▼死亡フラグと王女な私。~お茶会は危険がいっぱい~
ふ、と意識が浮上した。
突然としか言いようがない。
んんん? 私、赤ん坊?
ぼやけた視界のなか、小さな手と足が見える。
混乱する。なんだこりゃ。
ピロリン♪
ん?なんの音だろ?
変な音のあとに視界に文字が現れた。
▼暗殺フラグが立ちました。
は?ちょ、えええ?
待って待ってなにソレ!?
色々混乱している私の傍に、何者かが立った。
手にはナイフを持ち、闇に溶けるような服を着た……暗殺者ですね。わかります。
無力な赤子の私に出来ることと言えば、ただ一つ。
はい、息を吸ってー。
「き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーん!!!」
暗殺者がビクッとなった。
この隙にもっと声を張り上げ泣きわめく。
私超泣いた。超頑張った。
慌てて入ってきたメイドと騎士に暗殺者は捕らえられた。
……これが、記念すべき第一回目の死亡フラグだった。
***
リヴァージュ王国。
三方を中小国に、一方が海に面した大国だ。
貿易が盛んな商業国である。
私は、そんな国の第一王女として生まれた。
最初は転生したことに混乱した。
前世の死因が、正月にお餅を喉に詰まらせただなんて……。
正直、家族にはものすごく申し訳ないことをした。
お母さんに「落ち着いて食べるのよ」って言われたばかりだったのに。
「だから言ったじゃない! 落ち着いて食べなさいって」と怒るお母さんの姿が目に浮かぶようだ。
本当にすみませんでした。
その忠告は今生で活かします。
さて、こんな私も今年で五歳。
可愛い盛りだ。
ただでさえ可愛い時期だが、今生の私は顔も可愛かった。
ふわふわの光に透ける金髪に、緑柱石の様な瞳。
まるで、おとぎ話から妖精が出てきたみたいだ。
初めて鏡で見たときは、「おおぅ」てなった。
お母様、可愛い顔に産んでくれてありがとう!
そして、転生してとある能力を授かった……。
ピロリン♪
▼毒殺フラグが立ちました。
まただ……。
そう。転生特典とも言うべき能力がコレ。
死亡フラグが立つと、音と文字で知らせてくれる能力。
ぶっちゃけ、嬉しいかと言われたら……微妙。
死にたくないから、事前にわかるのは良いと思う。
だけど、死亡フラグしかわからない。
いつ、どこで、誰がとかはわからない。
だからそれらしいことに気を付けるくらいしか対処のしようがない。
今のところ何とか回避出来ているが……かなり綱渡りの生活だ。
慎重に、慎重に。
少しの異常も見逃さない。
私は、今生を長生きしたいのだ。
***
七歳になった。
私、最近レベルが上がったの。やったね!
以前までは、死亡フラグが立っていることしかわからなかった。
だけど、最近は……
▼宰相による暗殺フラグが立ちました。
▼王妃による毒殺フラグが立ちました。
▼宰相による事故死フラグが立ちました。
誰が立てたフラグかわかるようになった。
てゆーか、宰相ーー!!!
貴方フラグ立てすぎだよ!!
やめてよこんな幼子に!?
嬉しくないよ。
死亡フラグしかわからないし。
わーん、どんだけー。
王女って、もう少し優雅に暮らせるものだと思ってた。
勉強、マナー、お茶会などなど。
スケジュールがぎっしりだ。
特に勉強。
世界各国の地理や歴史はもちろん、貿易の勉強の一環で各国の気候や特産品などもそれはそれは細かく覚えることが沢山ある。
一応、王位継承権第一位保持者なので、王位を継ぐことを想定している。
勉強は嫌いではないが、教えてくれる教師が問題だ。
暇ではない筈なのに、宰相閣下が教師の内の一人なのだ。
この国の宰相、ネージュは、見た目二十代半ばのウサギ獣人だ。
見た目……というのは、この宰相、実年齢は二百歳超えなのである。
サラサラこぼれ落ちる白い髪に澄んだ紅い瞳、頭の上には二本のウサギ耳。
外見だけなら文句なしの美形だ。
ただし、観賞用としては優秀なこのウサギ、性格は最悪だ。
気に入らない相手や気に入った相手を玩具にして遊んで楽しむのだ。
気に入らない相手はとことん慈悲なく追い詰めて破滅させる。
気に入った相手はどこまで持つか試す。
絶望と少しの希望を見せて、徐々に徐々に追い詰める。
まるで無邪気な子供のように。
逃れるためには、最初から関わらないのが一番なのだが、このウサギは宰相なのだ。
宰相としては確かに優秀。
しかし、振り回される者たちの胃はぼろぼろだ。
なんでこんな危険物が宰相なのかというと、百五十年くらい前の当時の女王が据えたから。
噂では愛人だったのでは?と言われているが、真偽の程は定かではない。
私の死亡フラグは宰相がぶっちぎりで立てている。
……私、何かした?
