05話 旅は道連れ世は情け?
嵐と快晴は溜め息をついた。
恐らく今一番溜め息をつきたいだろうジェードは、ふつふつと煮えたぎる怒りを、今にも爆発させん勢いである。
その様は、見事としか言いようのないほど、凶悪だった。
駐在兵は依然として、容疑者を見据える眼差しでジェードを見下ろしている。このままでは面倒なことになりそうだ、と嵐が口を挟もうとした瞬間。
「あのー、すみません。この店の香辛料を全部持ってきてもらえますか~?」
耳を疑うような台詞が、ひどくのんびりと響いた。
「香辛料……」
「……全部?」
どうやらその声は快晴にも聞こえたようで、嵐同様にやや引きつり気味の表情で、声の主を振り返っていた。
店に入った時には気付かなかったが、嵐と快晴達がいる場所とはほぼ反対側にあるテーブルに、少女が一人で座っていた。年のころは18、9ほどか。桜色に近いピンク色の髪を持ち、まん丸の大きな瞳が店の奥――カウンターへと向いている。少女の顔を見て、嵐はわずかに目を輝かせた。
遺伝子構造を問い質したくなるようなピンク色の髪は、朝方出会ったのでもう何も言わない。注目すべきは、その少女の顔立ちだった。
すらりと綺麗なラインを描く頬に、ぱっちりした瞳、ふっくらとした小さな唇、どこをとっても美少女と言っても差し支えない。この世界に来てから今まで出会ったのは、還暦を二段跳びしたご老体ばかりだし、若いのは朝方見た幽霊だかよく分からないものだったし、人間だと確実に言えるジェードは、人相が悪い。そもそも、それらすべてが男なのが問題だ。
異世界に来たにも関わらず、まともに女性と会話どころか出会ってすらいないのである。
そろそろ異世界名物、美少女と出会ってもいいではないだろうか、と嵐は思っていた。そこで美少女と言える少女がいる。期待に胸が躍るのは、自然な流れ……と、言えるのはきっと嵐だけだろう。
だが、少女の顔立ちからわずかに視線をずらした嵐は、今度は眉根を顰めた。
彼女のテーブルの前には、スープが置かれていた。それも、毒々しい、真っ赤な色のスープが。どう見てもその色は、食欲をそそる色とは縁遠い、見るだけで喉が渇いてくる香辛料に染め抜かれた色にしか見えない。
カウンターの奥から、ヒゲを蓄えた店主らしき男が出てきて、少女の目の前のスープを見て、大きく頬を引きつらせた。
「お、お客さん……スープに何を入れました……?」
「備え付けの香辛料を全部入れただけですよ。でも、あんまり味がつかなくって。だから、もう少し多めに欲しいなって思って」
「備え付けを……全部……。どういう味覚してんだ……」
店主らしき男は眩暈を抑えるように、額に手を当てた。
快晴がこそりと嵐に耳打ちした。
(あの子、人間?)
(見た目は人間だよ。……多分)
(あのスープの色、どう見ても人が食べれる色じゃないよな?)
