ」
「そうなんだ。お邪魔しちゃ悪いから行くね。あたしも家族待たせているし」
「あっ」
珠子ちゃんがまた人垣の向こうに行ってしまった。できれば、お邪魔してほしかったんだけど。
「よかった無事で。いきなりいなくなっちゃったから心配したのよ」
そう言うこー子さんはちょっと怖い顔している。たとえるなら、わがままな幼稚園児に振り回された保母さんみたいな感じ。なんか幼稚園児扱いされているみたいで悲しいけど。そんなわけなので、こっこクラブの件は黙っておくことにした。
「シンタさんや戦闘派の皆さんはどうしたんですか?」
周りを見るけれど、見知った顔はこー子さんだけだ。もちろん、ひよこクラブの人を全員覚えているわけじゃないけど。
「シンタはカラーひよこの救出に大忙しよ。それにあの騒ぎの後始末もあるしね」
「確かに後始末は大変そうですね」
「まぁね。でもひよこクラブの会員には某広域指定の組長さんもいてね、その人を通して、末端のテキ屋に話を通してもらえるんじゃないかって」
「――私、来る必要なかったしっ」
戦闘派のみなさんのバカ騒ぎはいったい……
こー子さんが笑う。
「実力行使を見せることで交渉云々ってね。まぁ単純にひよこちゃんと一緒がよかったのかもね」
そう言って、じろじろと私を見てくる。その視線になにか強いものを感じて私は話題をそらす。
「でもシンタさんってすごいですね。広域なんちゃらの人とも知り合いだって」
「ええ。シンタってすごいのよ。大学生やっているけど、ベンチャー企業の社長もやっていてね。年商一億円とか」
「うそっ。本当ですかっ」
「まぁ年商と儲けは別だけれど、それでも随分稼いでいるみたいよ」
そう語るこー子さんの表情は生き生きしていた。
――なるほど。
乙女センサーがぴぴっと反応する。そーゆーことですか。
でもだとしたら、私はどう思われているのかな。
もちろんシンタさんが見ているのは、私と言うよりその先のひよこだろうけど、あまりいい気持ちではないかも。
そんなことを話しながら歩いていると、神社の境内を抜けて、私たちは駐車場まで来てしまう。
「あの……もう帰るんですか」
カラーひよこの件は終わったけれど、まだ昼下がり。帰ってしまうのはもったいないような。
「まさか」
こー子さんが笑う。けれど歩みは止めない。そのとき前方のワゴン車から、数人の男性が降りてきて、私たちの前に立ちふさがった。
「こっこっこ。お主が噂に聞く、ひよこ娘。か」
「なんか無意味な『。』が付いている感じなイントネーションだしっ?」
男の言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。
この流れ。さっきこっこクラブの人たちに囲まれたときと似ている。頭にトサカはないけど、笑い声が「こっこっこ」だし。
とはいえ、さっきより人は少ないし、こー子さんもいる。
私は助けを求めるようにこー子さんの元に寄った。
けど、そのこー子さんの口から、驚きの言葉が発せられた。
「ご苦労様。今なら邪魔は入らないわ。早くこの娘をつれていきなさい」
「は。こー子さま」
え。今なんて……
「こっこっこ。こー子さまこそ、我が『こっこクラブ』の女神さまなのだ」
驚いて声も出ない私に向けて、男が説明する。
「そういうこと。ごめんね。ひよこちゃん。手荒なまねはしないって約束するから、大人しくついてきてくれないかしら?」
「は……はい」
こうして待機していた車に乗せられ、私はわけが分からないまま連れ去られてしまった。
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コケッコッコー。
外の庭で大量のにわとりが鳴いている。鳴くのって朝だけじゃなかったっけ。よく分からない。
車で移動すること一時間くらい。私は、こっこクラブの拠点の一つである、畑に囲まれた大きな広い庭を持つ一軒家に連れてこられていた。
私は、奥の小さな部屋に閉じ込められている。といっても縛られているわけでも、扉に鍵が掛かっているわけでもない。むしろお茶が出されているくらい。お菓子はないけど。
外を見る限り近くに他の家がないので助けを求める前に捕まってしまいそう。それが分かっているから、こんな扱いなんだと思う。
まぁ、お祭りの喧騒も好きだけれど、こうやって浴衣姿で静かなところでぼんやりするのも絵になっていいなと思う。風が通って涼しいし、風鈴の音もいい感じ。こんなところで試験勉強できればはかどるんだろうけどなぁ。ていうか夏祭り楽しんじゃったけど、そろそろ本気で勉強しないとヤバイかも。ま、いっか。さらわれているんだし。
そうぼんやりと過ごしていると、扉が開いてこー子さんが入ってきた。他に人はいない。
「さらわれたというのに余裕そうね。そんなにシンタを信頼しているのかしら」
