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06話 コールイート山脈の攻防戦・前編


四人の旅が始まって、二日が過ぎた。

街は無事に出た。そして、初日の騒動の連続など悪い夢だったのではないか、というほど穏やかな旅が続いている


――わけがなかった。


「おいちょっと待て」


分かれ道を真っ直ぐに右に差し掛かったプリムローズに、ジェードは待ったを掛けた。

プリムローズと、その後ろを歩いていた嵐と快晴は、三人揃ってきょとんとした顔で振り向いて、立ち止まる。ジェードの右手には、真新しい地図が握られている。昨日立ち寄った街で手に入れた、最新版の地図だ。


「どうしたの、ジェード?」

「まだ昼飯には早いんじゃないっけ?」

「あ、もしかして歩き疲れて一休みしたいんですか?」


三者三様の言葉に、ジェードの眉間のしわがくっきりと表れた。


「一つ聞いてやる。てめぇら、今自分達がどの道突っ込もうとしてるか分かってんのか?」

「セルトフォームに続く道でしょ?」

「なら聞くが、その道しるべには何で書いてあるか答えろ」

「俺達にはこの国の文字は読めないしー」

「あたし読めますよ。えっとですね……えー……。……」

「オレが読んでやる。そっちはラミアーシルだ! セルトフォームにはどれだけ進んでも、辿り着かねぇ道だっ!!」

「わ、分かってますって! もう少ししたらちゃんと曲がろうと思ってたところです!」

「それは一体何度目のいい訳だ。言ってみろ。それ以前にガキ共、いい加減この女の後ろをほいほいくっついて行くのはやめろ。この調子じゃ、気付けば異大陸だぞ」

「異国すっ飛ばして異大陸?」

「さすがに大陸は越えないんじゃ?」

「ひっどーい! 差別です!」

「何の差別だ何の!」


叫んでから、ジェードは大きく溜め息をついた。ここ数日、この掛け合いの繰り返しである。

プリムローズは、旅慣れているのだろうか女だてらに平気な顔で着いて来ている。野宿だと言っても、不平不満の一つもない。だが、彼女はとにかく方向音痴だった。曲がり角、分かれ道に遭遇するたびに、わざとやっているのか、目的地ではない道を常に選んでいる。

しかも、地図を見ながら、である。その地図が軽く200年以上前のものだったことにも、頭が痛い思いをした。


「だいたいな、これからコールイート山脈に挑もうってのに、そこまで能天気でいられるてめぇらの神経が理解できねぇ」

「コーンスナック山脈?」

「そういう間違いはお約束だね、快晴。でもさ、ジェード。僕達、そのコールイート山脈がどんな山か知らないけど」

「はいはいっあたし知ってます! この山脈は、この大陸のド真ん中を横断している巨大な山脈”ドラゴン・ロード”の一部なんです。ええと、ドラゴン・ロードっていうのは、山脈の形が寝そべっているドラゴンの姿にちなんで呼ばれているもので、コールイート山脈は、その”爪”の部分にあたるはずですよね? そういえば、普通は”ドラゴン・フィンガー”って呼ばれることのほうが多いって聞きますけど」

「模範的な答えだな。ちなみに、その険しさは爪を越えるだけで一週間、ドラゴン・ロードを超えようとするなら一ヶ月以上は必要とされる」

「うわ~」

「さらに言えば、その険しさを逆手に取って、魔物も数多く徘徊中だ」

「うわ~。まさしくファンタジー。血なまぐさいな」

「向こうじゃ無縁な展開だよね。そういえば、今この国って魔物が溢れてるんだったっけ? 大丈夫なの? 僕達戦うとか全然出来ないけど」


平和大国とされる日本で育った二人は、剣はおろか竹刀だって触ったことはない。お遊びのチャンバラは、小学校低学年で卒業している。

嵐の言葉に、何をくだらないことを、とでも言うように、ジェードは鼻先で笑った。


「オレを誰だと思ってるんだ? 魔物ごときで遅れをとるかよ」

「……それに、本当に怖いのは、魔物じゃありません」

「プリムさん……?」


快晴が気遣うように、プリムローズを見た。彼女はやや俯きがちになっており、表情は横髪に隠れて見えにくい。

けれどそれは快晴には何の障害にもならない。精神感応力とは、相手の感情をそのまま感じ取ることだ。そして今、プリムローズはひどく苦しい感情を思い出しているようだった。辛いことを思い出しているような、苦しさが伝わってくる。