(店主さんの反応見ると、そうだと思う。……うん、これも多分)
ヒソヒソと嵐と快晴が言葉を交わしているうちに、どうやらジェードと駐在兵も話が進んでいた。
ガタン、と大きな音がして二人が振り返ると、ジェードがイスを蹴倒しながら立ち上がっていた。その肩は明らかに怒りに震えている。
「てめぇ……このオレが誘拐犯たぁ、いい度胸じゃねぇか……」
「詳しい話は詰所でゆっくり聞くと言っているんだ。さっさと――」
「もうガマンならねぇ……」
「わーっ、お巡りさん!」
快晴が咄嗟に飛び出して、駐在兵とジェードの間に割り込んだ。一方嵐は、拳を握りしめたジェードの腕を両手でしっかりと抱えている。
「ジェード、ストップストップ! 暴力反対だって!」
「あの、お巡りさん。俺達、大丈夫だから!」
「”おまわりさん”?」
「別に誘拐されてきたわけじゃないし! 一緒に旅してるだけだって!」
「そうそう、僕達は、ジェードの……な、仲間なんです、仲間!」
「君たち、脅されているのだろう? だが、もう大丈夫だ。我々駐在兵が君たちを」
「そうじゃなくて! 大丈夫だってば! ほ、ほらジェード、早く行こうよ。これから10日近くも旅しなきゃいけないんでしょ!?」
「そうそう、僕達おなか空いてないからさ、次の街に行こうよ。セルトフォームって遠いんでしょ? 日が暮れちゃうよ!」
「……」
「……」
駐在兵もジェードも明らかに不満そうな表情で、二人の子供を見ている。子供二人は、必死な形相で笑顔を浮かべている。
とても微妙な沈黙が、四人の間を流れた。
「あの~」
そんな沈黙を破ったのは、店主から香辛料を追加してもらい、それを笑顔でスープに振りかけていた少女だった。
毒々しい赤いスープを楽しそうにかき混ぜながら、少女は、一斉に注目した四人に怯むことなく言葉を続ける。
「その男性、もしかしなくても教会の方じゃありませんかね~。教会の方が、本家のあるお膝元で誘拐だなんて、ちょっと考えられない気もしますがどうでしょう」
「……何?」
「チッ、余計なことを……」
驚きに眼をむいてジェードを見る駐在兵に反して、何故かジェードは苦々しい顔になる。
だが、この状況を収めるにはこの手しかないと思ったのだろう。諦めたような溜め息が口から出ると、懐からペンダントを取り出した。二振りの剣が交差している形に象られた小さなペンダントである。
「確かにオレは教会の者だ。今、オレは自分の身元を明らかにしたくない仕事を抱えていてな。悪いがな、駐在さんよ。このまま黙って通り過ぎてくれねぇか」
「……何と……教会の方でしたか。それは失礼いたしました」
先ほどまでの疑いっぷりは一気に影をひそめて、駐在兵は敬礼を一つすると、足早に店から出て行った。
あまりにあっさりと事が解決したことに、嵐も快晴もついていけないようにジェードを見上げる。未だにジェードの腕にしがみついている嵐が、呆然と尋ねた。
「……教会の人って、そんなに偉いの?」
「当たり前だろ。何せこの街は、教会が統括するところだからな」
「だったら、最初からそれ見せていれば、面倒なことにならなかったのに」
「ボケたこと言うな。おまえらの存在は、最重要機密事項なんだぞ。簡単に身元バラしておまえらの存在が明るみになってみろ。そっちの面倒のほうがよっぽどだろうが」
「うーん、確かに」
「まぁ、それはともかくとして、だ。おい、あんた」
ジェードはしがみついていた嵐を剥がすと、テーブルに座ったままの少女へと近付いた。
少女は毒々しい真っ赤なスープを、涼しい顔で飲んでいた。ジェードが近付いて来ることに気がつくと、丁寧にスープの器をテーブルに置き、口元をナプキンで拭く。
「はい、何でしょう」
「どうしてオレが教会の者だと分かった」
「え、だって。その背負っている槍を見れば、誰にだって分かるじゃないですか」
少女が指差すのは、ジェードが背中に括りつけていた槍である。
全体的に白い槍は、よく見ると、柄の部分に二振りの剣を象った紋様が刻まれている。さすがに刃の部分は覆いが掛けられているが、その覆いには花が刺繍されていた。五枚の花弁を持つ、嵐や快晴のよく知る花の形に酷似していた。