胃がキリキリする。
気に入らないのか気に入ってるのかわからないが、マジで勘弁してほしい。
今日は王妃様のお茶会にお呼ばれした。
正直に言おう。
超行きたくない。
行きたくなくても行くしかないのだけどね。
ドレスを着替えて、お茶会の会場へ向かう。
侍女や護衛を引き連れながら、つらつらと王妃様のことを考える。
王妃様は小国の第二王女だった。
ウチの国の庇護を求めて、稀少金属の鉱山を持参金に嫁いできた。
第二妃であるお母様は、この国の由緒ある侯爵令嬢。
小国の第二王女と比べても、大国の侯爵令嬢は全く見劣りしない。
むしろ自国出身ということで、人気は高い。
だが、お母様は生来病弱であるので、今は静養中だ。
王妃様は、この隙になんとしても地位を磐石にしようと躍起になっているのだ。
……そのために、王の第一子である私を亡き者にしようとは、大迷惑である。
あぁ……、現実逃避していたいけど、ただいまお茶会の会場に着いた。
今日は外の薔薇園にて、気軽な立食形式のお茶会だ。
王妃様に素早く挨拶を済ませ、引き留められる前に下がる。
お茶を飲みながら、挨拶にくる人を適当にさばいていく。
私も周りも優雅に「おほほ」と言っているが、もうヤバいヤバい。
ピロリン♪
▼王妃による暗殺フラグが立ちました。
▼現在、王妃の取り巻きによる事故死フラグが立っています。
▼現在、王妃の取り巻きによる毒殺フラグが立っています。回避推奨。
お茶会が始まってから、こんなのばっかりだ。
回避推奨って……言われないでもわかってるわ!
今のところ何とか回避出来ている。
だけど、そろそろ回避する為の言い訳が尽きてきた。
どうしようかしら……。
微笑みの裏で回避するための言い訳を探していると、痺れを切らしたのか、王妃様が直接お菓子の乗ったお皿を持って私のもとへやって来た。
「楽しんでいて? 珍しいお菓子が手に入ったのよ。 どうか食べてみて?」
これは断れない。
必死過ぎでしょ、王妃様!
今まで直接もってくるとかなかったのに~……。
顔は笑っているのに、目が笑っていない。
顔は美人なのに……怖すぎだ。
“おおぅ、絶対絶命?”と思っていたその時。
ざわり、と空気が揺らいだ。
何事かと、ざわめきの発生源と思われる方を見る。
するとそこには……。
さ、宰相ーーーー!!!
ピョコピョコ動くウサギ耳。
なんと、宰相閣下がおりました。
「ご機嫌麗しゅう、お二方。このようなお茶会を開くのなら、僕のことも呼んで下さいよ」
呼ばれてもいないのに、勝手にやって来た宰相。
「あ、美味しそうなお菓子ですね」と言いながら、ひょいっとお菓子を食べた。
食べたーー!!
え、ヤバくない!?
毒入りだよソレ!
王妃様も呆気にとられている。
本来なら、こんなマナー違反のヤツなど、処罰されて終わりだ。
だがしかし、このウサギはこのくらいのマナー違反では処罰されない。
むしろ処罰しようものならば、嬉々として応対する。
物凄い面倒なウサギだ。
触るな危険。
寄るな危険。
このウサギに関わると、冗談じゃなく寿命が縮む。
しかし、こんなヤツでもこの国の宰相。
毒殺はヤバい。
色々な意味でヤバい。
そのことにやっと気がついたのか、王妃様は「それでは。お二人とも、お茶会をお楽しみ下さいませ」と言って逃げた。
もう一度言おう。
逃げた。
待って、置いてかないで!?
私も逃げたいよ!!?
内心あわあわしていたら、宰相がクスクス笑い出した。
「ふふ、見ました? 王妃様のあの顔。物凄く慌てていましたね」
……このウサギ。
心底楽しそうに、愉しそうに……嘲笑っていた。
本っ当に、性格悪いな。
「……お菓子はいかがでした?」
「あぁ、このくらいの毒では僕は死にませんよ」
宰相は、あっさりと、それはもうあっさりと言った。
毒入りと知ってて食べたの!?
内心で激しく突っ込みながら、顔には出さない。
そんな私の様子をそれはそれは愉しそうに眺める宰相。
やめて。
コッチミナイデー!
「心配しました?」
するわけがない。
「僕も毒物が入った贈り物をいっぱい貰っているので、耐性がついているんですよね」とか聞きたくない。
聞こえない聞こえない。
半分意識を飛ばしながら聞いていると、ぐいっと手を引かれた。
踏ん張りがきかなくて、宰相の方へ半歩近付いた。
宰相は、そんな私の目線に合わせるように身を屈め、顔を近付ける。
お綺麗な顔に、笑みを浮かべ────
「ねぇ、あんな小物にヤられたりしないで下さいね?」
耳元で、低く、低く呟かれた言葉に、ゾクリと全身が戦いた。
宰相は、そのまま薔薇園を去っていく。
私は……宰相の無駄に姿勢のいい背中を、呆然と見送った。
ピロリン♪
▼宰相による暗殺フラグが立ちました。
あぁもう!
絶対、絶対長生きしてみせる!!
死亡フラグになんか負けないんだからー!!!
ここまで読んで頂きありがとうございました。