プリムローズは快晴の眼差しに気付き、大丈夫と答えるかわりのように微笑んだ。そして顔を上げた時にはすでに、明るい笑顔に戻っている。


「本当に怖いのは、追いはぎとか山賊ですよね! ああいう人達って、悪どいことにはとっても知恵が回るんですから」


困ったものですよね、と続く言葉に、ジェードが同意するように頷く。


「まぁな。だが、今の時勢は魔物のほうが油断できねぇ。ヤツラ、最近徒党を組むようになったと聞く。それを先導するヤツがいるらしい事もな。まったく、厄介なヤツがいるもんだ」

「それって、いわゆる魔物使いとか、特殊能力者とか? 例えばさ、そういう人達は迫害されてて、国を恨んで復讐しているとかないの?」

「……嵐、それって絶対ゲームのネタだろ」

「うん。だってさ、普通に魔物が敵ってだけじゃつまんないだろ? 実は悲しい過去を背負っていて、その結果、悪の道に走っちゃったとか、そういう人が現実にいてもおかしくなさそうだし。実際、僕もそういう道に走りかけたことあるしさ」

「え? アラシ、悲しい過去を背負って、悪の道を目指したことがあるんですか?」

「うんうん、実はさー」

「嵐!」


快晴の強い語調に、プリムローズとジェードが目を丸くした。快晴は真っ直ぐに嵐を見ていた。その眼差しは、非難の色が強かった。

が、嵐は笑って流すように軽く肩を竦めるだけ。


「何だよ、快晴。ジョーダンだって。この僕が悪の道なんか目指すわけないだろ。悪は正義に倒されるものなんだから。そういう無駄なことはしない主義なの」

「……」

「アラシの場合は、何もなくても悪の道に走ってもおかしくねぇかもな。面白そうってだけで十分だろ、おまえには」

「何だよ、それー。……でもまぁ、それもありか」

「……頼むから実行してくれるなよ」


固くなりかけた空気を払拭するようにジェードが叩いた軽口に、嵐は何も気付いていないように、笑って答える。

そして、快晴に向き直る。


「快晴、変なところで心配性だよね」

「……悪かったな。おまえが急に変なこと言うからだろ」

「ジョーダンくらい、笑ってながしてよ」

「今度からはそうする。ったく、嵐は心臓に悪いことばっかするよな」

「それが僕の醍醐味だからね」

「……」

「ものすごいイヤな醍醐味だな」


嵐が楽しそうに答えて、快晴の代わりのように、ジェードが嫌そうに眉を顰めた。

先ほどの緊張の走りかけた空気は取り払われており、プリムローズはほっと安心したように息を吐いた。そして、賑やかに交わされる会話の中に混じっていく。

再び始まった彼らの軽口の応酬の中で、快晴は呟いた。彼は精神感応力がある。だから、分かった。

いや、きっとそんな力がなくても分かっただろう。快晴と嵐は従兄弟であり、幼馴染みであり、兄弟なのだから。


「……自分を傷付けるのは、駄目なんだからな」


けれどその声はあまりに小さく、誰の耳にも届かなかった。




コールイート山脈は、イーストエリア大陸を真っ二つに分断する巨大な山脈の一部である。

その山脈を上空から見ると、精霊の王たるドラゴン・ロードが寝そべる姿に酷似していると伝えられ、総じて”ドラゴン・ロード”いう。本当はもっと別の正式名称があるのだが、あまり知られていないために使用されることがほとんどない。

そして、今から彼らが挑むのは、ちょうど右手の爪に当たる部分であった。

コールイート山脈と正式名称はついているが、旅人の間では”ドラゴン・フィンガー”と呼ばれることのほうが多いのは、山脈全体の名が”ドラゴン・ロード”で通っているからだろう。

コールイート山脈は、登りは険しく、魔物が徘徊する山中のため、宿はない。冬の遭難者のための山小屋が設置されてはいるだけだ。しかしそれも、十分な設備が整っているわけではない。あるのは、薪と埃を被った毛布程度である。

運動全般を苦手とする嵐はもちろん、身体を動かす事が好きな快晴ですら、その登りは厳しかった。当然、体力の劣る女性であるプリムローズにもそうなのだろうと思えば、実は違う。彼女は平然として歩いている。当たり前のように、ジェードと並んで歩いているのだ。

山を登り始めて半日で一番最初に音を上げたのは、当然、嵐だ。


「もうだめ限界。だいたい、最先端の文明にどっぷり浸かっている僕に、こんな体力勝負なんて出来るわけないじゃないか」

「根性がねぇぞ、アラシ」

「僕は理系なの! 体育会系は快晴の専門!」

「分担作業かよ。で、その快晴もヘバる一歩手前か。おまえら、今からそんなんで大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃない。俺ももうちょっとしたらギブアップする……」