「その刺繍の花、”サクラ”でしょう? 確か、サクラの花は教会の中でも突出した優秀な人のみが持つことが出来る証じゃないですか」
「なに? おまえ――」
ジェードの顔が、ますます不審そうに歪んだ。
が、次の言葉は、嵐と快晴の素っ頓狂な声にかき消される。嵐と快晴が、テーブルから身を乗り出して少女の前に詰め寄った。
「サクラだって!? この世界、桜があるの!?」
「すげぇ! あの花って実は超有名!?」
「あら、あなた達、サクラを知っているのですか?」
「知ってるもなにも、俺達の国の代表的な花だよ!」
「そうそう、春には必ず咲くんだよね。そういや隣の立花さん家の犬が”サクラ”だったよね。ブルドッグだけど」
「ああそういえばいたよなぁ。あの顔で”サクラ”には笑っちゃったけど、けっこうかわいいぞ。女の子だし」
「イビキかいて寝てること多いけどね」
「たまにオナラもするぞ」
「ホントに!? 僕はそれ、聞いたことがないな」
「おまえら話が脱線してるぞ」
「「あ」」
ポカンと見ている少女の眼差しに気付いて、嵐と快晴は照れたように笑ってから、
「で、ええと。あ、おねーさん誰だっけ? 俺は、快晴」
快晴が口を開いた。「いきなりそれかよ」と、ジェードが後ろで突っ込んだが無視される。
「僕は嵐です」
「カイセー君とアラシ君ですね~。あ、あたしはプリムローズです。ご丁寧にありがとうございます。そちらの方は?」
プリムローズはそう言うと、ジェードを見た。
ジェードはと言うと、ものすごく嫌そうな顔を返しただけで、答えない。すると、嵐がボソリと呟いた。もちろん声はきっちりジェードに聞こえる大きさである。
「態度わるー」
「うるせぇ! ……大体な、”サクラ”の存在は一般には秘密にされてんだぞ? その存在を知るコイツは、怪しさ満開の不審人物だっ! そんなヤツに名前を名乗るなんざ――」
「確か、ジェードさん、ですよね」
「これっぽっちも――って、何で知ってる!」
「だって、さっきこの子達が大きな声で叫んでましたから」
「……」
ジェードが、反射的にジロリと二人の子供を睨み付けた。だが、当の二人は「ああ、そう言えば言ったっけ」と、感心している始末である。
プリムローズは、のんびりと笑った。
「あ、でも安心してくださいね。あたし、不審な人じゃありませんから」
「自分のことを不審人物と言うヤツはいねぇよ」
「そう言えばそうですね!」
ぽん、とプリムローズが感心したように両手を打った。同時に、ジェードの眉間のしわが、一本、増える。
快晴が、まぁまぁと間に入る。
「なぁ、ジェード。そんなに怒ってばっかだと、頭の血管がキレるよ」
「それより、ハゲるんじゃないの?」
「てめぇらなぁっ! 誰のせいだ、誰の!」
「ま、当然僕達のせいだよね」
「苦労人だね、ジェードって。でもさ、プリムローズさんは悪い人じゃないよ」
あっさりと言った快晴の言葉に、ジェードが目をむいた。反論の言葉を叫ぼうとしたが、その前に快晴がさらに言葉を続ける。
「だってプリムローズさん、俺達のこと、懐かしいなぁって思ってる」
「……え?」
「懐かしい?」
「うん。それで、俺達が困ってるから、助けようとしてくれただけだよ。ね、そうだよね」
快晴の口調は、確認ではなかった。確信していることを、さらに本人の同意を求めているだけ――そんな雰囲気だった。
プリムローズはしばらく快晴の顔をじっと見つめて、やがて、柔らかく微笑む。
「……はい、そうです。カイセー君の言う通りです」
「俺達、そんなに似てる? プリムローズさんの懐かしいって思う人に」
「ええ、そっくりです。姿形もそうですけど、特にカイセー君は、彼本人かと思うくらいです」
「へー」
「……ちょっと待ってよ。僕にはさっぱり、話が見えないんだけど。だいたい、何で快晴にそんなことが分かるわけ? いつからエスパーになったのさ」
「え、だって……ええと? 何でだ? でも、プリムローズさんは懐かしいって思う人に似てる俺達を、放っておけないって思ったから――」
「プリムローズさんをどうこうじゃなくてさ、どうして快晴に、プリムローズさんが思ってることが分かるのかってこと!」
「さあ」
「さあって!」
「だって、そう思うんだからしょうがないだろー」
「少しはおかしいなぁって思ってよ。それ、ものすごい変だから!」
