空からみえる星
空からみえる星(童話)
ぼくの学校の近くにへんなおばさんが住んでいる。いつもしゃりんのついた、かわったかたちの、動くいすにすわって、自分の家のまえにいる。このかわったかたちのいすは、電動車いす、というのだと、おばさんのおかあさんがおしえてくれた。レバーを手で動かしてモーターで動くしくみみたいだ。
こんにちは、と、ぼくがいっても、おばさんは手をあげるだけで、なにもいわない。へんなの、しゃべれないのかなあ、と、ぼくは思った。
ある日、学校のかえりにぼくはおばさんの家のまえをとおりかかった。おばさんはいつものように、電動車いすにすわっていた。あたりにはぼくとおばさんのほかにだれもいなくて、おばさんはぼくのほうをじっとみている。ぼくはなんだかこわくなって、いそいでとおりすぎようとした。
そのとき、声がきこえた。
「このあいだは、声をかけてくれてありがとう」
ぼくはおどろいて、思わず立ちどまった。
「この車いす、かっこいいでしょ」
声はつづいた。おばさんのほうをみると、おばさんは口を動かしていない。声は、おばさんの口じゃなくて目からきこえてくるみたいだった。
「のってみたい?」
声はぼくにきいた。
「そんなの、のりたくないもん」
ぼくはこたえた。
「うそだあ。ほんとはのってみたいくせに」
声はいった。
「ほんとだもん」
ぼくは、ぷん、と、ふくれてみせた。
「いいことおしえてあげる」
声は、ぼくのいうことを無視するように、いった。
「この車いすはね、夜になると、空をとべるんだよ」
声はいった。
「うそだあ」
こんどは、ぼくがいうばんだった。
「うそじゃないよ。おばさんはまいばん、この車いすで、夜の空をさんぽしているんだよ」
声はいった。
「そんなの、しんじられないよ」
ぼくはぷんぷんしながらいった。
「君の名前は、なんていうの?」
声はきいた。
「たかはし、ゆうた」
ぼくはこたえた。
「じゃあ、こんや12時に空をとんで、ゆうた君の家にいくよ」
声はいった。
「ぼくの家、しってるの?」
ぼくはびっくりしてきいた。
「名前がわかれば、星がおしえてくれるんだよ」
声がへんなことをいった。ぼくはわけがわからなかった。
「とにかく、こんや12時に君の家にいくからね」
声がそういうと、おばさんは左手をあげて右手でレバーをにぎり、電動車いすを動かして、どこかにいってしまった。
家にかえると、ぼくはおばさんのことをずっとかんがえていた。
あの車いすが空をとぶなんて、うそにきまっている。
ぼくはそう声にだしていってみた。だけど、やっぱり気になる。
ほんとにとぶのかな。
星がおしえてくれるって、どういうことだろう。
ぼくはごはんをたべるときも、おふろにはいっているときも、ふとんにはいってからも、ずっとおばさんのことをかんがえていた。
そして、かんがえるのにつかれて、ねてしまった。
トントン、トントン。
だれかがまどをたたいている。時計をみると夜中の12時だった。
ぼくは目をこすりながらおきあがり、まどのそばまでいった。
カーテンをあけると、そこにはおばさんがあの車いすにすわっていた。
ぼくはびっくりしてもういちど目をこすった。このへやは2かいで、おばさんは車いすごと空中にういているのだった。
おばさんはパジャマをきていて、びっくりしているぼくをみて、おもしろそうにわらっていた。
「やくそくどおり、空をとんできたよ」
おばさんはあいかわらず目から声をだしていた。
「うしろにのりなよ。いっしょに空をさんぽしよう」
みると、車いすのうしろには小さなざせきがついていた。ひるまはなにもついていなかったはずだ。
まよっていると、おばさんは手をのばしてきた。そしてぼくをひょいともちあげると、うしろのざせきにすわらせた。ぼくはなんだかきゅうにからだがかるくなったような気がした。
「さあ、出発するよ」
おばさんはそういって車いすのレバーをまえにたおした。車いすは、するすると音もなく動きだした。
車いすはどんどん上にあがっていった。下をみると、ぼくの家がだんだん小さくなっていく。ぼくはこわくなって、車いすにぎゅっとしがみついた。
星が、わらうようにひかっていた。