「アラシとカイセーは旅をするのは初めてなのではないですか? 初心者にこの山は越えることすら難しいって聞きます」

「普通はな。だが、こいつらはどうあってもこの山の向こうに行かなくちゃいけねぇ。文句言っても泣き言言っても、さっさと歩くしか方法はねぇよ」

「ジェードはもっと気遣いを覚えるべきだと思います」

「この亀のような歩みに合わせているだけでも、十分気遣ってるつもりだけどな」

「ダメダメですね!」


きっぱりとダメ押しされてムッと気分を害するジェードを横目に、プリムローズは息も切れ切れな二人に近付いた。

そして、右手を真っ直ぐに構える。


「二人とも、ちょっと動かないで下さいね」

「? どうしたの、プリムさん」

「<レ・スーン・ウィング>」


プリムローズが短く言葉を紡ぐと、その右手からわずかに緑色の光が溢れて、すぐに消えた。

きょとんと目を丸くする二人に、プリムローズはにこりと笑う。


「これで歩みは軽くなったと思いますよ。どうですか?」

「歩みが? どうって……うおぉっ!?」


快晴が首を傾げて一歩を踏み出した途端、まるで滑るように数歩分も身体が前へ出る。

快晴は、バランスを崩して転びそうになるのをかろうじて耐えて、まじまじと自分の足を見た。茶色のブーツは教会の人よりもらったものだ。見たところ、何も変わりはない。嵐は快晴の姿を見て、慎重に一歩を踏み出した。やはり、滑るように数歩分は身体が前へと進む。


「これ、もしかしてプリムさんの魔法?」

「はい。あたし、魔法使いですから。今のは靴に風魔法を掛けたんです。足が軽くなるし、歩みも早くなるので、旅も楽になると思います」

「すげぇっ! 本物初めて見た!」

「二回目だろ。最初は、あの真っ暗闇の怪しいお姉さんだったじゃん」

「あ、そういえばそうだったけ。忘れてた」


そして、快晴はふとズボンのポケットに手を置いた。嵐のかわりにともらった青い石は、未だに快晴が持っている。

快晴はちらりと嵐を見たが、すぐにポケットから手を離した。まだ嵐はこれを受け取ることはしないだろう。さして問題はないと、快晴は結論づけた。


「正確には”魔導師”だろうが。魔法使いなんざ、どういう呼称使ってるんだ、おまえ」

「あたしは、魔法使いっていう響きのほうが好なんです。何だか、とっても面白そうな感じがしません?」

「しねぇよ」

「ジェードは夢がありませんね~。だから、そんなに顔が怖いのですよ」

「顔は関係ねぇだろっ!」


やれやれとプリムローズは大袈裟に肩を竦める。

くっきりと眉間にシワを作るジェードに、快晴がぽん、と背中を軽く叩いて横を通りすぎた。その足取りは、文字通り羽のように軽い。


「ジェード、早く行こうぜ。これ、すっげぇ楽しい!」

「ったく、ガキだな」

「何せ僕らは14歳だからね。法律上も、しっかり子どもだよ」

「偉そうに言うな。っつーか、それは開き直りだろうが」

「まぁまぁ、ジェードにも風魔法掛けましょうか? そうすれば、旅は早くなりますよ」

「断る。それは維持に魔力を消費する。魔物の巣窟の山を越える先に、ムダな消費をすることもねぇだろ」

「……あら」


プリムローズは目を丸くして、頬に手を置いた。ジェードが怪訝そうに振り向く。


「あたしを心配してくれているんですか? ジェードって、意外と優しいんですね。顔に似合わず」

「だから顔は関係ねぇだろうがっ!!」


ジェードの怒号に、歩みが軽くなって先を歩き出した嵐と快晴が、びっくりして振り向いていた。

プリムローズの風魔法のおかげか、それからの道のりは子ども二人にとって、とても楽なものだった。それでも魔法を維持し続けているプリムローズも、ジェードも余裕の顔で歩き続けている。嵐と快晴の体力がそれだけ低いのか、ジェードとプリムローズの体力が並外れているのか。真相は分からない。