「あの、それならあたしが説明できますよ」
プリムローズが、ぴょこんと右手を挙げた。
嵐がこちらを見たのを確認すると、一つ頷いて、
「カイセー君は、精神感応能力の持ち主なんですよ」
「せいしん……かんおう?」
「何だそれ?」
「心の中を読む力の一種だな」
「えっ!? ジェードも知っているの!?」
「バカにすんなよ。これでもオレは、”サクラ”だからな。それくらい基本だ」
「サクラ? 花の名前が何でそこに出てくるんだよ?」
「あのな。さっきこの女が言っただろうが。サクラは教会でも突出した実力者のみが身に付けられる印だと。サクラってのはな、その名称なんだよ」
「へー。ジェードって実はすごい人だったんだ」
「人って見た目じゃ分からないもんだねー」
「……おまえら、首締めるぞ」
「顔怖いって! あ、ってことはさ、快晴は人の心を読めるってこと!?」
嵐が目を剥いて快晴を見て、当の快晴は目をまん丸にして「俺が?」と、自分を指差していた。
プリムローズははっきりと頷いた。快晴は納得できない顔で、両手を組んだ。
「でも、嵐の思ってること、分かったことないけど」
「それは、君がアラシくんの心の中を見ようと思っていないからでしょうね。精神感応は、感じたいと望む相手の感情の機微……嬉しいなって思ってるとか、悲しいなって感じてるとか、見た目だけでは分からない動きを、自分の中に取り込むんです。まるで、自分自身の感情のように」
「うーん……例えば?」
「先ほど、あなた達にあたしの知り合いの姿を重ねて、懐かしいなぁって思ったあたしの感情を、カイセー君がそのまま感じ取ったことが、良い例になると思います」
「なるほど」
嵐がしきりに頷いて、もう一度快晴を見た。
快晴は、理解しきれない様子で、ひたすら首を傾げるだけだ。嵐は軽く肩を竦めた。とてもではないが、そんな力を持っているようには見えない。
嵐から見る快晴は、正直なところ鈍感で天然ボケで空気も読めないヤツである。確かに勘は鋭いが、それは野生動物的なものだ。”心の機微を感じ取る”などという繊細な力を持っている快晴――まったくもって想像出来ない。
ジロジロと嵐が見ている事に気付いた快晴が、やや罰の悪そうな顔になった。
「嵐、今すっごい俺のことバカにしてるだろ」
「あ、もしかしてほんとにエスパー?」
「多分今のは、カイセーじゃなくても分かると思うぞ。おまえ、思いっきり顔に出してたしな」
「なーんだ。つまんない。でも、羨ましいなぁ。快晴だけに特殊能力がつくなんて。僕にはないのに」
「そんなことないかもよ? まだ気付いてないだけだったりして」
「そう? 今度試してみようかな」
「試すならオレの迷惑にならない程度にしとけよ」
「ジェード、水を差すようなこと言わないでよ」
「……いやほんと、頼むから大人しくしていてくれ」
つまらない、と嵐が肩を竦めるのを、快晴とプリムローズが顔を見合わせて、苦笑した。
そんな二人を見て、ジェードは盛大に溜め息をついてから、テーブルに置いた荷物を手に取る。
「――ったく、おまえら、そろそろ出るぞ」
「え、もう行くの?」
「これ以上ここに留まって、また何か騒動に巻き込まれるのはゴメンだ」
「その騒動の原因はジェードの顔だったんだけどね」
「何か言ったか、アラシ」
「いいえー何も」
「あの~」
おそるおそると、プリムローズが手を上げる。
「何だ」
「皆さん、セルトフォームに行くんですよね?」
「……」
「さっき、そう叫んでいるのが聞こえましたから」
ジェードが、じろりと嵐と快晴を睨み付けた。が、当の二人は視線をあさっての方角に向けて知らんぷりを決め込む。
忌々しそうにプリムローズに向き直ると、彼女はにこりと笑っていた。が、次の言葉が出てくる前に、ジェードはきっぱりと言い放つ。
「断る」
「まだ何も言ってませんけど」
「聞かなくても分かる。だから却下。断固反対だ」
「ジェード、それちょっと冷たくない?」
「そうだよ。話を聞くくらいい減るもんじゃなし。言うだけならタダって言葉もあるよ」
「ねぇよそんなもん」
取り付く島もなく、ジェードは嵐と快晴の襟首を引っつかむと、店の出入り口へと歩き出した。プリムローズが慌ててテーブルから立ち上がる。