「ううん」
私は首を横に振った。
「信用しているのは。こー子さん」
「……どうしてそう思うの?」
「こー子さんが、こっこクラブの女神さまだっていうのは驚いた。けど私にひどい子としたら、シンタさんが許さないと思う。それはこー子さんにとっていい話じゃないから」
正直、ちょっとした賭だったけど、強気の口調で断言するように言ってみた。雰囲気に酔っていたのかも。
こー子さんは虚を突かれたように黙っていたけれど、しばらくして、ぺたりと私のすぐ横に腰を下ろした。距離が近い。こー子さんの身体から香水の香りが漂う。
「ねぇ。ひよこちゃん。ひよこは成長したら何になると思う」
こー子さんが言う。
「えっと、にわとりになりますよね」
「そう」
うなずく。
「シンタはひよこ好きだから、当然、家でも飼育しているのよ。まぁ残念ながら死んじゃう子もいるけれど、大切に育てられているからたいていの子は成長していくの」
それはすごい。
素直に感心する私。そんな私に向けて、こー子さんが衝撃の事実を告げた。
「けどシンタはひよこが好きなだけで――にわとりは愛せなかったのっ」
「そんなっ? にわとりになったら、ぽい、ですかっ」
私は思わず身を乗り出して叫んだ。
なんかとっても女の敵な気がしてきた。
「もちろん大切に育ててきた子たちだから、焼き鳥にしたり捨てたりはできない。そこでシンタは幼馴染である私に、にわとりを預けるようにしたの」
こー子さんがやや鬼気迫った瞳で語り続ける。
「おかげで私の家はにわとり屋敷。新鮮なたまご料理には困らないから健康だし、朝早くからたたき起こされるため、遅刻もしたことないわ」
「それはそれは……」
ご愁傷様ですとしか言いようがないです。はい。
「まぁそんなにわとりに囲まれて生活していたら、まぁそれなりに愛着が出てきて、そんな同好の人たちとひそかに交流を続けているうちに、『こっこクラブ』なんてものができちゃって、女神さまに祭り上げられちゃったんだけど。でも、私が本当に好きなのは……」
こー子さんが言いにくそうに言葉を区切る。
「言わなくても分かっていますよ」
「え?」
驚いた様子でこー子さんが顔を上げる。
ふっふっふ。彼女には悪いけど、そんなのお見通し。恋に恋する思春期女子をなめないでもらいたい。
こー子さんが本当に好きなのは、にわとりでもひよこでもなく、シンタさんなのだ。でなきゃ、ひよこクラブなんて作らないし、にわとりを預からないし。すべてはシンタさんと一緒にいるための口実に過ぎないに違いない。
私の中にビジョンが浮かぶ。
「私が本当に好きなのはシンタなの」
「こー子、実は私も……」
「シンタっ」
「こー子」
抱き合う二人。
こうしてシンタさんのひよこ熱も冷めて、ひよこクラブはなし崩し的に解散。私も無事女神の座を引退。ひよこクラブを巡る、こっことかたまごとかのクラブとの、血で血を洗う抗争も終止符を打てる。
まさにパーフェクト。
あとはどう行動を起こすか、それが問題だ。
けどそれを考えるまもなく、時は来た。
穏やかだった周りが、急に騒がしくなってきた。たくさんの人の罵声に悲鳴、にわとりの鳴き声が、奥の部屋まで聞こえてくる。
「こー子さま。大変ですっ。ひよこクラブの連中が押し寄せてきました」
「あら? どうしてここが分かったのかしら。……まぁシンタのことだからね」
こー子さんがそう呟いたとき、報告に来た男の人が背後を振りかえる。
「だ、誰だお前はっ」
「ぴよーっ、ぴよぴよ!」
「ぐぇぇ」
吹き飛ばされる報告者の人。
「ふ。ひよこ拳2級の私に挑もうなど無謀の極み」
聞き慣れた声が聞こえた。シンタさんに違いない。
「まだだ……。ひよこごときににわとりが負けるはずがないっ」
「ふっ。浅はかな考えですね。いいですか? ――ひよこがいなければにわとりも生まれないのです!」
「ぐっぅ。ま、負けた」
よく分からない理論だけど、廊下に消えた報告者さんの断末魔の声が聞こえた。ていうかその論理だと、たまごが最強で、そのたまごを産むことができるにわとりも最強だったりするんだけど、面倒なので黙っておいた。
「ひよこさまっ」
シンタさんが現れた。鬼気迫る表情は私が心配なのかひよこが心配なのか。どうでもいいけど、少し乱れた浴衣がエロス。
「シンタ。早かったわね……」
こー子さんが私とシンタさんの間に立つ。
「こー子。なぜこのようなことを」
見つめあう二人。
「それは……」
私が説明しようとするのを、こー子さんが遮って語る。
「私、シンタに対抗してこっこクラブを作ったけれど、本当は……」
言葉を区切る。
よし。言っちゃえー。
ところがシンタさんが先に口を開く。
「……知っていました。こー子の本当の気持ちを」
おおっ。
「こー子は――ひよこが好きなんですよね」
そうそう。……って。違-うっ!