日も落ちて、四人は道沿いに見つけた避難小屋に身を寄せた。

埃だらけの毛布と薪しかないが、風と雨が防げるし、魔物も簡単に襲ってこなくなる。野宿よりは断然にいい。

小屋に備えてある薪を使って火をおこし、携帯用の食事も済ませる。肉を乾燥させただけのもので、塩味が強かった。水は近くの小川から汲んで、火にかける。生水を簡単に飲むことを避けるのは、どの世界でも共通なのかもしれない。

食事を一通り済ませた後、ジェードが地図を広げながら言った。プリムローズの救いようがない方向音痴ぶりを確信した後は、地図を持つのも道を決めるのも一切をジェードが取り仕切っている。


「思ったより早く山脈が越えられそうだな」

「プリムさんの魔法のおかげだよね。ね、ああいう魔法ってこの世界じゃ普通なの?」

「そうですね……系統によって差はありますけれど、おおむね魔力を備えてさえいれば誰にでも使えると思いますよ」

「魔法の系統?」

「いわゆる、光魔法、闇魔法、精霊魔法、の三種類ですね。もっと細かく分けると、星の数です」

「うわ~ファンタジー!」

「ちなみに、昼間にアラシとカイセーに掛けた魔法は精霊魔法の一種です。今は切れてますけど、明日、また掛けなおしてあげますね」


ありがとう、と満面の笑みを浮かべる子供二人に、ジェードはやや怪訝そうな顔を向ける。


「そんなことして、おまえの体力は大丈夫なのか? 魔法の維持はけっこうな負担だろう。それを二人分ならなおさらだ」

「大丈夫ですよ。あたし、魔法の才能は人並みはずれているんです。今日だって、まだまだ余裕ありましたから」

「すごいね。プリムさんって、天才魔法使い?」

「ええ、実は天才魔法使いなんですよ」


イタズラっぽく笑うプリムローズに、ジェードはそれ以上言うのを控えるように口を噤んだ。

そして、嵐と快晴に毛布を放り投げる。もちろん、小屋に備え付けの物ではなく、自前の物である。


「さっさと寝ろよ、ガキ共」

「え~、もう寝るの?」

「もうちょっと起きていちゃダメ? もっと色んな話を聞きたいしさ」

「コールイート山脈を舐めるな。疲れを持ち越せば、キツいのは自分だぞ」

「それにはあたしもジェードに賛成ですよ、二人とも。旅が初めてなら、なおさらです」

「ちぇっ」


年上の二人に言われては、従わざるを得ないのが子供二人である。渋々と毛布を引っかぶると、ごろりと横になる。

小屋の中といっても、ベッドはないし床張りでもない。地面の上で寝るしかない。今まで地面の上で寝たことなどない二人は、寝心地は悪そうな表情をしていたが、すぐに睡魔に襲われ、やがては規則正しい寝息が聞こえてきた。その間、数分とない。

本人達は平気のつもりでも、疲れは無意識の中に蓄積されているらしい。

二人の寝息を確認してから、ジェードが切り出した。


「本当に大丈夫なのか、おまえ」

「どうしたんですか?」

「半日ずっと二人に掛けた魔法を維持しつつ、同時に険しい山登りだ。体力も魔力も消費が激しいはずだろうが」

「ああ……それは本当に大丈夫なんですよ。わたし、天才魔法使いですから」

「けどな……」

「ふふ、ジェードがそんなに心配してくれるなんて。嬉しいですね。あ、もしかして、わたしに惚れそうだったりするんですか? 困っちゃうな~」

「寝言は寝てから言え」

「もう、そこは照れて慌てるところですよ。ジェードったらノリが悪いですね」

「お前に合わせるノリなぞ知らねぇよ」

「だから顔が怖いんですよ」

「てめっ……」


怒鳴りかけたジェードは、すんでのところで留まった。

眠りに落ちている二人の子供を気遣ったのだろう。プリムローズは口元に小さく笑みを浮かべながら、毛布に包まって横になる。そんな彼女を忌々しそうに舌打ちしてから、ジェードも横になる。

すぐに小屋の中は火の爆ぜる音だけとなり、夜はゆっくりと更けていった。




―――*―――




(―――?)


