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04話 人は見掛けで判断してはいけません


風が、頬に触れた。

ふと気が付くと、そこは荒涼とした大地の真ん中だった。ほかに誰もいない。見渡す限りに見えるのは、茶色い痩せこけた地面と、白い雲が流れていく青空、そして、二つの塔。

煉瓦作りのその塔は、何もない場所に、寂しくぽつんと二つだけが建っていた。


『――お願い、そんなことはやめて――』


少女の声が聞こえるのと同時に、快晴の視界は真っ白な光に埋め尽くされた。

だがそれも一瞬のことで、瞼の裏にチカチカとした名残りを残してすぐに消えた。そして、驚く。目の前の光景がまったく別のものに変化していた。

荒涼とした大地ではない。森の中だった。だが、色がない。木々も空も灰色だった。

夢だ、と快晴は気付いた。


『危ないわ』


また、少女の声。その声は、憤りを滲ませていた。快晴が振り向くと、そこには背中を向けた少女と少年がいた。

二人とも快晴に背中を向けており、顔は分からない。どうやら、少女は少年に向かって言っているようだった。しかし、彼は少女に背中を向けたまま、微動だにしない。構わず、少女は言葉を続けた。


『そんなこと、彼らは望んでいないはずよ』

『そうかもしれないな。だが、あの2人は約束を破ったんだ。俺はそれが許せない。お前もそうだろう? さんざん俺達を期待させて、いざその時を迎えたら――何もない。何もないんだ!』

『きっと、何か理由があるのよ』

『しょせん、彼らは人間だったということなんだ。俺はもう我慢ならない。俺は俺の勝手に動かせてもらう』

『そんな! それでは、大変なことになってしまうわ』

『人間を助けるなんて、もう無駄なんだ!』


少女は懸命に少年を説得しているようだった。

けれども少年は、聞く耳を持たないように、全てを否定している。快晴は不意に苦しさを覚えた。


(だめだよ、そんなんじゃ。ちゃんと、伝えないと。君は本当は――)


声音に混じる憤りも、責める響きも、彼が本当に言いたいことじゃない。快晴は咄嗟に動こうとしたが、叶わなかった。手足が動かない。声も出ない。


『あたしは守るわ。それが、あの人達との約束だもの』

『好きにしろ……どうなっても知らないからな!』


なのに、彼の”本当に伝えたい事”は、言葉にならない。言葉にすることが、出来ない。

快晴は歯がゆくなって、目を瞑って強く祈った。

どうかどうか、彼の本当の気持ちが彼女に伝わりますように、と。

その祈りが招いたのか。また、快晴の脳裏が白い光に埋め尽くされた。




―――*―――




目が覚めたら、まったく見知らぬ部屋だったことに、嵐は鈍い頭を抱えて首を傾げた。

だが、すぐに思い出す。昨日、自分達は異世界に呼ばれたことを。そして、それが間違いであったことも。なのに、元の世界に帰れない。

普通に考えて、とんでもない話だ。

けれど嵐は、さして絶望はしていなかった。いや、絶望どころか、わくわくさえしている。この、非日常な出来事に。

それは何故か。


”大丈夫って気がする”


快晴の昨日の一言を思い出して、嵐は苦笑した。認めたくはないけれど、きっと、あの一言のおかげだろう。

根拠も何もないのに、快晴が大丈夫だと言うのなら何とかなるのだろう、とそう思ってしまう。まったくもって、自分も能天気なことだ。だが、それを嫌だとは思わない。


「まあ、いっか」


とりあえず、今はミストレインの言うとおり、安全な場所に避難するのを優先させようと思っている。

嘆いても仕方がない。どうせ、今は帰る方法など分からないのだから。

それなら――名前のごとく、波乱万丈に生きる! を行動に移したところで、問題などないだろう。

そう思ってから、ふと思い出した。


「そういやじーさんの壷、どうなったんだったっけ……」


思い出したはいいが、今となってはあの壺の破片がどうなっていようと、どうでも良いことだった。なので、すぐに思考を切り替えてべッドから降りた。

枕元に置いてあった、用意された服を手に取る。薄い青の服で、老人達とは違いズボンもあり、上着と同じ色だ。ちなみに、自分達が着ていた服は処分された。証拠となりそうな物は残しておきたくないらしい。身を守るためと言われては、渋々でも頷くしかない。背に腹は変えられない。もちろん、命にも代えられない。