ひよこ好きで変な人だと思っていたけれど、ここまで鈍感とは!
こー子さんの顔色が変わる。さぁ雷が落ちるぞ、と思ったんだけど……
「そう。ひよこが好きなの。もふもふしたいの。ぷにぷにしたいの。つんつん突っつかれたいの!」
こー子さんの口から衝撃の事実が告白された。
「えええっ」
「ひよこさまをさらった理由だって明確です」
「そうよ。なにこのひよこ柄の浴衣、もうさらいたくてむぎゅって抱きつきたくて、どれほど我慢していたことか。それなのにシンタがべったりと傍にいて」
えーと。
こー子さんの目がたまに怖いことがあったのは、シンタさんの視線が私に集まっていることに対する妬みとかじゃなくて……抱き付きたいのを我慢していただけ? もしくは私を独占するシンタさんへの恨み?
シンタさんが血相を変えていたのは、、二人きりになって暴走したこー子さんに襲われないか心配していたから?
「あの、こー子さん……?」
おずおずと聞く。
「こっこクラブのみんなに言われてひよこちゃんをさらったけれど、ひよこクラブの解体させるため、なんていうのはあくまで建前。本当はただ、ひよこちゃんをつんつんぷにぷにしたかったのっ!」
そんなこー子さんの叫びを聞いて、動揺するのは集まってきたこっこクラブのみなさん。
「そんな……女神さまが」
「おのれ。ならば、死ねばもろとも」
「道連れに」
じりじりと集まってくるこっこクラブの皆さん。決して小さくない家だけれど、たくさんの人に溢れかえっていて、身動きをとるのも大変なくらい。
「ふっ。愚かな。返り討ちにしてみせましょう」
「拙者、今なら空飛ぶひよこが見られる気がするでござる」
迎え撃つは、ひよこクラブの皆さん。
一触即発。戦いが始まろうとする。
「いい加減にしなさいっ!」
と怒鳴ったのは、私だった。
あまりの大声に、自分でも驚いたけど止まらない。もうなにがなんだか。超展開にやけっぱちである。
「あんたたちはひよこが好きなんでしょ。にわとりが好きなんでしょっ! だったら、他の物なんて関係ないじゃない。ひよこだけを愛でていればいいのよ。にわとりだって同じよ!」
私の一喝にその場が急に静まり返って――大歓声が起きた。
「おおおぉぉぉぉ」
「私、戦闘派だけど、戦いよりひよこが側にいればそれだけでいいのっ」
「ひよこさま、万歳ー」
「にわとり、L・O・V・E!」
皆さんの盛り上がりを見て、シンタさんとこー子さんが顔を見合わせて、うなずいた。こうして、両クラブ間で平和協定が制定されることになった。ゆくゆくは一つのクラブに統合される方向で話は進んだ。戦闘派のみなさんからも不平はでなかった。
これにて争いは終結。めでたしめでたし。
――と言いたいところだけれど、まだ一番重要な難題が残っていた。
これを解決しない限り、まだ決着とは言えない。
そのときだった。突然、部屋の奥から爆発音が響いたのだ。
「な、なにっ?」
「こー子さま、大変ですっ。電子レンジが……爆発しました!」
「何ですって?」
「中に、生卵が入っていた模様っ」
「たまご……?」
シンタさんがその言葉に敏感に反応する。
慌てふためくみんなを尻目に、お相撲さんのように巨大で真ん丸い人たち何人も現れてこっちに向かってきた。その人たちに囲まれて、真ん中には対照的にちっちゃな女の子が一人。ちょっといびつな水玉模様(もしかしてたまご柄?)の浴衣をきた珠子ちゃんだった。
「ぷーくすくす。さすがひよこちゃんね。二つのクラブをまとめちゃうなんて。争わせて弱体化させようとしたのに残念。でも両クラブに内通者がいるのは気付いているかな? 今より我が『たまごクラブ』が――」
「あ、珠子ちゃん、いいところに」
「え?」
満面の笑みを浮かべて迎えた私に、珠子ちゃんは毒気を抜かれたかのように、きょとんとしていた。
( ・✧・) ( ・✧・) ( ・✧・)