ぱちりと、快晴は目が覚めた。

火はとうに消えており、小屋の中は隣で横になる嵐の寝息がかすかに聞こえてくるだけで、静寂そのものだ。快晴はしばらく躊躇ってから、少しだけ身体を起こした。

朝が来たから起きたわけではない。周囲が煩くて目が覚めたわけでもない。唐突に、前触れもなく快晴の眠気は消え失せたのだ。

いや、それだけではない。目が覚めた途端に感じ始めている、妙な感覚。そわそわと落ち着きをなくさせるようなこれは、過去に感じたことはない見知らぬものである。

おそらく、この感覚のせいで目が覚めたのだろう、としばらくしてから思い至る。だが、何故こんな感覚を抱いているのか。分からなかった。

気のせいと割り切ることが出来ない。しかし、他の皆は寝ているので身動きして起こすわけにもいかない。快晴はもう一度毛布を被ると、横になろうとした。

それを、ジェードの声に止められた。


「カイセー、アラシを起こせ」

「へっ? ジェード、起きてたのかよ?」

「この殺気の中で起きないわけがねぇよ。ったく、山賊ってのは自分の欲望にバカ正直だよな」

「? 山賊……?」

「小屋の周囲を囲まれているようですよ」


快晴が首を傾げていると、プリムローズがこそりと小声で教えてくれる。

さすがにそれを聞いて平静でいられるほど、快晴は肝も据わっていない。慌てて隣で寝ていたアラシの肩を揺すって起こした。さすがに慣れぬ場所もあってか、嵐はすぐに目が覚めた。そして、快晴から事情を聞くと、残っていた眠気もすっ飛んだ様子で、わずかに頬を引きつらせる。

人生波乱万丈を豪語していても、命の危険が身近に迫れば、さすがに笑って流すわけにもいかないのである。


「ファンタジーだらけのこの世界でもさ、さすがにこれは遠慮したかったよ」

「無駄口叩いてないで、さっさと荷物をまとめろ。数は多くねぇ。10あるかないかだ」

「徒党を組む山賊にしては少ない数ですね」


それが本当に少ない数なのかは、平和大国に育った嵐と快晴には分からない。

ジェードは自分の荷物を嵐に押し付けると、槍の覆いを外した。キラリ、と窓から差し込む月の光に銀色の刃が反射する。


「この狭い中で混戦状態になったら、オレが不利だな。外に出る。おまえらも一緒だ。常に目の届く範囲内にいろ。いいな。プリムローズ、おまえはこの二人を守れ」

「はい、ジェードも気をつけてくださいね」

「……フン、誰に物を言っているんだよ」

「あ、ジェード照れてる?」

「え、マジ? 顔見せてよジェード!」


槍を構えて小屋の入口に近付きつつ、ジェードが呆れた顔で嵐と快晴を見た。


「おまえら、よくそんなノンキなことが言えるな。この状況を分かってんのか?」

「もちろん。だから言ってるんだよ。怖いから」


きっぱりと答える嵐に、ジェードは笑っていいのか呆れていいのか分からないように、複雑な表情を浮かべた。

それはつまり、怖いから場を茶化して気を紛らわせようとしていることで。確かにパニック状態になるよりはマシではあるが、どうも向ける方向性がズレている気がしないでもない。

そんな会話に、プリムローズは微笑んで、


「二人とも、絶対にあたしから離れちゃいけませんよ」

「うん、絶対離れない」


嵐と快晴が頷くのを見てから、プリムローズはジェードに向かって小さく言葉を唱えた。ジェードの周りが一瞬だけ白い光に包まれる。


「<パ・シェル> ――物理結界です。念のためって事で」

「光魔法か。精霊魔法に続いて光魔法たぁ、何でもアリだな。闇魔法も習得してんのか?」

「闇魔法が、一番得意分野ですよ」

「全系統が扱えるのか。冗談抜きで天才だな。だが、この状況で、それは助かる。遠慮はいらねぇ、襲われたら全力でぶちのめせ」

「もちろん! 巻き込まれないように、気をつけてくださいね」

「そんなヘマはしねぇよ。よし、行くぞッ」


ジェードは言うなり、入口から飛び出した。

途端に、ジェードに向かって何本もの矢が飛んでくる。ジェードはそのすべてを槍で叩き落すと、入口の影に潜んでいたらしい男を姿を、切り伏せた。「ぐぁ」と呻き声に似た声に、快晴は嵐は首を竦めた。

今の声は、断末魔だ。平和大国と呼ばれる日本では、殺人という行為が、目の前で行われたのだ。もはや笑ってはいられない。

そして下手をすれば先ほどの男が上げた断末魔を、自分達も上げなければならない。


「クソッ!」


悪態をつきながら木々の影から何人もの男達が現れた。その数、ざっと見ても8、9人。すぐに囲まれる。

彼らの手には、鈍い銀色に光を放つ剣がある。ジェードは槍を構えた。その顔は厳しくはあるが切羽詰ったものではない。

プリムローズは、小屋を背にして嵐と快晴を自分の傍に引き寄せた。


―――長く、嫌な夜が始まった。


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