嵐は手早く着替えると、窓の外を見た。空はまだ日が昇ったばかりのようで、ずい分と早起きしたな、と自分でも感心した。


このまま部屋にいるのもつまらないので、ドアを開けて廊下に出た。

廊下の向こうからこちらに向かってくる人物の姿に気付いて、嵐は部屋の入口で立ち止まる。向かってくる人物が、嵐に気付いて笑顔になったからだ。相変わらず70は超えているだろう老人で、その手にはカバンが抱えられていた。


「おはようございます、アラシ様」

「おはようございます」

「ミストレイン卿より、旅に必要な物を申しつけられまして、準備いたしました。なお、本日の朝食を摂られた後、出立との事です」

「ずい分と早いんですね」

「はい……どうやら、ウォールフェア卿が、事の次第に気付きかけているそうです。ウォールフェア卿は、このたびの儀式を誰よりも反対の意を唱えていたお方です。掟に厳しいお方ゆえ、お二人のことが発覚した時、ミストレイン卿もお二人も、無事では済まぬ可能性があるとか」

「怖い人だな……。ところで、快晴はもう起きてますか?」

「はい。しばらく散策すると言って、庭園に。つい先ほどの事ですので、今からでも十分間に合うでしょう。朝食までまだ少々の時間もありますので、後ほど、私がお呼びに参りましょうか」

「はい、お願いします」

「分かりました。では、荷物はお部屋に置いておきますね。ああ、庭はこの先を行ってすぐ右の廊下から出られますので」

「ありがとうございます」


老人は一礼すると、部屋へと入っていく。嵐はすぐに廊下を歩き出した。

外はまだ日が昇ったばかりで、早朝だ。鳥のさえずりと、うっすらと残る夜に冷やされた空気に少し肩を震わせた。渡り廊下から庭へ出て、嵐は大きく息を吸った。


「気持ちいい朝だな。……異世界じゃなきゃ、最高なんだけど」


溜め息交じりで呟くと、快晴の姿を探し始めた。だが、予想に反して快晴の姿はすぐには見付からなかった。

いや、そうではない。庭そのものが想像とまったく反していたのだ。嵐にとって、庭と言われた場所は庭ではなかった。軽く森林公園だった。木々が生い茂って屋根のあるベンチとテーブルがあり、石畳の小道が続いていた。少し遠くには池が見えた。

嵐は少し考えてから、池のあるほうへと足を向けた。


歩いていると、池の縁に人影が見えて、嵐は立ち止まった。

しかし、それは快晴ではなかった。嵐はやや目を丸くした。そこにいたのは、自分より3、4程年上の少年だったのだ。茶色のローブを着ていない。肩からマントを羽織り、まるで旅人の出で立ちだった。

だが、嵐が何より驚いたのは、少年の髪の色だった。ピンク。それも、薄い桜の花弁を思わせる色。金色や赤毛はあっても、そんな色の髪の人間は見たことがない。一瞬、カツラだろうかと思った。それが一番常識的な想像だ。だが、次の瞬間思い出したのは、ここが異世界という事実。

あるのかもしれない。ピンク色の髪の人間も。

それにしても、あの色が地毛ならば、この世界の遺伝子はどういう仕組みなのだろうか。

少年はじっと池を眺めていた。無表情に。

嵐がいることに気付いていないのだろうか――そう思い始めたところで、少年が顔を上げた。すっきりとしたラインの頬をしており、顔立ちはどちらかというと中性的。嵐の感覚から言えば、綺麗に整っている、と言えた。

少年は顔を上げて嵐を見て、大きく目を見開いた。

自分以外の人がそこにいることに驚いた、という様子ではない。まるで、ここにいるはずのない人がそこにいる――そんな、驚き方。だが、その驚きもすぐに無表情に取って代わられた。少年はすぐに視線を戻し、再び、嵐の存在など忘れてしまったかのように、池に見入っている。

何なんだ、と思いつつも、嵐は少年に近付いた。池を見つめる少年の横に立つと、池の水面に少年と自分の姿が並んで映る。

水面越しに、少年が嵐を見たのが分かった。


「……あの、」

「何か用か」

「ええと、……僕と同じ年くらいの少年が、こっちに来ませんでしたか?」

「こちらには来ていない」


素っ気なく取り付く島もない。嵐はムッとした。


「そうですか」

「だが、彼なら向こうにいる」

「向こう?」


少年が指差すのは、嵐が来た道を戻ったさらに向こう側だった。どうやら、快晴がいる方角とは逆に来てしまったのか。

嵐はお礼を言おうとして、少年に振り向いた。が、そこには既に誰もいなかった。池の縁に立っているのは自分一人だけ。慌てて周囲を見渡すが、立ち去る姿もなければ足音もない。