「だいじょうぶだよ。君は君のゆめのちからでとんでいるんだ。だから、おちることはないよ」
おばさんはいった。
「ゆめのちから?」
ぼくはききかえした。
「そう。ゆうた君のゆめのちから。子どもはだれでももっているんだよ。この車いすは、そのゆめのちからをひきだして、空をとぶちからにかえているんだ」
おばさんはいった。
「じやあ、子どもはみんな空をとべるの?」
ぼくはきいた。
「夜中にこの車いすにのればね」
おばさんはいった。
「おばさんはおとななのに、どうして空をとべるの?」
ぼくはまたきいた。
「さあね。おばさんは、ふつうの人よりゆめのちからがほんのすこしつよいからかな」
おばさんはそういうと、レバーを左にたおした。
車いすは左にまがり、きらきらひかる星くずの中を、ますます上のほうにのぼっていった。
しばらくすると、車いすは上にのぼるのをやめ、スピードをゆるめてゆっくりまえにすすみはじめた。
星はあいかわらずきらきら光り、ゆっくりうしろのほうにながれていった。
「どうしてぼくの家のばしょがわかったの? 名前をおしえただけなのに」
ぼくはずっと気になっていたことをきいてみた。
「名前というのはね、すごいんだよ。すごいパワーをもっているんだ」
おばさんはまえをむいたままいった。
「たとえば、ゆうたという名前は、ゆうたくんのおとうさんやおかあさんがいしょうけんめいかんがえてつけてくれたんだ。元気にそだつようにとか、りっぱな人になるようにってねがいをこめてね。そのねがいのつよさが、パワーになるんだ」
おばさんはつづけた。
「そして、だれかが君の名前をよぶたびに、そのパワーがつよくなるんだよ」
おばさんはいった。ぼくはだまってきいていた。
「しってる? 名前をよばれると人のからだにエネルギーがちくせきされて、夜になるとひかるんだよ。星のひかりかただから、近くにいるとわからないけどね。うんととおくの、空の、ある場所からそのひかりはみえるんだ。
これからその場所につれていってあげるよ。すごくきれいだよ」
おばさんはいった。
車いすはおともなくゆっくりまえにすすんでいた。ぼくはおばさんのかみのけがふわふわゆれるのをなんとなくみていた。
しばらくすると、ぼんやりと明るいところに出た。車いすはしずかにとまった。
「さあついた。ここだよ。下をみてごらん」
おばさんはいった。
下をみて、ぼくはびっくりした。そこはまるで、ひかりの海だった。
「あの中のひとつひとつが、だれかの名前のひかりなんだ」
おばさんはいった。よくみると、ひかりの海には赤や青やいろんな色のひかりのつぶが、ぴかぴかとてんめつしているのだった。
これがぜんぶ、だれかの名前のパワーでひかっているのか。ぼくはただひかりの海にみとれていた。
「だれか、友だちの名前をよんでごらん。その子のかおをおもいうかべてね」
ぼくのかおをみて、おばさんがいった。ぼくは、なんだろう、と、おもったが、ちょっとかんがえて、なかよしのあおいちゃんの名前をよぶことにした。
「さいとう、あおいちゃん」
ひかりの海にむかって、ぼくは大きな声でさけんだ。
すると、ひかりの海はすこしくらくなり、なかのひかりのつぶがひとつだけ、明るくかがやきはじめた。ピンク色のひかりのつぶだった。
「あのひかりをめざして、まっすぐ下におりていくと、あおいちゃんの家にいけるんだよ」
おばさんはピンク色のひかりのつぶをゆびさしていった。
「ぼくの家もそうやってみつけたの?」
ぼくはきいた。
「そうだよ」
おばさんはそういって、にっこりわらった。
「ぼくの名前のひかりはどんな色だった?」
ぼくは気になってきいてみた。
「うーん、そうだなあ」
おばさんはちょっとかんがえて、
「青とみどりの中間くらいの色。海みたいなきれいな色だったよ」
と、いった。
「そうなんだ」
ぼくはなんだかうれしくなった。
でも、きになることがひとつあった。
「ぼくはおとうさんやおかあさんのことを名前でよんでいないよ。そういうのは名前のパワーにならないの?」
ぼくはきいてみた。
「もちろん、なるよ」
おばさんはうなずきながら、こたえた。、