「マスターさん、お代ここに置きますっ」
そのまま荷物を掴むと、三人の後を追い掛けた。どんどんと歩いていくジェード達に追い付くと、
「あたしも、セルトフォームに向かっているんですよねっ」
と、前触れもなく切り出した。が、ジェードは一瞥すらせずに、どんどんと真っ直ぐに進んでいく。
「それがどうした」
「でもほら、女の一人旅って、やっぱり危ないかなぁって思ってて」
「どっかの商隊でもひっ捕まえて同道させてもらえ」
「どうやって見つければいいのか分からなくて……」
「街の正門に行けば、何かの商隊はいるだろ」
「いきなり見ず知らずの人に頼みごとをするのは、気後れしちゃうんですよね」
「オレ達とおまえも、十分初対面だ」
「あら、さっきはあたしのおかげで騒ぎは大きくならなかったですよね?」
「……」
「それに、カイセー君とアラシ君は何だか初対面って感じがしなくて……これっていわゆる」
「ただの気のせいで錯覚だ」
「最後まで言ってませんけど~って、あわわっ?」
ジェードが唐突に立ち止まった。
早歩きで後ろを追い掛けていたプリムローズが、突然のことに止まりきれずにジェードの背中にぶつかっていく。
嵐と快晴は未だにジェードの襟首を掴まれたままである。歩きにくいことこの上ないが、ジェードは有無を言わせない雰囲気なので、口を閉じて事の成り行きを見守っている。
鼻の頭をさすりながら、プリムローズは立ち止まったジェードを見た。
眉間のしわが三本、くっきりと浮かんでいるのが見えた。先ほどより2本も多くなっている。
「あの~?」
「いいか。てめぇも”サクラ”を知っているなら、”サクラ”が連れているこのガキ共が普通のガキじゃねぇことくらい、分かるだろ。てことはだな、この旅そのものが普通じゃねぇってことだ。てめぇみたいな一般人なんざ、連れていけるか!」
「ひどいっ。差別です!」
「そうじゃねえだろ!」
「だったら、あたしが一般人じゃなきゃ連れていってくれるんですね!?」
「さらに話が違う!」
ジェードはとうとう頭を抱えた。
通りを歩いている人の注目は、もう考えたくない。出来るかぎり隠密に、はどこ吹く風である。常に騒動振りまいて歩いている。しかも、未だに出立の街から出ていないにも関わらず、だ。
ジェードの手から解放された快晴が、ひどく同情めいた眼差しでジェードを見た。反して嵐は、目を輝かせて、さらに口元にはっきりと笑みを浮かべている。
「ねえ、ジェード。プリムローズさん、別に悪い人じゃないらしいよ?」
「良い悪いの問題じゃねぇだろうが……」
嵐の言葉に、ジェードはもはや疲れた顔だ。嵐の言葉を引き継ぐように、快晴も言う。
「大丈夫だよ、きっと。俺はそう思う」
「根拠は何だ」
「えーっと……俺の百発百中な勘?」
「頼りないにも程がある根拠をありがとうよ」
「あの、あたし、これでも魔術が扱えます! 絶対に足手まといにはなりません! 多分きっと! ……恐らく、かな?」
「頼りない主張を、さらにありがとうよ」
げんなりとしつつ、ジェードは大きく溜め息をついた。今までで一番大きな溜め息だった。
嵐が、にこにこと笑顔を浮かべながら、言った。
「そもそもさ、異世界に来たからには、美少女と旅をするのはお約束だよね」
「どこの誰との約束だ!」
「あはははは」
「カイセー、わざとらしい笑い方するな。っつーか、おまえ何も考えてねぇだろ」
「そんなことないよ! これでも色々考えてるって。色々とさ」
「どうだかな」
「だいたいさ、ジェード。困ってる女の人を放っておくなんて、大の男がしてもいいわけ? しかも神さまに仕えてる人が!」
「そうだよ! それに、旅は道連れ世は情けとも言うし。助け合い精神は大切だよなー」
「旅は道連れ……ふふ、良い言葉ですね!」
「オレには最悪最低な言葉だっ!」
「ささ、出発しましょうセルトフォームに向かって!」
「てめぇが仕切るなッ!」
満面の笑みのプリムローズと、満足そうな嵐と、とりあえず笑っとけな快晴は、セルトフォームへと向かって歩き出した。
もはやジェードは何も言わない。言う気力がないかもしれなくて、そして、言うだけ無駄だと悟ったのかもしれない。
賑やかな旅になりそうだ、とのん気に思ったのは、快晴のみである。