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お祭りで最初私を襲撃したのは、こっこクラブの人ではなく、たまごクラブが偽装したものだった。こー子さんいわく「トサカ頭なんてあからさまなキャラ付けなんてしないわよ。ひよこクラブでもそうでしょ」とのこと。じゃあ、あの「こっこっこ」の笑い声はどうなのかと突っ込みを入れたい。
シンタさんに犯行声明を送りつけ、ここに呼び出したのも珠子ちゃんの差し金。こー子さんの気持ちに気付いていたシンタさんは、むしろなぜわざわざ犯行声明を送って戦闘派をたきつけたのか疑問だったみたいだけど、たまごクラブの仕業だったというわけである。全ては私たちを争わせて弱体化させるのが目的だった
ちなみに、「たまごクラブ」とは、まぁご想像通りたまごを愛でる人たちの集まり。卵料理が好きな人たちではなく、あくまでたまごを見たり触ったりすることに愛を感じてしまう人たち。
ある意味、ひよこクラブやこっこクラブより変態度が高い気がする。珠子ちゃんはそんなクラブの象徴、女神さま。しかも、成り行きで成らされた私と違って、ずいぶん積極的な女神さま。たまごのその先である、ひよ・こっこクラブに対抗心があったらしい。だから内情を調べてよく知っていたり、内通者をこっそり忍ばせたりとか、頑張っていたみたい。
そんな積極的な女神さまである珠子ちゃんとは対照的に、私はやる気のない女神さま。どうやって抜け出すか、それが問題だった。
そんなときに現れたのが、珠子ちゃんだったのだ。
「ねぇ。珠子ちゃん。ひよこクラブの女神さまを兼任するつもり、ない?」
「……えっ」
あまりの超展開にきょとんとしている珠子ちゃんの肩に手を置いて、私は居並ぶみんなに向けて言う。
「ひよこを連想させる幼き容姿! まん丸い体つき! 女神さまに申し分ないんじゃない?」
「おぉぉぉ」
歓声が上がる。
「しかし、御名が」
シンタさんが渋る。
けれど私は珠子ちゃんの背を押すようにして言う。
「珠子ちゃんの名前は、雛鳥珠子っていうの」
「おお。女神さま」
あっさりとひれ伏すシンタさん。今更だけど……どうかと思う。
こー子さんが、シンタさんではなくひよこを選んだのは正解だよ。まぁ、ひよこもアレだけど。
人の上に立つのが好きな珠子ちゃんにとっては、団体規模が大きくなるのだから嬉しいこと。シンタさんもこー子さんも他のみなさんも、私に変わる象徴が入るので問題なし。
そしてなにより、私自身が女神職から解放される!
たまごとひよことにわとり。成長とともに移り変わっていく一つの存在なのだ。ひよこは好きだけど、たまごは嫌いとか、本来はおかしい話。統合というのは、当然の結果だと思う。
「本当にあたしでいいの?」
「もちろん」
さっきまでの勢いが消えておずおず聞いてくる珠子ちゃんに向けて、私は満面の笑みを浮かべて答えた。
今度こそこれにて一件落着。
――のはずだったんだけど。
「第一回、たまひよこっこクラブ(仮)総会を始めます。早速ですが、第一号議案の審議に入らせていただきます。今回の三クラブ併合につきまして、まずは新たな名称を決めたいと思うのですが、いかがでしょうか」
「すべてはたまごから始まる。よってたまごに統一するでごわす!」
「こっこっこ。そのたまごを生むのがにわとりであるなら、決めるまでもない」
「元の会員数が一番多いのは、ひよこクラブである」
「チョリィィィィスゥゥ」
たくさんの集まった人たちの間で、喧々囂々の意見が交わされる。
「まぁ、女神のあたしとしては、たまごがいいけど、みんなの意見も取り入れないとね」
「司会の身で僭越ながら、ひよこの名称に愛着はあります」
「そーねー。それを言うなら、こっこも捨てがたいんだけどねー」
「それでは。元ひよこクラブ女神にて、現最高顧問であられる築根ひよこさまに判断を賜りたいと思います」
「お願いだから……」
私は壇上で読んでいた教科書をぱたりとしめて、ため息混じりに答えた。
「――勉強させてっ」
これを投稿して、最近、短編を書いていないなーと思いました。
1500字~2000字くらいの話。
けどそれを「僕っ子」キャラに当てはめて番外編として投稿するのも手なので、迷います。……まだ何もネタが浮かんでいませんが。