嵐は日が昇ったばかりの空を見上げた。


「今は朝……だよね?」


呟いてから、背筋が寒くなっていくのが分かった。

風が吹いて水面が揺れる。ただそれだけの事が妙に薄ら寒い現象に見え始めて、足早にその場を立ち去ることに決める。

屋内に通じる廊下まで戻って息を整えていると、庭からこちらに向かって歩いてくる人影が二つ見えた。一つは快晴だ。嵐はほっと息をつこうとして、快晴と歩いて近付いてくる人物の顔を見て、思わず息を止めた。


「お、嵐ー」

「……あくにん?」

「あっははー。ほら見ろよ、やっぱり嵐も俺と同じ反応だろー?」

「気に食わん。大いに不愉快だ」

「しょーがないって。その顔じゃさあ」


そう言ってからからと笑う快晴と歩いて来るのは、男だった。

年は20代後半くらいか。金色の髪に青い瞳という典型的な外国人スタイル。服装は、茶色ではあるが動きやすいズボンスタイルだった。それだけならば、嵐とて息を止めたりなどしない。

悪人が歩いている。

男の顔を見た瞬間に嵐が抱いた印象は、誤魔化しようもなく、その一言に尽きた。

吊り目の三白眼。おまけに背が高い。ただ見下ろされているだけで圧迫感を感じるなど、イタズラがばれて祖父の前にいる時以外になかったのだが。身に纏う雰囲気は、針のむしろのごとくトゲトゲしいのは、彼本来の気性なのか、嵐の態度が気に入らなかったのか。どちらにしても変わりはないような気がするのは、偏見かもしれない。同時に真実のような気もする。

これで頬や額に傷痕でもあれば、完璧だと思った。もちろん、映画の悪役俳優として、だ。

快晴が、ふて腐れた様子の男を紹介する。


「この人は、ジェードだよ。俺達を案内してくれる人。あ、顔怖いけど、生まれつきらしいよ」

「おい。嫌な注釈つけんな」


快晴の余計な一言に、それは嫌そうな顔をする。

嵐はたっぷりジェードの顔を見つめて、ようやく次の一言を搾り出した。


「はぁ、お仕事は悪の中間管理職でしょうか」

「何だそれは」

「下っ端じゃないけど、大幹部でもない。ゲームで言えば、中ボスかな。ストーリーの中盤くらいで、主人公がより強くなるためのステップとして必ず倒される、みたいな?」

「なるほど! すげぇピッタリじゃん」

「ものすごい具体的な説明ありがとうよ。オレはちっっっとも嬉しくねぇんだがな」

「ちなみに、悪政を敷くの領主か、道を踏み外してしまった武道家と、どっちがいいです?」

「どっちもゴメンだ!」

「ジェードなら、道を踏み外してしまった武道家だよな。どう転んでも、金持ちには見えないし」

「お、おまえら……」


額にくっきりと青筋を立てて肩を震わすジェードを見て、嵐はニコリと笑った。


「これからよろしくお願いしますね、ジェードさん。頼りにしてます」

「あ? あー……あ?」


突然態度を変えた嵐に、ジェードは拍子抜けしたように頷いた。貶すだけ貶して、突然下手になる。まるで前後に脈絡がない行動だ。

それから、嵐は快晴に向き直ると、


「じゃ、僕は先に部屋に戻ってるよ。もし、誰か朝ご飯に呼びに来たら、僕は部屋にいるって伝えておいてくれる?」

「分かったよ」

「快晴も、一応荷物のチェックはしといたほうがいいよ」

「りょーかい」


それだけを言うと、室内に入って行ってしまった。

取り残された形になったジェードは困惑しつつ、快晴を見た。快晴もまた、ニコニコと笑っていた。


「何だ、突然?」

「嵐流の挨拶だな。嵐って、すっごく素直じゃないからさ」

「あれがか?」

「うん、多分」

「多分て」

「いや、俺も分かんない時あるから。でも、嵐はジェードのこと、けっこう気に入ったとは思うけど。自分からよろしくって言ったし」

「挨拶は常識だろ」

「嵐の生きる信条は”名前のごとく、波乱万丈に”だから、常識は二の次になる時たくさんあるよ?」

「なんつーガキだ」

「すっごい照れ屋でもあるしなぁ」


嵐の去った方角を見たジェードは、大きく溜め息をついた。


「最近のガキはワケが分からん」


その声の中に疲れが見えて、快晴はまた笑った。

明らかに悪人顔の人物なので、子供の生意気な態度に怒る事もしない。その滲み出る人の良さに、快晴は始まるだろう旅の事を考えて明るい気分になるのだった。

きっと、とても楽しい旅になるに違いない。




朝食を済ませてから、オーシャンに呼ばれた嵐と快晴は渡された荷物を持って部屋を訪れた。

部屋にはオーシャンとジェードがすでにいた。ジェードも荷物を抱えており、旅装束である。背中には槍を背負っていた。二人が部屋に入ると、オーシャンは申し訳なさそうな顔で出迎えた。