「おとうさんやおかあさんや先生、その人がうれしいとおもうよばれかたをすれば、それは名前とおなじなんだ。あだなだってそうだよ」
おばさんはいった。ぼくはあんしんした。
ぼくのかおをみて、おばさんはにこにこわらいながらいった。
「おかあさんって、よんでみる?」
ぼくはうなずいた。それから大きな声でさけんだ。
「おかあさーん」
ひかりの海はまたすこしくらくなった。さっきとはちがうひかりのつぶがひとつ、かがやきはじめた。やっぱりピンク色だったが、おなじピンクでも、あおいちゃんのとはぜんぜんちがう色だった。おかあさんの色だと、ぼくはおもった。とてもきれいな星のようだった。
ぼくはこんどは、おとうさんやいつもいっしょにあそんでいるたかしくんや、担任の木村先生を、ふだんよんでいるよびかたでよんでみた。おとうさんは青むらさき、たかしくんはみどり色、木村先生はオレンジ色にひかった。みんなとてもきれいだった。
ぼくはなんだかたのしくなって、クラスの友だちや近所のおじさんや、おもいついた人たちをつぎつぎによんでみた。ひかりの海からは、いろんな色のひかりのつぶがかがやいてはきえていった。
「きれいだね」
おばさんはにこにこわらっていた。
「あっと、いけない。もうかえらないと。夜があけてしまう」
しばらくして、おばさんはいった。
「夜があけてしまうと、かえれなくなるんだよ」
おばさんはざんねんそうにいって、ぼくのかおをみた。
ぼくはもうちょっとひかりの海をみていたかったけれど、かえれなくなるのはこまるとおもった。
「いつかまた、ここにこれるかな?」
ぼくはきいてみた。
「うーん、そうだなあ。ちがうかたちかもしれないけれど、君がこのひかりの海のことをわすれなければ、いつかまた、きっとみられるよ。このきれいなひかりの海が」
おばさんは、かんかえながらゆっくりいった。
「さあ、さいごによびたい人はいないかい?」
おばさんはぼくのかおをみた。ぼくはすこしかんがえて、もういちどおかあさんをよぶことにした。
「おかあさーん」
ひかりの海は、またすこしくらくなり、やさしいピンク色のひかりのつぶが、またかがやきだした。ぼくはこの色をわすれないように、じっとみていた。
「じゃあ、このひかりにのって、かえろう」
おばさんはいった。車いすはしずかに動きだし、ピンク色のひかりのつぶの、真上でとまった。
「さあ、おりるよ」
おばさんはいった。ピンク色のひかりのなかを車いすは、ぼくとおばさんをのせて、ゆっくりとまっすぐ下におりていった。エレベーターみたいだ、と、ぼくはおもった。ピンク色のひかりのなかはあたたかで、ぼくはなんだかねむくなってしまった。
きがつくと、車いすはいつのまにか、ぼくのへやのまえにきていた。おばさんはへやのまどをあけて、ぼくをおろしてくれた。
「じゃあね。朝までまだ時間があるからゆっくりねむるんだよ」
おばさんはいった。
「またいつか、空のさんぽにつれていってくれる?」
ぼくはきいてみた。
「またいつかね」
おばさんはそういうと、まどをしめて左手をあげた。ぼくも右手をあげてさよならをした。車いすはゆっくりはしりだし、やがて空のかなたにきえていった。
ぼくはなんだかねむくなって、そのままベッドにもぐりこんでねてしまった。
あれから一週間たった。おばさんはあいかわらず、いつもの場所でだまって車いすにすわっている。ぼくが、おはよう、というと、左手をあげる。それがおばさんのあいさつなんだと、ぼくはなんとなくわかってきた。目から声はださない。もしかしたら、あれはぜんぶ夢だったのかなあ、と、ぼくはときどきおもう。そうなのかなあ。でも。
だれかに名前をよばれたり、だれかをよんだりするたびに、ぼくはあのひかりの海のことをおもいだす。おとうさんやおかあさんや、あおいちゃんやたかしくんが、きらきら星のようにひかっている場所。
ぼくはあそこできれいな海の色にひかっているんだ。そうおもうと、なんだかたのしくなった。
そういえば、おばさんの名前はなんというのだろう。ぼくはまだおばさんの名前をきいていないことに気がついた。こんど、おばさんのおかあさんにきいてみよう、と、ぼくはおもった。