「申し訳ありません、予定より半日ほど早くなってしまいました」

「ナントカフェアって人が気付きそうだって聞きました」

「ウォールフェア卿です。あの方は、枢機卿を束ねる方で……とても正義感の強い方ゆえ、今回の召喚儀式を反対されていた筆頭だったのですよ」

「バレると命が危ないとか」

「そのような事はありませんが、お二人は完全に監禁状態となるでしょう。ルーゲンヴァッフ卿も無事では済みますまい……」

「あのハゲじじいなら、むしろ辞めたほうがいいんじゃないですか?」

「あの方は本来、とても心優しい方なのですよ。気難しい所もありますが、人一倍に民を思いやることが出来る方です」


オーシャンの言葉に、嵐と快晴は顔を見合わせた。

昨日の印象では、そんな雰囲気は欠片も感じられなかった。むしろ、典型的な悪徳老人にしか見えなかったのだ。


「どうか、ルーゲンヴァッフ卿のことをお恨みなさらないでください。あの方のすべては、この国の事を想うあまりの結果なのです」

「はぁ……」

「人は見た目じゃないって言うけどさぁ……」

「あれは見た目じゃなくて、行動の結果だろ。ま、確かに人相も良い人そうには見えなかったけどね」


小声で言葉を交わしながら思い返すのは、薄暗い中に見た不機嫌が基本装備のような老人だ。


「ま、人相の悪さならこっちのほうが負けてないけどさ」

「確かに」

「てめぇら、オレの顔見ながらきっちり聞こえるように言ってんじゃねぇよ」

「ジェード、何という口のききかたをするのです」

「オーシャン様。こんなガキ、敬意を払うだけムダですよ。口は悪いし、年上に対する敬いがまったく感じられねぇしな」

「あははは」

「笑って誤魔化そうとするんじゃねぇ」

「ま、贅沢は言っちゃいけないよねってことだよ」

「何の贅沢だ、何の! ほんっと可愛くねぇガキ共だな……」


ジェードはそう言うが、口ほど忌々しく思ってはいないようだった。

表情は文句なしに怒っているし、口調も決して穏やかではないが、怒っている人間の雰囲気は何とはなしに伝わるものがある。今のジェードからは、それが感じられない。根は良い人なのだろう。

嵐、快晴、ジェードの3人はそのまま教会を出発した。

ウォールフェアと呼ばれる人物の不審を避けるために、正面の門から出て行くわけにもいかず、裏口からの出立である。悪いことをしていないのにまるで犯罪者になった気分だ、と快晴は思いながら教会を出た。

嵐はというと、逆に好奇心を掻きたてられていた。とうとう異世界の町に出るのである。”名前のごとく、波乱万丈に”を信条とする14歳。冒険の始まりに、何も思わずにいられるわけがない。


「おい、おまえらオレから離れるなよ。今日中に次の町に着きたいから、すぐにこの街は出るぞ」


ジェードはそう言うなり、足早に歩き出して角を曲がった。置いていかれまいと慌てる二人が小走りで後を追いかけて、同じく角を曲がる。

そして、角を曲がった途端2人揃って大きく目を見開いた。

二人の目の前に広がるのは、レンガを敷き詰めた道路に、立ち並ぶ露店だった。白や赤、色とりどりなテント屋根を所せましと並べ立てて、行き交う人々を大きな声で勧誘している。店先に並ぶのは日常雑貨と思われる、食器や小さな調度品ばかりだ。嵐達の世界で日常的に使われている物もあれば、まったく用途が想像出来ないような奇妙な物まである。映画の中で見かけるような、中世ヨーロッパの町並みに迷い込んだ気分になった。


「街だーっ!」

「おわっ! 待てこのバカ!」


快晴が唐突に叫んで、走り出した。ジェードの横を勢いのまま通り過ぎようとして、慌てたジェードが快晴の襟首を掴んで引き止める。


「オレから離れるなって言ったばっかで、走り出そうとするな!」

「いやーだってさ、異世界の街って初めてで……ついつい」

「ついつい、じゃねぇよ! こんな人込みの中で迷子になっても、探してやれねぇぞ! ったく、アラシを見ろ。落ち着いてるじゃねぇか」


そう言って、ジェードは曲がり角で立ち止まったままの嵐を指差した。嵐は二人の視線に気付くと、のんびりと歩き出す。


「それは違うよ、ジェ-ド」

「何がだ?」

「嵐は落ちついているんじゃなくて、頭の中で計画を練ってるんだ」

「はぁぁ?」

「な、嵐。何を思いついたんだ?」

「ここは見知らぬ土地だからね。まずは探検から始めるのが無難だと思う。拠点を教会にすれば、迷子になっても人に聞いて戻って来られるし、あ、まずはジェードからお金をもらおう。手始めに何か食べる!」

「朝飯食ったばっかだろうが! ってそうじゃなくてだな、てめぇら自分の立場分かってんのか? 気軽な観光旅行じゃねぇんだぞ?」

「俺達にとっては、似たようなものだよ」

「だいたいさ、せっかく異世界に来たのに、何もしないなんて悪だよ、悪! 最低限でも、街を2周しないと、この街に申し訳ないじゃないか!」

「街に申し訳ないと思う前に、オレに申し訳ないと思え!」


ジェードはそう叫ぶと、頭を抱えた。


「オレはこんなガキ共を連れて、10日以上も旅しなきゃいけねぇのか!? これは拷問か!?」

「こんな楽しい拷問ないない」

「オレはちっとも楽しくねぇ!」


ジェードは叫んでから、ふと、周囲のざわめきが変化していることに気がついた。人が立ち止まって、ジェードや嵐達を見ているのだ。

そして、皆一様に不審そうな顔。


「まぁ……あんな子供を怒鳴ったりして」

「見ろよ、あの凶悪そうな顔! きっと、人買いか何かだぜ」

「やぁねぇ。駐在兵でも呼ぼうかしら。」

「物騒な世の中だな。あの子らも、可哀想に……きっと、相当酷い目に遭っているんだろうな」


ヒソヒソと交わされる言葉に、嵐と快晴は顔を見合わせた。


「ジェードって、顔が悪いってわけじゃないのにね」

「ある意味、顔が悪いのと同じくらいかそれ以上に可哀想だよね、この状況」

「……聞こえてんだよ、全部! てめぇら! さっさと行くぞ!」

「はーい」

「目立たないよう出発する予定だったのにね」


嵐の言葉に、誰のせいだ、と悪態をつこうとしたジェードは、けれど周囲の視線の冷たさにぐっとこらえた。

嵐の言う通り、本当なら目立つのは極力避けなければならないのだ。二人は、教会とは関わりのない人間でなければいけないのだから。

ジェードは通りに出ると、すぐに手近な店に入り込んだ。表の騒ぎが収まるまで避難するつもりだった。中は喫茶店のようで、幾つかの丸いテーブルとイスが並んでおり、奥はカウンターとなっている。

店からやや奥まったところにあるテーブルについたところで、背後から男に声を掛けられた。

かっちりとした厚手の服に、右の腕には鳥が羽を広げている模様が刺繍されている。腰には剣を帯びており、ジェードは男を見た途端、嫌な顔をして小さく呟いた。


「駐在兵かよ……」


この国における警察のようなものだろうか、と推測をしたのは嵐である。


「あー、先ほどの騒ぎを見ていたんだが、ちょっと職務質問をさせてもらっても良いかね。君とこの子供達との関係は? 親子には見えないね。かと言って兄弟にも見えないし、まさか友人とは言わないだろうね? どこで知り合い、どうして共にいるのか、聞かせてくれるかね」

「……は?」


そう尋ねる駐在兵の男の口調は詰問に近く、じろじろとジェードを上から下まで見る目は、完全に不審者に対するものだ。

通りすがりの人間に尋ねている口調ではない。最初からジェードを犯人のごとく思っているのは、容易に察することができる。

嵐と快晴はジェードと駐在兵を見比べた。


「これって……」

「もしかして……」

「場合によっては、詰所まで来てもらうことになる。抵抗はしないほうがいい」

「……」

「ジェード、すごい怒ってるよな? 爆発寸前?」

「そりゃそうだよ。これって、思いっきりジェードを不審者扱いしてるわけだし。ヘタすりゃ僕達、誘拐されたとか、ジェードは人買いとか本当に思われてるんじゃない?」

「……かわいそ。ただ凶悪顔ってだけなのに」

「でも、仕方ないよ」

「うんまぁ、確かにこれは仕方ないよね」


嵐と快晴は力強く頷きあった。

何せジェードの顔は、10人に尋ねて10人が頷きそうなほど誤魔化しようもなく、悪人面相なのだ。


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